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#004 「手を組まない?」

 翌日。

 俺は結局、櫻さんの要求通りに『読書部』へと通う事になった。


 巧と篠ノ井はなんだかんだで歓迎してくれた。

 しかし俺は、こんな万年ラブコメラノベ幼馴染に興味などない。


 いつも通りの位置で、いつもは読まないラノベを手に持ちページを捲る。

 鈍感系主人公が知らず知らずに周囲に好かれ、ハーレムを築いているものだ。

 ……イージーモードにも程があるな。


 まぁ、普通じゃ有り得ないからこそ面白いのだろう。

 モテる男と、そんな男から好かれようとする女子。

 いつもなら蔑む様にこの手のラノベを嫌悪し、読まない。


 ――だが、今日の俺は一味違う。


 俺は今、広く澄み切った穏やかな海の様に心が広いのだ。

 何故なら俺は、脇役の一歩を脱却したと言っても過言ではないだろうからな。


 今の俺なら些細な事には怒らないだろう。


「もー、巧のバカ」

「なんだよ、何怒ってんだよ」

「しーらない!」


 ――……早くくっつくか別れるかすれば良いのに。


 いつもなら怨念めいた呪詛と共に吐き出す感情も、今の俺には爽やかなグリーンミントの香りを伴い、そよぐ風のように囁ける。

 まったく、心が広いとここまで違うものなのか。


 そこへ、ガラガラと入り口の扉を横滑りさせた櫻さんが入ってきた。


「悠木くん、良かった。来てくれたんだね」

「あぁ。約束だからな」


 櫻さんと顔を合わせるなりそんな会話を交わす。

 巧と篠ノ井は昨日の今日で全く違った俺達の関係に戸惑い、きょとんとしているようだ。

 分かってないな。俺の心がこんなにも晴れ渡っているのは、今の櫻さんの呼び方にあるのだよ。

 ほら、「悠木くん」って。

 篠ノ井にもそう呼ばれてはいるが、あれは鈍感ハーレムの一員だからノーカウント。


 櫻さんから名前で呼ばれる様になった俺だからこそ、今日の俺の心は広いのさ。


 ……ふむ。

 きっとこれを余裕、とでも言うのだろう。

 思わず昨日は学園の山の麓のコンビニに行って赤飯おにぎりを買ってしまった程度には喜んでしまったのは、仕方あるまい。

 とは言え、今の俺にはそれなりに心のゆとりってものがある。




 ――俺は、この櫻 雪那と昨日の帰りにとある契約をしたのだ。






 ◆






「……協力って、どういう意味だよ」


 夕暮れに染まる赤茶色のタイル。

 その上に佇む長袖のブレザーに身を包んだ美少女こと櫻さんは、端的で、それでいてどうにも物騒な言葉を投げかけられたあまり、首を傾げている俺を切れ長の目で俺を見つめつつ、フッと微笑を湛えてみせていた。


「言い方が悪かったかしら?」


 笑みを浮かべながら告げた言葉とは思えない程の眼光が宿った眼は、怜悧さを備えていて――いっそ冷たく、刺すような鋭さを兼ね備えている。

 お世辞にも穏やかとは思えないが……これで櫻さんが眼鏡をかけてくれれば、俺でさえ気持ちが靡いただろう。


 ぜ、是非とも黒縁のちょっとダサい眼鏡を……って、いかんいかん。

 眼鏡のフレームは赤でも可だ。

 そこに優劣をつけるとは、俺らしくない。


「ねぇ、悠木くん。“フラグブレイカー”って言葉は何を指しているか、分かるでしょ?」

「――ッ!」

「フフフ、やっぱり」


 ……ま、まさか。


 名前で呼ばれた……!

 心の録音は準備出来ていなかったが、今のは明らかに名前呼びだ!


 さすがだ、櫻さん。

 モテない男が下の名前で呼ばれると、無意味に胸を高鳴らせる。それを人心掌握術に使うとは、まさに悪女の称号が相応しい。

 俺の鋼の心がいつの間にやら捕まりつつある。


「そんなに驚かなくてもいいわ。私は彼を“フラグブレイカー”と呼んでいる。かくいう私も、彼にはフラグを立てられてそれを無視されたようなものだもの……――って、聞いてる?」


 今日の夕飯は、コンビニで赤飯おにぎりでも買おう。

 二日連続だが、意外と美味しいし。


「あぁ、聞いてるよ。ちょうど夕飯が決まった所だ」

「……? そ、そう」


 おっと、何か間違えた気がする。

 お赤飯はさすがに気が早いって事か。


「それで、ちょっと聞き捨てならなかった事があるんだが」

「何かしら? あぁ、そうね。私が立てられたフラグについて……」

「いや。それはだいたい予想つくから良いや」

「っ!? さ、さすがね……」


 なんか驚いてるけど、巧はそういうヤツだからどうでもいい。

 むしろアイツのフラグ乱立レベルは厄災レベルだ。

 話しかけたら孕むっていう変態とは方向性が違うが、同等に話しかけたらフラグ、とでも言うべきような存在だ。


「なら、悠木くん(・・・・)が聞き捨てならなかったっていうのは……?」

「それだッ!!」


 俺の勢いに押されて、櫻さんがビクッと肩を震わせた。

 おっと、思わず声をあげてしまった。


 いや、名前を呼ばれるっていう喜びを味わい尽くすにはもっと呼ばれたいんだよ。

 まったくけしからん。名前呼びの破壊力はまったく。


「ちょ、ちょっと。いきなり叫んだりしないでよ。びっくりするじゃない」

「それはごめんなさい」


 取り乱してしまった。


 それにしても、まさか俺が密かに巧に名付けた“フラグブレイカー”の異名。

 まさか櫻さんまで知っているとは思わなかった。

 巧のフラグの乱立具合はかなりタチが悪い。

 そして同様に、そのスルーっぷりもだ。


 ――――例えるならこうだ。


 朝の通学途中でパンを咥えた女の子がいたとすれば、間違いなく巧はそれにぶつかる。

 そしてパンツを見る役得……もとい、変態扱いを受けながら出会いは最悪。

 その後、ちょっとした八つ当たりを受けつつも「なんだったんだ」とかボヤきつつ学校についたら、「転入生を紹介します」と言われる。

 何の気なしにその少女を見つめ、目が合って少女は言うのだ。


 ――「あー! 朝の変態!」


 そこで本来なら言い合いになったり気まずくなったりするのだろう。

 そこからなんだかんだで話すようになる。


 ……うむ、これこそが王道だ。


 しかし、フラグブレイカーの巧は違う。


 ――「……あ。朝の……。すいませんでした」

 ――「え、あ、いいわよ……」


 ……まったく、イベントにすらならない。

 女子はパンツを見られたなんてわざわざ蒸し返したくもないだろうし、そのまま話は流れる。

 喧嘩にもならないせいでフラグは回収されず、そのまま見事にスルーされるだろう。


 巧はそういう男なのだ。




「……なるほど。つまり櫻さんはパンを咥えたまま巧とぶつかってしまった、と」

「えぇっ!? な、何でそんな話になってるの……?」


 おっと、脳内の例題が櫻さんで想像されてしまった。

 そもそも寮にいる櫻さんがそんなイベントに参加出来るはずもない。

 クラスも違うし。


「ねぇ、悠木くん。こんな事を突然言うのもおかしな話だって思うかもしれないんだけど、私と組んでみない?」

「はい喜んで!」


 ………………。


「……あ、あの。まだ私、何をするとか言ってないんだけど……!」


 そもそも俺は、最初から断るつもりなんてないんだが。

 だって、美少女のお願いです。


 美少女の提案を断れない。

 俺の鋼鉄の意思は今日も今日とて健在である。

 秘密の関係。

 そして育まれる俺の青春。


「そういえば、櫻さん。少し気になっている事があるんだけど」

「そ、そうよね。まだ私何をどうしたいとかも言ってないんだし……」

「やっぱり今日はお赤飯で良いレベルだと思うんだけど、どうかな?」


 ……………………。


「だ、大丈夫かしら。私、組む相手を間違えた気が……」


 櫻さんが何かを呟いていたが、俺の脳内はそれどころではなかった。







 ◆






 ――とまぁ、こんな具合からだ。

 よく分かっただろう。俺がお赤飯を食べた理由が。


 あれから寮まで二人で並んで歩いた。

 この聖燐学園の男子寮と女子寮は隣同士にある為、途中までは一緒に帰る事も出来る。

 つまり俺は、学園の美少女との帰り道を堪能したという訳だ。


 これは青春の一ページとして、しっかりと記憶しておくべきだ。


 ――――そして櫻さんの計画は、帰り道でようやく聞かされた。


 順番がめちゃくちゃだった気がしなくもないが、櫻さんは意外とそそっかしいのだろうか。

 まぁ気にしないでおこう。


 俺調べによる、聖燐学園の美少女二人。


 元気系美少女――茶色がかった髪をセミロング程度まで伸ばした、童顔ハツラツ娘、篠ノ井ゆず。

 清楚系美少女――艶やかな長い黒髪を腰まで伸ばした、怜悧さと冷淡さを兼ね備えたクール系、櫻雪那。


 この二人にはどうやら、幼い頃からの因縁があるらしい。

 ちなみに、篠ノ井はそんな因縁を感じる事もなく、櫻さんを「ゆっきー」と呼び、幼馴染の一人として扱っているそうだ。


 詰まるところ、櫻さんと巧も、篠ノ井を経由して何度か会った事はあるらしい。


 もうここまで言えば、後は分かるだろ……?


 まさにラノベかギャルゲか。

 二人のタイプの違う美少女から好かれる主人公ルート。

 死ねばいいのに。


 とまぁともかく、そんな訳で俺に仲介を頼んできたのが櫻さんだった、という訳だ。


 ――……ん?

 結局俺って、今度は櫻さんにまで仲介を頼まれた、と……。


 って事は、だ。


 赤飯食べた理由が消えるんですけど!

 篠ノ井と同じ理由で色々ノーカンなんですけど!


 ああああぁぁぁーーー!

 俺の青春の一ページ、白紙のままじゃねーか!


「……悠木くん!」


 ハーレムモノのラノベを地面に投げつけた所で不意に声をかけられ、俺がそちらを見つめる。

 そこには、何やら腰に手を当てて怒っている元気系美少女、篠ノ井が不満気な顔をして立っていた。


「ちょっと話があるんだけど!」


 ……………………あー。

 俺、篠ノ井に先に協力してたじゃないですか、やだー。

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