#002 聖燐学園『読書部』
私立聖燐学園。
俺達が入学する前までは『聖燐女子大学付属高等学校』が学園の名前だったのだが、今は『聖燐学園』と名前を変えている。
そんな場所に俺や巧が入学している通り、俺達の年代から共学化されたばかりの元女子校である。
ここは元々、女子校――それもお嬢様が通う学園として有名だった。
そんな場所に通う女子生徒は高嶺の花で人気だった――とかではなく、人気の理由として一番に大きいのが、この聖燐学園の制服の可愛さにあった。
白いブレザーに、黒のプリーツスカート。白いラインがスカートの下の方でラインがあしらわれている。黒地のニーハイソックスは太腿とスカートの絶対領域を作り出し、そこには白いレースで模様が描かれている。
某有名デザイナーが手がけたこの制服は、ファッションに多感な時期である十代中盤から後半にかけての女子には眩しく映るのだろう。一度は着てみたい制服だと言われている。
それに引き換え、男子の肩身は非常に狭い。
白いブレザーは袖口に黒いラインが入ったシックさを際立たせるが、男子はネクタイを締め、白いズボン。上下白という派手過ぎる格好になる。
男子の制服は女子の制服をモデルにデフォルメしただけで、デザイナーは雇われなかったのではないだろうか。
どちらかと言えば悪趣味だ。
女尊男卑も甚だしい。
次に、このお嬢様学園の校舎などの造りにも理由がある。
一般的な長方形の校舎ではなく、まるで海外の城を彷彿とさせる建物。ステンドグラスのハメ込まれた、白塗りの教会の様な講堂。外の通路は赤いタイルが敷き詰められていて、街路樹の中を切り裂いて進む道。
山を一つ、まるまる学園の敷地として利用している為、実に広々と空間を利用しているのだ。
学園、というよりは、まるで貴族の庭園を彷彿とさせる様な手入れの徹底ぶりなど、景観の華やかさに加え、これも女子の憧れの的である。
山の中にあり、オシャレな制服や美しい学園の景観。
女子の憧れの学園として王者に君臨し続けたのが、この学園である。
俺はこの学園の共学化の報せを聞いて、わざわざ奨学優待制度を利用し、見事それに合格。
はるばる親元を離れ、寮に入ったのだ。
――『奨学成績者優待制度』。
この聖燐学園の寮への入寮権限が与えられ、なおかつ学費をタダにしてくれるという貴重かつ素晴らしい制度がある。
但し、枠はたったの一学年に二十名。
そんな狭き門を抜けたからと言っても、油断はできない。入学後は常に学年で二十位以内の成績を残し続ける義務を背負う事になる。
俺は必死に中学時代を勉強しながら過ごし、この学園での青春を謳歌する為だけにそれを受け、そして特待生として入学する事に成功したのである。
ちなみにこの学園、偏差値は高い方だ。油断すればすぐに地に落ちる。
だがしかし、俺は後悔などしない!
それ程までにこの学園へと入学したのは、理由がある。
その内の最も大きい部分が、「彼女が欲しい、モテたい」という欲求が突き動かした自然な行動である事を俺は隠すつもりはない。
――――だが、ヤツは違った。
「聖燐学園を選んだ理由? 家が近いから」
……はあああぁぁーッッ!?
何だろう、何だろうねぇ。何を健全ぶっちゃってるんでしょうねぇ!
女子校が共学化。
制服も可愛く、お嬢様も多い有名な学園。
その乙女の花園を、夢のワンダーランドを!
近いから選びました、だと? んな訳あるかぁぁ!
――鈍感系主人公の領域を越えて、アブノーマルレベルか!?
――もはや人畜無害を通り越して、完全なる異常者だぞ!
――それこそ胸元はだけたダンディーボイスに不覚にも胸が高鳴るレベルだろう!?
――言わせんな気持ち悪い! 思い浮かべさせんな不愉快な!
…………失礼、取り乱した。
ストレスでも溜まっているのだろうか。
◆
現在俺は巧と篠ノ井の二人が織り成す相変わらずの夫婦漫才を眺めながら、並んで歩く後ろを少し遅れてついて歩く。
だいたい三人で歩く時はいつもこんな感じだ。
俺は二人の会話には参加しない。
こういう場所での親友系モブキャラは、決して目立ってはいけないからだ。
何故俺がこんなに気を遣わねばならないのかと考えると、悲しくなる。
悲しくなるが、それも巧の『鈍感系主人公体質』のせいだ。
俺は完全に被害者である。
……この状況を、俺は甘んじて受け入れている――なんて殊勝な思いなど一切ない。
俺はいつか、この理不尽かつ報われないポジションの脱却を、虎視眈々と狙っている真っ最中である。
これから、鈍感系主人公とその幼馴染の部活へと参加するのだ。
ちなみに部員だが、総勢三名。
男子が俺と巧の二人に、女子が篠ノ井の一人。
いや、正確に言えば――カップルが一組とお邪魔虫が一匹。
要するに俺は虫状態である。
……この程度じゃ傷付いたりしない、俺は。
既に虫扱いなんてものは、受け入れているのさ。
俺の心のヒットポイントは、もはやそんな些細な事じゃ傷付かないのさ……。
――――それでも何故、俺がそんな部活――『読書部』という、非生産的な部に所属しているのかと言えば、逃げれないからだ。
そう、逃げれないのだ。
それはもう、呪いのビデオと同じぐらい。
そもそも俺がこの部にいるのは、我が校の校則が関係している。
去年の夏、当時の三年生の幽霊部員3名が部活を引退。そこで残された巧と篠ノ井は、廃部の危機に瀕したのである。
そこで白羽の矢が側頭部に突き刺さったのが俺だった。
この学園は、奨学特待生以外は部活に所属しなくてはならない。
帰宅部というのは許されないのだ。
当時たまに巧と話す程度の付き合いしかなかった俺は、巧にその部へと誘われた。
そりゃ断ったさ。
優待制度で入った生徒は部活に入らなくても許されるし、篠ノ井と巧のやり取りは有名だ。
そんな所にわざわざ入れってか? そんなの願い下げだったさ。
――そんな俺は篠ノ井に協力を持ちかけられたのさ。
「悠木くん、お願い。悠木くんぐらいにしか、頼めないの」
「はい喜んでー!」
……フッ、この俺が女子の願いを断れる、と?
モテたいんだよぉぉ! 良い人だって思われたいんだよぉぉ!
人気の美少女にそうまで言われて断れる訳ないじゃない!
そういう訳で、策士篠ノ井の提案を受け入れた、という訳だ。
……なんだか昔話をしているだけで、色々な何かを失ってしまった気分だ。
まぁそんなこんなで、俺は現在三人しかいないこの部活に、籍を置いているという訳だ。
部室はもともと使われていた空き教室を使っている。
棚が置かれ、様々な本が陳列されている小さな図書館の様な部屋、と思ってもらえば良いだろう。
今日も今日とて、二人掛けのテーブルを二つくっつけた席で向かい合って本を読んでいる篠ノ井と巧。その二人から一番遠く離れた窓際で、部活中の俺は、基本的に本を読んでいるだけだ。
ラノベとかラノベとか。あとラノベかな。
考える人も真っ青なぐらいの不動を貫きながらな。
この部室に使われている部屋には、様々の本が置かれているのだ。
その中で、なんだか男子と男子の濃密な絡みが描かれた本があったのはしょうがないだろう。
その横に置かれた、『脳内相関図』と書かれたノートは決して開いてはいけない気がする。
危うく伸びかけた俺の右腕は、しっかりと俺の左手によって押さえる事が出来た。
あれは危険な戦いだった。
そんな訳で、荷物を置いて俺達は読書モードに入る。
今日の篠ノ井はどう動くのか。
またいつも通りの鈍感系フラグブレイクが炸裂するのだろう。
そんな繰り返されてきた日々が、この日は一つの変化を招いたのであった。
「――失礼します。入部したいのですが」
ノックと共に現れたその少女は、長い黒髪を手で払い、涼しげな瞳をこちらに向けてそう言った。
俺は彼女を知っている。
同じ学年の、篠ノ井と同じく強烈な人気を誇るクール系美少女。
――櫻 雪那だ。