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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第四章 俺達の問題
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#007 頼れる先輩

「あぁ、夏休みの予定ね。それで騒いでいたのね」

「そうなのです! 雪那先輩! 悠木先輩にもなんとか言ってやってほしいです!」


 購買近くに並んだ自動販売機。

 その広いスペースの中央には背もたれのない椅子が置かれているのだが、そこに座った雪那に瑠衣が駆け寄って縋りついた。

 どうやら瑠衣の叫びはしっかりトイレの中まで聞こえていたらしい。

 さすがにトイレの目の前で待つつもりもなく、ちょっと離れた位置にいたというのに、コイツの声は届いていたのか。


「確かに、夏休みだからって勉強ばっかりって言うのもね。来年の夏は私達もそうなっちゃうでしょうし、遊ぶのは反対しないわ」

「ほら見ろです! ふふーん、悠木先輩、これで二対一なのですよ! 数の勝利なのです!」


 ドヤ顔で瑠衣が俺に向かって告げる。

 ちっちゃい瑠衣がそんな顔して挑発しようとしても、なんだか可愛げがある子供にしか見えない。

 ドヤ顔されて苛つかないなんて初めての経験だ。


「そうは言うけどな、雪那。今の巧やら篠ノ井やらそこの小さい子やら、夏休み中に勉強が追い付かないと、秋にはまた同じ事するハメになるぞ」

「小さい子!?」

「……それもそうね。瑠衣ちゃんもうかうかしてると、ああなってしまう可能性がないとも言い切れないし……」

「ふあぁっ!?」

「ほれ、瑠衣。二対一だぞ」


 ちょっと意地の悪い笑みを浮かべて瑠衣に向かって声をかけつつ、自販機に置かれている飲み物を選んでいく。

 あー、瑠衣が好きなオレンジジュース、売り切れてるわ。

 売れ行きのあまり良くない飲み物はこういう事が起きたりもするけど、まぁオレンジジュースの場合は普通に売り切れか?


 とりあえず飲み物をどうするかと訊ねようとしたら、瑠衣がこちらを見て再び声をあげた。


「ひ、酷いですっ! 数の暴力なのですっ! 不当な扱いなのですよっ!」

「おい瑠衣、さっきは数の勝利とか言いやがって、負けた途端にそれか……! この、こっち向け、おい……っ」

「痛い、痛いです悠木先輩……っ! 頭掴まないで下さ……あぁっ、サイドテールが崩れちゃう……っ!」


 ギャーギャーと喚きながら俺と瑠衣が繰り広げる戦いを見ていた雪那が、呆れながら溜め息を零した。


「どっちにしても、瑠衣ちゃん。悠木くんの言い分も正しいわ」

「雪那先輩ぃ……」

「う……、だけど、その、勉強ばかりでもしょうがないものね……。遊びたいのは私もだし、何も悠木くんだってそこまで鬼じゃないと思うのだけど」


 涙目で瑠衣に見つめられた雪那が、あっさりと裏切って困った顔をしながら俺へと視線を向けてきた。

 おい雪那よ、意見がブレブレだと気が付いた方がいいぞ。

 おのれ、瑠衣め。


「騙されちゃダメなのです、雪那先輩……っ! この人はやっぱり鬼で悪魔なのですよ……っ!」

「ほう、そこまで期待されてるならば、お前の今日の飲み物はブラックコーヒーにしてやろう。オレンジジュースは売り切れてるしな」

「っ!? ひ、酷い仕打ちなのです……!」

「えぇ、悠木くん。それはどうかと思うのだけど……」


 ……女子の沸点が俺には分かりません。

 何故たかが飲み物でここまで批難が……?


「っていうか、瑠衣。お前オレンジジュース以外で選べよ。売り切れてるんだ」

「あ、じゃあいちごオレがいいです! ……? 雪那先輩、どうしたです?」


 瑠衣の頭を突如として撫で始めた雪那に、瑠衣がきょとんとした顔で訊ねる。

 大丈夫だ、雪那。その気持ちは俺にも分かった。

 瑠衣ってなんか、色々とお子様で可愛いんだよな。小動物的な意味で。


 さて、飲み物を買ったとは言っても、今頃は巧が篠ノ井を慰めている頃だろうし、早く戻ったとしても気まずいだけだ。

 そうした考えを持っているのは俺だけではないようで、誰が言わずとも少しばかり時間を潰そうと、俺も雪那と瑠衣が並んで座ってるそこへ、向かい合うように椅子に腰掛けた。


「今頃、巧と篠ノ井の二人で色々話してるんだろうな」

「でしょうね」

「……でも、ちょっとショックだったのですよ」

「ショック?」


 瑠衣が少しばかり気落ちした様子で呟いた言葉に訊ね返す雪那に小さく頷くと、改めて口を開いた。


「……雪那先輩とゆずさんの事です。なんか、私なんかには想像できないっていうか……」


 瑠衣の何気ない一言けれど、実際のところ、俺にだって想像はできそうにない。

 実際、俺だって雪那から篠ノ井の親父さんについて――いや、篠ノ井について聞かされた時は結構驚かされた訳だしな。


「ごめんなさい、瑠衣ちゃん。関係なかったのに巻き込んでしまって」

「ふあっ!? ち、違うです! そんな事気にしてる訳じゃないのですよ! そうじゃなくって、なんかこれからどうすればいいのかなって……」


 あぁ、そういう事か。

 忘れてたけど、瑠衣は巧の事が好きで読書部に来たんだっけか。

 ここ最近はそれどころじゃなくて、ついつい忘れちまってたな。


「巧の事、か?」

「……はいです。ゆずさんの事を考えると、私……」


 瑠衣の言わんとする事は理解できる。

 巧が今の篠ノ井を一人にするとは到底思えないし、確かに今回の問題は二の足を踏みたくなるのも分からなくはないからな。

 雪那はそんな瑠衣にかける言葉が見つからないらしく、俺に困惑した表情を向けてきているが……まぁ、所詮俺に言える言葉はたかが知れている。


「別にお前が気にする事じゃねぇぞ、瑠衣」

「でも……、そうは言っても……」

「選ぶのは巧だ。別にいいじゃねぇか、お前が好きならそれで。今回の件と、お前が巧に対して想う気持ちはまったく別だ。それこそ、いちいち繋げて考える問題じゃねぇよ」


 ………………。


「ゆ、雪那先輩……! 悠木先輩がちょっと頼りになる先輩に見えてしまったですよ……!」

「おい瑠衣、ちょっとお前の中での俺の印象について聞かせてもらおうか」

「えぇ、そうね。悠木くんは頼りになるわよ」

「おいやめろ……! ここはツッコミ入れてくれなきゃ俺の頬が緩む。素直に認めるな、雪那……!」

「ぷふっ、悠木先輩が照れてるですよっ! これはシャッターチャンスですっ!」

「そうね、撮っておきましょうか」


 スマホを構えながら、二人が写真を撮りつつからかってきた。

 くそ、何て奴らだ。人様が恥ずかしがる姿を写真で撮るとは。

 俺でさえ、相手が恥ずかしがっている瞬間を撮ったりは……したいけど、まだ雪那が飯を作ってくれている後ろ姿とか、撮った事もないというのに。


 そんな中、瑠衣がふっと動きを止めて顔を伏せた。


「……ありがとです、悠木先輩」


 …………カシャ。


「おい雪那、しおらしい瑠衣の画像ゲットだ」

「っ!? せ、せっかく人が真剣にお礼言ってるのに何するですか! 消ーしーてーくーだーさーいー!」


 当然ながら、この画像は消したふりをして残しておいた。

 俺をからかおうとした瑠衣に相応しい罰である。




「――夏休み遊びたいですっ!」


 自販機で一騒ぎして戻った俺達。

 部室に戻って――と言うより、ドアを開けて開口一番に瑠衣が叫んだ。

 篠ノ井と巧は普通に談笑していたらしく、表情も明るくなっていたようで何よりだな。

 最初はドアを開ける前に中の様子を誰が確認するかで、熾烈なジャンケン大会が起こったのはしょうがない。

 そんな訳で、負けた瑠衣の本日二度目の魂の叫び――つまり夏休み遊びたい宣言を前に、事情が呑み込めていない巧と篠ノ井が唖然としている。


 俺と雪那はそんな瑠衣の横を通り抜け、テーブルに飲み物を置いてそれぞれに椅子に座っていく。

 俺もホワイトボードをどかし、椅子をそこに置いて腰掛けた。

 巧と瑠衣の横、とでも言うべきポジションである。


「おい瑠衣、このホワイトボード邪魔なんだが」

「持って来たのは悠木先輩ですよっ!?」


 相変わらずのキレっぷりだな。

 そんな普段通りの――けれど懐かしく、読書部らしさを感じる中、篠ノ井が真正面に座った雪那を見つめた。


「ゆっきー、その……。私と、その、また友達でいてくれる?」

「えぇ、篠ノ井さんが嫌じゃなければもちろん」

「わ、私は嫌じゃないよ……! まだお父さんの事はその、あまりスッキリしてない、けど……」

「大丈夫、分かってるわ。私だってそうだもの……」

「ゆっきー……」


 瑠衣のツッコミをスルーして始まった篠ノ井の言葉に、雪那もまたそれに応じて、柔らかく微笑んでいた。

 うむ、こういう状況こそ、俺が望んでいたそれなのだよ。


「おい瑠衣。見ろよ、あの友情物語を。開口一番に空気を読まずに夏休みを遊びたいなんて……お前ホントに空気読めよ? 吸うだけじゃダメだぞ?」

「そ、それはすいませんです……けど……っ! 悠木先輩に言われるのは釈然としないです……っ!」


 ぐぬぬ、と歯を食い縛りながら瑠衣が苦々しげに俺を睨みながら呟いた。

 さて、俺は実に空気を読んでいるというのに、一体何が不満なのやら。解せぬ。


「ま、ゆずと櫻さんの仲直りも出来たんだし、せっかくだから夏休みもみんなで遊ぼうぜ」

「っ! そうですよ、巧先輩の言う通りですっ!」


 おのれ鈍感系。

 せっかく瑠衣をからかっていると言うのに、まともな事言って空気を纏めやがって。

 まぁ、この中で最も空気を読めていないのは巧だと、そんな事は俺が一番よく分かっているが。


「わ、私も遊びたい! この一週間勉強ばっかりだったし……」

「まぁそれは追試に至った二人が悪いんだが」


 篠ノ井の言葉にさらっと現実を突き付けると、追試当事者二人の肩がピクリと動いた。

 何だろう、その反応。ちょっと楽しくなっちゃうじゃないか。

 俺の中の鬼畜な血が目覚めそうだ。


「……ま、冗談だ。せっかく追試も落ち着いたんだ。ちょっとぐらいハメ外すのも悪くねぇな」

「さすがです、悠木先輩! ちゃんと分かってくれてるです!」

「当たり前だ。俺ぐらいのレベルになると空気を読み過ぎて空気と一体化する勢いだぞ?」

「ね、ねぇ、悠木くん……。それって存在が空気……。あまり自慢気に言える言葉じゃないのだけど……っ!」


 雪那からのツッコミが俺の心を打ち砕いた。

 ちくしょう、巧と篠ノ井も噴き出しやがって。


「と、とにかく、夏休みと言えばやれる遊びはいっぱいあるのですよ!」


 雪那の隣に座っていた瑠衣がおもむろに立ち上がり、ホワイトボードを再び持ってきた。


「せっかくだし、これを使うですよ!」

「おう、使っていいぞ。ただし、ちゃんと片付けるんだぞ? 出しっぱなしは邪魔になるからな」

「はーい……って、おかしいですっ! 持って来たのは悠木先輩ですっ!」


 ノリツッコミまでこなすとは、すさまじいテンションだな。


「夏って言えば、やっぱ海とかプールとか?」

「あー、海はここからじゃ遠いけどな。プールならなー」


 篠ノ井と巧がお互いに案を出しながら案を出し合う。

 ちらっと雪那を見ると、雪那も何だか憑き物が落ちたように晴れやかに瑠衣の方を見ていた。

 瑠衣が進行しつつ、篠ノ井と巧が案を捻り出していく。

 それをわざわざホワイトボードに書いているらしい。


 ……瑠衣、小さすぎてホワイトボードを半分近く使いこなせてないぞ。


 そんな事をつらつらと頭の中に思い浮かべていたその時だった。

 『読書部』の扉が開いた。


「見つけたぁぁぁッ!」


 眼鏡をかけた女の人が、唐突に現れた。


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