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幕間 兼末水琴は歩き出す



 聖燐学園と言えば、知る人ぞ知る名門。

 その敷地はまるまる山一つを有し、偏差値、格式の高さから注目度が高く、制服にもオシャレを取り入れたような作りから、近隣どころか遠くに住む女の子が受験を受ける事も、決して珍しくない。

 これまで続いた女子校から共学化された事は多くの波紋を呼んだけれど、まだまだ男子生徒も女子生徒の半数以下であり、徐々にその比率を半分ずつに調整する段階。


 完全共学化に向けて、ゆっくりと調整を行っているというのが、私――兼末水琴――の抱いた印象だ。


 そんな話題に事欠かない聖燐学園の中で、最も有名な部と言えば――読書部。

 部室の位置すら知られていないマイナーな部活でありながらも、その知名度だけは凄まじく、その理由は一組の幼馴染。

 今では二年C組に在籍している篠ノ井ゆずさんと、そしてそんな彼女の幼馴染こと、風宮巧くんだ。


 絵描きでもあり、マンガ家志望な私としては、あの絵に描いたような幼馴染の姿に妄想力を捗らせた。それはもう、あんな事やこんな事まで妄想を働かせ、次々と絵に描き起こすには、ある意味想像しやすい格好の素材だったから。


 一時は、読書部廃部の危機と聞いた事もあった。

 一年生の夏、在籍していた三人の三年生が、その夏をもって部活を引退してしまい、実質部員二名となった読書部は廃部の危機に陥った。

 私もこの噂を耳にはしていたものの、そんな部にわざわざ入ろうとは思わなかった。

 そもそもどの部にも入る気はなかったし、バイトと絵と、そんな私にはそうそう時間を作る余裕もなかったからね。


 ――しかし、そこに更に一人の男が現れた。

 永野悠木くん。

 特待生としては異質なタイプであり、それでもなお成績上位に食い込み続ける無気力系男子の登場である。


 彼は色々な意味で有名だった。

 というのも、彼はちょうど部に入るちょっと前に、とある噂で名前が知られている男子だったからね。

 聖燐学園には似つかわしくない、不良っぽい印象を受ける噂だっただけに――私の妄想力をさらに掻き立てたとは言えない。




 一人の美少女を取り合う二人のイケメン(・・・・)

 天然系男子と不良系男子の間で起こった、三つ巴の恋愛事情。

 趣味で描き、ウェブ上で公開した学園物語のマンガは、自分で言うのもなんだけど、多くのファンを惹きつけたと思う。


 もちろんこれは、読書部を私なりにアレンジした内容だ。


『絵がキレイ!』

『今日も大変面白かったです! 今後の展開に、読んでいてドキドキしました!』

『いつも楽しみにしてます!』

『どっちもフラれて欲しくないなー』


 ウェブ上で公開されたマンガにつく、読者からの声援。

 人を魅了させられる物を作ったという、得難い幸福感。

 何より、自分が大好きなマンガで認められたと思えるその嬉しさは、私の胸を踊らせた。


 まぁ、モデルとなっている読書部の実情をファンが知ったりしたら、彼らにきっと色々と投げ付ける事になりそうなぐらい美化しているけれど……それは誰も与り知らぬ所である。

 むしろ私が危ない。


 ――それでも、そんな、いわゆる『逆ハー物』もやはりありふれた展開であった。


 その後の展開が徐々に飽きられ、テンプレと呼ばれる、いわゆる王道の展開に進んでしまった。


 気が付けば、ファンは一人、また一人と減っていく。

 目に見えて数字となって表れるアクセス数は、水琴の心の情熱の炎を徐々にだが確実に沈静化させていく。


 高校二年の春。

 そろそろ何か手を打たねばならないと考えていた私に、吉報が舞い込んだ。


 ――成績優秀、眉目秀麗な美少女。

 櫻雪那が、あの読書部へと入部したのだ。


 ――ま、まさかの女子キャラーッ!?

 私が考えていたのは、あくまでも男性キャラクターの存在だったのだ。

 簡単に言うならば、ヒロインのイケメンを増やす、という案であった。


 しかし現実で起こったそれは、逆ハーを乗っ取ってしまいかねない存在。

 主人公の純真可愛い系女子と対極に位置するタイプの美少女。

 それによって、立場が逆転するハーレム。


 それは私がこれまで読んできた数多くの女子モノにすらなかった展開。


 ――事実は小説より奇なり。

 そんな言葉が、彼女の脳内に浮かび上がった。


 失いかけた創作意欲にも火が点き、新たな展開を迎えていく。

 その、ある意味真逆に進んだストーリーのおかげで、私は初めてサークルなどからお呼びがかかり、ついにコミケへの出品に至った。


 それは私の一つの目標が叶った瞬間であった。




 二年生になり、夏の出品に向けて創作する日々。

 バイトのシフトを増やし、夏には集中出来る環境を整えるべく、ただ身を粉にして働く日々。


 ――あー、最近は主人公男子二人の掛け合いが欲しいって言われてるしなー……。

 アルバイト中なのに、私の頭は自分が描いているマンガの続きをどうするかという悩みで埋め尽くされていた。


 男性同士の掛け合いが特別大好きだった訳ではない水琴だが、同人ではそういった絵を頼まれている。

 ただ、残念ながら私はそっち系には食指が動かず、どうにも妄想力が足りていなかった。


 ――うぅー、梅雨の間には終わらせたいのに、ネタが……っ! ネタがなーい!

 そんな事を考えていた矢先、来客を報せるベル音が店内に響き渡った。


「いらっしゃいませー……」


 やる気のない声を出しながら、お店の入り口へと振り返る。

 そこに立っていたのは、ちらりと見た事がある二人組。


 そう、私がモデルにして描いていた二人の姿があったのだ。


 ――きったぁぁぁぁッ!

 もはや自分の仕事を忘れそうな勢いで、それでも平静を保つ。


「いらっしゃいませー! 二名様ですかー?」

「はい」

「二名様、ですね」


 ――よし! 女子はいない!

 今はどちらかと言えば、男子二人である方がありがたいのだ。

 男同士の絡みというのは私にとっても未知数であり、妄想は妄想でしかない。

 読者である女性は、有り得ないと考えつつも現実味を求める生き物だ。


 これは――チャンスだ。

 思わず喉が鳴る。


「……本日は全席禁煙となっておりますのでご協力お願い致します。では、お席にご案内しますー」


 席へと案内する中、不良っぽい方の永野悠木くんに警戒されたような気がするけれど、それはもう知った事ではない。

 一挙一動全てを見逃すまいとしていた私は、その姿を食い入るように見つめていた。

 そして予想外はここでも起こった。

 無気力な男子生徒であるはずの永野悠木くんが、風宮巧くんに向かって怒声を張り上げ、胸倉を掴んだのだ。


 それは正に、自分が描いた世界にはなかったもの。

 水琴は再び、その姿に衝撃を受けたのである。


 ――……アツい男同士の語り合い……ッ!

 思わず会計際に感謝の意を示し、苦い顔をされたのは記憶に新しい。


 梅雨になり、本格的に執筆する準備に取り組むべく、私はバイトを辞めた。

 あの日見た光景はすでにネタとして使われ、様々な反響を与えた。


 そうして描き上がっていく中、読書部にまた一人の部員が入ったと情報が流れる。

 それが、一年生の美少女こと、宝泉瑠衣ちゃんの存在だ。

 もはや読書部は私にとっての聖地とも呼べる場所だ。


 次々と新しいキャラが生まれ、それは私のペンを加速させる。

 そうしてようやく、原稿を描き上げた。


 満足のいく内容。そして大きな反響。


 しかしまだ、終われない。

 終わりたくない。

 もっと描きたい。


 そんな感情が、私を追い立てていく。 


 ――結果として、私は成績を落とした。






 特待生でテスト成績二十五位以下の生徒は、補習への参加が義務付けられている。

 ようやくサークルへの納品も終わったとは言え、テストの成績に関してはギリギリ過ぎた。

 赤点の生徒と共に、特待生として唯一補習に参加するハメになった私は、それでも悔いのない夏を迎えようとしていた。


 とは言え、補習なんて決して気持ちの良いものではない。

 鬱蒼とした気分のまま、私は補習を行うE組の教室へと移動し、腰を下ろしていた。


「こっちこっち!」

「おう、待てっての」


 そこへやって来たのが、風宮くんと篠ノ井さんという、私にとってはある意味ではお世話になっている二人だった。


 補習の生徒は十名程。

 教師に言われた結果、生徒は必然的に黒板の近くへと詰めて座らされる事になった。

 偶然にも、隣に座った幼馴染二人組を前に、当然私はなんとかネタを探せないかとアンテナを張り巡らせる事になった。


 翌日も、その翌日も同じ席へと座らされる。

 追試は自分には設けられていないが、おかげで今日で最後のチャンスだと言えた。


 ――ど、どうしよう、声をかけようか……! で、でも、何て声かければ……!?

 私としても、もう少し親しくなれば、会話の中から何かネタが手に入るのではないかとか、そんな考えであったのは否めない。

 ただ単純に、この二人の日常を知るには、もう少し親しくなれば楽になるかと考えたのだ。


「――あの」

「……へ?」


 思考を巡らせていた私へ、予想外にも向こうから声がかかった。

 思わず、その突然の行動に脳内補正されたマンガの主人公の姿が重なって見えてしまい、心臓が破裂しそうな程に高鳴った。


「俺、教科書なくて……。見せてもらってもいい、かな?」

「え、あ、ハイ!」


 私は男子と話す事がなかった訳でも、シャイな性格をしている訳でもない。

 ただ、自分が作ったとは言え、物語の主人公と話しているようなその錯覚が、私を緊張させた。

 不意にちらりと篠ノ井さんを見やると、彼女は彼女で逆側にいる隣の女子に教科書を見せてもらっている。


 机を引っ付けて教科書を見せ合う。

 その一時間近い時間は、私にとって緊張が続いた一時間であった。


 ――……な、なんか緊張……? してるのかなー……。

 心臓は酷く高鳴り、顔も熱い。

 そんな、自分の制御出来ない緊張感に、私は終始俯いたままでいた。




 ――補習が終わり、お礼を告げられて離れる席。

 ようやく解放された緊張から、一つ大きく溜め息を漏らしてから、私はそっと自身の胸に手を押し当てた。 


 ――……変な感じ。

 徐々に落ち着きを取り戻していく、先程まで感じていた緊張。


 ――――別に恋に落ちたつもりもない。


 そんなウブな少女でもなければ、恋に落ちやすい性格ではないと自負している。

 むしろ、男女の垣根など一切気にせず話ができるという点においては、むしろ恋などという感情とは余程遠い立ち位置にいると言えるだろう。


 ――しかし、その胸の高鳴りの正体が何なのか、私は戸惑っていた。


 気になった(・・・・・)

 ただそれだけの事だ。


 ――……『読書部』、かー……。

 トボトボと寮に帰り、自室で料理を済ませながら、私は考える。


 相も変わらず、謎の多い読書部。

 絵を描き、バイトをして、特待生だからと部活も敬遠していた日々。

 決して部活が面倒とか、そういった気持ちがある訳でもない。

 言うなれば、興味が沸かなかった。


 ――入って、みようかな。

 そんな風に考えて、私は読書部を探した。




 ……余談だけれども、聖燐学園広すぎるんだよねぇ。

 読書部の部室を見つけるまで、何度諦めようかと思ったかな……。


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