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#001 大事なこと

夏休み編、スタートします。

 聖燐学園敷地内。

 学園の高等部校舎から森を貫くように広がる並木道を抜けた先にある、さながらホテルのような建物をしている、男女合同寮。

 普段から建物の大きさに対して寮にいる人数は少ないぐらいだったが、それも夏休みが始まると同時に、拍車をかけるように閑散としていく。

 それでも、ごく少数の生徒は実家に帰る事もなく、そのまま寮で過ごす事になる。

 そんなごく小数に当てはまっているのが俺である。


 日々人数の減っていく寮の食堂で、今日も変わらず食堂で朝食にありつく。

 お盆の時期にあたる八月の初旬から中旬にかけては、この食堂も動いてはくれない。

 それぞれの部屋にキッチンが用意されているし、もしもここに残るつもりなら、自炊でもしろとでも言下に言われている気分だ。


 まぁ、お嬢様やらお坊ちゃんやら、この学園の寮にいるのはそういう連中ばかりだからな。

 そもそも実家に帰省する方が当たり前で、残る方が珍しいのだろう。


 ともあれ、夏休みを迎えて三日目。

 いつもよりもかなり人気のない食堂で、俺は食堂で朝食にありついていた。


「おはよう、悠木くん」

「……おはよっす……」


 夏休み早々、ついつい夜更かししたくなるのは思春期の性だろうか。

 そのせいで早速自堕落な生活に陥りつつある寝ぼけた俺の向かいに座って、雪那が声をかけてきた。


 雪那が持ってきたトレイには、サラダと一枚のトースト、それにスクランブルエッグ。

 米に味噌汁、目玉焼きに納豆という、シンプルな和食の俺とは正反対である。

 シャツにハーフパンツ、そして寝癖頭の俺と、爽やかに私服を着こなして今すぐにでも出かけられそうな雪那。

 ……うむ、正反対である。


「朝からゆっくりできるなんて、贅沢よね。時間に追われて慌ただしく過ごす朝とは全く違うわ」

「……なぁ、雪那。そんな言葉とは裏腹に、ずいぶんしっかりと着替えてあるように見えるんだが」

「あら、ゆっくりした方じゃない。いつもならもう授業が始まっている時間だもの」


 まぁ確かに、現在時刻は九時。

 本来ならば授業も始まっているし、この食堂だって閉まっている頃だろう。

 夏休みの救済措置として、食堂の時間は九時半まで延長してくれている。おかげで、こうして俺も寝起きのまま食堂に駆け込んでいる訳なのだが……それにしたって、ちゃんと着替えてしっかりと髪も整えている雪那が起きたのは、普段と大して変わらないような時間ではないだろうか。


 これが常勝、常にテスト成績一位を誇る雪那と、良くて五位、悪くて九位前後をうろうろする俺の差なのだろうか。


「んで、今日はどうする?」


 夏休みに入ってこの三日、俺と雪那はこの三日間を使って復習ついでに夏休みの宿題をこなしている。

 そう、せっかくの夏休みだというのに、これといって特に出掛ける事もなく、だ。


 俺も雪那も夏休みの宿題だとかは早めに終わらせておきたいタイプの人間で、後回しにして後で辛い思いをしたくないと考えている。まぁ、たとえ宿題が片付いたとしても復習やらをしなくなる訳ではないのだが……宿題というか、ノルマが残っている状態がどうにも落ち着かないのだ。

 なので、七月中には夏休みの宿題をほぼ終わらせるつもりである。


「私、今日はちょっと出かけなきゃいけないの」

「あー、だから着替えてんのか。なんだ、てっきり優等生の雪那と俺の差が出てしまったのかと思えば、そういう事なら朝から忙しいのも納得――」

「午後からだけど」


 ………………。


「……チッ」

「っ!? ね、ねぇ。今の舌打ちって……?」

「あぁ、気にすんな。俺と雪那の間にある真面目さの差を噛み締めただけだ」

「……何だかちょっと腑に落ちないのだけど……」


 それにしても、雪那がいないとなった途端に、非常に味気ない一日になりそうだと思う辺り、俺は相当雪那に固執している気がする。

 固執というよりも、寂しさを感じると言った方が正しいのかもしれないな。

 うん、主に美少女成分が足りなくなる。華がない、と言うべきか。


「おっはよー」

「おはよう、水琴さん」

「おう、水琴。……お前までしっかりしてなくて良かった」

「な、なんだろうね、その感じ……。ちょっと小馬鹿にされた気がしなくもないよ?」


 ジャージのズボンにシャツに眼鏡。

 そういった気の抜けた俺と似たレベルの服装の水琴は、どうも俺と同じレベルであるらしい。


「こうして朝会うなんて、初めてじゃないかしら?」

「いやー、いっつもギリギリまで寝てるから朝は食べないし、夕飯はカップラーメンが多いからねー。ここにはあんまり顔出さないんだよー。でもちょくちょく降りては来てるんだけどねー」


 なんとなくだが想像できてしまうな、水琴の生活。


「お前、飯とかより作業だとか優先するタイプなのか」

「あはは、バレちゃったかー」

「ご飯ぐらいちゃんと食べなきゃダメよ?」

「いやー、ついついねー」


 ある意味ではクリエイター向きな生活とでも言うべきなんだろうか。

 まぁ、自堕落と言えなくもないが。


「そういえば、ゆっきーはもうお出かけ準備万端って感じだけど、今日は二人共忙しいの?」

「俺は暇だな。雪那は出掛けるらしいけど」

「何か用だったかしら?」

「いやー、ちょーっと宿題で躓いててさー。教授のほどを願えないかなーって」


 てっきり話を聞いていると、宿題だとかにあまり手をつけていなさそうなタイプかと思っていたが、どうやら水琴もお盆までは色々と忙しくなるのが目に見えているそうで、宿題は早めに終わらせておきたいと考えているらしい。

 そこで、常勝雪那かテスト上位の俺に勉強を教わりながら、早い内に進めようと考えていたそうだ。


「あー、それなら別に構わねぇよ。俺も宿題早いトコ片付けるつもりだからな」

「でも、今日から三日間は、昼はここの空調切るみたいよ?」


 ……すっかり忘れてた。

 節電やら何やらで空調温度は高めに設定されているらしいのだが、今日からは配管の掃除がどうとかって話で、空調を切るらしい。

 きっと昼頃には蒸し風呂のような暑さになっているだろう。


「忘れてたな……。まぁ部屋のクーラーは使えるから、俺の部屋でいいか?」

「おっ、お言葉に甘えさせてもらっていいかい?」

「まぁそれしかないだろ。出かけるのも面倒だし、かと言って水琴の部屋に俺が行く訳にはいかねぇしな。まぁ雪那も篠ノ井達も来た事あるし、今更なぁ……」


 部屋に女子が来る。

 そんなシチュエーションにも、今年の春から比べるとずいぶんハードルというか、緊張度が下がった気がするな。


 もちろん、水琴とて見た目が悪い訳じゃない。

 むしろ雪那や篠ノ井の美少女っぷりが群を抜いているせいで目立たないだけで、女子にしては背が高く、ちょっとばかり発育がよろしい部分が印象的な女子である。


 だが如何せん、キャラの濃さというか……そういったのがあるから女子として意識しにくいんだよな、コイツ……。


「ゆっきー、これはいいのかなー?」

「別に私に聞く事じゃないと思うのだけど。いいんじゃないかしら?」


 ……その口調がせめてもうちょっと淡々としてみたり、怒りを孕んでさえくれていれば、俺はちょっと胸を高鳴らせただろう。

 まったくもっていつも通りの口調で雪那は告げた。


「ふーん……。それじゃ、悠木くん。私は御飯食べてから宿題やら持って部屋に行くから、先に戻って部屋の中の見られちゃいけないものを隠すといいよー」

「案ずる必要はない。俺は常に完璧に隠してる」

「……隠してる事そのものは隠さないのね……。まぁいいわ。それじゃ、私は軽く宿題片付けてそのまま出かけちゃうから」

「おう。お土産はアイスとかでいいわ」

「……はぁ。分かったわ。じゃあ戻ったら連絡するから」


 冗談のつもりが、どうやら買って来てくれるらしい。

 いや、うん。言ってみるもんだな。


「うひゃー、何この会話。ちょっと録音させてくれてもいいかなー?」

「あ、そういうのやるの俺の専売特許なんで」

「被ってたのっ!?」

「何バカな事言ってるのよ、二人共。それじゃあね」

「いってらー」

「気を付けろよー」


 トレイを返しに向かった雪那を見送っていると、水琴がニヤニヤと笑いながら腕を突いてきた。


「悠木くんってさぁ」

「あ?」

「ゆっきーのこと、好きなんじゃないのー?」


 ニヤニヤと悪戯っぽく訊ねて来たが、俺はその問いかけの答えに思わず詰まってしまった。

 好きかどうかと言えば、まぁ好きなのは間違いない。


「……どうだろうな」

「あっれー? 慌てて否定するタイプだと思ったけどなー」

「いいからさっさと飯食えよ」

「はいはーい。別に先に戻ってていいよー?」

「あんな発言されたのに先に戻ったら、まるで俺が色々隠すみたいじゃねぇか」

「あっはっはっ、それもそうだねー。じゃあ軽く受け取って来るねー」


 食堂の受け取り口へと向かう水琴を見て、思わず小さく嘆息する。


 雪那を好きかどうか。

 確かに俺は、雪那に惹かれてはいる。

 見た目は言わずもがな、普段話していても雪那との会話は楽しいし、一緒にいたいと思えるような相手ではあるのだ。


 ――だけど、雪那が“ゆき”であると知った途端に、そういった浮ついた気持ちは急速に熱を下げてしまったような、そんな気がするのも事実だった。


 ただ感情の赴くままに好意を寄せるには、難しい相手。

 雪那があの沙那姉の妹だから、だろうか。

 どちらにしても、さっき水琴に答えた言葉――判らない、というのが正直なところなのだから、実に情けない話だ。


 まぁそういうのって、考えて意識する場合もあるけど、結局はふとした時に気付く物だったりするんだろうし、今は特に考えてないってのが本音だ。


「お待たせー」

「おう……って、凄い量だな、それ……」


 目の前に盛られたサンドイッチの山に、思わず言葉を失った。


「お昼御飯でないから、食い溜めだよー」

「……そういう事言うヤツに限って、昼過ぎには腹減ったって言い出すんだよな……」

「っ!?」




 見ているだけで腹が膨れそうな食事風景だったので、結局俺は水琴に部屋番号を伝えて自室に戻り、クーラーをつける前に換気する。

 一応水琴も、俺の前に来るのだから着替えてくる、とか言い出していたのだが、そういうの気にするのか、あんな性格の割に。


 洗濯物と布団を干して掃除機をかけ、一段落した所でようやく部屋のベルが鳴った。

 丁度いいタイミングだな。


「着替えてきたよー」

「……あー、うん。そうだな」

「リアクション薄っ!」


 扉を開けてちょっとガッカリだ。

 確かに着替えてはいる、と言えなくもない。

 さっき食堂で会った時はジャージにシャツで、ジーパンにさっきとはちょっと違うシャツ。

 ……あんまり変わってねぇんだよなぁ。

 女の子らしい服とまでは言わないが、服のシルエット的にもどうも、色気が足りないというか。


「……さ、入れよ」

「まじまじと見てもリアクションもないって、それはどうなのかなー……。一応私も女の子なんだけどねー……」


 ブツブツと言いながら、水琴が部屋の中に入って来る。

 一応ってつけている辺り、自分がそんな目で見られる事も理解しているのだろうか。


「へー、男子なのに綺麗なんて、ちょっと意外だなー」

「そうか? こんなモンだろ」

「いやいや。男子の部屋って言ったら、山積みにされたゲームやCDのパッケージに、畳まれずに敷きっぱなしの布団。それにマンガが転がってて、その辺りにはコンビニの」

「いや、うん。お前が想像してる部屋は何となく分かったが、それが一般的って思うのは間違ってる。……ま、適当に座ってくれ。烏龍茶で良いか?」

「お、ありがとー。麦茶派なんだけど」

「じゃあ自分で買ってこい」

「あははー、冗談だよー。ありがとー」


 やっぱり水琴は雪那や篠ノ井、それに瑠衣なんかとも全く違うタイプだな。

 どこか大人っぽく、けれど天然とでも言うか、飄々としていると言うか。


 烏龍茶を注いだコップを置き、掃除を済ませたばかりで換気用に開いていた窓を閉めて、クーラーのスイッチを入れる。

 こっちがそんな準備をしている間に、水琴も肩に提げていたバッグから筆記用具やらをテーブルの上に広げ始めた。


「さて、勉強を始める前に一ついいかな、悠木くん」


 唐突に真剣な面持ちで、水琴が俺に向かって声をかけてきた。

 自分の勉強机から背の低いテーブルへと向かって教科書やらを移動させていた俺も、思わずその真っ直ぐな瞳を真正面から受け止め、動きを止めた。


「なんだよ、急に真剣な表情で」

「……うん。凄く大事なこと、なんだ」

「だからなんだよ。わざわざもったいぶって言う程の事なんだろ? 大事ってのは分かってるよ」


 さっきの会話の流れから推測するに、雪那の事だろうか。

 水琴はやけに言い難そうに、顔を少し伏せて小さく身を捩る。

 こうして改まって言葉を濁されると、ちょっと告白されるんじゃないかって思うのが思春期少年の標準装備(デフォルト)なのだと、世の女性は理解しておいた方がいいと思う。


「えっとー……、あはは……。こりゃちょっと言い難いね……」


 まさか――まさかとは思うが、その予感は正しいのではなかろうか。

 ごくりと喉を鳴らし、生唾を呑み込んだ。


「悠木くんは、そのさ……」






 ――――次の言葉を待つ。






「……『受け』と『攻め』だったら、どっちが」

「そんな事だろうとは思ったけどな。それに驚くかどうか以前に言わせてもらう。想像すんじゃねぇ」


 ……さて、宿題を片付けよう。


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