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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
29/137

#004 雪那の姉 『櫻 沙那』

『――ごめんね、ゆっきー』

「いいえ、構わないわ」


 金曜日の夜。

 一週間の授業で分かりにくいものなどをチェックするのは、私――櫻雪那――の勉強法の一つ。今日も今日とてそうするつもりでいたのだけれど、いざ始めようとしたところで急遽着信が入った。

 相手は篠ノ井さんだった。

 耳に無線のイヤホンマイクをつけて、自分の復習をしながら篠ノ井さんの質問に答え、 一通りの篠ノ井からの質問にようやく答え終わったところで、篠ノ井さんがふと急に笑い始めた。


『えっへへー』

「……何? 急にどうしたの?」

『ぬふふふ……あぁ、ごめんね。今日の帰り、ちょっといい事があったんだー』


 堪えきれない笑みが、なんだか可愛らしいところではあるのだけれども……残念ながらそんなフレーズを聞けば、大体のところは想像できてしまう。

 気が付けば思わずため息を吐いていた。


「どうせ風宮くんの事でしょう?」

『えぇっ!? な、なんで!? どうして分かったの!?』


 帰り道、と断定しているのだからそこまで難しい話ではないし、そもそも篠ノ井さんがそうして喜怒哀楽を素直に出すとなれば、そこに風宮くんが関係しているだろうと当たりをつけるのは、当然と言えば当然なのよね。

 そう指摘しようかとも思ったけれど、少しだけ意地悪な言い方をしてみる事にした。


「篠ノ井さん、解りやすいもの」

『えー? そうかな? よく友達からは「何考えてるか分からない」って言われるよ?』

「……ねえちょっと。そ、それは違う意味ではないかしら……! イジめられてたりしないわよね……?」

『え? うん、そういうのはないよー』

「あ、そう……」


 まぁ、悠木くんから聞いた話に拠ると、篠ノ井さんは周りとはうまくやっているようだし、イジめられているとも思えないけれど。

 そもそも篠ノ井さんは“普通にしていれば”可愛い顔をしているのだから。

 まぁ、風宮くんが絡んだ瞬間にヤンデレ化するのはどうにもいただけないのだけれど。


『ねーねー、ゆっきー。もうすぐ夏だけど、どうするの? あの時言ってた“設定”』


 そう言われて、自分の事ながらに今更思い出したような気がする。

 確かに私は風宮くんを狙っている――という設定を作り出して、悠木くんと話せる相談者というポジションを作り上げ、悠木くんに近づいた。


「もういいわ。悠木くんには全て話しちゃったし」

『あれ? そうだったの?』

「えぇ」


 ――今思えば、ずいぶんと面倒な事をしたような気がする。


 悠木くんに拒絶されるのが怖くて、悠木くんに近づくのが怖かった。

 入学したての頃はなるべく見つからないように接するつもりだったのに、私は気が付けば彼を目で追ってしまっていたし、どうにかしてまた昔のように、話してみたくなってしまったのだから。


 私はあの日――七年前の日和祭の時、姉さんと悠木くんの間に何が起こったのかを、よく分かっていない。


 なんだか姉さんは悠木くんを酷く傷つけてしまったとは言っていたけれど、悠木くんは当時から周囲の状況だとか大人の事情だとか、そういったものには敏感だったような気がする。

 私達の事情を姉さんが説明したのなら、悠木くんなら「そっかー」とか言いながらあっさりと受け入れてくれる方が、余程自然と言えば自然だった。


 でも――悠木くんは、何故か“他人の勝手で誰かが傷つく”という事に、妙に敏感だ。

 それは悠木くん自身の言葉からも見て取れるし、そこにはかつての私と姉さんの過ちというものが関係していると思っているけれど……なんだか、ちょっと違うのではないかと、最近になって思えてきてならない。


 ――と、ふと思考の海へと沈みかけた私の耳に、イヤホンマイクから機械音が聞こえてきた。


「篠ノ井さん、ごめんなさい。ちょっとキャッチが入ったみたいだから、切るわね」

『あ、うん、ありがとね! また分からないところがあったら連絡するかもだけど、その時はお願いします!』

「ふふっ。えぇ、分かったわ。それじゃあ」


 素直にお願いできる篠ノ井さんの態度にちょっとした笑みを浮かべつつも、スマホの操作をすると――そこに映っていたのは、姉さんの名前だった。

 こんな事を考えているタイミングでタイムリーだと驚く前に、そう言えば数日前に姉さんから届いたメールを返し忘れていたなと思い出す。


「もしもし」

『あ、もしもーし。ゆき?』

「えぇ。急に電話なんて、どうしたの?」

『久しぶりの電話なのに、いきなり用件聞くなんてお姉ちゃんガッカリだよ? もうちょっと姉妹の仲を大事にしようよー』

「……はぁ。またそんな事言って……」


 姉さんの昔ながらの態度に、ついついため息が零れた。

 元々姉さんは明るい性格だったけれど、専門学生になってからはずいぶんと社交的な性格になったように思う。

 篠ノ井さんの家とウチでの騒動があった後――この町から引っ越した当初は、しばらく自己嫌悪しているような感じにも見えたけれど、それでも明るくなったものだった。


 父さんと母さんの会社を継ぐ為に色々と勉強しているそうだし、父さんと母さんについて仕事の事で動いていたりもする姉さんのおかげで、私は私で家の仕事とは一切関わらずに済んでいるのだから、そういう意味では感謝している。


『でさ、ゆき。この前メール送ったのに返してくれないんだもん。私、今年の夏は家に帰ろうと思ってるんだけど、ゆきはどうするのかなって』

「あぁ、ごめんなさい。ちょっと友達の件でバタバタしてたりしてて、返したつもりになっていたけれど、すっかり忘れていたの。それと、私は帰るつもりはないわ。この寮からウチの実家はそんなに離れていないし、どうせお墓参りでこっちに来るでしょ? お父さんとお母さんに会うのも、その時で十分よ」


 子供の頃に引っ越したとは言っても、私達の実家と呼べる家は今もまだこの町にあるし、先祖代々のお墓だってこの町にあるのだ。

 必然的にお父さんやお母さんも、年に一度、ひっそりと戻ってきてはお墓参りをしているし、私や姉さんもそれは同じだったりする。


『まぁそうなんだけどー。父さんも母さんも、まさかゆきが聖燐学園に行くなんて思ってなかったから、心配してるんだよ? その町はほら、色々あったから、ね』


 篠ノ井さんのお父さんの事と、悠木くんの事。

 確かにそれらがあった場所で、父さんや母さん、姉さんはこの町には極力近づかないようにしているけれど、私はそんな家族の反対を押し切ってこの学園の入学試験を受けた。

 優待制度にさえ受かれば、学費が完全免除される。さらに寮も無料で使えると知って、両親に相談もせずにこの学園に志願書を提出し、見事に優待制度の狭き門を突破してから、両親に話したのだ。

 半ば強引なやり口で家を出る事になった私を、当然ながらに両親は止めようとしたけれど、それでもなんだかんだでこうして聖燐学園に通えるようになったのは、他でもない姉さんのおかげだ。


 私にとっては篠ノ井さんも、幼馴染のようなもの。

 一時は音信不通になったけれども、それでも私と篠ノ井さんが仲良くなれさえすれば、父さん達も大手を振って実家に戻れる日が来るようになるかもしれないじゃないか、と。

 姉さんが延々とそんな言葉を言い続けて、結果として父さんが折れたのだ。


 まぁ、なんだかんだ言って、私はただ、父さんや母さんと一緒にいるのは都合が悪いだけでしかないのだけれど。

 何せ悠木くんと行く約束をしている日和祭は、お盆と同じ時期――つまりは八月十五日前後。父さんや母さんと実家にいたりしたら、夜に男の子とお祭りに行くなんて、猛反対される可能性の方が高い。


『――じゃあさ、ゆき。今年は日和祭でも行かない?』

「え……?」

『ほら、あの騒動以来、一回も日和祭には行かなかったじゃない。最後に行った時も、悠木くん、だっけ? あの子の事で楽しませてあげれなかったしさ。篠ノ井さんのトコも落ち着いてなかったし。だけど今は雪那も篠ノ井さんの娘さんも同じ聖燐の生徒なんだしさ。もし会ったとしても、騒動にはならないと思うし。行こうよ』

「私、今年はもう行く約束してるから」

『あちゃー、先約があったかー。って、もしかして篠ノ井さんと?』

「ううん。悠木くんと、だよ」

『……え……?』


 驚いたかのような姉さんの返事に、私は思わず小さく笑みを浮かべた。

 サプライズに成功した気分だ。


「姉さんには言ってなかったけど、悠木くんも聖燐にいるの。しかも特待生としてね」

『……あ、はは……。驚いたなぁ……。でも、そう……いるんだ……』

「……? 姉さん?」


 姉さんの声は、明らかに動揺を隠しきれていなかった。

 やっぱり、姉さんと悠木くん。二人の間には、何か――私の知らない何かがあるのかもしれないと、そんな事を考えてしまう。


『ねぇ、ゆき。悠木くん、何か言ってた? その、昔の事とかで』

「……ううん。別に何も言ってないけど……」

『……そう。じゃあ、ごめんね、ゆき。電話切るよ』

「あ、うん。また……切れちゃった」


 まるで逃げるように、遮るように切られた通話。

 快活な姉が、何かに動揺している声。

 やっぱり、何かを隠している――そんな確信が胸の内に広がる。


 込み上がる不安を押さえつけようと、私は気付かぬ内に、自分の胸の前でキュッと手を握り締めていた。







◆ ◆ ◆






 休日にも制服を着て部室に集まるというのは、正直言って、気分が滅入る。

 まぁ学園の寮に住む俺にとってみれば目と鼻の先ではあるのだが、なんだか休みがもったいないとか、そんな考えに行き着いてしまうのだ。


 という訳で、本日の予定となっている勉強会は巧の家で行われる事になった。

 講師役に俺と雪那、生徒は瑠衣と篠ノ井、それに巧という、集まる場所がいつもとは違うだけで、なんら代わり映えしない読書部一同。


「おまたせ」


 白い七分丈のカットシャツの下に、淡いピンクのキャミソール。七分丈のジーンズに黒のパンプスといった服装で、雪那が食堂へとやってきた。

 肩には勉強道具一式やらが詰め込まれたらしい、なかなかに大きなバッグがかけられていた。

 実に雪那らしい服装だと思ったが、露出が足りない気がします。

 せっかくの夏だというのに、眩い肌成分が足りない。


「お、髪結ってんだな」

「えぇ、夏は暑いからこうしてる事が多いわ」


 いつもの長いストレートの髪を、今日は肩から流れるように一括りにしている。

 瑠衣のようなサイドテールの可愛らしい髪型とは違う、大人っぽさを感じさせるのは、雪那が美少女であるとは言っても美人系に分類されるからだろう。


「悠木くんは、なんというか夏真っ盛りね」


 黒いシャツ、七分のパンツにサンダル。

 これが俺の服装だ。


「何を言う。真夏は黒いシャツは着ないぞ」

「こ、拘りの場所がおかしい気がするのだけど……」


 おかしいな。男女の違いだろうか。


「悠木くんも、ちょっとは服装を褒めるとかしてもバチは当たらないと思うのだけど」

「え、あぁ、雪那らしくて似合ってていいと思うぞ。個人的にはもう少しぐらい露出してもバチは……いえ、何でもありません」


 冷めた目で見ないでくれ。

 ようやく訪れた薄着のシーズンなんだ、ちょっとぐらい潤いをくれてもバチは当たらないと願うのは俺だけじゃないはずだ。


 ともあれ、俺は雪那と一緒になって食堂を後にして校門へと向かって歩き出した。


 さすがに夏らしい陽気になってきたせいか、なんだか息苦しさすら感じる。

 ちょっと歩いているだけで汗ばむような湿度と、照りつける太陽が忌々しい。

 こんな気候の中で運動する運動部の人間は、俺とは相容れない関係にあるだろう。


「悠木先輩、雪那先輩ー!」


 校門に近付くと、豆粒みたいに小さい瑠衣がこちらを見つけて手を振っている。


「なんか小さく見えるな、瑠衣が」

「それって、遠いからって言いたいの?」

「まったく。おい雪那。それじゃまるで、俺が瑠衣を普段から小さい生き物扱いしてバカにしてるみたいじゃないか」

「してるじゃない……」


 雪那の冷静なツッコミを聞き流していると、瑠衣が駆け寄ってきた。


 淡い黄色のワンピースに七分丈のジーンズ。

 ミュールを履いているのは僅かに身長の壁に抗ったのだろう。

 泣ける努力を見た気がする。


「よう、瑠衣。涙ぐましい努力の結晶に、俺は少し感動したぞ」

「へ? ……なぁッ!? し、死ねばいいです! 開口一番でそんな事言う悠木先輩なんて死ねばいいです!」


 俺の視線が足下に向かっている事に気が付いて、瑠衣が朝から罵倒をプレゼントしてきた。うむ、今日も今日とて平常運転だ。

 呆れ顔の雪那が額を押さえて首を左右に振っている。

 ふむ、熱中症には注意しておいてやらないとな。


「雪那先輩、悠木先輩が相変わらず私をイジめるのです!」

「それはしょうがないわね。瑠衣ちゃんをイジめてる悠木くん、なんだか生き生きしてるもの」

「それって嬉しくないのですよ! 達観してないで助けて欲しいのですっ!」


 おぉ、瑠衣がついに雪那にもからかわれるようになってきたのか……。


「そういえば、瑠衣。なんでここにいたんだ? お前、巧と家近いんだろ?」

「う……。実は、教科書忘れてしまっていたのです……」

「ほう、勉強するのにか」

「うぅ……」

「いや、責めてる訳じゃないぞ。巧と篠ノ井みたいになりたくないって言っていたが、やはりそんな未来がちょっと濃厚になったなぁ、とか思っただけで。責めてはいないんだ」

「うわーーーん! 悠木先輩にはこれだから! これだから言いたくなかったです!」


 からかい過ぎた。


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