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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第二章 幼馴染ペアの騒動
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#003 宣戦布告

 本格的な梅雨は、一度降り始めた雨に便乗するかのように始まった。

 うんざりするぐらい雨が続き、気温も徐々に上昇。当然ながらジメジメとした湿度を伴う季節の不快指数はバカにできるものじゃない。

 気分もそんな天気に影響されてか、ずいぶん落ち込んでいくというものだ。


 そんな中――俺と雪那は現在、寮の食堂でノートにシャーペンを走らせていた。

 そう、学生の試練とも言えるテストが近いのだ。


 自室で勉強する生徒が多いせいか、食堂の中は閑散としている。

 最近は雨が続いたせいか、男女限らず食堂にいる生徒はそれなりに多くなった。

 まぁそれも、テスト前まではそうもいかないらしい。


 俺達特待生は、それぞれの学年に二十名ずつ。

 成績上位三十位以内に食い込む義務がある以上、こういう時は必死にならざるを得ない。

 ただでさえ特待生で部活に参加している生徒は少ないし、そんな稀有な存在でその上テスト前にまで部活に参加する者はほぼいない。


 という訳で、そんな口実を盾に俺と雪那は、巧と篠ノ井。そして新登場を果たした後輩の宝泉さんから一時的に距離を取っている、という訳だ。


 宝泉さんの登場は予想外であったとは言え、最近の巧と篠ノ井のあの妙な擦れ違いも、この期間中に解決してくれれば良いんだが……。


「……ふぅ。ちょっと休憩しましょうか」


 長い髪を髪ゴムでアップにして、眼鏡をかけた雪那が声をかけてきたのは、俺が思わず思考が逸れてしまっていたからなのだろう。

 眼鏡美少女要素も遺憾なく発揮してくれた雪那に、ちょっとした感動を覚えたのも記憶に新しい。


 同じく俺もシャーペンを置いて、しばらく文字を見たくないと言わんばかりにノートと教科書を閉じ、参考になりそうなネットのページからプリントアウトしてきた資料を裏返す。

 身体を背もたれに預け、くあぁっと声を漏らしながら伸びをする俺を横目に、雪那は紅茶を取りに行った。


 聖燐学園はお嬢様学園。

 そんな過去の名残か、紅茶などのティーパックなどは食堂に置かれている。

 もちろん無料だ。寮生の特権である。


 漫画喫茶やファミレスのドリンクバーみたいなもので、自由に使って良いとされているのだ。


「はい、悠木くん。今日はアップルティーにしておいたわ」

「あぁ、サンキュ」


 最近では雪那とのこんなやり取りにも慣れてきたものだ。

 最初の頃は、こんなやり取りが起きる度に胸を踊らせたものだが、俺も大人になったな。


「その後、風宮くん達から連絡はあった?」


 紅茶を口に運んで一息ついた所で、雪那が俺に尋ねてきた。

 テスト二週間前を切ってから部活に参加しなくなったのだが、今日で四日が経っている。


「いや、今の所は何も。明日あたり、気分転換に部室に少し顔出してみるか?」

「……私は遠慮しておくわ。悠木くんに一任するわね」

「なんだよ、雪那も来ればいいだろ?」

「…………いいえ、やっぱりやめとくわ」


 ………………。


「なぁ雪那さんや。ちょっと俺の目を見てごらん」

「な、何かしら。そんな事を改まって言われても、かえって恥ずかしいのだけど……!」

「いいからこっち向けっての、って、この……ッ! 篠ノ井が病みモードになってる可能性を危惧して、俺になすりつけるつもりなんだろ!」

「ち、違うわよ……! ちょっと、悠木くん……、最近私に対してずいぶんと疑り深い気がするのだけど……っ!」


 ジリジリと視線を合わせようとする俺から、サッと視線を逸し続ける雪那。

 くだらないやり取り。個人的に楽しませていただいております。

 それは否定できない。








◆ ◆ ◆







「おはようございまーす! って、あれ。今日はゆずさん一人なのです?」


 部室に鳴り響く声に、私――篠ノ井ゆず――は思わず表情を強張らせ、中学時代と同じような薄い笑みを貼り付けた。


「おはよ、瑠衣ちゃん。悠木クン達はテスト前だからしょうがないし、巧も今日はおじさんとおばさんが帰って来るからって先に帰ったよ」

「あららー。先輩いないんですかー」

「だから、今日は部活もお休みにしよっかなって。瑠衣ちゃんにそれを伝えようと思って」


 巧が先に帰ってしまったけれど、私まで一緒に帰ろうとすると、巧が困ったような顔をしてしまうのだ。悲しいけれど……今の巧にとって、私が追従するのは邪魔にしかならないみたいだった。


 あれから数日、巧の態度に変化はない。

 拒絶されるのが怖くて、私も巧に必要以上に近づく事さえできずにいる。


 そんな中で、私にとって瑠衣ちゃんと二人きりになるのは、危険でしかなかった。

 瑠衣ちゃんが巧に懐いて――ううん、巧を好きだっていう真っ直ぐな気持ちに、私は気が付いているのだから。

 彼女が隠そうとしない感情に気付いている私は、瑠衣ちゃんと巧が一緒にいる姿を元々あまり好まなかったけれど……今のこんな状況じゃ、尚更に見ていたくない。


 本当なら、瑠衣ちゃんにもメールか何かで伝えてしまいたかったけれど、私は瑠衣ちゃんの連絡先を知らない。


 このまま帰る流れにしようと考えて、それだけを告げて部室の椅子から立ち上がろうとする私を無視して――瑠衣ちゃんは部室の中へと進んできて、そして机の上に鞄を置いた。


「ゆずさん。ちょっとお話しませんか?」

「え……? う、うん。いい、けど……」


 ――よりにもよって、どうしてこんな時に……?

 私がそう思ってしまったのも、無理はなかった。


 今の今まで、瑠衣ちゃんは巧を介してしか私に声をかけたりもしてこなかった。

 巧と一緒にいるから、仕方なく私を認識している――そんな子だと思っていたのに、どうしてこの状況で、巧との関係が微妙なこのタイミングで、私に声をかけてきたのか。


 困惑する私に向かって、瑠衣ちゃんは改めて口を開いた。


「ゆずさんと先輩、ずっと一緒ですもんね。だから、ゆずさんと二人でお話しとかした事もなかったですし、一度話してみたかったですよ」

「そういえば、そうだね。お互いケータイの番号もメアドも知らないし、ね」


 私にとって、瑠衣ちゃんは私と巧の間に入って来ようとする、敵だ。

 当然ながらに私は瑠衣ちゃんとの距離を詰めようなんて思った事もないし、それは瑠衣ちゃんも同じで、お互いにそういう関係が暗黙の内に形成されていた。


 しかしそれでも、瑠衣ちゃんはそこに更に踏み込んできた。


「ゆずさん、巧先輩と付き合ってるですか?」

「――え……?」


 思わず、固まってしまう。

 私は巧が好きだけれど、巧の気持ちは……多分、違う。

 それどころか、今の巧は私を避けているようで、私から離れようとしているのだから。


 そんな現状に、貼り付けた笑顔が明らかに強張っていくのを感じながら、それでも瑠衣ちゃんはそんな私に気が付きながらも、気付いていないかのように続けた。


「いつも一緒にいるですし、気になってたですよ」

「そ、そうなんだ……。付き合っては、いない、よ」


 ――だめ、やめて……。


「そうだったですか。なら、ちょっと安心したです。付き合ってないんなら――」


 ――言わないで……。


「――私、先輩に告白してもいいですよね?」

「……ッ」


 私の願いを知っていながら、瑠衣ちゃんは敢えてそれを無視して続けているようだった。


「私、ずっと先輩の事が好きだったですよ。でもゆずさんがいつも一緒にいるから、私の気持ちが邪魔になっちゃうんじゃないかなって、少し不安だったです。だから、決めてたですよ」

「決めて、た……?」

「はい。もしゆずさんと先輩が高校に行って付き合っていたら、諦めようって。でも、ただの幼馴染みたいですし、遠慮する必要、ないですよね?」


 ――嫌だ。渡したくない。


 そんな感情が胸の内で暴れ回る。

 それを口にしようと僅かに口を動かそうとする……でも……。


「……そ、そんな、の……。た、巧は……」


 あまりに拙く、辿々しい言葉。

 瑠衣ちゃんはそんな私を嘲笑したり蔑んだりもせず、ただただまっすぐ私を見て、続けた。


「フラれるとしても、伝えてスッキリしたいです。でも、ゆずさんに黙ってそういう事するのって、ゆずさんに失礼かと思ったですよ」


 ――正直に言ってしまえば、私は瑠衣ちゃんのように強くはない。

 瑠衣ちゃんの気持ちに気が付いていながら、それでも、巧の傍に自分が居続ければ、それが牽制になって、やがては諦めるだろうと踏んでいたのだから。


 巧に対しても、そうだった。

 私はいつも、巧が自分の事をなんだかんだ言いながら認めてくれると、なんだかんだ言いながら笑って傍にいてくれると、それを知りながらも、自分の気持ちを一切告げようともせずに待ち続けていたんだと、私は今になって思い知らされたような気分だった。




「ゆずさん、いいですよね?」




 私はそんな真っ直ぐな瑠衣ちゃんの気持ちに負けを認めるかのように、首を――縦に振ってしまった。









◆ ◆ ◆








「まったく……。まぁ良いよ、俺が見てくるよ」


 いつまでも続きそうな、雪那と俺の視線と視線の鬼ごっこに終止符を打つ。

 こうして女性に華を持たせる俺を紳士と呼びたければ呼んでくれても構わない。


 ようやく俺の粘着質な攻撃から解放されて安堵したのか、雪那が咳払いして気持ちを切り替えた。

 感謝の念が感じられないのは気のせいだろうか。


「でも、連絡がないなら行く必要はないとも思うわ。そもそも同じ教室にいるのだから、何か変化があったら気付くんじゃ?」

「それが、そうもいかないんだよ。篠ノ井は相変わらず周りの女子ともうまくやってるし、巧もいつも通りだしな。クラスの連中もそこまで悪い空気じゃなくなったのか、今じゃ何事もなかったかのような扱いだ。あいつら、たまにケンカしたりもしてたからな。誤魔化すのに慣れてやがるのかもしれない」

「面倒な特技ね、それ……」


 全くです。

 二人で揃って溜め息を漏らし、そして紅茶を口へと運ぶ。


「でもさ。どうせなら早いトコ、あの二人には仲直り――って言うか、元通りになってもらわないとさ。気まずいのは嫌だしな」

「……ふうん、ちょっと意外な言葉ね。心境の変化、かしら?」

「おかしいか?」

「えぇ。ちょっと前までは風宮くんに巻き込まれるのが嫌で、私と手を組んだようなものだったのに。それこそ、篠ノ井さんと風宮くんが決裂したら、もう巻き込まれる事はなくなるって清々しそうなものだったのに」


 それは、そうだったな。

 元々俺は、篠ノ井と巧に巻き込まれたせいで『読書部』に入った。


 ……心境の変化、か。

 それも意外と、あるのかもしれない。


 なんだか最近は、雪那とのこんな日々が本当に平和で、これはこれで俺の青春の一ページなのではないかと思ってしまったりもする。

 気になる事だって多いけど、毎日が楽しいのは否定出来ないしな。





 ――――だけど、そんな日々も。




 俺達の知らない場所で、事態は再び変化を見せて動きつつあったのだと。

 俺は後に気付く事になる。




 この時の俺達は、部室でそんな事が起きているなんて知る由もなかった。


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