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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二部 一章 沙那と雪那
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#001 僅かな距離

 考え事に終始した夜を終えて、翌日。

 なかなかに寝付けず、未だに寝ぼけた頭でそのまま朝食に降りようと部屋を出た所で、俺は雪那とバッタリ遭遇した。

 いや、正確に言えば俺の部屋の扉をノックしようとか、そんな態勢だったらしい雪那と寝ぼけて大あくびをしていた俺が、見事に鉢合わせしたのである。


「うおっ、お、おう、はよ」

「……おはよう」


 食堂で会う可能性は考えていたが、さすがに部屋を出てその場にいるとまでは一切予想できなかった。

 互いに挨拶を交わしたものの、そのぎこちなさと言ったら形容し難いものがあり、思わず俺も、ノックしようとして手をあげていた雪那も視線を彷徨わせてしまう。


 どう話そうか。

 そんな事を考えていたはずなのに、雪那の顔を見たら、ついつい言葉が出なくて……そんな俺を他所に、雪那が徐ろにスマフォをポケットから取り出すと、何かを操作し始めた。

 なんだか居た堪れなくなった俺が、いつも通りに振る舞おうと意を決して口を開こうとしたその時、目の前に雪那のスマホが突き付けられた。


 控えおろう、とか言いながら印籠を取り出すような何処ぞのご隠居の取り巻きを彷彿とするのは俺だけだろうか。


「これ、見て」

「……ッ! こ、これは……ッ!」


 突き出されたスマホに映された画像に、俺は思わず声を失った。

 画面に映し出されたのは、雪那が水着姿でカメラに向かって振り返りつつも、身体を隠すような仕草をした瞬間だったらしく。長い黒髪がふわりと舞っている。


 脳内に、目に焼き付けながら雪那に向かって訊ねる。


「よし、送ってくれるんだな? さぁ早く、今すぐに」

「ち、違うわよ……。今日どうせ見せるんだもの。だったらその前に画像で見せておけば、ハードルが下がる気がして……」


 見せるのも恥ずかしかったらしい雪那は、画像に映る雪那以上に顔を紅くして、耳まで真っ赤にして俯いている。

 なんだろう、そんなに恥ずかしがるなら見せなくてもいいのに思う半面、今すぐにでも抱き締めて愛でてやりたい気分になってくる。


 しかし、どうしてこう卑猥な感じに見えるのだろうか。


 見た目の細さとは裏腹に、出るところはしっかりと出ているらしい雪那の身体は、まるで日焼けなんて無縁だと思える程に白い。

 着ている水着は、黒をベースにしたものではあるようなのだが、その黒が肌の白さと綺麗なコントラストになっている。


 例えばこれが、背景が何処ぞの海だったりプールだったりするなら、これが卑猥とは思わなかったに違いない。

 画像がほしいのはまず間違いないのだが。


 試着室という、あの狭い空間。

 開放的ではないあの場所が背景だからこそ、そのエロさが引き立つ、というものではないだろうか。


「雪那……! その画像を貰う為に、俺は一体何をすればいい!?」

「お、送らないわよっ! っていうか、こうして……」

「あーー! あーーーーっ! 消すな、おい、雪那! 消すんじゃねぇ! あっ……」


 我に返った雪那が即座にスマホを自分の方へと向けて、ポチッと。

 消される時に奏でられる独特な効果音が聞こえ――同時にその脱力感から、俺はその場に膝から崩れた。


 クソ……、何故だ……。

 俺の脳内メモリには確かに保管されているとは言え、なんという勿体無い事を……。


「……ね、ねぇ、悠木くん?」

「……もう一枚あるんだな? あるよな? それを送ってくれるんだな?」

「ち、違うわよっ。そうじゃなくて……その、昨日は、ごめんなさい……」


 思わず、いつものテンションになっていた俺に向かって雪那はそんな事を言って目を伏せた。

 雪那さんや……崩れている俺が無様過ぎるだろう、そのシリアスな話題は。


 頭を掻きながら立ち上がった俺は、少しバツの悪さを噛み締めながら雪那と向かい合う。


「……俺もさ、ちょっとは考えたんだよ。雪那に話すべきなのかもしれないってさ」

「……うん」

「だからさ、ちょっと時間くれねぇかな。色々整理したいってのもあるんだわ」

「……ありがとう」

「いや、その、なんだ。せっかく遊びに行くんだしさ、そういうのはちょっと置いておこうぜ」


 どこから、何から話せばいいのか、まだ俺には明確な答えを出せていない。

 もしかしたら、何も知らない雪那は俺の言葉を受け取って、その結果として沙那姉との仲に決定的な亀裂が生じてしまう可能性もあるのだ。

 それぐらい、沙那姉があの夏に俺に浴びせた言葉は、その真実は、沙那姉に懐いていた雪那にとっては――致命的に重いかもしれないのだから。

 そう考えると、迂闊な事は言えないというのも本音だ。


 そんな答えを口にした俺は逃げているだけなのかもしれないけれど、今はそれで勘弁してもらいたい。


「飯、食おうぜ」

「……えぇ、そうね」


 雪那も俺の意思を尊重してくれるのか、今は何も言わずにいてくれる事にしたらしく、まだ若干ぎこちなさは残るものの、笑みを浮かべて頷いてくれた。


 空調が効くようになった、食堂。

 夏休みが進むにつれて、徐々に人の密度が圧倒的な過疎化を迎えているその場所で俺と雪那が朝食を食べていると、寝ぼけながら水琴がやって来た。

 まったくもって通常運転な水琴だが、夏コミに向けての仕上げがどうとか言っていたし、あまり眠れていないのだろうか。


「おっはよー、ゆきゆきー……。ふあぁ……、ねむい……」

「おはよう、水琴さん。ずいぶんと忙しいみたいね……。今日大丈夫なの?」

「あー、うんー。昨日はただ、昼夜逆転しちゃって寝れなかった上に、面白いアニメの一挙放送がやっててねー……」

「……すごく、心配して損した気分だわ」

「っ!?」


 雪那の辛辣な一言には、俺からはグッジョブとしか言えなかった。




 朝食を食べ終えて校門に向かって歩いていく。

 天気予報では、どうも夕方から天気が崩れると言っていたが、空は多少は雲もあるものの、今のところはその予兆は感じられない。

 降水確率三十パーセントとか、そういう数字って曖昧過ぎると思うんだ。

 降らないとは思うけど降ったらごめんね、みたいな。そういうのはどうかと思う。

 まぁ忘れておこう。


 ともあれ、今は快晴。

 夏らしい日差しの暑さよりも、いっそ湿度のせいで息苦しい暑さ、という印象の方が強い。


「せんぱーーい!」


 何故か瑠衣がこちらに向かって走ってきた。


 元気過ぎる。

 これが一歳の差なんだろうか。

 まぁ俺は一年前もこの暑さを前に元気なんて出る訳もなかったが。


「よう、瑠衣。暑さで水分抜けて、ちょっと縮んだんじゃないか?」

「縮んでなるものかですっ! 悠木先輩は失礼過ぎるです! 雪那先輩、水琴先輩、おはようですー」


 俺への挨拶はいつも通りのツッコミで間に合わされたらしい。

 おはようとも言われなかった。

 雪那と水琴が瑠衣と挨拶をする横で、ちょっとだけ疎外感を感じてしまった。


 どうやら会話を聞いてみると、昨日の夜、篠ノ井は帰った後に巧に水着を着て見せたそうだ。

 その勢いに乗じた瑠衣――かと思いきや、瑠衣は結局見せずに帰ったらしい。


 ……おのれ、巧。

 俺は知っている。開放感溢れる場所以外の水着が、どれだけ破壊力を持っているのかを……!


 ついさっき、それを画像で実感したのだ。生で見るなんて、万死に値する。

 せいぜい今日は、水難事故に注意する事だな……!


「……ゆ、雪那先輩。悠木先輩が黒いです。黒い炎を燃やしているですよ……!」

「気を付けて、瑠衣ちゃん。あれは思春期の男子がちょっと間違った力に覚醒したって思ってしまっている類だから」

「おい待て。間違った方向に解釈されている予感しかしねぇ……って、瑠衣。あからさまに引いてんじゃねぇよ」


 誰が中二病か。

 悪いが俺は手が疼いたりとか謎の組織とか、そういう戦いには参加してないぞ。


「そういえば瑠衣ちゃん。たくみんとゆずっちは?」

「それが、まだ来てないですよ……」


 水琴の言葉に瑠衣が答える。


 時刻は十時五分前……これはどう考えても遅刻の予感しかしない。


 そんな俺の予感にご丁寧に答えてくれたのがスマホである。

 俺達四人のスマホが、それぞれに受信音を立てた。

 グループ送信だろう。


「……遅刻ね」

「あぁ、遅刻だな」

「わざわざ寮の中に戻るのも億劫だよねぇー」

「日陰発見なのですよ!」

「でかした、瑠衣!」


 誰もがスマホを見ずに送られてきたであろう内容を口にする。

 校門から敷地内に入り、登っていく道の横。木々がそのまま手入れされずに森の様になっているその場所へと入って、俺達は森林浴を楽しむ事になった。







◆ ◆ ◆







「ほう、それが遅刻の言い訳かね」

「だ、だから悪かったって……。その、夏休みはゆずの寝坊シーズンって言うかほら……。俺も目覚ましセットするのすっかり忘れてて……」

「ゆずさんゆずさん。巧先輩がゆずさんの所為にしてるですよ?」

「た、巧が起きないのはいつもの事だからしょうがないよ……」

「いや、ゆず。俺が起きれなかったから……」

「っ!? 悠木先輩、この二人遅れたクセに! 遅れたクセによく分からない空気作っちゃってます!」

「ギルティ! 荷物持ちだ!」


 悠木くんとるー(瑠衣)ちゃんの二人が、遅れてやってきたたくみんとゆずっちを前にギャーギャーと騒ぎ立てる姿に、ついつい笑ってしまう。

 なんていうか悠木くんとるーちゃんコンビは、凄く息が合っているというか、物凄く仲がいい兄妹みたいに見えてしまうなぁ、と私――兼末水琴――はそんな事を改めて実感する。


 昨日の沙那さんとの会話のせいか、ついつい恋愛フィルターで物事を見てしまう。

 悠木くんはゆっきーとの仲が進展するとは思っているけれど、もしもるーちゃんがたくみんから悠木くんに恋してしまったら、どうなるだろう。

 私だったら、ゆっきーには悪いけれど、るーちゃんを応援したくなってしまうだろう。

 だって、ゆっきーとるーちゃんだったら、どう考えてもるーちゃんが劣勢だしねぇ。


 そんな事を考えながらちらりとゆっきーを見ると、ゆっきーはスマホを見て何やら面倒事でも抱えているかのような、深いため息を吐いていた。


「ゆっきー、どしたのー? もしかして、今日重い日とか?」

「違うわよ……。ちょっと考え事してて」


 男子にはきっと分からないであろう話題。

 私達女子にとって、海水浴やプールには、どうしても入れない日があるからねぇ。

 というか、そういう日に入りたくない、というべきかもしれないけれど。

 ともかく、ゆっきーはそうじゃないらしい。

 まぁ、昨日水着を選びながらそっちの日の確認もしたし、そうなる可能性がなかったのは知っていたけれど。


 それにしても、やっぱりゆっきーと沙那さんは似ているなぁって思う。

 もう少しゆっきーを明るくすれば、という注釈はつくけれども。


 サプライズをする為に、沙那さんがこの町に来ている事は黙っておいてほしいって頼まれているけれど、ついつい口が滑ってしまいそうだ。

 今日はプールに行くと伝えて、何やら目を細めて何かを企んでいるような笑みを浮かべていたけれど、今日にでも何かしでかすのかな?

 ちょっと気になる。


「ねぇ、水琴さん」

「なんだい?」

「もしもの話だけれども……気になる事があったら、水琴さんは行動する?」


 大抵、もしも話とか友人の話っていうのは、本人が濁しているつもりで濁せていない常套句だよねぇ……。

 そうなると、ゆっきーは何か、気になる事があるのかな?


「うーん、どうも話が掴めないから何とも言えないけど……。調べられる問題ならネットで調べたりはするかなー」

「そう。でも、それが人間関係とか、だったら?」

「ありゃ、人かー。うーん、訊いてみるのが一番だと思うけど、悩むって事は訊きにくい話題だったりするのかな?」


 どうやら当たりだったらしく、ゆっきーは頷いて答えた


「そうだなー。私だったら、訊いちゃうなー。気持ち悪いしね、そのままにしておくのって。あ、でも隠しておきたい事があるなら、無理に訊くのもどうかと思うしなー」

「そうなのよね……。答えが見つかりにくいって言うか、どっちも正解な気がするし……」


 そこまで言われて――ふと、私は昨日の沙那さんの事を思い出した。

 もしかして、沙那さんがこの町に来ている事にゆっきーは気が付いていて、それをどうして自分に話さずに黙っているのか、気にしているのかもしれない。


「そういう時って、ちょっと待ってみればいいんじゃないー?」

「待つ?」

「うん。時間が経ってみれば分かる事も多いしさー。焦って答えを手にしようとするなら、少し待ちながら考えるっていうのも一つの手だと思うんだよねー」


 沙那さんがゆっきーに隠して驚かせようとしているのなら、ここは一つ密かに協力してあげよう。

 そんな風に考えて、私はそう答えた。


「……うん、それもそうね。待ってみようかしらね」

「それもいいと思うよー」

「おーい、二人共。もうすぐバスの時間だし、行こうぜー」

「はいはいさー。さ、ゆっきー。いこー」

「えぇ、分かったわ」


 悠木くんに呼ばれて、私達は話を切り上げてバス停へと歩き出した。


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