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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
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#003 篠ノ井の決意

「こ、こんな事があって許されるですか……!」

「知らなかった……。悠木クン、頭いいんだね……」

「悠木のイメージだと、こう……うん。だけど、さすが櫻さん、一位おめでとう」

「……あ、ありがとう。でも、なんだか悠木クンの六位という成績に対する皆の驚きが大きすぎて、負けた気分なのだけど……」

「おいお前ら。ちょっと俺に対して抱いているイメージを作文にして……やっぱいい。読んだら心が折れる気しかしない……!」


 瑠衣、篠ノ井、巧。そして雪那、俺。

 俺達は今、部室で一学期テスト成績表を見ている状態だ。

 まぁもっとも、ただ単純に順位だけがプリントされた簡素なものだが。


 それにしてもなんだろうな、コイツら。

 俺の成績がいい事に対する反応が、失礼を通り越してもはや無礼である。

 俺が武士だったら、斬り捨て御免という強権を発動させてやりたくなるような態度ではなかろうか。


「それにしてもこんな紙、見た事ないんだけど」

「一応、特待生には配られるんだよ。あとはまぁ、購買の横に置いてあったりもするぞ。減ってるところを見た事はないが」


 聖燐学園には別に、育ちの良い生徒達だけが集う会がある訳でもないし、他人の成績にいちいち興味を持つ生徒もあまりいない。

 まぁ稀に、一般入学なのに特待生より成績が高い生徒もいて、そういう生徒は特待生から恨まれ――もとい、睨まれる事もあるが、それはそれで許してやってほしい。

 特待生の中でも下位層にいると、成績を保つ事で必死なのだ。


 ――しかし、そんな事を言っている場合ではない。


 俺が鼻高々に、自信満々に。

 そして俺を敬えと言わんばかりに意気揚々と出したそのプリントが、意外にも俺の心に確かな傷を生み出した。

 切ない……。


「異議ありなのですよ! 百歩千歩一万歩譲っても、悠木先輩が特待生なのは認めるのです! でも、こんな上位にいるなんておかしいのです! 三十位とか二十九位とか、その辺りをウロウロしている方が分相応だと……思いません思いませんっ! つむじ押さないで欲しいのです、ごめんなさいっ!」

「身長とーまれっ」

「この指とーまれ、みたいに言うなですよ! まだまだ伸びるのですっ!」


 とりあえず俺の傷心した分だけの呪いは瑠衣の身長に影響を与えたはずだ。


「でも悠木クン、今回落ちたわね。今まで五位以内には入っていたと思ったのだけど」

『――えっ?』

「よしお前ら。今の熱い声援に応えてスパルタするから覚悟しろよコノヤロウ」


 何その濁点がつきそうな三人の驚きぶり。さすがに俺だって傷付くんだぞ。


 しかし雪那はよく俺の順位憶えてたな。

 雪那は入学して以来、一度も順位を落としていない。俺もそれは、毎回テストの度に見てきた。


 ――「お、あの美少女また一位だ。二位は……なんだ、男か」と。


 まぁ雪那はどうやら俺がいるって事に気付いていたみたいだし、それで気にはなっていたのかもしれない。

 俺だって知り合いの名前ぐらいは探すしな。


 えーっと、ほら、彼とか。

 ……なんだっけ、外野っぽい、なんだか外側な名前。まぁいいか。


 一通り瑠衣を使って鬱憤を晴らした後で、ついに篠ノ井と巧のテストの結果を見せてもらう。俺と雪那が、それぞれにテストの答案用紙と問題用紙を見比べ、どの傾向にミスが多いかなどを調べる中、巧と篠ノ井は緊張した面持ちでこちらを見ていた。


 ジュースのパックを両手で持って、ズゾーッと鳴らしてストローを吸った瑠衣には、もう一度つむじを押してやる。

 涙目で反抗されたが、自業自得だ。


「……さて、じゃあ篠ノ井さん」

「はい!」


 雪那が眼鏡を外し、篠ノ井を見つめた。

 あぁ、特殊装備の眼鏡姿を眺める暇がなかったなんて……。


「篠ノ井さんは、そうね。とりあえず、中学時代の応用で既に引っかかってる傾向があるわね。そこからゆっくりやり直せば、今の解き方も分かると思うけど……。漢字ミスも一つが抜けてたり余分だったりするけど、ケアレスミスが多いかしら」

「あう……」


 雪那に淡々と指摘され、篠ノ井ががっくりと項垂れた。


「で、巧は……」

「お、おう……! 覚悟はできてる! 今なら悠木の毒舌にだって――」

「お前、よく二年になれたな。いや、むしろよく聖燐に入れたな」

「っ!?」


 ピシッと音を立てて、その場の空気が固まった。

 いやいや、覚悟ができてるって言うから、思った事をそのまま口にしただけだぞ。


 その後、俺と雪那二人による巧と篠ノ井の指導が始まったが、ここぞとばかりに瑠衣が巧を教えているこちらに寄って来た。

 が、俺が一切の隙を与える訳がない。瑠衣が話しかけようとする度に黙殺する。

 今では瑠衣も、雪那に篠ノ井と一緒に教わりながら、時折談笑している。


 キャッキャウフフするあっちに混ざりたい……。


「悠木、ここなんだけど……」

「お前のせいだからな?」

「えっ!? な、何が!?」






◆ ◆ ◆






「疲れた……」


 すっかり日が伸びて、夕方なのに蒸し暑さの残る帰り道。

 俺――風宮巧――は思わずぼやくように呟いた。


「巧は悠木くんにビシバシしごかれてたからね、無理はなさそう」

「ゆずはいいよな。櫻さん、親切に教えてくれてたみたいだし……」

「……たまに、どうしてそんな事も分かっていないのって責めるような目で見られた気がするけどね……」

「……俺もそれを直接言われた側だからな……」


 ゆずもどうやら、櫻さんには密かに絞られたらしい。

 むぅーと唸りながら頬を膨らませているゆずの姿に苦笑してしまう。


「ゆっきーと悠木くんって、私達といつも一緒にいるのにどうしてあんなに勉強出来るんだろ~……」

「そりゃ、家に帰ってからしっかり勉強してるからだろうけどなー」

「それだけなのかなぁ。はぁ、なんだかちょっとショック。一緒にいるのにこんなに差が出るなんて……」


 それは……まぁ俺もそう思わなくもない。

 帰ってから何してるかなんてそうそう語り合わないし、勉強については特待生の悠木とギリギリ引っかかって合格したぐらいの俺とじゃ、話す事もないし。

 ただまぁ、授業を真剣に聞いていない俺が悪いとまで言われてしまっては、ぐうの音も出ないというやつだった。

 悠木曰く、授業をしっかり聞いて八割、基礎ができて六割、復習をしっかりして理解していれば十割は解ける、との事だ。俺とゆずの場合は基礎からできていないから赤点なのだ、とさえ言われてしまっている。


「将来の事を考えると、やっぱりそろそろちゃんと勉強しておいた方がいいとは思うんだけどな」

「巧がそんな事言うなんて、知恵熱でも出ちゃったんじゃない?」

「うっせ。入学してから勉強もサボりがちだったなって思ったし。さすがに反省もするっつーの」

「うぅ、それ私もだー……。耳が痛いよー」


 耳を押さえながらフザけた調子で答えて、ゆずが俺の前を数歩進んでいった。


「ねー、巧ー」

「ん?」

「私ね、もうちょっと頑張るよ。自分の足で立って、巧の後ろじゃなくて横に並べるように、さ」

「……そっか」


 前を向いて、後ろを歩くこちらへと振り返らずにゆずが言う言葉に、思わず言葉に詰まってから俺は返事をした。


 俺がゆずに距離を置こうとした事も、ゆずが俺と瑠衣が一緒にいたのを見て、自分だけが除け者にされてしまうんじゃないかと不安になったらしい事も、お互いに全部話し合った。

 悠木と櫻さんが色々な形で協力してくれた事も、夜中に学園の寮まで迎えに行ったあの日、朝までずっと、お互いに話し合ったりした。


 結局泣き疲れ、うやむやになってしまったけれど……きっと、ゆずの今の言葉はあの時の話し合いに対する答え、なのだろう。


「だからね。その、私がちゃんと自分で立てる様になったら、その時は……」


 ゆずがくるりと、こちらへと振り返る。

 先程までのフザけた様子もなく、いつものような、どこか臆病な色のない、ただただ真っ直ぐこちらを見据えてくるゆずに、思わず俺は見惚れて立ち止まっていた。


「私の事、ちゃんと一人の女の子として、見てくれますか?」


 ――ドキリと、胸が高鳴るのを感じた。


 今まではただの幼馴染として見てきた。

 物心ついた時から一緒にいたせいか、幼い面影が重なり続けていたゆずの表情が、不意に大人びて見えたのだ。


「……あ……」

「ううん、答えなくていいよ」


 何かを告げようと口を開きかけた俺に、ゆずが力のない表情でにへらっと笑って背を向けて歩き出す。


 一人の女の子として――それはつまり、男と女としてとか、そういう意味なのだろう。

 ゆずはそれを、改めて俺に訊いてきたのだ。


 答えなくていいと言われても、俺は――俺の中で、答えは決まっている。

 それを告げるのは、俺とゆずが、お互いにもっと大人になるまで、言うべきじゃないのかもしれない。


「頑張ろうな、ゆず」

「うんっ、どうせなら悠木くんとゆっきーを驚かせてやりたいもんね!」

「そうだなー。まぁ、悠木の成績がいいのは意外だったけど」

「にひひ、実は私も。瑠衣ちゃんがいなかったら、私が声あげてたよー」


 また、いつも通りに並んで歩いていく。

 それでも、ほんの小さな一歩を踏み出せたおかげか、ゆずの足取りは軽やかなものに変わっている事に、その時の俺はまだ気が付いていなかった。






◆ ◆ ◆






 寮に戻り、夕食を食べに食堂へとやって来た。

 雪那は今日は賞味期限がギリギリな物を消化するつもりらしく、自炊との事だ。


 当然ながら、俺はその美少女料理にはありつけない。

 また何か貸しを作って料理をご馳走になれる日はいつになるだろうか。


「あ、永野。今日はずいぶんと遅かったみたいだな」

「……え、っと……あぁ、アレな人」

「ま、まさかとは思うが、また名前を忘れたんじゃ……」

「いや、待て。待ってくれ。もう少し。もう少しで出て来ると思うんだ」


 えっと、外野くんじゃなくて、もうちょっと比喩的表現の……まぁいいや。


「ごめん、なんだっけ?」

「茅野だよ、茅野! っていうかお前、諦めるのやけに早かった気がするんだけど!」

「あぁ、そうだそうだ。まぁそんなに怒るなって。そうだ、名札をつけるなんてどうだろうか」

「お前だけ! お前だけだから、忘れるの! そんなに俺の苗字難しくないから!」


 何でこんなに必死なんだろうか。

 思春期の少年か。


「まぁ良いじゃないか、茅野くん」

「永野……」

「親しげに呼び捨てしてる相手に苗字を忘れられるなんて、滅多にある事じゃないさ」

「うわあああーーー!」


 茅野くんが奇声をあげて走って行く。

 そして、霊長類に捕食……もとい、捕まって怒られてる。


 すまない。

 ホントは名前、知ってるんだ。


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