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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二章 幼馴染ペアの騒動
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#008 深夜の来客

 ――昨日の雪那も、こんな気持ちだったのだろうか。

 一階のロビー部分に併設された食堂からこっそりとドアを開け、篠ノ井を招き入れた俺は、そんな事を考えながら周囲を見回していた。

 気分はスパイ。某有名音楽を流す三つのナンバーと殺しのライセンスを持ったアレな気分である。


 さすがにこんな時間になると、寮監が見回るような事もないらしい。

 基本的にはお嬢様学園だった訳だし、男女共学化したって言っても寮に入っている男子に素行の悪そうな奴はいないし、まぁ当然と言えば当然か。


 そのまま二階へ向かい、ようやく自室に辿り着いた俺は篠ノ井を部屋に入れ、音を立てないようにゆっくりと扉を押さえて閉めながら、鍵を閉めてため息を吐いた。

 緊張を伴うミッションの成功である。

 勝因はずばり、寮監側のザルな見回り体制にあった、ってトコだろうか。


 そうして部屋に入ってみると、篠ノ井の顔は涙の跡と疲弊が色濃く出ているのがよく分かった。


「制服姿って事は、まさか帰ってなかったのか……?」


 俺の質問に、まるで崩れるように女の子座りをした篠ノ井がコクリと頷いて答える。


 気まずい、気まずいぞ……ッ!

 まるで俺が泣かしたみたいじゃないか……!


「……なぁ、篠ノ井。とりあえず顔洗って来たらどうだ? 少し気分転換にもなるだろうし」

「……ごめんね、悠木クン。迷惑、だよね」

「まぁ、そんな時もあるだろ」


 そういう言い方されて肯定出来る訳がなく適当に濁す俺を他所に、篠ノ井が顔を洗いに向かうのを確認して、思わず重いため息が零れた。


 あぁ、まったく……。

 俺の部屋に美少女来た! って、素直に喜べるシチュエーションじゃないパターンがあまりに多すぎる。

 いつになったら素直に喜べるんだろうか、俺……。


「とりあえず、雪那にはメール入れたから気付いてくれるとは思うが……。寝てるみたいだな……」


 戻ってきた篠ノ井をどうすればいいのか、そんな相談をしようと雪那に連絡を取ってみたものの、相変わらず無言を貫く俺のスマホ。さすがに時間も時間だから、運が良ければ起きているって程度だったし、正直期待薄だったのは事実だ。


 ふむ、これからどうすればいいのか分からん。


「というか篠ノ井、その格好って事は、親が心配してるんじゃないか?」

「……多分大丈夫。巧の家で寝ちゃう事とかあったから」


 おい、何だと。それはつまり、アレな訳か。

 男女の一線を超えてしまうような……って、あの鈍感野郎にそれはないか。

 健全な男子たるもの、想像してしまった内容については黙秘を貫こう。


「だったら、巧には連絡しとくぞ」


 あんな話し合いをしたその日に、篠ノ井の行方不明状態ってアイツが知ったら、自責の念で潰れるぞ。それに、篠ノ井の親が巧に尋ねる場合もある。口裏を合わせてもらう必要はありそうだしな。


「待って……! お願い、巧には言わないで……ッ!」

「了解です」


 切羽詰まった様子でそんな事言われ、鋼鉄の意志も折れてしまった。


 まったく。

 お願いされて断れない俺って……まったく……。


「とにかく、寝てろよ。何もしねぇし、雪那が来たら起こすから」

「……何も訊かないの……?」

「言いたければ聞くけど、訊かれたくねぇ事もあるだろ。つっても、制服で寝るのもまずいな。デカいと思うけど、俺のジャージとシャツで良ければ使うか?」


 決して、決してやましい気持ちはない。

 そりゃ、俺の服を女の子に貸すとかそういったイベントに興奮しないでもない。

 むしろ見たいが、今回はそうじゃない。


「……あの、悠木クン。だったら、シャワーも、浴びたい、かも……」

「モジモジしながらそういう事言うのはどうかと思う……! 俺の精神的に……!」

「え……?」

「いいえ、何でもありません。どうぞごゆっくり……って、言いたい所だけど、その……。下着とか、さすがにないぞ……?」

「……そ、それは、うん。なんとか、するから……」


 何をなさるおつもりでしょうか……!

 気になる……!


「あ、でも、悠木クンならもしかして、ブルマとかなら……?」

「おい篠ノ井。お前俺を何だと思ってやがる」

「……ふふっ、ううん、冗談だよ。じゃあ、シャワー、浴びてくるね?」


 そのセリフはもっと心躍る展開の中で聞かされたい言葉だ。

 だが、心の録音開始ボタンはしっかりと押されたとだけ言っておこう。


 とりあえずジャージを渡して、篠ノ井を見送る。

 こんな状況なのに全くもって心がときめかないのは、事情が事情だからだろう。

 健全な男子高校生だったハズなのに、2年生になってからは女子と二人きりとかそういうシチュエーションがあまりに多い。

 そりゃ嬉しいのだが、『素直に喜べない状況で』という前提がついている。

 実に切ない。


 それにしても、篠ノ井は何があってあんな風になったんだろうか。

 今日の雪那はそれほど心配していたようには見えなかったし、だとするとここからの帰りに何かあったって考えるべきだよなぁ。

 カッコつけて訊かない男とかしなけりゃ良かった。

 撤回して踏み込むとか、しにくいしな。


 巧を通して話を聞こうにも、あれだけ派手に言い合いした後で俺から連絡するって……。

 篠ノ井もそれだけは嫌だって言ってたし、やっぱり巧が絡んだ一件なんだろうな……。


 そんな事を考えたその時だった。

 俺のスマホが鳴動して、すわ雪那からの連絡かと思ったら――まさかの相手は巧だった。


 ――もしかして篠ノ井の件がバレてるのか?

 巧が篠ノ井に会いに行って、それでお袋さんあたりにいないと聞かされて、とか。


 ともあれ、今は篠ノ井もシャワーを浴びているし、チャンスだ。


「もしもし」

『悠木。悪い、寝てたか?』

「いんや、寝ようと思ったんだけど、どうにも眠れない出来事があったりしてな。むしろ今の俺が寝ると色々とマズい展開になりかねないレベルだ」

『お、おう……そっか……?』


 篠ノ井がいるのに俺が寝るとか、さすがにそれはできないだろ。


「んで、こんな時間にどうしたんだ? 言っておくが、眠れないからって電話かけてきて許されるのは美少女の特権だぞ」

『そうじゃないっての……。なんつーか、その……悠木。今日はありがとな』

「は?」


 いきなり感謝されて、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。

 ファミレスでの一件で感謝されるとしたら、せいぜいお金を払うだけ払って出て行ったから、奢りになったぐらいなものだぞ。

 わざわざそんな事で電話してまで感謝を告げてくるとは思えないが。


『その、悠木に言われて、色々考えてさ。でも、俺は俺で考えていたのにって、頭がぐちゃぐちゃで。そんで帰ってる時に偶然瑠衣にも会って、話したんだ』

「瑠衣って、宝泉さんだよな? 会う約束でもしてたのか?」

『いや、偶然会っただけだけど。同じ中学だったから、それなりに家も近いし。それに、ゆずの事を話すなら、やっぱ女子が相手の方がいいかなって、さ』

「……成る程な」


 つまり悠木は俺と別れた後、宝泉さんと偶然にも合流した。

 さっき説教モードだった雪那が、篠ノ井が雪那と別れたのは俺が帰って来る少し前って言っていたし。運悪く巧と宝泉さんが一緒にいるタイミングで、篠ノ井がそれを見てしまったとか、そんな所だろうか。


 何してくれちゃってるんだ、フラグブレイカー兼トラブルメイカーめ。

 よりにもよってこのタイミングで、とはこの事だ。


「で、篠ノ井とどうするのか決めたのか?」

『うん、少し話してみようと思う。瑠衣にも言われたけどさ、やっぱり俺は間違えてたんだな……』


 ――うん……?

 宝泉さんが、巧の考え方を否定したのか?

 いや、確かに巧がやろうとしていた事は一方的な独り善がりな行動だとは思うが、それでも宝泉さんって、巧に告白しようとしている――つまり、篠ノ井の恋敵みたいな立場だろう。

 篠ノ井をそのまま排除できると考えたりする方が、むしろ自然な気がするんだが。


「宝泉さんにも怒られたのか?」

『え? あぁ。勝手過ぎるです、ってさ』

「……意外だな」

『え?』


 正面切って篠ノ井に向かって宣戦布告してみたり、敢えて巧の行動を肯定して理解者を演じようともせず、巧の行動を否定してみせたり。


 ……うーん。

 女ってもうちょっとこう、恋愛に関しては狡猾というか、容赦ないイメージがあるのは、少女漫画やらを見すぎなのだろうか。


「いや、何でもない。とにかく、巧。篠ノ井なんだけどな、昨日と今日は雪那のトコに泊まってるみたいだ。ただ制服のままだったし、もしかしたら親御さんに言ってないかもしれないって雪那が心配しててな。心配してるみたいだったらうまく伝えてくれ」

『ゆずが? まぁそれは構わないけど……。それってもしかして、俺のせい、なのか……?』

「さぁな。つっても、それに対する言い訳するなり謝罪するなり、その辺は自分でやれよ。俺は知らん」

『……そっか』


 暗に肯定してみたんだが、どうやら気付いたらしい。

 なんにせよ、これで篠ノ井の家の件は落ち着くだろ。

 心配事は一つ消化できたな。


「それと、悪かったな。俺も今日は感情的になり過ぎた」

『……いや、俺が勝手だったんだよ。それに、そんなゆずの状態を知ってたから、怒ったんだろ?』

「……まぁ、それもあるかな」


 実際、俺は篠ノ井の憔悴っぷりを見ていたしな。

 そんな篠ノ井に感情移入してしまった可能性も、否定できない。


『ありがとな、悠木』

「よせよ。美少女からの感謝は何度もらっても嬉しいが、男からの感謝は何度も言われるとちょっと鳥肌モノだからな。割と本気でやめてくれ。キモい」

『酷ッ!?』

「とりあえず、篠ノ井に謝れ。多分起きてるから、電話してみろ。細かく言うなら十分後ぐらいに」

『何ですぐじゃなくて十分後……? ま、まぁそうしてみるよ』

「おう。じゃあな」


 巧との通話を終えて、俺は少し考え込んでいた。

 宝泉さんの立場から考えて、やっぱり巧を否定したっていうのはいまいち腑に落ちないんだよな。

 まぁ俺も女子の気持ちなんていまいち分からんが。


 ――雪那ならこんな時、どう考えるだろう。


「……悠木クン、あの、シャワーありがと」

「へ?」


 振り返った俺の前に立っていたのは、篠ノ井だ。


 俺の黒いジャージに、白いシャツ。『World is mine』と文字が刺繍された、寝間着としてしか使えない痛いシャツだ。

 一応パーカーも用意しておいたんだが、それを羽織っている。


 まだちょっと湿った髪。


 ヤバイ、これはヤバイ。

 男物の服に身を包んだ美少女萌えというジャンルを、俺は今、目の当たりにしてしまった。

 写メにこの瞬間を記録しておきたい。


 篠ノ井が俺のベッドに腰掛けてこちらを見ている。

 いつもの巧といる時のテンションとも、普段の教室でのあの笑顔を浮かべた一見すると明るい女の子でもない、憔悴して疲れたような、そんな表情を浮かべて。


 男はどうしてギャップという物に弱いのだろうか。

 まさかあのヤンデレ篠ノ井を可愛いと思ってしまう程度には、心があっさりと揺らいでいるのが困る。

 理性でそれを持ち堪えている俺を、誰か褒めてくれ。


「誰かと話してたみたいだったけど……」

「き、気のせいじゃないか? 俺の独り言は常に会話レベルだからな」

「え、そ、そうなの……?」


 言葉のチョイスにミスが生じた気がする。

 まるで俺が痛い人ではないか。


「……悠木くんは、優しいよね。部活に入ってほしいって頼んだ時も、快く引き受けてくれたし。私が取り乱しても、突き放そうとはしないもんね……」

「いいや、俺は鬼畜だぞ。きっと篠ノ井は今、弱っているからそんな事を言うんだ。うん、そうに違いない。基本的には変態であるとも付け加えておこうではないか」


 何だかきな臭い方向に話が飛び始めたので、とりあえずそのフラグは手動で折らせてもらう。


 勿体無い気がするけど……!

 勿体無くて血涙を流したい気分だけど……っ!


「……はは、やっぱり悠木くんは優しいよ」

「おいやめろ。俺は俺の理性をブレーキするので手一杯なんだぞ。このままじゃ封印している獣の部分が覚醒してしまう」

「……中二病みたいだよ、それ」

「言うな……。俺も自分で何言ってんだって本気で後悔している所だ……」


 こうしてフザけている間に、何とか巧からの連絡を待つ。


 篠ノ井め、いかにもなタイミングで俺にフラグを見せつけやがって……!

 俺は鈍感系じゃないんだぞ。弱っている状態につけ込んで、ついつい甘やかして慰めて、つけ込む間男化してしまいそうな気分だ。


 まぁ、気持ちが揺らいでいるのは確かだけど、好きかどうかと訊かれれば好きではないが。

 むしろあの病みモードを知ってるだけに、ここで耐えなくては俺の生命に直結する問題だと思っている。


 僅かな沈黙の後で、篠ノ井のスマホが鳴った。


「……巧……」


 液晶を見つめて呟いた篠ノ井。

 予定通りに巧からの電話だ。


 俺はおもむろにPCについたヘッドフォンを取り出し、耳につけて音楽を再生する準備に取り掛かりながら、電話に出ようとせずに液晶を見つめた篠ノ井に声をかけた。


「なぁ、篠ノ井。しっかり聞いてみるべきだと思うぞ」

「……でも……怖い……」

「大丈夫だ。アイツはお前を嫌った訳じゃなかったし、それは俺が保証する。今から俺は耳を酷使するレベルの音量で音楽を聞きながら勉強するから、通話が終わったら声をかけてくれ」


 俺がそう言うと、篠ノ井がようやく頷いて通話を開始した。

 俺は曲の再生と共に、篠ノ井に背を向けて目を閉じる。

 曲が何かって、そりゃもちろん、ラノベがアニメ化した際の主題歌に決まってる。

 そんな時、俺のスマホがメールを受信した。


『なんとなく目が覚めて、今メールを読んだわ。これから篠ノ井さんを回収に向かうわね』


 雪那が起きたらしい。


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