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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第一章 二人の美少女
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#008 巧の想い

「はぁ……。篠ノ井と巧のヤツ、わざわざ駅前で待ち合わせする意味なんてあるのかよ……」


 現在時刻は十二時五十分。

 俺は今、巧と篠ノ井の二人の集合時間よりも早い時間に、雪那と共に駅前のコーヒーショップのカウンター前で並んでいた。


「デートっていうのを意識させたいんじゃないかしら」

「そうは言っても、どうせ巧が相手じゃ通じなさそうな気がするぞ?」

「えぇ、私も同感ね。今更、風宮くんがその程度の事で動じるとは私も考えられないもの。――その辺、どう思う?」


 俺と雪那の間で交わされる会話の水を向けられて、困った顔をしたのは篠ノ井であった。


「……それはそうかもしれないけれど……」

「まぁ、ただ家から出かけるだけって感じよりはいいかもしれないわ。こちらとしても尾行しやすいもの」

「そうだな。っと、順番だ。雪那、何にする?」

「あ、私は悠木くんと同じのでいいわ」

「サイズは?」

「Sで良いわ。あぁ、やっぱり時間があるからMで」

「……ぶふっ、トールな」

「ッ!?」


 軽くからかうと雪那に脇腹を抓られた。

 店員の男性が少し青筋が立った表情を浮かべているような気がするが、それもそうだろう。

 何せ俺は今、元気系美少女――ただし身内にヤンデレ――の篠ノ井と、クール系美少女――ただし割りと世間知らず――という二人を連れているのだから。


 ふふふ、そういう視線は優越感を与えてくれるというものだよ。

 勝者は違うのだ、勝者は。


 ……この二人が巧狙いだって事実なんて、都合良く忘れてやる。


「いい、篠ノ井さん。私と悠木くんが色々なイベントを見つけて指示を送るわ。だから篠ノ井さんは、そこに風宮くんをしっかりと誘導して」

「う、うん……! 分かったよ……!」


 今日の目的は、雪那の言う通り――俺は遊撃隊になり、この周囲でのイベントをしっかりと調べる。そうして、何か目ぼしいものを見つけたら雪那にメール。

 雪那はメールを確認次第、篠ノ井に指示を送るというものだ。

 これでイベントフラグを立て、回数をこなす。


 ずばり、下手なフラグも数撃ちゃ当たる作戦だ。


「なぁ、篠ノ井。一つ訊いていいか?」

「ん?」

「単刀直入に訊くけどな。お前、巧に告白する気ってあるのか?」


 これは訊いておきたかった。

 夏までに決着を付ける為に、本気で告白するのか。それとも、告白させる為に、ゆっくり巧に自覚を促していくつもりなのか。


 多分、今までの篠ノ井は後者だったのだろう。

 篠ノ井が巧にあれやこれやと仕掛けてきたものの、それが成功しなかった、という具合だったのだ。


 ――しかし、今後はどうなる?


 期限を設けた事で、篠ノ井はお世辞にも時間に余裕がある訳ではなくなった。

 それは詰まるところ、前者にならざるを得ない可能性もあるという事ではないか。


「……今はまだ、難しいけど……。夏までには何とかしてみる」

「……そっか。まぁ、そりゃそうだよな」


 無理もない。


 これまでの関係を壊してでも、前に進むのか。

 あるいはそれを守って、いつか手を離す日を待つのか。


 そんな二択をあっさりと選べる程、人は強くない。

 いや、あっさりと決められる程度の関係だったなら、諦めるのだって簡単なはずだ。


 時間はあっさりと過ぎていき――やがて、雪那が告げた。


「……時間よ。作戦開始ね」

「うん。行ってくるね」

「えぇ、がんばって」


 篠ノ井を送り出し、俺と雪那もまたコーヒーショップを後にする。


「最初にあの二人が向かうのは……まずは服屋か。篠ノ井が誘導するらしいから、俺と雪那は正反対にある服屋に紛れ込むって訳だな」

「えぇ。見つからないようにするのは普通なら難しいけれど、相手が風宮くんなら大丈夫でしょう」

「……割りと巧に対して辛辣だよな、雪那って」

「……気のせいじゃないかしら」


 そんな話をしながら、俺達もまた迂回する形で近くにある大手の百貨店へと向かう。


 五階建てのショッピングモールは、四階に大きな本屋がある。

 そこへ行くという話になっているらしい。

 そこに向かうまでにあっちこっちに寄りながら、簡単なデートをしてもらう、というのが今回の目的である。


 つまり篠ノ井が強引にでも巧を引っ張り回し、デートにしてしまうという予定だ。


「最初は篠ノ井さんが自分の買い物に付き合わせる為に、風宮くんを引っ張り回す予定よ」

「なあ、雪那。これって俺達がついて回る必要はあったのか?」

「正直に言えば、ないわ」


 雪那はあっさりと断じる。

 そりゃそうだ。俺達にできる事なんてたかが知れているし、表に出ないでフォローするのは難しいだろう。


「じゃあ何で……」

「私達がいるって思えば、篠ノ井さんもちょっとは無茶するとは思うわ。それでも何も変わらないようだったら、私と悠木くんが偶然を装って合流するの。だから……」


 そう言いながら、雪那は俺の手を取った。


「……え?」

「私達は私達で、非常事態に備えるだけよ」

「ちょっ、手……!」


 狼狽える俺に、雪那は得意気に笑みを浮かべた。


「あら、いいじゃない。それとも、デートの相手が私じゃ不満?」

「ふ、不満じゃないけど、刺激が強いです!」

「……改めて口にされるのも、かえって恥ずかしいのだけど……」


 またこうして、俺は雪那に振り回される。

 それがなんだか心地良くて、それでいて、恐怖にも似た感情が芽生える。

 雪那という一人の少女が、一体何を考え、どんな感覚で俺を相手にしているのだろうか。


 ――それを知りたいと、そう思ってしまう。


「お呼びがかかったら、行きましょう」







◆ ◆ ◆







 ――……ゆっきー達、何処から見てるんだろう……?

 巧の腕を引っ張りながら、私――篠ノ井ゆず――は周囲を見回してそんなことを考えていた。


 合流は無事に済んだし、これからは二人に話したプラン通りに巧を連れ回る。

 行き当たりばったりで動いていたこれまでより、やる事がしっかりと理解できている今の方が気持ちは落ち着いている。


「ゆず、本屋行こうぜ」

「ちょ、ちょっと待って! あのね、巧。私ちょっと服とか見たいんだけど……」

「あぁ、そうなのか。だったら……」


 普通なら、付いて来てくれると言ってくれるはず。

 でも、私と巧の関係じゃそうはいかない。

 いつも通り(・・・・・)の巧が動き出す。


「俺が本屋で色々見てるから、好きに見てろよ」


 ――……やっぱり。

 毎度毎度、ここまで言って欲しい事と逆の言葉を言われるというのも、不愉快を通り越して笑いすら生まれてしまう。


 そうやって、今まではそんな巧に呆れながら笑えていたものの、これからはそうはいかない。


 ゆっきーは巧を狙っていないと言ってくれている。

 それは、今のゆっきーと悠木くんの関係を見ていれば、なんとなく分かる。

 ゆっきーは悠木くんといる時はいつも楽しそうにしているし、二人は私達と違っていい雰囲気になっているようにも見える。


 でも、どうしてかあの二人は、それ以上先に進もうとしない。

 お互いに惹かれているのは、見て分かるぐらいなのに。


「ゆず、どした?」

「あ、ううん。って、服選び、どうせなら巧も付き合ってよ!」

「えぇー、めんどくせーよ」

「そんな事言わないで、行くの!」

「……はいはい」


 いつも通り、手のかかる妹の世話でもするような巧の反応に思うところがない訳じゃないけれど、今はまだこれでいい。

 ここから、悠木くんとゆっきーが色々と指示してくれるんだし、普段の私だけじゃ思いつかないような事もあるだろうし、きっと変化があるはず。


 私はそう思いながら、巧の腕を引っ張ってデートを楽しむ事にした。









 ◆








 ――……ゆずも変わったよな。

 腕を引っ張る幼馴染であるゆずの姿を見ながら、俺――風宮巧――は昔の事を思い出していた。


 幼い頃からずっと一緒にいたけれど、ゆずがずっと明るい、天真爛漫な性格をしている――なんて事はなかった。

 最初に出会った頃は、むしろ内気で物静かな性格をしている少女。

 幼いながらに、あまり仲良くなれそうにないような、そんな気がしたものだった。


 それでも遊んでいる内に、ゆずはどんどん素を出すようになった。

 ちょっと人見知りだけれど、仲良くなった相手には気を遣える、優しくも明るい少女なのだと知るのに、そうそう時間はかからなかった。


 けれど――幼い頃。

 ゆずが、一度だけ――本当に壊れてしまうんじゃないかと、そんな風に思った事がある。

 ゆずの親父さんを亡くした、あの時だ。


 死因はただの病気でもなく、突発的な事故でもない。

 周りはその理由を話してくれようとはしなかったけれど、亡くなった理由が尋常なものではなかったと、幼いながらに大人達のやり取りから理解できた。


 大人達の蔑むような視線。

 それらを怖がり、身体を震わせるゆずを守るように、俺は寄り添い続けた。


 小学校にも行けなくなってしまった。

 家から出ようともせず、それでも一人になると発狂したかのように泣き出してしまうのだ。


 幼いながらにそんなゆずを守ってやろうと考え、俺はこれまでずっと一緒に寄り添ってきた。


 ――ちゃんと笑うようになったのは、この高校に入ってからだったっけ……。


 小学生の間は自分の背中に引っ付いて回った。

 中学生になって、周りと少しずつ話せるようになった。

 そして今、ゆずは呆れながらに振り回されている俺に向かって、笑みを向けている。


「なーに? どうしたの?」

「……いや、何でもないよ」

「んー? 変な巧」

「なぁ、ゆず。学園、楽しいか?」


 俺の質問に、ゆずは目を大きく見開いて驚いたような表情を浮かべてから、改めて笑みを浮かべた。


「巧が一緒だもん。楽しくない訳ないよ」

「……変わらないな、ゆずは」

「私は変わらないよ。今までも、それにこれからもずっと」

「……そっか」

「うん、そうだよ」






 ――「それは、自分の可能性を狭めているんじゃないのか?」






 そんな言葉を思い浮かべながらも、俺はそれを口にせずにただゆずに向かって頷いた。


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