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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
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#002 二人の約束

 今後の補習スケジュール表を渡すから、と職員室に連れて行かれた幼馴染ペア。

 ドナドナされていく二人に敗残兵のような空気を感じながら見送っていたが、ついでに今日はそのまま帰ると告げて出て行った。


 飲み物を置くだけで帰るなんて……悲惨過ぎる。


「……雪那先輩。巧先輩達ってそんなに成績ひどいですか?」

「私はクラスが違うから分からないけれど。悠木くん、どうなの?」

「一年の時は、なんとか赤点は免れてたけどな。つっても、そんな調子のまま二年になって、その結果が顕著に表れたってトコだな」

「わ、私も頑張らないとです……!」


 どうやら一年後の自分の姿を軽く重ねてしまったらしい瑠衣が呟いた。


「……ねぇ、瑠衣ちゃん」

「はい?」

「篠ノ井さんと風宮くんの事で話をしたって私達は聞いてるのだけど、今はそんな雰囲気が感じられないのよね。何があったの?」

「お、おい、雪那」

「悠木くんだって気になっているでしょう?」

「まぁ、そりゃあな。色々あったし」


 雪那が一切オブラートに包みもせずに突っ込んでいく。

 まさか雪那が唐突に、直球で訊ねるなんて思いもしていなかったが……まぁ裏で険悪な空気になったりするよりは、知っていた方が俺としても気楽ではある。


 俺と雪那が見つめる中、瑠衣は少し乾いた笑みを浮かべて頬を掻いた。


「あはは……、やっぱり知ってたですか」

「えぇ。そのおかげで私と悠木くんの睡眠時間が削られる騒動にも発展したもの。あ、でも誤解しないでね。別に責めてる訳じゃないから」

「そ、それ責められてる気しかしないのですよ……!」

「気にするな。雪那が責めてないって言ってんだったら、他意はないと思うぞ」

「そ、そうです? ……えっと、ちょっと言い難いですけど……。実は先々週の土曜日、偶然巧先輩と会ったですよ」


 先々週の土曜日――つまり俺が巧にキレた日で、篠ノ井が瑠衣と巧が一緒にいるのを目撃した日か。

 瑠衣はそのまま続けた。


「巧先輩からその、ゆずさんとの事で話を聞いて……。それで私、予定変更したです」

「予定変更?」

「そうなのですよ。巧先輩がゆずさんを遠ざけてるって聞いて、実は少しだけ、ほんのちょっとだけチャンスだって思ったです。告白するなら今がチャンスかもって。……でも、そうやって奪うってヤだなって。そう思ったです」


 思わず、俺と雪那は目を見合わせた。


「巧先輩には、中学生の時にいっぱいお世話になっていたですよ。きっと私にとっての巧先輩と同じぐらい、ゆずさんにとっても巧先輩は大事で……。だから、奪うような真似したら、きっと誰も嬉しくないかなって……」


 えへへ、と恥ずかしさを誤魔化した瑠衣が笑みを浮かべた。


「それで、ゆずさんとも少しお話したですよ。告白して奪うとかじゃなくて、お互い頑張ろうってなったです。恨みっこなしで、巧先輩を振り向かせる為に女を磨いて勝負するのですよっ!」

「そっか……。偉いな、瑠衣は」


 ………………。


「……悠木先輩に褒められると、オチがつきそうな予感がするです……! 褒められてもそこはかとなくバカにされてる気分になるです……!」

「おいお前、俺の素直な賞賛を何だと思ってやがる。ジト目でこっち見ながらさりげなく雪那の後ろに隠れてんじゃねぇ」


 俺がなんの裏表もなく褒めてやったというのに、どうやら瑠衣はそんな俺の態度が気に食わなかったらしい。

 よろしい、ならばからかい続けてやろうではないか――と決意した、そんな一日であった。




「篠ノ井と瑠衣はそれなりにうまくいったみたいだなー」

「そうね。まぁ落ち着いてくれるならそれで良かったんじゃないかしら」


 寮へと帰っている最中、俺と雪那は篠ノ井と巧の一件についてそんな事を話しながら帰っていた。

 もちろん、俺としても篠ノ井の病みモードが落ち着いてくれるならそれに越した事はない。巧を振り向かせるラノベ的展開がこれからも繋がるというのは少々面倒臭そうだが。


「それで、悠木くんはどうするの?」

「どうするって?」

「読書部。最初は私が入っただけで、さっさと辞めようとしていたでしょ?」

「あー……」


 確かにそれはあった。

 でも正直に言うと、なんだかんだ言って今の読書部は楽しい。


 以前は二人のラブコメをたった一人で傍観していたからな……。


 ……べ、別に蚊帳の外にいたから寂しかったとか、そういう訳じゃないんだからねっ。

 うん、口にしてボケようかと思ったけど、空気読んだ。


「まぁ、退屈はしないし続けてみるのも悪くないかなって思う程度には、居心地も悪くはない」

「……そう。素直じゃないのね」

「何を言う。俺ほど欲望に忠実な人間はそう滅多にいないではないか」

「あら、そうかしら?」


 クスクスと笑う雪那がタタッと俺の数歩前へと歩いて行き、振り返った。


「ねぇ、悠木くん。夏休みは家に帰るの?」

「いや、帰らないよ」

「そっか、帰らないんだ。だったら私もそうしよっかな」


 悪戯を思い付いたかの様に雪那が笑みを浮かべる。

 俺が残るって言ってからのその発言はアレですか。俺が心を躍らせるというチョロさを理解した上で口にしてるのか。

 とんでもない策士だ。


「だったら、一緒に日和祭に行かない?」

「え……?」

「あの時は約束破る形になっちゃったけど、今度は二人で」


 雪那の笑顔が、どこか寂しげなものに変わった。

 あの時の事を、雪那は憶えているんだ。そしてそれは俺も一緒だ。


 思わず足を止めて黙った俺を見たせいか、雪那の表情が曇っていく。

 そんな顔されたら、まるで俺が今も怖がっているだけみたいじゃないか。

 まったく。


「あぁ。行こうか」

「……ッ! 今度は、絶対に裏切ったりしないから」

「おう」


 背中を向けて雪那が告げた。

 一瞬、目に涙を溜めていたようにも見えたけど、気のせいだろう。


 ん、メールだ。


「あら、メールかしら」

「俺もだ」


 どうやら雪那も同じタイミングでメールが届いたらしい。

 ……なんだろうな、嫌な予感しかしない。


「……やっぱり――」

「あの二人から、ね」


 どうやら俺と雪那は夏休みを前にして、またまたあの幼馴染ペアに巻き込まれるらしい。






◆ ◆ ◆






「それじゃ、着替えたら部屋に行くわ」

「りょーかい」


 悠木くんに別れを告げて、私――櫻雪那――は思わず頬が緩むのを感じていた。

 心なしか足取りも軽く、ついついはしゃいでしまっている自分が少し恥ずかしくなって、一つ大きく深呼吸する。


 ――誘っちゃった……。

 子供の頃の擦れ違い。忘れる事ができなかった、自分と姉さんが犯した過ち。

 それを払拭するには、まさに絶好の機会になってくれるのではないだろうかと、私はそんな事を考えている。


 ――「夏までは篠ノ井さんにチャンスをあげた」。

 読書部に入部した当初、風宮くんとの一件について悠木くんにはそう言ってみせたけれど、本当は――違う。

 あれは、私自身に対する誓いだったのだ。


 ――――日和祭。

 それまでに悠木くんと親しくなり、理由をつけてでも日和祭に悠木くんを誘う、そんな考えがあったから、夏まで時間稼ぎするつもりだったのだから。


 そして今日、一年前から練り上げていた密かな計画が、成就する兆しを見せたのだ。

 さすがに私も、これを喜ばずにはいられない。


 自分の部屋に駆け込み、扉を閉めて深く深呼吸する。

 気恥ずかしさと成功の喜びが身体を駆け抜け、自分でも分かる程に浮かれている。

 そんな自分を落ち着かせようと、普段は机の上に置く鞄も珍しくベッドの上に放り投げ、慌てて洗面所へと駆け込んで顔を洗いに向かう。


 放り投げられた鞄のポケットから出たスマホが、メールの着信を報せて振動している事に、私は気付かなかった。


 着替えるだけ着替えて、気持ちを落ち着かせてスマホを見た私は――思わず目を見開く。


 表示されたのは、姉さんの名前だった。








◆ ◆ ◆








 三十分程経って、雪那が部屋にやってきた。

 何があったのか、やけに髪がボサボサになっている。


「な、なぁ、雪那。なんか髪がボサボサだぞ」

「う……、ちょっと洗面所借りるわ」


 言うや否や、洗面所に向かって早歩きで向かった。

 なんだろう、いつも完璧に繕ってみせる割に、珍しく嬉しい事でもあったのだろうか。

 やけに顔が赤い。


 ま、まさか……!

 俺の部屋に来るというシチュエーションに緊張……は、ないか。

 もう何度も来てるし、今さらないわ。


「おまたせ」

「おう。紅茶でいいか?」

「あ、出来たら悠木クンがよく飲んでる烏龍茶とかの方が……」

「……? 別に良いけど、喉乾いてんのか?」

「え、えぇ! 夏だし!」

「お、おう、そうか」


 今日の雪那さんは荒ぶっていらっしゃるらしく、食い気味に肯定された。

 烏龍茶が実は気になっていたのか。


 飲み物を用意して、一息。

 お互いに流れる沈黙は、むしろ沈黙というよりも安穏といった一時だ。

 そろそろ蝉がちらほらと鳴き出すかと思ったが、まだ早いのか。

 もう七月の初旬だし、じわじわと暑くはなってきてるんだけど、蝉っていつぐらいから鳴いていたっけか。


 窓辺のカーテンが揺れる様子を見つめて、頭を切り替える。


「それで、どうする?」

「……どこから始めればいいのかしらね」


 改めて俺達が今回集まった理由は、さっきのメールだ。

 詰まるところ、巧と篠ノ井のお勉強の教師役をしてくれ、というお願いが送られてきたのである。

 雪那には篠ノ井から、巧からは俺へと。


「補習は毎日二時間って言ってたし、部室で教えるのが妥当かしら?」

「まぁそうなるけど、それじゃあ時間的には結構厳しいんだよなぁ。補習後に俺達が授業しても、頭に入るか怪しいぞ」


 これは俺だけに言える事かもしれないが、俺は帰宅後に即勉強というのは切り替えができるようなタイプではない。

 少し落ち着く時間がほしくなるのだ。


「それもそうね。せめてもうちょっと時間があればいいけど」

「追試が一週間後だもんな。とりあえず明日、テストの点数やらを見て対策打つか」


 何が苦手か分からない事には、どこまで遡ればいいのかも分からないしな。

 ……というか、下手したら中学時代の勉強まで遡る必要もある……か……?


「瑠衣ちゃんには悪いけど、しばらくは勉強会になりそうね」

「そうだなぁ」





 ――そんな訳で翌日、瑠衣に申し訳ない気分で経緯を話してみたところ。





「だ、だったら私もちょっと聞いておきたいのです! あの二人みたいにならない為に!」






 その二人がいる目の前でそんな発言をした。

 やはり天然なのだろうか。


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