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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二章 幼馴染ペアの騒動
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#005 迷走する推測

 明日は土曜日で学校は休み。

 とは言えテストが近いのは変わらない。

 こんな時に無理をしてもあまり良い結果が得られないのは俺の経験則が物語っている。

 遠足の前日に浮かれて眠れない子供なんかと同じ原理だ。……多分。


 そんな訳で二十三時には消灯。

 休みだろうがなんだろうが、寮の朝食は六時半から八時までと決まっている。

 ちなみに昼食はない。自動販売機にパンやカップラーメンはあるが、それだけだ。


 電気を消して真っ暗になった部屋で目を閉じ、自分の規則正しい呼吸音と、夢の中へと落ちていく感覚を徐々に手繰り寄せていく。


 ようやく眠れる――と、そんな瞬間が訪れたその時だった。

 机の上に置いていた俺のスマホが、けたたましく唸り出した。

 マナーモードなど気にはしないと言わんばかりに、机をスピーカーにするかの如く、心臓に悪い大きな音で、俺はベッドから身体を起こして液晶を見つめた。


 ――雪那、か?

 こんな時間に珍しいと思って、思わず目を擦ってから電気を点けて応答する。


「もしもし」

『せっかく眠りに就く一瞬だった所で非常に心苦しいのだけど、悠木くん。緊急事態が発生したわ』

「俺にはそんな俺の一部始終をまるで見ていたかのように理解している雪那の方法の方が、緊急に理解し、解決するべき事案だと思うのだが、どうだろうか」

『残念ながらリクエストには応えられないわね。とにかく、ドアを開けてちょうだい。見回りの先生に見つかってしまうわ』

「……はぁッ!?」


 予想外な発言に、慌てて扉に駆け寄って鍵と扉を開ける。

 そこに立っていたのは、確かに雪那だ。

 私服姿。ジーンズと七分丈の柔らかい色合いのカーディガンを羽織り、長い髪は髪留めでまとめているらしい。


 そんな姿にオフショットを見た気分に浸りたいところだが――見過ごせるはずのない人物が、雪那と一緒に立っていた。


「……な、んで篠ノ井がいるんだよ……」

「細かい事は中で話しましょう」


 雪那の隣りに制服姿のまま立っていた篠ノ井に唖然とする俺に、雪那は答えた。


 確かに雪那の言う通りだ。

 この状況で教師に見つかったりしたら、俺は間違いなくアウトだ。

 慌てて雪那と篠ノ井を部屋の中に入れ、ドアにロックとチェーンをかける。


「篠ノ井さん、紅茶でいいかしら。嫌いな味があるなら言ってちょうだい」

「……だい、じょうぶ」

「そう、良かったわ。ねぇ、悠木くん。アナタの部屋にはティーカップがワンセットしかないみたいなのだけど、悠木クンは水道水でいいのかしら」

「ツッコミたい案件が多い上に、何処から片付けてやろうかと思案したい所だが雪那。一番大事な所だけにさせてもらう。せめて冷蔵庫から烏龍茶ぐらい取らせてくれ」

「……そ、そこに一番最初にツッコミを入れるなんて、さすがね」


 褒めないでくれ、照れるじゃないか。

 もはや俺達のやり取りはこれが通常運転になりがちだ。


 力なく、俯いたままの篠ノ井に紅茶を淹れたティーカップを手渡し、雪那が俺のベッドに座り込む。

 俺は勉強用の机の椅子に。

 篠ノ井は地面に女の子座りをした状態だ。


 一体、何があったんだろうか。

 こんなに憔悴している篠ノ井を見るのは、初めてだ。


「……篠ノ井さん。まずは一口、飲んで」


 弱々しく、腕を震わせながらティーカップへと手を伸ばした篠ノ井が、ゆっくりと紅茶を口に運んだ。


 まだ特に何も聞かされていないが、巧に関する事だろうか。

 でも、あの病みモードが発症していないとなると、別の事か……?


 自分の部屋に学園きっての美少女二人がいる、金曜日の夜。

 どう考えても心が踊るシチュエーションであるのは間違いないのだが。

 間違いないのだが……!


 ……何この空気、重い……!


 そんな事を考えている俺を他所に、篠ノ井がぽつりぽつりと語ってくれた。

 雪那もいるので、ここ最近の巧との関係も含めて、だ。


 感情が追いついていないのか、今にも泣き出してしまいそうな程のか細い声で、支離滅裂ながらに聞いた話を要約すると――――


「――つまり、あの後輩女子が巧に告白するってのか?」


 ――――俺がそう確認すると、篠ノ井はゆっくりと頷き、雪那は俺を見て肩をすくめた。


「はー……、あの鈍感系主人公め……。篠ノ井と雪那だけじゃなくて、今度は後輩キャラかよ……。次は生徒会長とかお姉様キャラか……?」


 まったく。まったく本当に。

 そのモテる力はあれですか、主人公補正か何かですか。


「え……、ゆっきーは……あ……」


 何かを言いかけて、篠ノ井が首を横に振ってまた俯いた。

 あれ、雪那って結局、巧についてどうするんだかまだ聞いてなかったな。

 まぁ今はそれどころじゃない。置いておこう。


「夏まで、という話をしたのに。夏どころか梅雨にそんなキャラが出て来るなんてね。……それはそうと悠木くん。その、私の発言がフラグだったとでも言わんばかりのその目をやめて……っ! 私のせいにしないでもらえるかしら……!」


 気付かれた俺のジト目。

 話が進まない。冗談もここまでにしないとな。

 ……べ、別にフザけてたせいで篠ノ井が暴走するんじゃないかなんて怖くなったんじゃない。怖い訳じゃない……!


「……なぁ、篠ノ井。お前のあの、病み……もとい、いつもの俺に対してみたいな、あのテンションでガツンといかなかったのか?」

「あ、あれは……その……、悠木クンとかゆっきーみたいに、親しい人が相手じゃないと……」


 おいおい、親しい、だと?

 この状況で俺の心を揺さぶってくれちゃってる場合じゃないぞ。

 雪那には多少耐性はついたけど、他には基本的にチョロいんだぜ俺……!


 ……感動に打ち震えていたら、雪那の視線で黙殺された。こわい。


「……でも、どうなのかしら。確かに可愛らしい子だとは思うのだけど、風宮くんが首を縦に振るとは思えないのよね。これはただの慰めじゃなくて、客観的に見て、だけど」

「あー、それもそうだなぁ」


 雪那の意見に賛同する。


 確かに可愛らしい子だ。

 鋼鉄の意志を持つ俺でさえ、告白されたら「はい喜んで!」と言ってしまう気がする。

 だが、相手はあのフラグブレイカーの巧だ。


 うん、そもそも告白に到れる予感がしない。


「考え過ぎじゃないか? そんなに心配しなくたって……。え、ちょ、ちょっと何? 二人の目が怖いんですけど……!」


 俺に向けられた二人の視線が、もうね、こわい。

 それ以外に言いようがない……。


「……風宮くん程じゃないにしろ、悠木くんも配慮に欠けるわね。そんな事言うなんて、ちょっと引いたわ」

「……悠木くんは、私の事なんてどうでも良いんでしょ? だって、悠木くんにとってみれば、私は面倒な女ってだけだものね。そうなんだよね、悠木くん」

「ごめんなさいごめんなさい! もう黙るから! 黙って聞いてるからぁ……っ!」


 俺、部屋の主なのに……っ! もうちょっと敬ってくれてもいいのに……!


「悠木くんはともかく、私もあの子を脅威だとは思わないわ。ただ、不安は不安ね……」

「……うん、そうなの、ゆっきー」


 ……え、ちょ、それ俺がさっき言った言葉と何が違うんですか……!


 そんなこんなでどうにか俺と雪那が篠ノ井を慰めている内に、時刻は既に零時を回った。

 泣き疲れていたのだろう。

 篠ノ井がウトウトとし始め、雪那に促されて俺のベッドで寝てしまった。


 おいおい、いくら人畜無害の紳士な俺の部屋だからって、男の部屋で寝ちまうなんて……。

 俺だってさすがに理性が保つか判らないんだぜ――


「安心して、悠木くん。もうちょっとしたら篠ノ井さんは私の部屋に連れて行くわ」

「あぁ、うん。……うん」


 ――ですよねー!


「それにしても、悠木くん。今回のあの瑠衣って女の子の行動なのだけど、引っかかるとは思わない?」

「引っかかる?」


 雪那が紅茶を飲みながら、俺を見つめて頷いた。


「篠ノ井さんの話から察するに、少なくとも瑠衣って子は中学生の頃から風宮くんを好きだった。だから高校に入ったら、告白するか諦めるか決めるつもりだったって言ったわ」

「あぁ、確かにそう聞いたな」

「だったら何で、最初に『読書部』に入らなかったのかしら。それに、入学して一ヶ月以上もあったのに、どうしてこれまで風宮くんや篠ノ井さんに接触してこなかったのかしら」


 それは、確かにそうだ。

 もう今は五月の下旬を通り越して、六月に入ったところだ。

 いくら何でも接触してくるには中途半端過ぎる――遅すぎるんだ。


「……巧のクラスが解らなかった、とか?」

「ないわ。女子の行動力なら調べようと思えば半日で分かる。諦めようとしていた、とかはどうかしら?」

「いいや、ないだろ。もしそうだったら、篠ノ井に宣戦布告する前に言葉にしようとはしない。でも待てよ……。もしかしたら、そのつもりだった、とか……?」

「……ううん、ごめんなさい。言い出しっぺは私だけれど悠木くんの言う通り、これはやっぱりないわね。本当に諦めるつもりなら、同じ部には入らないわ。同じ部に入る以上、それなりの覚悟はもちろんあったはずよ」


 ――私もそうだったように、と雪那は小さく付け足した。

 その言葉が一体何を指しているのかは解らなかったが。


「……机上の空論ってヤツだな」

「当人のみが知る、って所だものね。無理はないわ」

「……なら俺、明日巧と会ってみるわ」

「テスト前なのに?」

「テスト前だから、だよ。早くつっかえを取らないと、結果に響く。早期発見早期治療が一番だ」


 笑いながらそう言ってみるものの、見て見ぬフリが出来る大きさの問題じゃなくなってる。

 テストまではあと一週間以上の余裕がある。

 だったら、この土日で解決させてやれば、一週間はあるって訳だ。


「……悠木くんに頼りっぱなしになって悪いけれど、それしかないかもしれないわね……」


 雪那の承諾を聞き届け、早速俺は巧にメールを送った。


「明日暇だったら、気分転換に軽く付き合え」


 そう送った俺に返ってきたメールは、「了解。午前中にメールする」の一言だったが、問題はなさそうだ。

 寝ぼけていたんだろうか。細かい時間は明日にならないと決まらないな。


 とにかくこうして俺は、無事に巧との約束を取り付けた。







 ◆ ◆ ◆







「それじゃ、明日はよろしくね」

「おう。落ち着いたらメールするわ」


 いつの間にか、私――篠ノ井ゆず――は悠木くんの部屋で眠ってしまっていたらしい。

 おかげで、ぐるぐると頭の中をかき混ぜ続けていたような感情も今は鳴りを潜めてくれているのか、落ち着いている。


 突然夜中に押しかけるハメになったのに、ゆっきーは私の為に悠木くんと連絡を取ってくれたし、悠木くんも困ったような顔はしていたけれど、特に怒ったりもしないで話を聞いてくれた。

 以前まではこういう時、一人で溜め込むか巧に泣きつくしかできなかったのに、ゆっきーと悠木くんっていう、大事な友達の存在を確認して、思わず泣いちゃいそうだ。


 足音を立てないように注意してゆっきーについて歩きながら、ふと私はさっきの会話であった悠木くんの言葉を思い出して、口を開いた。


「……ねぇ、ゆっきー」

「何かしら。緊急の要件以外なら、部屋に戻るまで待ってほしいのだけど」


 確かにここで騒いだら、私の存在が騒動になりかねない。

 ゆっきーみたいな優等生が私と一緒にいて騒動を引き起こすなんて、普通なら有り得ないだろうし、私も慌てて自分の口を塞いで――その後で小さく笑った。


「悠木くんと、うまくいってるんだね」

「……そういう話は、部屋に戻ってからにしてちょうだい」


 特に否定をするでもなく、ゆっきーはそう答えて私の前を歩いて行く。

 ぴしゃりと言い切られてしまったけれど、ゆっきーの顔が紅くなっているのが後ろからでもよく分かる。


 ――それに比べて自分と巧は。

 そんな事を僅かに考え、思わず暗い気分になりかけた私に聞こえてきたのは――――


「……でも、これ以上にはなれないわ。どれだけ私が望んでも、ね」


 ――その表情は見えずとも、その声はいつもの凛とした声ではなく、酷くか細い、切ない声だった。


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