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#005 内ヤンデレ 『篠ノ井 ゆず』

 茜色に染まる学園の屋上。

 山の上に建てられた学園の屋上からは、しっかりと燈色に染まった海外の教会なんかのディテールを感じさせる建物と、広がった野山。

 そして遠く眼下に広がった街並みが見えている。


 まだ春の穏やかな陽気も、このぐらいの時間になるとひやりと冷たい空気を運んで来る。

 山の上なのだからこれはこれで当然とも言えるだろう。


「悠木くん……」


 声をかけてきたのは、我がクラスの誇る美少女。篠ノ井ゆず。

 茜色に染まった世界のせいか、その頬が紅潮していようともそれを目立たせてはくれない。


 ――――なんて、青春の甘酸っぱい一ページじゃない事は明らかです、はい。


「どういう事か説明してもらえるかな? ゆっきーとあんなに親しげに話して」

「ど、どうもこうも、俺が誰と仲良くしようが関係ないだろ?」

「そ、それは……っ、そうだけど……」


 おっと、まるで俺が浮気を疑われているみたいな光景にやり取りじゃないか。

 誰かがこの会話を勘違いしてあらぬ噂とか立たないかな。

 それをきっかけに俺は篠ノ井とお互いに意識し合うように……ならないだろうな。

 篠ノ井は巧一筋だし。


「もしかして悠木くん、ゆっきーからも巧の事を頼まれたんじゃない?」


 ……なんだよ。

 もうちょっと夢見る余韻に浸らせてくれてもいいじゃないか。


 ……というか、それにしても鋭いな。

 櫻さんが巧と篠ノ井との間に何かしらの接点があったのはよく分かった。

 だけど、そこで恋愛に関する予想に発展するのも些か突飛過ぎるのではないだろうか。

 そもそも、俺が櫻さんと仲良くしただけでその可能性に発展するというのは、本来なら考え過ぎだと一蹴されてもおかしくはないだろう。


 よし、その方向で行こう。


「考え過ぎだっての。ほら、俺達は寮住まいだから、帰り際に話が弾んで仲良くなっただけで……」

「そう。そうだよね。そういう風に仲良くなっただけだよね。巧との間を取り持って欲しいって言われたりした訳じゃないよね。あはは。やだなぁ、私。ちょっと考え過ぎちゃったよ。まさかゆっきーがいきなり私達の(・・・)『読書部』に来るなんて思ってなかったしね。私も考え過ぎちゃった。例えばほら、悠木くんがゆっきーの提案を聞いて、私の時みたいにあっさりと承諾したのかなって。そのまま私の邪魔をして、私と私の巧(・・・)の間を引き裂いて掻っ攫うような真似をするのかなって。ほら、櫻さん(・・・)って猫みたいに可愛いから。泥棒猫って言うじゃない」


 ……………………。


「ねぇ、悠木くん。悠木くんは裏切らないよね? 巧の友達なんだから、私の味方でいてくれるよね?

 あはは、おかしな事訊いてごめんね。これは変わらないよね。訊いても訊かなくても、変わらないものね」


 ……………………。


「ねぇ、何で黙ってるのかな? 黙ってるって事は、肯定とみなして良いって事なのかな? それはどっちの肯定なんだろうね、悠木くん。私の味方でいてくれる事だよね? そうだよね? まさか。まさかとは思うんだけどね、悠木くん。もしかして、櫻さんの方に寝返るとかないよね? ね?」


 ……………………ハッ!

 し、しまった。

 まさか活発系美少女幼馴染が、最近ではちょっと間違った分野に好まれるヤンデレ属性を持っているとは予想だにしていなかった。

 光のなくなった瞳をまっすぐ俺に向けて、小首を傾げながら口元をつり上げ、早口で捲し立てる様な質問。

 いや、これは質問なんかじゃない。

 俺に選択肢なんてものは、そもそも存在してない言い方だ。


 と、とりあえずこれは落ち着かせないと……。


「お、落ち着けって。別にお前を裏切るつもりなんてないっての」

「そう。そうだよね。裏切ったりしたら、私きっと許せない。赦さない」


 ちょっ、ヤンデレ怖っ! 笑顔が怖っ!

 うわああ……。笑顔で目を大きく開いてるとか、うわああぁぁぁ……。


「あ、そっか。櫻さん(・・・)は悠木くんとくっつけば良いんだよね。うん、そうだよ。それは良いアイデアだと思うんだ。あはは。これで私達(・・)とダブルデートとか出来ちゃうかもね。それに、カップルが出来たら私と巧も自然に意識出来ると思うよ。うん、それって良い事だよね? そう思うよね?」


 思います。

 それは確かに俺にとっては嬉しい展開だ。

 ……まぁ、そんな彼女も巧狙いな訳で。

 俺はやっぱりヒロイン情報を巧にあげていく一人のしがない親友でしかないんだよ。


「じゃあ、私も手伝ってあげるよ。悠木くんとゆっきー(・・・・)の事。期待しててね。あ、戻らなきゃ。巧が勘違いしちゃったら大変。先にいくね」


 最後の最後で、ようやく篠ノ井の病みモードが解除された、らしい……。

 いつもの人懐っこい満面の笑みを浮かべて、そそくさと屋上を後にした篠ノ井を見送って、俺はだらしなくその場にへたり込んだ。


 ……正直、ヤンデレって目の前で見ると半端ない。怖いっていうか、恐ろしい。

 それはもう、ホラー的な怖さなんかじゃない。

 あんな危うい怖さを、核の発射ボタンを猿に掃除させるとか言った表現を聞いた事はあるけど、そんな生易しいレベルじゃねぇ。

 むしろ象の足で掃除させる様なもんだ。

 そもそも掃除の土台にすら立ててないっての。


 そんな事を考えながら、俺は寮へと気だるさを感じながら帰る事にした。







 ◆






 夜が訪れた。

 俺は学園の自室に戻り、今回の篠ノ井の暴走について考えていた。


 櫻さんと俺の関係に逸早く気付いたのは、アイツの勘の良さが原因じゃなかった。

 ただの過剰な不安から作られた、一つの暴走。

 それが、あの篠ノ井の行動だったのだ。


 そんな事を考えながら、昨日の赤飯おにぎりの残りを冷蔵庫から取り出す。

 まったく。ヤンデレな篠ノ井のせいで赤飯の赤が血の色を彷彿とさせるとはどういう了見だ。

 食欲が失せるんだが。


 ……まぁ、それでも食べるしかないか。

 意を決して赤飯に鉄の味がしない事を祈りつつも口にすると、ちょうどその時、ベッドの前に置かれたテーブルの上でスマホが振動した。


 そこに表示されたのは、『櫻 雪那』の名前だ。

 女の子の電話を取るのに狼狽した俺は、必死になって咳払いをして咽た後でスマホを耳に当てた。


「も、もっしもし」

『かーめよーかーめさーんよー』


 ………………。


「えっと、櫻さん……。俺は決してそんな童謡を歌おうと試みた訳じゃ」

『知ってるわ。私もちょっと恥ずかしいもの』


 恥ずかしいのに言うとか、不覚にもそんなギャップに萌えたよ。


『悠木くん。もしかしなくてもだけど、篠ノ井さんの本性(・・)を知ってしまったんじゃないかしら』

「……その言い方だと、櫻さんはそれを知っていたって訳か」

『えぇ、残念ながら、ね。あの子の本性(・・)は狂気そのもの、といった所ね』


 それは……そうですね。

 俺には決して否定できない。


「……別に心配しなくても大丈夫だぞ。櫻さんの事は何も言ってない」

『そうみたいね。戻ってきた篠ノ井さんの顔は、何か憑物が取れたような顔をしていたわ。まぁその代わり、戻ってきた悠木くんはその憑物に取り憑かれたような顔をしていた訳だけど。フフフ』

「何が可笑しいのかな!? 笑えない、笑えないよ!」


 薄々気付いてはいたけれど、この櫻さんは相当なドSっぷりが滲み出ている気がする。

 やっぱりメガネは外せない。少しキリッとした顔で罵っていただきたい。


『ところで相談なんだけど。今から悠木くんの部屋に行って良いかしら?』

「なん、だと……!?」


 言われたいセリフのベスト10以内に存在しているワード。

 美少女から部屋に行っても良いかというフレーズ。

 まったく、本当に俺の心を見事にくすぐってくれる存在だよ、櫻さんは。


『あ、勘違いしないでよね。別にそういう意味で言ったんじゃないんだから』

「そういうツンデレなセリフはそんな淡々としたトーンでは言わないでもらいたいです」

『……残念だけど、悠木くんの好みに合わせるつもりはないわ。私はツンデレじゃないもの』


 ですよねー。


「ま、まぁ別に良いんだけどさ」

『あら、良かったわ。じゃあドアを開けてもらって良いかしら?』

「もう既に部屋の前ですか!?」


 スマホを片手に慌てて部屋のドアを開ける俺。

 するとそこには、制服から至福に……もとい、私服に着替えたジーパンに半袖の白いワンピース。その上から七分丈のカーディガンを羽織った櫻さんが立っていた。


 思わず私服姿に見惚れてしまった俺の視線から身体を隠すように、両腕を自分の手で抱いた櫻さんが俺に向かって告げる。


「視姦しないでもらえるかしら」

「ずいぶんな言い回しですね!」


 って、大声はまずいな。

 基本的に女子を部屋に入れるのは禁止されているし、周りの目がない事を確認して櫻さんを招き入れる。


 部屋の中に入った櫻さんは、キョロキョロと俺の部屋を見回すと、おもむろにパソコンの前に置かれた椅子に腰掛けた。

 紅茶を入れて持ってきた俺の目の前で、カチカチとマウスを操作している。


「……あの、そこには俺の桃源郷があるので」

「あら、だいたい予想はついているわ。だって、フラグとかツンデレとか、あまりにも通用し過ぎているもの。どうせ色々入っているのでしょう?」


 思わず固まった。

 そうだ。そういえばそうだ。

 俺にとって当たり前なフレーズでも、普通の一般高校生に通用するかと言われれば答えはノーだ。


 フラグブレイカーという巧の異名も。

 そもそも恋愛ゲームやギャルゲーやらに興味がある人間でなければ、通じるはずがない。


「って、分かってるなら見ないでくれませんかね!」

「どうして? 私がやった事ないゲームなら、もしかしたらお互いに紹介出来るかもしれないじゃない」

「そんな恥辱にまみれた友情を育むんですか、俺は!」


 慌ててパソコンに駆け寄った俺の前で、画面が一度暗転し、そしてメーカー名が浮かんだ。

 そのメーカーは最近、アニメーションを取り入れたアレなシーンを使っている俺のお気に入りブランド。

 内容は確か、催眠術を…………。


「学園陵辱モノとは、ずいぶんなモノを選んだのね」

「いっそ殺して下さい……」


 タイトルから内容を知られた俺は、今まさに公開死刑に処される気分である。

 あぁ……。絶対引かれた……。


「だいたい、こういうゲームは男の願望が過ぎるわ。それにエ○シーンの描写も、ただの自己満足の描写ばかり。男性の主観でこういうゲームが売れるという事は、そういう願望が強いって事ね。しょうがないとは思うのだけど」

「冷静に分析しないで下さい」


 ゲーム画面を手慣れた手つきで消した櫻さんが、俺に向かって向き直る。


「それにしても悠木くん」

「……はい」

「私がここまで自分勝手にしているのに、どうして押さえようともしなかったのかしら。まさかそういうのを見せて恥ずかしがる私の顔を見ようという高度な狙いを……」

「そんな狙いはしてねぇよ!?」


 ……なんだか櫻さんのイメージが、かなり崩れていく気がする。


「……ただ、その。押さえようとしていきなり触れるとかさ。そういうのは……」

「……そう」


 ん、なんだかちょっと優しい言い方で返事された。

 ヘタレな俺に同情したのか。


「でも、風宮くんならきっと、そこで私を押さえようとして勢い余って転び、お互いにどういう訳か重なり合う転び方をするというイベントが発生していたはずよ」

「……ひ、否定できないな……。さすがラノベ主人公……」


 確かに王道と言えば王道の展開だったかもしれない。

 なんとなくそんな場面を想像している俺を他所に櫻さんが椅子から立ち上がり、俺のベッドに腰掛けた。

 俺が手渡した紅茶のカップを背の低いテーブルに置いて、立ち尽くす俺を見つめる。


 ベ、ベッドに女の子が座るなんて……!

 この瞬間、俺は脇役人生を脱却した気分で胸が高鳴っている事など、櫻さんは知らないだろう。


 そんな事を思いつつ、今しがた櫻さんが座っていた椅子に腰掛けた俺は、櫻さんを見つめた。


「じゃあ悠木くん。私達のプランについて話し合いましょうか」


 

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