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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
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#008 歪み始めた関係

 翌々日、月曜日。

 いつも通りの放課後、いつも通りの授業の後。

 そしていつも通りの部室で――いつもとは違う、変化はあった。


「あれー? また悠木先輩だけです?」

「おう、瑠衣。今日も相変わらずだな」

「ッ!? な、何がと訊いてやりたい所ですけど言わなくていいですっ! まったく。悠木先輩はやっぱり意地悪なのですよ……。まぁそんな事より、雪那先輩はまだです?」


 ずいぶんと慣れた切り返しだ。

 逸材として認定してやろう――と言いたいところではあるのだが、まぁ今日は俺もあまりそういう気分でもない。


「雪那は来ないぞ」

「え……?」

「アイツは退部した。もう、ここには来ないかもしれないな」

「ま、まさか悠木先輩……。見事に雪那先輩に告白して玉砕したのですか……?」

「おいお前、何でそうなる」


 そう、雪那はもう、退部したのだ。


 瑠衣との間に流れる奇妙な沈黙には、さすがに幼馴染ペアも一目見て気が付いたらしい。

 何事かと問いかけてくる巧に、俺は先程瑠衣に言った通りの言葉――つまり、雪那が退部するという旨を改めて伝えた。


「まぁ一時的な休部なのか退部なのかは、まだ分からないんだけどな。雪那がこれから来るか来ないか次第だし――」

「ね、ねぇ、悠木くん……? おかしいよ、何でそんなに淡々としてるの……?」


 ――おかしい、か?

 それこそおかしな事を言っているような気がする。

 そもそもこういう部分では淡々としているというのが、今まで通りの俺だったはずなのだから。


 正直、俺だって納得なんてしていない。

 ただ、雪那がそう決めたって言うのなら――あんな風に苦しんでいる姿を見てしまった俺だから、強要なんてできるはずもない。


「別に俺はいつも通りだぞ? ほれ、これが土曜日に言ってたまとめだ」

「あ、あぁ、ありがとな」

「……なぁ、巧」

「どうした?」

「追試が終わったら、ちょっと付き合え。お礼と思って」

「俺だけで? 別にいいけど……」

「おう、忘れんなよ」


 今回の騒動の一件については、巧には俺から伝えるつもりだ。

 篠ノ井に直接伝えたりするのは問題が拗れる可能性もあるし、だったら篠ノ井が信頼を寄せている巧から伝えてもらった方が話がスムーズに通る――と思いたい。

 まぁ追試が終わったら前に問題を増やすのも可哀想だしな。

 今はこれだけ伝えておけばいいだろう。


「じゃ、俺も今日は帰るわ」

「え……?」

「悠木先輩、帰っちゃうですか?」

「あぁ。そこの二人のプリント作りで休日返上してたんだ。寝不足なんだよ」


 それだけ短く告げて、さっさと部室を後にした。




 寮へと向かういつもの道が、やけに長く感じる。

 退屈な帰り道――なんて思うようになったのは、きっと最近は雪那と話しながら歩いていたせいだろう。

 二人で歩いて帰ってる時は、「夏だなー」ぐらいのあっさりとした感情しか湧いて来なかったけど、こうして一人で歩いていると暑さに気分が滅入る。


 まぁ、状況が状況っていうのも関係あるんだろうけれども。


「思ったより早かったのね」

「……雪那?」


 一切気にしていなかった、通り沿いに置かれたベンチ。

 木陰になっているその場所から聞こえてきた、聞き慣れた声に視線を向ければ――座っていた雪那が手元で開いていた文庫本を閉じて立ち上がった。

 項垂れながら、さながらゾンビのように歩いていたせいか全く気付かなかった。


「こんな所で何してんだ?」

「悠木くんを待っていたの」

「録音――じゃない、動画で撮っておきたいから、歩いてくるところあたりからテイクツーでお願いしたいんだが」

「……嫌よ」


 その間は許してくれるのか逡巡していたのだろうか。

 クソ、こんな事なら普段から動画撮影モードにして過ごしておけば良かった。

 ……いや、それはそれで盗撮犯だとか、そういう変態にしか見えないだろうな。

 あらぬ疑いをかけられる気がする。


「で、本当のところは? このクソ暑い中で待ってただけってのは、さすがに無理があるぞ?」

「えぇ、そうね。ほんとは待ってたんじゃなくて。ちょっと考え事してただけ」

「……おい雪那。お前はあれなんだろ、俺の純情な心を弄んでいるんだろ」

「あら、それも面白いかもしれないわね」


 笑う雪那の笑顔は、やっぱり何処か弱々しく寂しげなものだった。

 まぁ、昨日の今日で、だしな。今の雪那の軽口は、結構無理しているだろう事ぐらい、俺にも分かる。


「それで、どうして悠木クンまでこんな早い時間に帰っているの?」

「そりゃお前がいないからだ」

「……な、何よ、それ……っ」


 ――フッ、勝った。

 さっきの仕返しにサプライズな事を口走ってみたが、こういうのはイケメンじゃなくても通用するらしい。俺の純情な心を弄んだ仕返しだ、無駄に恥ずかしがってしまえ。


 言った俺の方が恥ずかしいという諸刃の剣だがな……!


「ってのは冗談で、アイツらには追試対策を渡したし、今はそっちに集中させた方がいいだろ……って、ゆ、雪那さん? なんだか目が怖いんですけど……!」

「気のせいじゃないかしら……?」


 教訓――仕返ししたら殺意を篭めて睨まれる。

 うん、覚えておこうと思う。。


「……まったく。風宮くんも風宮くんだけど、悠木くんも悠木くんよね」

「何が言いたいかはいまいち分からないが、とりあえずやめてくれ。アイツと俺を一緒の括りにするんじゃねぇ」


 心外な言葉を告げられた。

 俺に並ぶように雪那が歩み寄り、どちらからともなく二人で寮に向かって歩き出す。


「ねぇ。私の事、何か言ってた?」

「まぁ、驚いてはいたよ。細かい話はしてないから、唐突過ぎて理解が追い付いてないって感じだったけどな」

「……そう」


 いつもよりも口数の少ない帰り道。それでも、やっぱり一人とは全然違う。

 でも、いつも雪那が放っているような凛とした空気は今は見えなくて、笑顔も口調も弱々しい。

 そういうのはあんまり見ていたくない。


「何かいい方法ねぇかなー」

「いい方法?」

「この擦れ違いっつーか、状況に、だ。なんとかならねぇかなってさ」

「……無理よ。あっさり解決できるような問題じゃない。簡単に割り切れるようなものでもないのだもの」


 これが例えば、ただのケンカだったなら。

 三人の誰かに非があるなら、謝って仲直りして終わるだろう問題。

 でも理不尽な事に、こればっかりは三人には全く非がなくて、ただ巻き込まれただけなのだから、どうしようもない。


 雪那から謝ったとして、篠ノ井はそれをどう受け止めるだろう。

 混乱し、下手をすればもう二度と関係を修復出来ないぐらいに罵って、そのままお互いに敬遠し合ってしまいかねないような内容だ。

 篠ノ井を信用していない訳じゃないけど、あの保健室での騒動の強化版が容易に想像できる。


 かと言って、間接的に――つまりは雪那からではなく、他の人間の口から告げられたとしても関係は壊れてしまう。雪那が言った通り、何喰わぬ顔で近付いていた存在として見られるだろう事は想像できるのだから、面倒だ。


 そう考えたから、巧だけには俺から話すつもりだ。

 もっとも、これは雪那には言ってないけど。


 巧が知っていれば篠ノ井が壊れる様な事態にはならないかもいれない。

 間接的に知られても、篠ノ井を止める事だってできるだろうと、そう踏んだ。

 俺から巧に話して、せめて巧だけでも冷静に受け止めてくれれば、それだけで多少はマシな方向に転ぶかもしれないと、そう考えてる。


 まぁ、そうは言っても、これはあくまでも最悪の状況を免れる為の足掻きにしか過ぎないかもしれないけど。


 それでも――俺は俺で、巧に期待している。

 アイツは鈍感系主人公体質だからな。こういう時でも何かしらやってくれるに違いない。

 おかしな信用だけど。


「まぁ、私は当初の目的は果たせたもの。篠ノ井さん達に嫌われても、しょうがないわ」


 諦め、自分に言い聞かせるような言葉。

 だけど俺は、そんな言葉を口にする雪那の本音を知っているから、それで納得なんてしたくないし、できるはずもなかった。







 ――追試が終わって、あいつらが落ち着いたら。

 その時は、どうにかしてあいつらと一緒になって考えればいいのではないか。

 この時の俺は、そうするつもりだったのだ。




 でも、それをさせないかのように、事態は転がってしまった。






 追試の終了日。

 俺が巧と会うはずであったその前日の夜に――巧と篠ノ井は、真相を知ってしまった。





 ――――最悪の形で。


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