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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第四章 俺達の問題
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#005 「掻き回してやる」

 夏休みまで残す所、あと三日。

 先週から続いた騒動もこの土日を挟んで、月曜日の今日――ついに佳境を迎えていると言っても過言ではないだろう。

 夏休みを目前に控えた読書部の部室には、実に数日ぶりに、雪那や篠ノ井も含めた読書部全員の姿があった。


 空気は――重い。

 二人掛けのテーブルが二つ、向かい合って並べられているその場所には、俺と雪那が隣り合って座り、俺の正面には巧が、雪那の前には篠ノ井の姿がある。


 明らかに意気消沈して、未だに調子が悪そうな篠ノ井ではあるのだが、これから行う話し合いは、元はと言えば俺が構想しているところに、さらに巧から、唐突にみんなで話したいという旨の連絡が来たからこそ、こうして実現している。

 雪那は俺が、篠ノ井は巧が強引に引っ張って連れて来たのだ。


 巧は俺を見るなり――何やらこくりと頷いた。


 ……悪いがそれがなんの頷きなのかは俺には見当がつかないが、とりあえず神妙な顔で分かっている風を装って頷き返す。

 雪那に肘で小突かれた。エスパーなのか。


 そして、そんな真剣極まる場所、テーブルの横に置かれているのは、俺が空き教室から持ってきた可動式のホワイトボード。


 その目の前には――


「ゆ、ゆゆゆ悠木先輩。なんですか、これ……っ、なんですか、これぇぇ……っ!」


 ――カタカタと震えた瑠衣が、涙目で俺に向かって声を抑えながらも叫んでいた。


「だから言っただろ。全部話すってさ」

「聞いてない! 聞いてないですっ! この紙渡して「じゃ、司会よろしくっ」としか言われてないですっ!」


 手に持った紙をブンブンと振り回した瑠衣が騒ぎ立てる。


「おい瑠衣。何でもかんでも全部教えてもらわなきゃいけないなんて、そんなんだからゆとりの国のお姫様って呼ばれるんだぞ」

「呼ばれた事ないですっ!」

「そりゃそうだ。俺が今初めてそう呼んだんだから……って、おま……ッ! 髪引っ張るな、この……っ!」


 雰囲気に耐えられなくなって発狂した瑠衣が俺の髪を引っ張って涙目になってる。

 何てヤツだ、俺の毛根を狙うとは。

 遺伝子的に気にしてるんだぞ。


「あぁ、もう。分かった。よく頑張ったよ、瑠衣。だからほら、落ち込まないでここに座れよ、な? あとは俺がやってやるからな? ほら、飴ちゃん舐めるか?」

「っ!? な、何ですかそれ! どうしようもなく屈辱です、それっ! ポケットの中で半分溶けた飴とかいらないですっ!」


 さすがは瑠衣。

 今のやり取りで重苦しさは半減だ。


 瑠衣と入れ替わって立ち上がり、俺はホワイトボードの前に立った。


「さて、瑠衣の悪ふざけに付き合うのもここまでにして、本題に入ろ……おいやめろ、このっ……! 机の下から蹴ろうとすんなっ」


 瑠衣から離れ、咳払いする。

 まったく、瑠衣も空気読めれば言う事ないんだが。

 こんな真剣極まってる場所で、よくもああして騒ぐ事ができるな。


「さて、そろそろ本題だ。今日集まってもらったのは、今回のゴタゴタにケリをつけようって思ったからだ」


 雪那と篠ノ井が、僅かに動揺しているのを俺は見逃さない。

 巧は何やら覚悟を決めた顔をしているが、悪いがお前の覚悟なんてどうでもいいので、俺に向かって熱い視線を送るな。


 瑠衣は、まぁ……ほら。

 全部話すから、明日部室に来てくれって呼んだだけだけど。


「……私、帰る」

「いいや、それは認めない」


 立ち上がった篠ノ井に向かって俺は言い放つ。

 睨みつけるように向けられる篠ノ井の視線に、そっと巧の肩を持って立ち上がらせた俺は、巧の後ろに立って続けた。


「確かにお前にとっても酷な話だとは思うけどな、篠ノ井。しっかりと話し合って解決させるべきだ。これはお前達の親の問題だったが、もう俺達全員の問題だ。このままになんてしていられる訳がない」


 ………………。


「ゆ、雪那先輩。あれって、どう見ても……! どう見ても……っ!」

「……えぇ、風宮くんを盾にしてるわね。真顔であそこまでやれるなんて、逆に見事だわ……」

「っ!?」


 あ、こら、バカ言うな。病みモードにはこうするしかないだろうが。

 そして巧、お前今気付いたのか。

 お前は俺の肉壁だ。


 諦めたのか、歯噛みした篠ノ井が再び椅子に腰を下ろして俯いた。

 巧の肩を叩いて座っていいぞと合図をすると、巧が何か言いたげな顔をして俺を見ていた。

 おい空気読め巧、構ってやる暇はないって分かるだろうが。


「さて、瑠衣。お前は知らないかもしれないから、端的に説明する」


 篠ノ井家と櫻家の過去について、俺は淡々と、ありのまま説明した。

 途中、篠ノ井は肩を震わせていたが、巧が手を握っていた。

 雪那も苦い表情だったが、それでも机を見つめて聞いている。


 張り詰めた空気が、再びこの場を支配する。


 瑠衣もそれは同じで、篠ノ井と雪那の顔を交互に見ては「え、え?」と声を漏らしている。

 まさかここまで重い現実が関係しているとは思わなかったんだろう。


「――それで昨日。俺は巧と連絡を取って、こうして場を設けたって訳だ」


 沈黙が場を支配する。


「さて、篠ノ井。まずはお前だ。雪那に言いたい事があるなら、今の内に言え」

「な……ッ、悠木先輩!?」

「ただし、雪那もこの件については被害者だ。おかしな事言ったりしたら、力づくでも止めるぞ……巧が」

「っ!? あ、あぁ」


 巧が慌てながら、篠ノ井に向かって座り直した。

 それでも、篠ノ井は何も喋ろうとはしない。


 難しいかもしれないとは思っていたけど、これじゃ解決はしない。

 ……少し揺さぶるしかないか……?


「なぁ、篠ノ井……」

「悠木くん、だったら私から話を――」

「よし、任せた」


 ………………。


「おいやめろ。一斉にジト目で俺を見んな」

「いえ、別に。悠木先輩らしいと思うです」


 辛辣なコメントですね。

 篠ノ井に触れるより、冷静な雪那に任せた方が得策だと思うからすぐに譲っただけで、他意はないんだぞ。


「……ねぇ、篠ノ井さん。罵倒でも構わないわ。思った事をそのまま言って。篠ノ井さんにはその権利があるわ」


 雪那の言葉に、篠ノ井の肩がピクリと動いた。

 あわわと慌てる瑠衣の動きが、やっぱりシリアス感をぶち壊す。

 が、篠ノ井はそうとはいかなかったらしい。


「……して……。返してよ……! お父さんを返してッ!」

「……ごめんなさい。それはできないわ」

「……そんなの、分かってる……。分かってるけど……ッ! ゆっきーが悪くないって事も、全部分かってるよ……!」

「篠ノ井さん……」

「でも……、どうしたらいいのか分からないよ……ッ! お父さんがそんな事して……、私、お父さんの事が大好きで……ッ! こんな事なら、知らないままで良かった……! 知らなければ、好きなままでいられたのに……! 今のままじゃ、分からないよ……!」


 悲痛な声。

 握っていた巧の手をそのままに、篠ノ井が顔を隠して泣き出した。

 雪那も巧も、瑠衣も――全員が鎮痛な面持ちで黙りこくる。


 そんな訳で、俺はさっさと進行を続ける事にした。


「よし、雪那。お前も言え。どうしてこの聖燐に来て、篠ノ井達が知らなかったと聞いて、どう思ったのか」


 空気を読まずに、俺は告げる。

 もともと、こうなる事は予想していたのだ。

 巧と瑠衣は俺に向かって唖然とした表情をしていたが、雪那は俺がこうすると知っていた。


 そういう手筈だったのだから。






 ◆






 ――――話は昨日の夜に遡る。

 俺は雪那に言ったように、瑠衣も巻き込んで全員で事に当たらないかと改めて雪那に打診した。

 当然ながら、雪那はそれを快諾するはずもなく、むしろ難色を示した。


「……瑠衣ちゃんに知られても私は構わないわ。けど、あの子にとって重い問題じゃないかしら」

「まぁ、決してただの相談ってレベルじゃねぇのは確かだけどな」


 雪那の言う事はもっともだ。

 これはただの相談事って訳じゃないし、正直言ってあまり首を突っ込みたくない類の話でもある。


「でも、どうして瑠衣ちゃんを巻き込もうって思ったの?」

「簡単な話だ。今の状態が、二対二になっちまってるからな」

「二対二?」


 小首を傾げた雪那が俺に尋ね返した。


「俺は雪那寄りで、巧は篠ノ井寄りにいるって事だよ。真相を知っていた側と、知らなかった側だ。これじゃ、話し合いをしたって落とし所を見失って平行線になりかねないんだ。そういう時は、意外と第三者の意見ってのも大事だろ?」

「……そう言われてみればそうね」

「別に多数決でどうするか決める訳じゃねぇんだ。ただ、第三者の意見ならすんなり受け止められる事ってのはよくある。その役目をしてもらおうと思ってな。まぁそっちはおまけの役割だけどな」

「おまけ?」

「あぁ。アイツがいれば、真剣過ぎるムードじゃなくなるだろ。俺がからかうし」


 ………………。


「ね、ねぇ、悠木くん。ちょっと不穏な言葉が聞こえた気がするのだけど。と言うか、おまけと本題が逆だと突っ込む所から始まらないといけないのかしら」

「いや、悪いけどこれに関してはいつもの俺らしいボケじゃなくて、本気の考えでそう言ってるんだ」


 いつもの流れでツッコミが来たが、これは俺にとっては秘策でもある。

 まさか俺が、本気でこんな事を言い出すなんて雪那も思っていなかったようで、きょとんとした顔でこちらを見つめてきた。


「いいか、雪那。ゆるキャラの需要って言うのはだな……いや、冗談。冗談だから……!」

「納得できる説明をしてもらえないかしら?」


 雪那さんこわい。

 近い内にその視線だけで人を殺せる気がする。

 期待に沿えてボケてみせようとしただけなのに、絶対零度の視線が返ってくるとは。


 ともあれ、こうしていても話が進まないので、一度咳払いして空気を変える。


「あのな、雪那。今回の件は、誰も悪くねぇんだよ」

「……どういうこと?」

「お前はお前が加害者みたいに思ってるらしいから、ハッキリ言うけどな。今回の件はお前も篠ノ井も等しく被害者だ。そもそも、お前が罪悪感を覚えるような内容じゃねぇんだって。俺達に必要なのは、納得できるだけの落とし所だ」


 事の発端は、七年前の夏。

 そして騒動を起こしたのは――あくまでも篠ノ井と雪那ではなく、その親が起因しているのだ。

 どれだけ考えてみても、今俺達がぶつかってる問題はあくまでもそのツケみたいなもの。いや、ツケというより、むしろ余波でしかないのであって、実際のところ俺達四人の誰かが当事者だなんて話ですらない。


「お前は篠ノ井に責められる前提でいる。俺だってそうだった。じゃあ雪那を篠ノ井が責めればそれで終わるんならまだしも、それじゃ結局のトコ、何も解決はしねぇ。俺達は、納得できる落とし所を決めれば良いだけなんだ」

「……確かにそうだけど……」

「だから、俺が瑠衣と巧を巻き込んで話の腰を折る」

「……は……?」


 雪那の端正な顔立ちが、一瞬にして唖然としたものに変わった。


「責めるにしても恨むにしても、そんなのは馬鹿馬鹿しいぐらいにお門違いだ。かと言って、このままじゃ平行線になって擦れ違うだけ。だったら、今回の事は落とし所をつけて歩み寄ればいい。その為には、一度互いの本音をぶつけてもらう必要がある」

「どういう、こと……?」

「本音をぶつけ合って、それからは俺が引っ掻き回してやる」


 本当にこれでいいのか、なんて確証なんてない。

 それでも、道化を演じるぐらいならいくらだってやれる。

 俺なりのやり方で、この面倒な空気をどうにかしてやる。


「ウジウジと悩んでいてもしょうがないって。そんなの、馬鹿馬鹿しくなるぐらいに引っ掻き回してやるさ」


 唖然とする雪那に、俺はそう告げたのだった。







 ◆






「――だから私は、聖燐に来た。だけど、先週勉強を教えている最中、風宮くんと話している内に……もしかしたら、二人は当時の真相を知らないんじゃないかって気付いたの。それからは、このままじゃまるで二人を騙してしまうみたいで、それが嫌でここを離れたわ……」


 篠ノ井も、泣きじゃくってはいたが今は落ち着いて耳を傾けている。

 それに巧も瑠衣も、しっかり聞いていたみたいだ。





 ――――さて、あとは俺の番って訳だな。










 俺はゆっくりと、静かに深呼吸して口を開いた。











「雪那の意見は以上だ。――さぁ、瑠衣。お前の番だぞ」

『――えッ!?』







 全員が目を丸くしてこちらを見てきた。


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