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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三章 雪那とゆずの過去
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#001 爆弾発言

 秒針が動くカチカチと僅かに鳴り、紙を捲るような音やシャーペンが走る音。時折身動ぎしたり咳払いしたりとする、奇妙な沈黙だけがその場を支配している。

 そんな中で、俺は埋めた回答欄を見回してから、改めて自分が対峙していた回答用紙を裏返して、肘をついた手に顎を乗せて外を見つめていた。


 そうして奇妙な時間は――終わりを迎える。


「――はーい、そこまでー。一番後ろの席の生徒は解答用紙を裏返して回収してきてー」

「――終わったぁぁぁ……!」


 先生の言葉と共に、静寂は破られ――あちこちから深いため息と共に、色々な意味で終わったらしいテストの終了を告げる声が聞こえてきた。

 そう、ついに今日、テストが終わったのである。


「悠木、おつかれ」

「おう。……お前は色々な意味で終わった方か」


 解答用紙を回収する俺の後ろの席――巧の顔を見て、悟る。

 きっとあまりよろしくなかったのだろう、相変わらず。


 解答用紙が回収され、誰もがこの二週間程続いた勉強の日々から解放されて浮かれる中、対照的に絶望に打ちひしがれているような生徒も少なくない。

 まったく、ようやく梅雨も抜けて涼しくなり、服装も衣替えを済ませて開放的になっているというのに、そういった生徒だけは梅雨に逆戻りしたかのようなどんより具合だ。


 ともあれ、俺にとっては今回も手応えを感じる結果で良かった。

 優待制度という特殊な立場上、こういった部分でまで手を抜く訳にもいかず、必死になって勉強した甲斐があったというものだ。


「……終わった……」

「うん……、終わったね……」


 そんな俺の後ろから聞こえてくる、幼馴染ペアの嘆き。

 巧はさっきの顔を見て一目瞭然だったが、どうやら篠ノ井も似たようなものらしい。ラブコメしてるこいつらが成績まで良かったら、さすがに俺も理不尽さにキレる自信がある。


 ここでからかっても面白い反応は返って来ない。

 ちょっと気付かないフリをしておこう。


「でもほら、もう後は夏休みだしね……! ねぇ、悠木くん!」


 現実逃避を開始した篠ノ井に声をかけられて、俺も後ろへと振り向いた。

 あまり顔色がよろしくないのは見なかった事にしておこう。


「篠ノ井もお疲れ」

「うん、悠木くんもお疲れさま。でねでね、夏休み読書部で何かしよっか?」

「え。休みなのに部室に集まって本を読むとか、それ無意味だと思うんだが」

「バーベキューとかどう? キャンプとかも良いよねー」

「会話になってない気がする。そもそもそれのどこに部活が関係するんだ……?」


 いきなり何を言い出すのかと思ったら、部活動とは一切関係のないイベントを放り込んできた。

 バーベキューしながら読書とか、キャンプしながら読書か?

 なるほどわからん。


「ちーがーうー。みんなで夏を満喫しようよって話だよ!」

「あぁ、なるほど。まぁ、みんなで決めればいいんじゃねぇか?」

「あ、そうだねー」

「まぁ補習になる人がいなければ、部活で皆集まるんだしな」


 ……………………。


「おいそこの幼馴染ペア。二人揃って笑い飛ばせないとはどういう了見だ」

「……今回は酷すぎた……。もしかしたら、ヤバイ」

「うん、私も……」


 優待制度ならぬ一般入学である二人なら、赤点さえ取らなければ基本的に補習にはならないんだが……どうやら二人はその最低ラインにすら引っかからない可能性があるらしい。

 二人揃って目が泳いでいるんだが、幼馴染になるとこうも似るものなのか。


「まぁとりあえず帰るか」

「そ、そう、だね……」

「あぁ……。運が良ければ、赤点にはならないと思うし……」


 運でどうにかなるようなものではないと言いたい。




 テスト期間中は最終日も含めて、基本的には部活動が禁止されているのがこの学園の特徴とも言えるだろう。

 昨日は素直に帰り、食堂では雪那と俺、外野くん達とお互いにテストの見直しをして過ごすという、実に平和な放課後を過ごしたものだ。


 明けて翌日の放課後。

 久しぶりに今日、読書部が全員部室に集まる。

 篠ノ井と巧が学食にジュースを買いに行ったので、俺は先に部室に向かう事にした。


「うぃーす……って、宝泉さん……?」


 なんだかんだで宝泉さんを久しぶりに見た気がするのだが、そんな彼女は現在、机に突っ伏していらっしゃった。


 なんだかんだで俺と彼女の接点は少ない。

 というのも、彼女が読書部に入ってすぐにテスト期間に入ってしまったので、こうして二人きりで話した事はなかったのだ。


 ぱっと見た感じ、小柄だけれど明るい性格をしているイメージではあるのだが、そんな彼女にしては珍しい――けれど、俺にはなんとなく見覚えのあるどんよりとした空気を醸し出していた。


「……終わったですよ……」


 ……どうやらここにも、テストが色々な意味で終わった生徒がいるらしい。

 巧ハーレムの連中はどうしてこうも似たような結果に終わっているのやら。


 とりあえず机に鞄を置いて、俺は可愛い後輩を慰める事にした。


「宝泉さん久しぶりだな。ちょっと縮んだんじゃない?」

「んなぁッ!? 小さいのは元からです! これ以上縮んでなるものかですよ! それに久しぶりなら少し背が伸びたんじゃない、とかそう言うべきです! って、何処見てるですか! こっち見ないのは失礼です!」


 立ち上がって目の前まで駆け寄り、両手をあげて抗議してくる宝泉さんをスルーして、部室の中を見回す。

 どうやら雪那はまだ来ていないらしい。


「あぁ、ごめんごめん。まだ宝泉さん一人だったのな」

「……永野先輩、いつもさりげなく失礼です」

「ふむ、露骨に失礼よりマシだと思わないか?」

「比較対象がおかしいです!? そこにスポットを当てるのは違うです!」


 前から思っていたのだが……宝泉さんは面白い。

 からかえばからかう程にツッコミが鋭くなっていく。

 未だギャーギャー喚いている宝泉さんを放って、部室の中へと進んだ俺はいつもの定位置に腰掛けた。


「むー……。あ、そういえば永野先輩、どうしていつもそこに座ってるですか?」

「前までは篠ノ井と巧の二人と俺しかいなかったからな。あの二人がそっちに座ってたからだ」

「……? どういう意味です?」

「そのまんまの意味としか言いようがない」


 小首を傾げる宝泉さんだが、そもそも宝泉さんが入部してくる時には雪那もいたからな。知らないのも無理はない。

 あのラブコメを目の前にしながら時間を潰し、心の底から呪詛を吐いていた日々が懐かしくすら感じられる。


「あの、永野先輩。一つお願いがあるですよ」

「お願い? 言っておくが、金銭目的のお願いは悪いが力にはなれないぞ?」

「そ、そんな事頼まないですよ……! そうじゃなくって、その、宝泉さんって呼ぶのやめてほしいなって……」


 何だか言い難そうに、唐突にそんな事を言い出した。

 あぁ、これで宝泉さんが巧に告白するとか宣言していた情報がなかったら、きっと俺の好感度は急上昇していた事だろう。


「……宝泉様?」

「わざとです! 絶対それ悪意に満ちたボケなのです!」


 見抜かれた。


「せめて呼び捨てにしてほしいです」

「構わないけど、なんでそんな事をいきなり言い出してんだ?」

「……その、なんか他人行儀な感じです。永野先輩、巧先輩とかゆずさんとか、あの櫻先輩でさえ呼び捨てにしてるのに私だけさん付けされるのは、ちょっと寂しいです」


 何この子可愛い――とか一瞬思ったけど、なんだか聞き逃せないセリフがあった。


あの櫻先輩(・・・・・)でさえ?」

「あれ、知らないです? 櫻先輩と言えば、一年生の女子の間で人気なのです。孤高のお姉様って感じで、まさに聖燐に相応しいお姉様って呼ばれてるですよ」


 ……雪那が、ねぇ。

 まぁ確かにあの容姿と有名な家柄を考えると、それも理解できなくもないが……。


「でもまさか読書部に櫻先輩がいるとは思ってなかったです」

「まぁ、アイツも俺も特待生だからな。部への参加義務は免除されてるし、別に入ってなくてもいいんだけどな」

「……納得出来ないです。櫻先輩はともかく、永野先輩はどう見ても赤点ギリギリの一般入学にしか見えないです」


 ………………。


「さて宝泉さん。キミの呼び名はちびと命名しようかと思う」

「っ!? それは呼び名ですらないのですっ! ただの罵倒ですっ! き、気にしてるからやめてほしいです! 前言撤回するですから!」

「フハハハハ! 譲歩してロリにしてやっても良いぞ!」

「譲歩の意味を調べ直すといいです! 私はちゃんと今年で十六歳です! まったく、永野先輩は鬼なのですっ、ちょっと本音を漏らしただけで……う、嘘ですっ! 永野先輩こそ特待生に相応しいです! だっ、だから頭を上から押さないで欲しいです……っ! 根拠がなくても背が伸びなくなりそうですっ!」

「……何をしてるのかしら、二人共」


 雪那の非常に冷たい視線と声で、俺と宝泉さんの争いは終わりを告げた。


 宝泉さんが雪那の後ろに逃げ、雪那を盾に俺を睨みつけてくる。

 小さいお子様をイジめた気分になってきた。


「櫻先輩、永野先輩は鬼なのです」

「否定できないわね」

「っ!? やっぱり……!」

「緊急参戦でいきなりからかいに走るな」

「それで、一体何の話をしていたの?」

「呼び名を変えてくれって言われてさ」

「呼び名?」


 簡単に経緯を説明すると、雪那が「ふーん」と唸り始めた。

 ……気のせいか、雪那から俺に向けられる視線が妙に冷たいというか、なんか痛い。


「そうね。じゃあ私も瑠衣ちゃんって呼ぶわ。私の事も名前で呼んでもらえる?」

「はいなのです!」

「問題は悠木くんよね。悠木くん、瑠衣ちゃんって呼んでみて」

「……る、瑠衣ちゃん……」


 ………………。


「へ、変態です……!」

「えぇ、そうね」

「え、何この誘導処刑」


 そりゃ確かに、気恥ずかしさから半ばニヤけ気味に声をかけた俺は気持ち悪いだろう。

 だがしかし、この場合は俺を変態扱いするのはどうかと思う。


「じゃあ、永野先輩は瑠衣って呼んで下さい。そしたら私も悠木先輩って呼んでおあいこです」


 悠木先輩だと……!


「よし分かった。分かったついでにもう一回呼んでくれ」

「……? 悠木先輩?」

「よし、もう一度……は呼ばなくていいわ。何だか視線だけで殺される気がする」

「はいです……?」


 小首を傾げる宝泉さん――改め瑠衣の隣りから、雪那の絶対零度な視線が俺を射抜いていた。


 そんなくだらないやり取りが一段落する頃に、ようやく篠ノ井と巧がやってきて全員が揃った。

 机の上にはお茶やカフェオレが置かれ、一本だけオレンジジュースが混ざっている。

 今までになかったタイプの飲み物だ。


 とりあえずオレンジジュースを瑠衣に手渡すと、「どうしてそれ取るって分かったです!?」と驚いていたが、何も言うまい。


 ちなみにだが、飲み物はいつも巧と篠ノ井、俺と雪那で、それぞれ交代でお金を出して買いに歩いている。

 瑠衣はマスコット扱いで奢り状態だ。

 小さいってお得だよな……。


「テストも終わったし、夏休み皆で何かしたいと思うんだけど!」


 それぞれに飲み物を手に取り、椅子に座った所で篠ノ井が昨日に引き続いてそんな事を言い出した。


「それって、読書部で部活としてって事です?」

「そう! バーベキューとか!」

「ぶ、部活が一切関係ない気がするですよ……」


 うむ、その通りだ。

 瑠衣も意外と常識人なのだろうか。

 瑠衣と篠ノ井が色々話し合いながら、巧と雪那を巻き込んで意見を交換している。


 それにしても、篠ノ井と瑠衣って巧を奪い合って告白どうのこうのに進んでいたハズなんだが、一体何がどうなっているんだ。

 明らかに仲良くなってる気がする。


 正直、俺は瑠衣についてはまだ掴みきれていない部分がある。

 告白の宣戦布告をしたって聞くと、もっと芯が強いとっつきにくさを持っているのかと思ってたけど、今の所はただの天然系ちび娘というポジション。謎だ。


 まぁ篠ノ井達の問題だし、踏み込む必要はないだろう。

 篠ノ井と巧も、あの寮でのバタバタ以来すっかり元通りになってるし、何かしら落ち着いたんだろうな。


 ようやく俺にも、平穏な日々が戻って来そうだ――なんて、そんな事を考えていた時だ。


「失礼しまーす」

「あ、先生」

「あ、篠ノ井さーん。こんにちはー」


 ほわほわとした雰囲気を放った若い先生と思しき女性が入ってきた。

 見た事ない先生だ。

 茶色いセミロングヘア。ウェーブがかかった髪。

 夏も近いというのに、カーディガンを羽織った、とても背の低い女性。


「おい瑠衣、ちび属性の仲間が増えたぞ。キャラ被ってるじゃねぇか」

「っ!? 失礼です! 色々な意味で失礼ですっ!」


 思わず瑠衣に振ってみたんだが、入ってきた教師はノーリアクションで篠ノ井と巧のもとへ歩み寄って行った。


「えっとー、篠ノ井さん、風宮くん。二人共、補習が決まったそうですよー?」


 おっとりとした口調で、にこやかに告げられた爆弾発言。


「夏休みまでー、がんばりましょー」


 二人はがっくりと肩を落とし、小さな声で返事をしていた。


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