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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第四章 俺達の問題
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#008 危険な匂い 『兼末 水琴』

 突如として部室へとやって来た、恐らく先輩と思しき女性。

 そんな風に思ったのは、やって来た女性の背がそれなりに高く、そして――やけに胸が大きいからだ。

 丸い眼鏡の向こうにある瞳は大きく、きっと眼鏡を外せば美女の部類に入るであろう女性なのだけど……なんだろうな。

 なんだか目つきというか、纏っている雰囲気というか……どこか危険な香りがする女性だ。


 ――俺はこの人を、知っている気がする。

 そんな風に思ったのは、どうも彼女が向けてきている俺と巧に対する目つきが、なんとなく既視感を覚えるものだったからだ。


 しかもそれは……警鐘が鳴り響くという、どうにも危険な方向で。


「えっと……?」

「まさか読書部がこんな所にあるとは思わなかったー……。キミが有名な風宮くんだったなんてねー」

「はあ……? えっと、有名かどうかは分かりませんけど、風宮は俺ですけど……」


 どうにも俺達の事というか、巧の事は知っているらしい。

 ともあれ、何が言いたいのか分からないままだったが、眼鏡女子はこちらへと振り返ってサムズアップしてみせた。

 これもまた既視感。


「あの時はゴチでした……!」

「――アンタか!」


 見覚えも聞き覚えもあるサムズアップとそのセリフに、思わず鋭いツッコミが飛んだ。


 そう、この女性は確か、俺と巧が言い合いになったあのファミレスの店員だ。

 俺にとっては危険極まりない存在としてマークした相手である。

 何者かと誰何する雪那達に、改めて突然やってきた女性と知り合った経緯を伝えていく。


「私は二年D組の“兼末(かねすえ) 水琴(みこと)”だよー。そこの櫻さんと同じ特待生でーす」


 ……特待生って、俺もなんだが……。


 聖燐学園は今、一年あたりAからEまでの五クラスが存在している。

 俺や巧、それに篠ノ井は二年C組。雪那は二年A組といった具合で、別々のクラスだったりするのだが。

 そういえば、瑠衣は一年E組だったっけか。


 兼末 水琴。

 背の高さやスタイルの良さから、てっきり年上のお姉さんかと思ったのだが、どうやら俺達と同じ二年生で、しかも特待生だったようだ。

 寮でも見かけた記憶がないんだが……まぁ気にしてないだけで接した事がないとか、そういう可能性も否定できないしな。


 それはともかく、何しろあの時の反応を見る限り、どう見ても腐っていらっしゃるタイプじゃないだろうか。

 この部室の奥に眠る『脳内相関図』だけは、この女には絶対に見せちゃいけない部類かと思われる。


「えっと……」

「あぁ、ごめんごめんー。色々先走り過ぎちゃったかなー。えっとね、ここに来た理由はシンプルなんだよねー」


 たははと笑みを浮かべながら語る物言いは、決しておっとりしているというタイプではないのだけれど、どうも間が延びる喋り方だった。

 そんな兼末さんは続きを促すように視線を向ける俺達に、そのままの調子で更に続ける。


「えーっと、なんて言ったっけー? あぁ、そうだそうだ。入部希望、ってヤツなんだよー」

「……へ?」


 さらりと告げられた、彼女がこの場所へとやってきた目的。

 先程入って来た時はどこか鬼気迫るものがあったというのに、その口調はなんというか、実にシンプルで単純なものであった。


「えっと、本当にそれが目的なの?」

「うん? あぁ、うんうん、そうだよー。私さー、前からこの読書部に興味あったんだよねぇ」

「目的……?」


 篠ノ井が僅かに身構えた気がするが、それは無用な心配だと思う。

 実際兼末さんから感じられた脅威が本物だとしたら、狙われているのは巧ではない。

 むしろ俺と巧をバツ印で繋ぐような、そんな世界でしかないはずだ。


「噂の読書部。その三人がさっきまで購買の方歩いてたでしょー? で、後を尾けてみたら、まさかこんな場所に部室があったなんてねー。いやー、知らなかったよー。って事で、入部したいんだよねぇ」

「何だか盛大に自己完結されてる気がするんだが……!」

「いやーね、読書部の存在も風宮くんの存在も知ってたんだけど、顔はチラッと見た事があっただけだしクラスも違うから聞けなかったしねー。部室も知らなかったから、探してたんだよー」


 あっけらかんとしているというか、どこか緩いというか。

 そういう意味では、雪那や篠ノ井、それに瑠衣ともまた違うタイプの女性で、どちらかと言えば社交的な部類に入るのだろう。

 しかしまぁ、こうしてさっさと要件だけ喋っておいて、全員置いてけぼりにしながらも怯まないとは、なかなかに鋼の精神ではないだろうか。


 正直言って、反対する要素は――たった一つ。

 それは兼末さんが、ご婦人方も真っ青なご腐人(・・・)であるという点だけだ。


「おい、巧――」

「別に断る必要はないと思うぞ。なぁ、ゆず?」

「いやいやいや! た、巧、お前ちょっと落ち着け……! というか気付け!」

「うん、私もいいと思うけど?」

「こ、この幼馴染ペア……! 相変わらず俺が求めてない場所でばかり結託しやがって……!」

「私も異議ないのです。よろしくです、兼末先輩」

「うはぁーっ、何この子可愛いー!」


 瑠衣まであっさりとオーケーしてしまうとは……。

 もはやどう足掻こうと、俺の意見は一切こいつらの耳に届かない予感しかしない。


 がっくりと項垂れる俺の視界に、雪那が静かに歩み寄って入ってきた。


「ね、ねぇ、悠木くん。さっきからなんだか気乗りしていないみたいだけれど、あの人知ってるの?」

「雪那、俺は今お前の優しさと気遣いできる能力に感動している」

「え、いきなり何?」


 思わず出た言葉に雪那が固まった。


「いや、なんでもない。俺と巧がもめた駅前のファミレスの話、覚えてるか?」

「えぇ、それは覚えてるけど……。って、そういえば悠木くん、なんか変な店員がいたって言ってたわね……。まさか……?」

「あぁ、そのまさかだよ。恐らくだが、御()人だ……」

「……あぁ、そっちの……。でも諦めましょ、もう向こうは盛り上がっているし、この状況で断れる空気じゃないもの」

「くそ……ッ! なんでこんな面倒そうなヤツが、このタイミングで現れた……ッ!」

「なんだか劇画チックに嘆いているところ悪いけれど、そう悪い人でもなさそうよ?」


 まぁ、実際のところ腐っている点さえ除けば、俺としては歓迎してもいいとは思っているのだ。

 瑠衣もなんだかんだで楽しそうだし、今の雪那や篠ノ井の事を考えると、事情を知らない兼末さんが入ってくれた方が、それなりの潤滑油というか、緩衝材の役割も果たしてくれそうだという意味でも、俺だって歓迎したいところである。


 何より巨乳だしな。

 目の保養的にも俺は歓迎したいと、心からそう思う。


「しかし、さすがは男子の密かな憧れとして名高い読書部と言うか……。あの櫻さんと篠ノ井さん、それにこの可愛い子。そりゃ有名になるよねー」

「有名?」

「ありゃ、当事者は知らないかー。読書部って、実は男子に注目されてるんだよー? あっはっは、ちょっとは気を付けないとダメだよー? 特に風宮くんはねー」

「え、俺が?」


 まぁ、俺はどちらかと言えば学校内でも浮いているタイプではあるし、そう考えると人畜無害そうな巧が気をつけた方がいいってのは、間違ってはいない。

 それに、篠ノ井がつきっきりで面倒を見ているように見える巧は、色々と男子から反感を買っているというか、妬まれている訳だし。


「それにしても、そっちのー永野くん、だったよね?」

「ん?」

「いやー、あのファミレスで見た時はてっきり、ヤンキー系男子かと思ったけど、そういう訳じゃないんだねー。安心したよー。胸倉掴んで叫ぶなんて、てっきりそっち系かと思ってさー」


 まぁ、確かにあの現場だけを見たのならそう思うだろうな。

 なんだか瑠衣が驚いたような顔をしているが、実際俺はそういうタイプに見られがちな訳だし、ここは一つ――ワルってものを見せてやろう。


「ヘッ、泣く子もあやすチョイワルさ」

「ね、ねぇ、悠木くん……! それただの良い人だから……っ!」


 雪那の冷静なツッコミと、全員の盛大な噴きっぷりに思わず達成感を得てしまった。


「あっはははっ! いやー、いいねー。永野くんは面白いねー!」


 なんだろう、こうして褒められるとあんまり危ないタイプじゃないかもしれないとか思えてきてるし、むしろ話してみるといいヤツに見えてきた。

 やっぱり俺チョロイン……。

 と言うか、俺が胸倉掴んで叫んだとか、そんな事を聞いて他の面々が気にしちゃいないってどういう了見だ。


「あぁ、巧先輩から聞いてたです」

「うん、私も聞いちゃった」

「あ、俺が話しちゃった」

「悠木クンならやりそうだし」


 ……黒歴史が容認された気分だ。なんだろう、すごく、かゆい。

 というか瑠衣、それを知ってたのに驚いてたってのは、俺がそういう事をした事に対してじゃなくて、その現場を見ていた兼末さんに驚いたのかよ。紛らわしいわ。


「で、兼末さん」

「あぁー、ごめん、ちょっと苗字で呼ばれるのって慣れてないんだよねー。水琴でいいよー。ネットなんかでもそのまんまだし、そっちの方が呼ばれ慣れちゃってるしさー」

「水琴先輩?」

「おうふ……、何この破壊力……! ちょっと、この子ほしい!」

「っ!?」


 巧の質問からわらわらと話が広がっていく。

 瑠衣、完全にマスコット的な扱いだな……。抱き締められて埋めているその場所に、是非とも俺も埋もれてみたいものだ。


 その後も、改めて巧によってお互いがお互いに自己紹介。

 もう名前呼びさえ定着していて、女子勢はすっかり打ち解け合っているらしい。


「ゆっきー、ゆずっち、悠木くん。『ゆ』で始まる名前多いんだねー」

「あー、言われてみればそうだなぁ」

「ゆずっちって呼ばれるの初めてかも」

「あ、嫌なら言ってねー。ハンドルネームっぽくしちゃうのクセなんだよー」

「あ、ううん! 嫌とかじゃないよ!」


 すさまじいコミュ力だな。

 すでにそれぞれを渾名で呼ぶとは、畏れ入る。


「わ、私も何かほしいです!」

「あっはは、可愛いなー。じゃあるーちゃんだね。そっちはたくみんでいいよね?」

「たくみん……」


 巧はどうやら腑に落ちないらしい。

 というか、そういう渾名呼びって女子同士だけの話なのかと思っていたが。


「悠木くんはゆっきーと被っちゃうからねー。なんか考えておきたいけど、暫定はヤンキーくん、とかかな?」

「あ、名前で全然オッケーです」


 やめてくれ、まるで俺がDQN系みたいじゃないか。

 一応こう見えても特待生、しかも一桁台のテスト成績をキープする優等生だぞ。


 篠ノ井と巧、それに瑠衣を巻き込んで、恐るべき溶け込みぶりを発揮して話に花を咲かせる水琴を遠巻きに見つめていると、雪那がふっと小さく笑った。


「なんだか、すっかり打ち解けちゃったわね。私も気が付いたらあのペースに乗せられちゃったわ」

「あー、もういいわ。別に危ないばっかりって訳じゃなさそうだし」

「……ふふ。えぇ、そうね」




「悠木くんとゆっきーの事は私も知ってたよー。寮住まいだしねー」


 なんだかんだ、雪那や篠ノ井の重い問題やら何やらに加え、今も俺と雪那と一緒になって歩く水琴の登場もあって、俺達の帰宅はいつもよりも遅くなっていた。

 もう夏の盛りに片足突っ込んでいるというのに、帰りは空も薄暗くなりつつあった。


「いつも一緒にいるから、密かに噂になってるみたいだねー。付き合っているんじゃないかって」

「つ、付き合ってとかはないけど……」


 水琴がニヤニヤと雪那へ笑いながら続けると、雪那が若干早口に否定した。

 こういう時に否定されると、これが例えば雪那以外の相手であったとしてもなんだか傷付くような気がするのは、俺だけなのだろうか。


 しかし噂で、か……。

 よし、もっとだ。もっと分散するがいい。


「それで、水琴。一つ訊きたい事があるんだが」

「あぁ、うん。いいよー。何かな?」

「お前、腐ってる系?」

「んなぁッ!? ……いやぁ、直球だねー。あっはっはっ、そりゃバレてたかー」


 隠そうともしないとか、なかなかの強者だ。

 ここはやはり俺と巧で変な想像するなと釘を刺しておこうとして、その前に水琴が続けた。


「って言っても、それはあくまでも商業的な部分だよー。まぁ嫌いじゃないのは否定しないけど、私はどっちかって言えばノーマルだしねー」

「商業的?」

「そだよ、ゆっきー。私さー、同人やら色々やってるのさー。バイトしてたのもその為でねー」

「してた? 辞めたのか?」

「まぁねー。制服もあんまり可愛くなかったからねー。それに、今は絵を描いたりでそっちで収入増えてるからさー」


 ……なんだか、俺達よりも圧倒的に大人だった。

 基本的に聖燐学園はアルバイトが禁止されている訳ではないが、そもそもアルバイトする必要がある生徒の方が少ないぐらいである。共学化してもお嬢様学校であった名残もあるし、寮生の場合は大体がいいトコのお坊ちゃまだったりするしな。


 まぁ、俺はそういうタイプではないのだが……アルバイトする程、お金に困っている訳ではない。

 幸か不幸か、お金ならどうにかなる理由もあるし。


「しかしまぁ、特待生でそこまでやるなんて凄いな」

「あっはっはっ、日々の苦労の賜物だよ! 尊敬してくれてもいいよー?」

「……兼末 水琴さん……。二十七位……ギリギリね」

「ちょおっ!? それは何かな、ゆっきー!?」


 どうやら生徒手帳に入れていたらしい順位表を見て、雪那が容赦なく現実を突き付けた。

 いや、本当にギリギリじゃねぇか。


「ゆっきー……、それは手厳しいと思うなー……」

「あら、ごめんなさい。上位では見たことなかったから、どれぐらいなのかしらと思って」

「ぐはぁっ! ……ふ、ふふふ……、クールな美少女に罵られる気持ちがなんとなく分かったよ……! こ、これはこれで……!」


 ……逞しいな、コイツ……。


「それにしても瑠衣め。見事に夏休みは遊びの予定ばっかり決まったな……」

「あっはっはっ、いいじゃないのー。高校生なんだし、夏休みは遊ぶのが一番だよー。まぁ私の夏は戦の夏だけどねっ!」


 …………………。


「あぁ、コミケか」

「何故バレたし! いやー、まぁ分かっちゃうよねー。実はそっちの作成も色々手間取っててさー。知り合いの大学生の人達がやってるサークルと共同でやるんだけど、ネタに苦労してたんだよねー」


 バイトやらコミケやら、物凄く活動的なんだな、水琴は。


「……手伝わないぞ? 色々な意味で」

「あぁ、準備とか? 大丈夫大丈夫。そういうのは大学生の先輩方に任せるからさー。私はお客として行って、差し入れするぐらいかなー。それに、せっかく読書部に入れたんだし、色々とネタを描く方は間に合いそうだからね……!」

「おいやめろ、こっち見て危ない雰囲気出すんじゃねぇ」

「悠木くんと風宮くんの組み合わせ……? ちょっと華がないような気がするのだけど」

「雪那、やめてくれ。帰って来てくれ」

「冗談よ、冗談」


 予想外な伏兵がいらっしゃった。

 ようやくゴタゴタが終わろうとしているってのに、そんな新しい問題はほしくねぇよ。


 ――にしても、この一週間は何だか異様に疲れた気がするな。

 大きく欠伸をすると、寝不足のせいか目がかすみ、なんだか寒気がした。


「悠木くん……?」

「ん……あぁ、どした?」

「どうしたって、なんだか疲れてるみたいだから……。大丈夫?」

「大丈夫大丈夫。ほとばしる若さで満ち溢れてるっつの」


 心配そうに訊ねてきた雪那に笑いながら力こぶを作るようなポーズ付きで答えておく。

 そんなに見て分かる程、なのだろうか。


「おやおやー? もしかして噂は噂に留まらないかもー?」

「な……っ、何言ってるの、水琴さん……!」

「おい水琴。もっと言ってくれ、それだけで俺は元気になれそうだ」

「あっはっはっ、素直だねぇ、悠木くんはー」

「ちょ、ちょっと、悠木くんまで何言ってるの……っ! もうっ、せっかく心配してあげてるのに!」

「そうかそうか、遠慮するな、雪那。せっかくだからもっと心配して労ってくれ」

「……ふ、ふてぶてし過ぎて労り甲斐がないのだけど……っ!」


 ニヤニヤと笑う水琴の視線を受けながら、雪那をからかってみる。

 よし、路線変更して強がってみるか。


「だ、大丈夫だよ、心配すんなって」

「……手遅れだよー?」

「おいやめろ。二人してジト目でこっち見んな」


『幼馴染ペアのせいで~』の#006でチラッと出てた女子です。

新キャラ、と言えるのだろうか……。


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