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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
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#005 勉強会

「うぅ……っ、雪那しゃん……」

「いい子だからいい加減泣き止んで」

「だって、だってぇぇ……」


 俺の後方で瑠衣が雪那に慰められながらベッタリ引っ付いて歩いている。

 雪那が肩にかけた鞄の隅っこを小さな手で掴んで放そうとはしないらしく、雪那が困り顔で瑠衣の相手をしている。


 俺が雪那に視線を投げかけると、ジト目で睨まれた。


《ちょっと悠木くん、どうにかして欲しいのだけど。一度謝ってくれないかしら》

《大丈夫、しっかり道は覚えているとも》


 ……なんとなく以心伝心してない気がしたが、まぁいいか。


 巧の家に行った事は何度かあるけれど、相変わらず特筆すべき特徴がない道程だ。

 ここ日和町は、大きく栄えている訳ではない。必然的に退屈な情景になってしまうのも無理はない。

 まぁもっとも、それでも住宅が建ち並ぶ住宅街であっても、それなりに栄えている方であると言えなくもない。住宅街を抜けるといきなり田舎町のような光景――広い田畑や畦道。それに少し進んだ先には山なんかが広がるのだ。

 そういった風景に、都会育ちである俺も子供の頃は目を輝かせたものだった。


 高校生にもなると、あまり感動がないな。

 感受性豊かだった無垢な少年時代……、疑う事を知らない純真なあの頃。

 ホント、瑠衣が羨ましい。


「……うぅ、雪那先輩。今きっと悠木先輩がまた心の中で私をコケにしたですよ……!」


 瑠衣、お前エスパーか。




 二十分程歩いて、ようやく巧の家に到着。

 確かにこの距離だったら、聖燐学園を選ぶのもおかしな話ではないかな、近いし。

 もうすぐ着く、とメールで報告したからか、巧がわざわざ家の門まで顔を出していた。

 苦しゅうない。


「よっ、暑い中わざわざ悪いな」

「気にしろ」

「えっ!? ……で、瑠衣は何でそんなにしおらしくなっちゃってるんだ?」

「それは気にすんな」

「巧先輩! あの人はやっぱり悪魔なのです!」


 雪那から巧へと逃げる対象の鞍替えをした瑠衣が俺を指差して声をあげた。

 エスパーの次はエクソシストにでもなるのだろうか。ガルルルと唸る小動物っぽい瑠衣が、手を十字にしてこちらを睨みつけている。

 美女のシスターと言えば金髪と相場が決まっていると思うんだが。


「あぁ、うん。そうだな。ほら、暑いから早く入ろうぜ」

「軽ッ!? 巧先輩、軽いですっ!」


 あしらわれた瑠衣に続いて、俺と雪那は巧の家の中にお邪魔する事にした。


 巧の家は、一階が大きなリビングと両親のそれぞれの部屋。

 二階は巧の部屋と空き部屋があり、空き部屋は親父さんのコレクションルームにしているらしい

 海外の奇妙な道具とかで事件が起きたりするのだろうか。

 ちょっとその部屋にガサ入れしたくなる。


 巧を『王道系鈍感主人公』と呼ぶ俺にとってみれば、巧の家もまた『ラノベハウス』と呼ぶのが相応しいと思っている。

 おかしなCMで名前が売れている某有名な企業ではない。


 ちなみに『ラノベハウス』と呼ぶに至るには、幾つかの条件をクリアしなくてはいけない。

 巧みたいに両親や家族がいないぼっちハウスに、幼馴染が半同棲レベルの暮らしをする王道スタイル。逆に、やけに世話焼きな妹とニコニコした母親。そして帰って来ないか存在しない父親設定の自宅プチハーレムスタイル。

 世のお父さんが知ったら傷付くだろう状況、どちらかの条件を満たしているのが、件の『ラノベハウス』という訳だ。

 何せ父親の出番がどっちもない。

 たまに両親が今でも仲が良いカップル状態、とかならあるけど。


 ともあれ、俺には妹属性がないので、後者よりも前者こそが素晴らしいと思っている。

 まぁ寮暮らしで俺も自由にやってるので、巧に対して呪詛を吐く程までは羨ましくはない。

 でも篠ノ井が病んでない、絵に描いたような素敵幼馴染だったら呪っただろうが。


 そんな事を考えながら通されたリビングには、すでに篠ノ井が待っているものだと思ったら、どうやらいないらしい。


「篠ノ井は?」

「ゆずはもうちょっとしたら来るんじゃないかな。アイツ平日は朝早いけど、休日はゆっくりだからなぁ」

「ふーん。なら篠ノ井来るまで……」

「涼んで休むか?」

「おい赤点。お前にそんな悠長な事を言っている余裕なんてない。先に始めるぞ」

「……マジで?」


 マジだ。

 そんな俺達の会話を聞いていた瑠衣がそっと巧から離れて逃亡を図っているのだが……雪那がこちらを見て頷くと、瑠衣の肩にそっと手を置いた。


「じゃあ瑠衣ちゃんも、少し私が見ておこうかしら」

「っ!? わ、私は赤点じゃないですよ……!? その、そんなに慌てなくても……!」

「そう、残念ね。一年後には晴れて二人の仲間入り……」

「やるです! やりますです!」


 瑠衣のやつ、どちらかと言えば自分から勉強に参加を申し出た偉い子なのに、やってる事は赤点組を彷彿とさせる行動だからなぁ……。

 雪那が言う通り、一年放っておいたらあの幼馴染ペアと似たような未来を辿るっていうのは否定できない気がする。


「な、なぁ、悠木。櫻さんってあんな感じだったっけ……? と言うか、俺とゆず、完全にダメな見本になっている気がするんだけど……!」

「概ねあんな感じだし、悪い見本なのは否定できないな。というか、赤点に尊敬する要素があるとでも言いたいのか?」

「……頑張ろう」


 決意を新たに巧は呟いた。


 広いカウンターキッチン付きのリビング。

 四人掛けの背の高めな食事用テーブルセットは女子に譲り、俺と巧はソファーのある背のローテーブルを使う事にした。

 正確に言うなら、俺はソファーに座って巧はカーペットに。


 さぁ始めるか――とそんな時だった。


「おはよー……」


 チャイムを鳴らさずに篠ノ井が登場し、まだ寝惚けているのか目を擦りながら登場した。

 まるで当たり前のように家に入ってくるあたり、やはり巧と篠ノ井の関係というのはどこかおかしいとしか思えない。

 未だに寝惚ける篠ノ井に向かって、雪那が満面の笑み――但し目が笑っていない――で声をかけた。


「ちょうど良かったわ。篠ノ井さんも始めましょうね」

「えーッ!? あ、あの、私まだ起きたばっかり……!」

「あら、起きるのが遅いからでしょ? それともアレなのかしら? 私達に勉強教えてって頼んだのに、寝坊したから待ってほしい、と? せっかくの休みに、この暑い中わざわざここまで足を――」

「ごめんなさいごめんなさい! す、すぐ準備するから!」


 淡々と告げる雪那に、ついに篠ノ井が折れた。

 慌てて顔を洗いに行ったのか、バタバタ足音が響いている。


「こ、ここにも鬼がいたですよ……!」


 カタカタと身体を震わせながら瑠衣が呟いた。

 雪那もついに瑠衣によって鬼認定されたか。


 篠ノ井の様子に呆れた雪那は気付いていないみたいだが、俺は聞き逃さない。

 せいぜいその言葉をネタに瑠衣をからかってやろうと密かに心に誓っておこう。




 それからしばらく続いた勉強会で、時刻は正午を回った。

 チラリと女性陣を見てみれば、実力を改めて把握するべく、一年生の範囲での主要教科のテストを始めたようだが――結果は状況から推して知るべし、というヤツだろうか。


 机に突っ伏した篠ノ井。

 あわあわと泣きそうな顔をしながらノートにシャーペンを走らせる瑠衣。

 そして、そんな二人を眼前にしながらも、ただただ頭が痛いとでも言いたげにため息を吐いた雪那。


 恐らく篠ノ井のテストを採点しているのだろう、赤いボールペンを走らせる眼鏡スタイルの雪那のため息に、篠ノ井がびくりと身体を動かした。


「はぁ……。ねぇ、悠木くん。そっちはどう?」

「どうも何も、なんて言えばいいのか分からない。言葉と戦意、それに常識を喪失した気分だ」

「そこまでか!?」


 巧の現在の勉強は、中学二年生の問題集を参考にしている所だ。

 こういうのも中二病の一種として考えていいものなのだろうか。


 中二病の女の子とかが相手なら喜んで教えてあげるのに。

 但し、美少女に限る。

 野郎はダメだ、殴ってしまいたくなりそうだ。


「……正直言って、巧。お前このままじゃ留年確定すると思うんだが」

「え……?」

「そうね。篠ノ井さんもこのままじゃ、ちょっと危ないわね」

「えぇーッ!?」


 巧と篠ノ井の表情が本気で青ざめていく。

 そんな二人を見て何かを想像したのか、瑠衣が中空に視線を漂わせて手を打った。


「あ。そしたら私と同級生なのです!」

「瑠衣は進級できれば、だろ」

「あーっ! 酷い巻き込み事故なのですっ!」

「瑠衣ちゃん、ちょっとうるさいわ」

「……はい……」


 最近瑠衣に対する扱いが悲惨な気がする。

 九割は俺のせいだが残りの一割は…………うん、多分それも俺のせいだな。


「……なぁ、雪那。一つ提案があるんだが」

「提案?」


 今回の追試、細かい事は聞かされていないが、最悪の場合は留年なんてのも笑い話じゃないかもしれない。まがりなりにも聖燐はこの近辺じゃ紛れも無くトップクラスだ。当然、不相応な成績に対してもそれなりに厳しい。


 そんな状況で、普段から勉強してない人間が、果たして一週間程度で頭に知識を詰め込められるか――答えは否だ。


 ごく小数はいるかもしれないが、やっぱりそれはごく少数でしかない。

 巧や篠ノ井は多分に漏れず、そのごく少数に入っていない。


 ――だが、俺には秘策があった。


「できれば使いたくなんてなかったんだがな……。これをやってしまうのは……」

「ま、まさかカンニングでもする気……?」

「いや、追試じゃまず無理だろうな。生徒数が少ないんだ。ちょっとの動きでも見抜かれる」

「だったら、どうするの……?」


 雪那の言葉に同意を示すかのように、篠ノ井と巧が、そして瑠衣が俺を見つめる。








「帰ろうぜ」









『――え……っ!?』









 全員の声がシンクロした。 


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