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#005 遠い蝉の声

 女子四名の買い物はどうやら盛り上がっているらしいが、残念ながら俺と巧の買い物に盛り上がる要素はほぼほぼない。

 さっさと買い物を終えた俺達は、ショッピングモールのフードコートに移動し、お互いに飲み物を頼んでだらけていた。


『女子四人のグループチャットで試着画像が飛び交ってる!』


 こんな言葉を俺と巧に向けて、読書部のグループに水琴が書き込んだ。

 そのせいで、俺は今か今かと待ち侘びている訳だ。

 ちょっとそのログ見せろ、と言いたい。宿題と昼飯の借りはここで返せと請求してみようか。


 そろそろ誰かが水着になっている画像ぐらいくれないだろうか。

 保存する準備はいつでもできている――ぬかりなど、ない。


「な、なぁ、悠木。さっきからずっとスマホ見て何してんだ……?」

「気にするな。ただの臨戦態勢だ」


 間違えろ、間違えろ……!

 ここらで天然疑惑のある瑠衣か、扱いに慣れていないであろう雪那あたり、グループ間違えて送ってくれ! 届け、この執念(想い)


 ……まぁ、冗談はさて置いて。


 それにしても、こうして今の状況と去年の状況を比べてみると、ずいぶんと大きな変化を迎えたものだと思わずにはいられない。

 去年はプールにも海にも行かなかったし、特に夏を堪能するような事もなければ、日和祭にも顔を出す事はなかった。

 じゃあ何をしていたのかって、そりゃもう自堕落な生活である。基本的には部屋の中でずっとまったりで、たまーに舌打ちしたくなるような凶悪な太陽の暑さを感じながら、買い出しに出たり、といった具合である。


 ……我ながら実に退屈な夏だったな。


 あぁ、あとは幼馴染ペアに振り回されていた頃だな。

 とは言っても、夏休みは部活なんてものはなかったし、基本的にあの二人は家に帰れば一緒にいられるのだから、勝手にやっていてくれと放置していた。


 やっぱり、かなり変わったのではないだろうか。

 慣れって怖いよな。一年前の俺が今の俺を見たら、絶対に心の底から爆ぜろって思っていただろう。


 しかし、特に美味しい展開、またはラッキースケベがないとはどういう了見だ。


「巧、そこについてどう思う?」

「え? 何が?」


 察しろ、と心の中で舌打ちしつつ、改めて巧を見やる。


「なぁ、巧。ラッキースケベってあるのか?」

「え、何いきなり真顔で……」

「ほら、お前なら、ほら。篠ノ井とアレがあったりするだろ?」

「え、アレって?」

「風呂入ろうと思って風呂場に行ったら篠ノ井が着替えてた、とか。そういうラッキースケベだよ……って、お前何その目」

「……悠木、お前そんな想像すんなよ」


 マジで返されるとか、ちょっとやめてほしい。

 俺だってたまには男同士の馬鹿話みたいな、そういうのしたいのに。


「だいたいそういうのあると、ちょっと気まずいんだぞ……って、おい、悠木。ちょっとその目が怖い」

「……あるんだな、あるんだな?」

「ちょっ、目! っていうか首締まるからっ!」

「チッ……死ねば良いのに、お前なんて……ペッ」

「っ!?」


 クソ、こいつ……やっぱりそういうのあるのか。

 ……俺はそういうイベントには遭遇してないのに。


 打ちひしがれた気分になりながら、俺はその後、巧とは特に何も話す気にはなれなかった。





 結局、女子の買い物を終えてから俺達は解散となった。

 明日は朝十時に校門前に集合して、そこからバスでプールへと向かう。

 それまで水着姿は見れないが、そこは我慢しようじゃないか。苦渋の決断だが仕方ない。


 帰り道、水琴は寄り道して帰ると言うので、俺と雪那は二人で寮へと帰っていく。


「なぁ雪那」

「なに?」

「こういう時にさ、どんな水着買ったのか訊くのってどう思う?」

「……なんかちょっとセクハラみたいに聞こえるわね」

「……うん、俺もちょっとそう思ったんだ。踏み留まった俺、偉いと思うんだ……。……危ねぇ……」


 探りのジャブを入れようとして、踏み込まれてアッパー喰らった気分である。

 聞こうと思っていただけに、今のは危なかった。


「あ、メール……。ちょっと待って」

「あぁ」


 雪那に声をかけられ、歩く速度を落として雪那に振り返る。

 メールを読んでいた雪那が、少しばかり顔を顰めて表情に影を落とした。


「どうした?」

「……ねぇ、悠木くん……」


 なんだか言い難そうに言葉を区切る。

 あれ、俺何かしたっけか……。


「ごめんなさい?」

「……? 何が?」

「あれっ、怒られるのかと思った」

「とりあえず謝っておいた、みたいな感じかしら……? そうじゃなくて、ちょっと訊きたい事があるの」


 雪那の表情が真剣味を帯びた。









◆ ◆ ◆









「それで、どんな水着買ったんだ?」

「へへへー、後で見せてあげよっか?」

「だ、ダメですよ、ゆずさん! 明日まで見せちゃダメですっ!」


 帰路についた俺――風宮巧――と、ゆずと瑠衣。

 さっきから何かとつけて見せようとするゆずに、瑠衣も何度目かの制止に入った。

 ゆずは昔から何か買ってもらったりすると、すぐにそれを見せに来るからなぁ。

 そういう所は変わらないというかなんというか。


「えー、なんでよ、瑠衣ちゃんー。別に見せてもいいと思うよ?」

「え、だって、悠木先輩にもそう言ったですし……。それに、ゆずさんの場合は着替えてから見せるとか言いそうな予感がするです……って、何顔背けてるですか!」

「べ、べべ別にそんな事考えてないよー? あはは、瑠衣ちゃん、それはさ、さすがに……」


 足を止めたゆずが、目を泳がせてそっぽを向く。

 振り返った瑠衣も、ゆずの動揺から図星であったと理解するのは難しくなかったらしい。

 目を泳がせながら言われても、説得力はないよなぁ。


「巧先輩、これは……」

「うん、そのつもりだったな」

「っ!? べ、別に見せたっていいじゃーん。巧にはほら、しっかり似合うか確認してもらいたいって言うか」

「開き直った! 開き直ったです!」

「る、瑠衣ちゃんだって見てもらってからの方が、明日は気楽かもしれないよ!?」

「巻き込もうとしないでほしいですっ!」


 立ち止まったまま口論を始めるゆずと瑠衣。

 着替えた姿を見せるだのなんだのって、会話の内容からして周りの人がやけにこっちを見てくるんだけど……って、ん?


「……あれ……?」


 今歩いていたのって……。


「巧? どうしたの?」

「どうしたですか?」

「あぁ、今さ。なんか櫻さんに似た人が歩いていたんだ」

「ゆっきー? ゆっきーなら悠木くんと一緒に帰ったよね?」

「はいです。こっち側は通らないと思うですけど、雪那先輩一人だったですか?」

「うん。赤いスーツケース引っ張ってたし、髪の毛の色とかも違ったから人違いだとは思うんだけど、チラッと見ただけで似てるなって思ってさ」

「顔が似てたの?」

「うん、雰囲気もだけど。まぁサングラスかけてたし、一瞬しか見えなかったんだけど……気のせい、かな?」

「そこまで違ったら他人な気がするですけど……」


 確かに瑠衣が言う通りだとは思うんだけれど……どうも他人の空似にしては、纏っている雰囲気というか、そういうものが似ていたんだよな……。


「うーん……。ま、いっか」

「うんうん。じゃあ瑠衣ちゃん、巧の家行こっか」

「え? 帰るんじゃないですか?」

「だーかーらー、お披露目会しよーって言ってるのー」

「っ!? か、隠しもせずに言い始めたですよ!」








◆ ◆ ◆








 駅前の喫茶店。

 前まで私――兼末水琴――が働いていたファミレスとは似ても似つかない、大人向けというか、どちらかと言えば落ち着いた雰囲気の喫茶店で、私は人を待っていた。


 何度もメールやチャット越しには話をさせてもらったけれど、今日会う相手と直接会うのは初めてだ。

 それでも特に抵抗を感じないのは、相手が異性じゃなくて、年上の女性だからかもしれない。


 そんな事を考えていると、店内に一人の女性が入ってきたのが見えた。

 レンズの大きめなサングラスをかけ、赤いスーツケースを引いた女性。スタイルも良くて、程よく抜けた髪色は遊んでいるような印象はなくて、オシャレで染めているというのがよく分かる。

 カツカツと踵を踏み鳴らして――こちらへと歩いてきた。


「――アナタが、“Micoto”さん?」


 言葉からは伝わりにくいけれど、間違いなくこの人は私のハンドルネームを口にしたのだろう。こうして声をかけられる事には慣れているし、そうだとすぐに自分でもよく分かった。


「こんばんはー。そうですよー、“Sana”さん。どうぞどうぞ、座ってくださいなー」


 そう答えると、声をかけてきた女性はふっと安心したように口元を緩めて、私の向かい側に腰掛けた。

 セミロング程度の、肩にかからない程の長さ。ミルクティー色に染められたその髪と、大人の女性を彷彿とさせる薄い化粧。服装はタイトなスカートにハイヒール。上着は白い半袖のカットシャツ。

 まさにデキる女、といった印象を彷彿とさせた大人の女性だ。

 これまで数多くの年上と接して来たが、まだ大学生だというその女性は、言い知れぬ雰囲気を纏っている。


 多分、サングラスで顔は隠しているけれど、かなりの美人だ。

 目の前に座った女性を見つめ、私は思わずそんな事を考えていた。


「こうして会うのも顔見せも初めてね」

「そうですねー。あ、今回はサークル参加の橋渡ししてくれて有難うございましたー」


 向かいに座る“Sana”と名乗る女性に、感謝を告げる。


 今回、私がイラストレーターとして声をかけられたサークル。

 そのサークルに私を紹介し、その運営を手伝っているリーダー的な役割を果たしている人――それが、今目の前に座っている女性だ。


 目の前の女性がサングラスを取って、前髪を手で整える。


 ――その顔に、思わず私は言葉を失った。


「……? どうしたの? 何かついてる?」

「……あ、いえ。その、もしかして“Sana”さん、妹さんがこの町にいたりしませんか?」

「あら、もしかして雪那の事かしら?」

「え……、じゃあやっぱり! うわー、ゆっきーを大人にしたらこんな感じだろうなー。あ、ごめんなさい。雪那さんのお姉さん、ですか?」


 思わず上がってしまった私のテンションに、“Sana”さんがクスクスと笑う。

 その姿に思わず我に返り、なんだか急に恥ずかくなってきた。


「あぁ、気にしないでね。というか、早くも身バレしちゃったわね」

「あ、ごめんなさいっ」

「いいのよ。それに、もしそうなら狙いが当たったって事だから、ね」

「……? ごめんなさい、今なんて……?」


 いまいち聞き取れない言葉を訊ね返してみても、“Sana”さんは柔らかく笑うだけだった。


「なんでもないわ。それより、ネット上で人気の、『聖燐学園に通う女子イラストレーター“Micoto”』さん。色々お話しましょ。妹と同じ学校ならもしかしたらって思ったけど、雪那の知り合いならあの子についてとかも聞きたいから」

「あ、はーい。じゃあ先に、これが終わったイラストなんですけど……」


 ゆっきーのお姉さんである“Sana”さんとの話し合いは、それから数時間に及んでしまった。









◆ ◆ ◆










 真剣味を帯びた表情で、雪那が俺に向かって告げた。






「……悠木くん、姉さんと会いたい?」





 騒がしい蝉の声が、その言葉を聞いた瞬間。

 どこか遠い世界から聞こえてるような、そんな気がした――――。


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