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幕間 茅野 卓という少年

 聖燐学園、学生寮。

 そこに、茅野(かやの) (すぐる)という男子がいる。


 今日は彼について、俺――永野悠木は少しばかり彼について語ってみようと思う。


 ――茅野卓。


 彼は一言で言うならば、お調子者の類だろう。


 俺にとっては面白いイジりキャラポジション、ナンバーワン。

 ナンバーワンであり、オンリーワン。

 トップランカーであり、独走者である。


 もちろん、これは男子としては、という話。

 女子では瑠衣というちびっ子が存在するが、今回はあのちびっ子については割愛する。




 そもそも、俺とそんな彼との付き合いは、何でも一年以上に及ぶそうだ。

 残念ながら、出会いについてはしっかりと記憶してはいない。


 俺は、男についてあまりに興味を抱いていないのだから、こればっかりはしょうがない。


 彼が言うには、俺の隣の部屋に住んでいる男子だそうだ。

 二年生になって初めて知ったのは、彼にとってはきっとショックな出来事であろう。

 しかしそれは、触れてやらないで欲しい。




 ――そんな訳で、一学期が終わって非常に疲れが残った一日。

 本当に退屈な、夏休みの初日。


 雪那に言われ、一日安静を命じられたこの俺が。

 食堂で偶然見かけた彼を、俺なりに考察しながら、かつイジりながら語っていこうではないか。











 茅野卓は、実に特徴のない男子である。

 そんな言い方をしては失礼だと誰もが思うかもしれないが、特筆すべき容姿の特徴はほぼ皆無。


 残念ながら、俺や巧なんかと同じ平々凡々、とでも言うべきだろうか。

 ただ特徴を挙げて言うのであれば、ガリ勉の中学時代から、寮暮らしになって間違った方向のオシャレに芽生えたという、ただただ平凡な男子だろう。


 高校デビューは罪作りだ。

 こうしたものは、やはり但し書き――似合う人に限る――が必要なのかもしれない。

 罪な言葉である。


 容姿についてはそのぐらいで良いだろうか。

 いや、むしろそのぐらいにして欲しい。

 勘弁して欲しい。




 ――――さて、ならば性格はどうだろうか。




 俺が印象を受けて初めて彼を認識したのは、男女寮の合同の時だ。


 馴れ馴れしくもふてぶてしい態度。

 そして、呼び捨てにされた俺の苗字。

 あの時の事を怒っているかと訊かれれば、俺は当然「No」のサインを返すだろう。


 しかしながら、許してやるか、気にしていないかと問われれば。

 それも「No」である。


 実に俺は、我ながら狭量な人間である。

 それは認めざるを得ない。


「なぁ、永野。風邪ひいて休んでたんだろ? 体調は大丈夫か?」

「大丈夫だった」

「だった?」

「親しくもない相手に呼び捨てにされた事を除けば、いや、そうされる前までは大丈夫だったと言える」

「っ!? え、だって、お前、俺の名前――!」


 こうして、俺は彼によって気分を害される事が往々にしてある。

 まったくもって空気を読まない馴れ馴れしさ、というべきだろうか。

 もしかしてこれは、彼の長所なのかもしれないが、俺にとっては短所にしか見えないものだ。


 捉え方は人それぞれ。

 残念でならない。


「ちょっと、アナタ!」

「はいっ!」

「今日は一緒に勉強するって言ったはずでしょ!? 何を永野さんと談笑しているのです!」

「え、いや、それは!」


 彼女――と言って差し支えない事が判明したのだが、彼女は華流院(かりゅういん) 園美(そのみ)


 なんでも彼女はどこかの華道家令嬢だそうだ。

 あの男女寮の合同以来、彼こと外野くんと何かと行動を共にしている。

 名前負けしている、とは決して口にしてはいけない。

 権力に楯突く生き方は、損をするだろう。


 彼女はかつて、ペットか保護者の方だと思っていたのだが、どうやら瑠衣と同じ下級生である事が判明した。


 やはりお金持ちの威厳と貫禄は、DNAレベルで変化を与えてくれるのだろう。

 先祖返りは特別な意味合いを持つ事が多いと言われているが、言われてみれば成る程その通りである。


 あの握力ならば、きっと赤い果実も片手でいけそうだ。

 何が、とは問わない。

 問うてはいけない。


 何もかもが情報で溢れ返った現代だからこそ、こうした事については蓋をするのも必要だ。

 そうして取捨選択をして、俺達は大人になるのだろう。






 茅野卓と華流院園美は、テストの成績では二十位前後をキープしているらしい。

 俺も一緒に勉強するかと、あの華流院さんは有難いお言葉をかけて下さった。


「体調悪いからパス」

「あら、そうですか」


 こうして、丁重にお断りさせて頂いた。


 俺はちゃんと、それはもうしっかりと空気を読んでいる。

 彼が心配してこちらを向いて口をパクパクさせていた気がするが、案ずるな。

 そんな心配はしなくていいのだ。


 俺は空気を読めるのだから、ヘマはしないのだ。


「そういえば今日は、櫻さんはどうしたのです?」

「あぁ、買い物に出て行ったよ。それより華流院さん、茅野くんが早くって呼んでるよ」

「あら、ホントですわね。それでは、永野さん。ごきげんよう」


 まったく、本当に。

 こういったセリフはやはり、金髪縦ドリルと相場が決まっているのだが。

 ドリルもいらずに穴が開けられそうな彼女を見ると、それでも良いのだろうかと思ってしまう。


 例えばここが工事現場なら、きっと華流院さんは掘削作業ではなくコンクリートを押し固めるタイプが一番だと思うのだが、それについては言及するべきではない。


 適材適所という言葉は、実に罪な言葉ではないだろうか。

 今日は何とも、罪な言葉を知ってしまう一日である。











「おう、おかえり、雪那」

「ふふ、なんか変な感じね。ただいま。どうして食堂にいるの?」

「あぁ、たまには部屋じゃなくて、ここで勉強しようかと思ってな」


 気が付けば昼食の時間。

 買い物を終えた雪那が帰って来るなり、俺に向かって声をかけてきた。

 相変わらず、どこか心なしかふんわりとやわらかい匂いがするのは、きっと気のせいではないだろう。


 早いもので、この寮内に残っている生徒は既に半数以下。

 多くの生徒が実家に帰省した。

 そんな中で帰ってきた雪那は、もともとの気品や立ち振る舞いも相俟って存在感が強い。

 そんな雪那に、華流院さんも気付いたようである。


 こちらにやって来るその姿は、歴戦の戦士を思わせてくれる。

 DNAレベルで選ばれた彼女の、その強さを垣間見た気がする。


「櫻さん、お帰りなさいませ」

「あら、お勉強してたの?」

「えぇ、私も茅野君に色々と教わろうと思いましたの。それで、お昼なのですけど、今日は勉強を教わった代わりに、茅野君に手料理を振る舞う予定ですの。宜しければお二人もご一緒にいかがですか?」


 どうやら彼女は茅野君に料理を振る舞うらしい。


 雪那がちらりと俺を見てきた。

 一応、風邪が完治していないおかげで、雪那は俺の昼飯まで用意してくれる予定になっている。


 非常に残念でならないが。

 まったく、せっかくのお誘いなのだが。

 華流院さんの手作りの料理なんて、まったくもって逃し難いのだが。


 本当に。

 本当に逃すのは惜しいとは思うのだが。


 ただちょっと、タイミングが悪かった。


 それさえなければ、基本イエスマンのこの俺である。










 きっと答えは「No」と返したに違いない。








「あぁ、俺達に気を遣わなくてもいいよ。ありがとう、華流院さん。せっかく勉強を彼に教わってるんだから、その名誉は彼だけにあげると良いんじゃないか?」

「ふふ、永野さんはなかなかどうして気障なお方ですのね」


 ………………。


「さて雪那。ちょっと風邪をぶり返したみたいだ。寒気がしてきたから部屋へ戻ろうと思うんだ」

「……そ、そう……。じゃあ、華流院さん。私も戻るわね」

「えぇ、分かりましたわ。お大事に、永野さん」


 こうして俺は、一人の淑女を傷付けた居た堪れなさに背を押され。

 何者かの怨嗟の声を耳にしながら、雪那と共に自室へと戻って行く事にした。








 結局その夜、食堂へと様子を見に行った俺の前に、彼は姿を現さなかった。





 きっとたくさん食べて満足したのだろうか。

 空気を読んであげたのだから、少しぐらい感謝して欲しいものである。









 こうしてここに、俺の夏休み初日。

 暇な一日を潰すべく始めた、茅野卓にまつわるお話は、一度(ひとたび)の終幕を迎える。








 またいつか、彼と会える日が来ると、そんな願いを込めよう。


 その終幕に、少々寂しさを感じた気がした事を、俺は誰にも語らないだろう――――。

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