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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二章 幼馴染ペアの騒動
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#007 二人の場所

 悠木が怒鳴る姿を、俺――風宮巧――は初めて見た。


 悠木は、不思議な奴だ。

 普段は無気力というか、なんというか全体的にだらっとした印象を受けるし、他人に対してそうそう興味を持たないような、そんな人間だ。


 そんな悠木だからこそ、だと思う。

 そんな悠木があそこまで怒鳴り散らして、感情を露わにしたからこそ、俺はある意味では素直に、悠木の言葉を受け止められたのかもしれない。


 ――確かに俺は、悠木の言う通り逃げようとしていたのかもしれない。

 そんな風に、今更ながらに気付かされた。


 ゆずの気持ちを一切考えずに――いや、考えようとしなかった。


 ゆずは俺の事を慕ってくれているし、心が弱い事も十分に知っていた。

 そんなゆずだからどうにかしなきゃいけないと、心のどこかで俺はゆずを下に見ていたのかもしれない。


 ――「お前は自分が疲れて、逃げようとしているだけだ」。

 悠木の辛辣な言葉に対して正々堂々とそんな事はないのだと、真正面から言い返す事ができなかったのは――偏に悠木の言葉に、心のどこかで腑に落ちた部分があったから、というのも本音だった。


 けれど……けれど、だ。

 俺は俺なりにゆずの事を考えて、このまま俺だけを見ているようなゆずの姿に不安を覚えたからこそ、ゆずと距離を置くと、そう決めたのも事実だった。


 ――……俺は、間違っていた、のか?

 その答えが、分からない。


 ファミレスを出てから帰路につくまで、何度も自問自答する。

 それでも何が正しくて、何が間違っているのかが、俺にはどうしても分からない。


 ゆずの事は、自分が一番よく分かっている。

 それは幼い頃から一緒にいた、俺の独り善がりでしかなかったのか?

 それとも、悠木が間違っているのか?


 ――分からない。


 胸の内に渦巻くこの感情も、どうすればいいのかも。

 まるで出口のない迷路の中へと迷い込んでしまっているような、そんな気さえする。


 ――……クソッ! どうすりゃ良いんだよ、俺は……!

 あまりにも不透明過ぎる状況、答えが見つからないこの状況に何度思考を巡らせてみても、答えと呼べる答えは見つからなかった。


 これは言ってみれば、リハビリの一環だと、そう考えていた。

 必要な事だと、そう思っていた。


 なのに――と、再び思考が堂々巡りを繰り返そうとしたところで、ふと視線を感じて顔をあげる。


「……先輩?」


 そこに立っていたのは、瑠衣だった。


「瑠衣……」

「ど、どうしたんですか? なんか酷い顔してるですけど……」


 こちらに駆け寄り、その小柄な身体で顔を覗き込んでくる瑠衣に、俺は思わず泣きついてしまいたくなった。

 そんな情けない真似をする訳にもいかず、どうにか心配かけまいと、我ながら情けなく力のない笑みを貼り付けて瑠衣へと笑いかける。


「なんでもないよ」

「なんでもないこと、ないです。先輩がそんな顔してるの、見た事ないですよ」

「……ちょっと、分からなくなっちまってさ。悪い、帰るわ」

「待って下さい!」


 擦れ違って歩いて行こうとする俺の腕を掴んで、瑠衣が声をかけてきた。

 いつもの瑠衣なら、多分あっさりと引いてくれたはずなのに――と少々驚きながら振り返ると、瑠衣は真っ直ぐ俺の目を見つめていた。


「私じゃ、先輩の力になれないですか?」

「……いや、そんな事ないけど……」

「だったら、話ぐらい聞くですよ。たまには私も、聞く側に回ってあげるです」


 任せろと言わんばかりに、小柄な割に発育の良い胸を強調するかのように告げる瑠衣に、ささくれ立った心が平静を取り戻していく気がした。

 元より誰かに言うつもりはなかったけれど、瑠衣の言葉が、混乱していた気持ちを揺り動かす。


「……じゃあ、聞くだけ聞いてもらえるか?」

「……ッ、はいです!」


 袋小路にハマってしまった思考を、どうにか抜け出させようと。

 俺は瑠衣に話をする事にした。


 自分と悠木の、真っ向から対立した意見。

 そのどちらが正しいのか。

 瑠衣に聞けばそれが判るかもしれないと、そんな気がしたのだ。






 そんな俺と瑠衣の姿をゆずが見ているなんて、俺はこの時、まったくもって気付く余裕などなかった。








◆ ◆ ◆






「そう……。それで頭に血が昇った悠木くんは、何も情報を聞き出す事もできず、怒りに身を任せたバツの悪さから、尻尾を丸めてその場からすごすごと帰って来た、と。そう言いたいのかしら」


 ここは俺の部屋――現在俺は正座中。

 俺のベッドに座って足と腕を組んでいる雪那に、詰問されている。


 赤いチェックのスカートに黒いストッキング。上着に白いパーカーを着た雪那が、俺を見下ろしている。

 ご褒美だ、とはとても騒げない状況である。


「えぇ、と、ですね。それはちょっとした不幸な行き違いがありまして……。ほら、なんていうか、男として譲れないモノがあると言いますか……」

「その男として譲れないモノがあるのは結構な事なのだけど、悠木くん。あなたはそもそも、風宮くんと篠ノ井さんの間に割って入ろうとした、宝泉さんについての話を解決させる心算だったと思ったのだけど」

「仰る通りでございます」


 ジリジリと焼き付ける様な雪那のジト目に、俺の額は徐々に重力に引き寄せられていく。

 もはやこのまま土下座も辞さない覚悟である。


「……はぁ。それで、悠木くん。一体何があったの?」


 呆れたような、諦めにも似た溜息と共に雪那が訊ねてきたので、事の顛末をゆっくりと語っていく。

 終始話を聞いていた雪那は、瞼を下ろして話を聞いていた。

 話しながら、改めてそんな姿がやはり美少女なのだと実感させられて、無駄に緊張したのはワザとじゃない。


「――それで、俺には巧がそんな真似をした事が許せなくて、つい怒りのままに……」


 そうして説明を終えた所で、雪那の顔を見つめる。

 雪那はいつの間にか目を開けていて、寂しげな表情を貼り付け、俺から目を逸らしていた。


「……雪那?」

「……ねぇ、悠木くん。やっぱり悠木くんは、風宮くんの言っていたそのやり方が、どうしても許せなかったの?」

「ん、なんだよ、いきなり」

「いいから教えてちょうだい」


 何かを耐えるような表情で、雪那が俺に改めて告げた。


「……あぁ。俺には許せない。俺だって二度とあんな気持ち(・・・・・・)を味わうのもゴメンだし、勝手な言い分で裏切られるなんて、そんなの見て黙っていたくもねぇよ」

「……ッ」


 俺の答えは決して雪那に向けたものではないのだが――なのに雪那は、まるで自分の心に突き刺さる言葉を受け止めるかのように、自分で自分の両腕をギュッと抱き締めて俯いた。


「雪那?」

「……なんでもないわ」


 辛そうな雪那の表情を見れば、それがどう考えても嘘だと思ってしまう。

 それぐらい、雪那の表情は泣き出しそうに歪んでいたから。

 どうしても気にはなるけど、なんだか踏み込んでしまってはいけないような、そんな気がした。


「そ、そういえば篠ノ井は? 帰ったのか?」

「あ、えぇ。篠ノ井さんはさっき、悠木クンが戻って来る少し前に帰ったわ」

「そっか。雪那も大変だったな」

「そんな事ないわ。今回は病んでいなかったもの」


 雪那さんや、さりげなく本音が漏れてるんだが……。


「じゃあ私は、篠ノ井さんに状況をメールするって約束してるから。部屋に戻るわね」

「おう。俺はちょっと寝るわ。さすがに眠い」

「そう。それじゃ、おやすみなさい」

「おやすみー」


 雪那を見送って、ベッドに身体を投げ出す。


 何はともあれ、これで巧が篠ノ井との関係を回復させれば宝泉さんの告白も玉砕するだろう。

 宝泉さんには悪いが、それしかないしな。


 今回の騒動も、ようやく幕引きなのかね。

 そんな事を考えながら、俺はついついぼんやりとベッドに倒れ込み、目を閉じていた。




 ――寝てしまったらしい。

 バッチリ昼寝をしたせいか、夜になって俺の眠気は完全に消え去ってしまった。


 どうしよう。生活のリズムが崩れる予感しかしない。


 時刻は零時を回った。

 よりにもよってテストが近付いているというのに、このタイミングでリズムが崩れるのはいただけないのだが、如何せん今まで眠っていただけあって眠気が皆無で困る。


 仕方なく冷蔵庫に近づき、コップに烏龍茶を注いでクイッと飲み干し、一息。

 音のない静寂に包まれた部屋で、俺は自分の手に持っているグラスを持ったまま、改めて今日の昼の出来事を思い出していた。


 ――……よくよく考えてみれば、少し巧に対して感情的になり過ぎたかもしれない。

 あの時は許せる内容じゃないと、怒りが先行してしまったけれど、あれはあれで巧も考えた結果の行動だった、というのは本音なのだろう。

 別に頭ごなしに巧の意見を潰したりしなくても、良かったかもしれない……。


 時間が過ぎてから、改めて自分を見直すと気付く事もある。

 今の俺なんて、まさにその良い例じゃなかろうか。


 本当に、我ながら何してるんだか……。

 自分の昔の状況に当てはまったせいで、どうにも俺は感情的になってしまったらしい。

 そんな自分と決別する為にもこの町を選んだというのに、我ながら女々しいというか、情けない。


 自分に対して辟易とした気分を味わいつつも、空気を入れ替えようと窓を開け、バルコニーに出る。


 夜風が寝ぼけて茹だった頭を冷やしてくれる。

 いくら梅雨に片足を突っ込んでいるとは言っても、まだ夜風は冷たく、今の俺には心地良い。

 冷静な自分を取り戻せるような気がする。


「……ふぅ……ん?」


 一息ついてチラッと外を見回すと、外灯の下のベンチに一人の女子が座っていた。

 思わず幽霊とかそっち系かと思って目を丸くするが、その見た目は確かに見覚えがある女子生徒であった。


 ……おいおい、マジか?


「お、おい。篠ノ井か……?」


 なるべく声を出さない様に呼びかけるが、声が届かない。

 仕方なく部屋に慌てて戻り、篠ノ井のスマホを鳴らして何度かコールしてみるが、外灯の下にいる女子は動こうとしない。


 いよいよもって幽霊か何かと思えてきた所で、視線の先の女子が――いや、篠ノ井が電話に出た。


『……もしもし……』

「お、おい、篠ノ井。やっぱりお前だったのかよ……。こんな時間にどうした?」


 俺の言葉に篠ノ井が上を見上げ、そして俺を見つけた。


『……悠木、くん……。私、もうどうしたらいいか、分からないよぉ……』


 泣き出した声を聞いて、俺は確信する。

 どうやら、まだ全てが片付いてくれる訳ではなさそうだ、と。


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