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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
S-Ⅱ 第一部 瑠衣と変わり者少女
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#004 中二病少女――神楽 夜魅

「――宝泉瑠衣。

 アナタは私達と同じ世界の住人のはず。

 そこで一つ、頼みがある」


 始業式の朝。

 聖燐学園の入り口で出会った一人の女の子に突然声をかけられました。

 いまいち何言っているのか分からないので、思わず小首を傾げてしまいました。


 初対面の女の子。

 多分同じ学年ですけど、会った事も喋った事もない相手なのです。


 困惑する私を見て、その子は何かを悟ったようにふっと小さく笑ってみせました。


「隠したがるのは分かる。

 私達のいき過ぎた魔力は普通の人間には理解できない。

 そもそも、知られてはならないのだから」


「……え、魔力、ですか?」


「そう。

 平行世界(誇大妄想)の力、それが魔力。

 あなたはかの有名な研究所(読書部)の一員と聞いた」


 平行世界もなにも、閉口したいのはこちらなのです。

 というかさっきから周りからの視線が痛すぎます……っ!


「えっと、人違いです」


「フフフ、誤魔化そうとしても無駄。

 アナタはすでに有名になりすぎた。

 私たち(中二病)と同類なのはすでに自明の理」


「一緒にされてるですっ!?」


「是非もなし」


「い、いちいち言い回しが面倒過ぎて会話の続行が困難です……っ」


 なんだか凄く面倒臭い予感がしてきました。


 まったく分からない、というわけではないのです。

 読書部にはライトノベルがたくさんありますし、こういう言葉はなんとなく分かるのですけど、だからって同類扱いされるのはちょっと困ります。


「あの、アナタは誰ですか?」


研究所(読書部)にいながら私を知らないなんて……」


「研究所なんてないのです、ちょっとその設定で喋るのやめてもらいたいのです」


「せ、設定って言わないでっ!」


 あ、顔が赤くなったですよ。


 一応聞く耳を持たないわけじゃなさそうですけど、さっきから口に手を当てて笑いながら歩いていく人が多いのです。


 なんですか、これ。公開処刑か何かですか。


「あの、私そういうのあまりよく分からないので、先に行きますね」


「っ!? 待って待って待って、話を聞いて!」


「やめ、放してください……っ!」


 横を抜けて歩いて行こうとしたら、腕にしがみつかれました。


 私より少し背が高いぐらいですけど、ち、力が強い……!

 仕方なくスルーは諦めました……。


「……で、なんなんですか?」


「冷たいっ!?

 ふ、ふふふ、さすがは研究所の――」


「――はい、さようならです」


「待って!? ちゃ、ちゃんと話す!」


 もう、なんなんですか、ホントに……。

 なんだか気の毒そうにこっちを見る視線が増えてきてる気がするのです。

 まだ少しは時間に余裕もありますけど、始業式早々でこれは……。


「え、っと、私は神楽(かぐら) 夜魅(よみ)

 夜を魅了する、ヴァンパイアロードの末裔――待って、待ってっ! ごめんなさいっ!」


「……もし次意味のわかんないこと言い出したら置いていくですよ」


「うぐ……、うぅ、せっかく同好の士を見つけたと思ったのに……」


「同好の士って、中二病仲間とかですか?」


 さすがに中二病と面と向かって言われるのは腑に落ちない様子でしたが、神楽さんはこくりと頷きました。


 勘違いも甚だしいですね、私は中二病なんかじゃないのです。


「それで、何が言いたいのです?」


「……わ、私のいた部が廃部になって、読書部っていうラノベとかたくさん置いてあるところがあるって聞いて、それで……」


「……あの、ちなみにどんな部だったのです?」


「西欧史学魔術研究部」


「……そりゃ廃部になるですよ」


「っ!?」


 あ、なんか泣きそうな顔してるです。


 というか、ちょっとからかうのが楽しいとか思ってきてしまったのです。

 悠木先輩が軽口で人をからかう気持ちが解ってしまった気がします。


「宝泉瑠衣、アナタは今年から私のクラスメイト。

 だから、そのよしみで是非紹介してほしい」


 クラス分けはメールで送られてきているので、神楽さんは私に接触してきたみたいですね。


 ちょ、ちょっと面倒な気しかしないのですよ。

 水琴先輩が言っていたような、部活に入ってきてくれた同級生と仲良くなるって、難しそうな気がしてならないのです……。


「う、うーん。別に大丈夫だとは思うのですけど……」







 ◆ ◆ ◆







「――そんな事があって、そのままずっと絡まれ続けて今に至るのです。

 逃げて来ようとしたのに捕まって……」


「逃げようとするから追った、他意はない。

 あっ、新刊」


「……そ、そうか」


 瑠衣から齎された説明に思わず顔を引き攣らせながら、俺達は全員が苦笑を浮かべた。


 研究所が読書部で、ライトノベルが魔導書か。

 なんていうか強烈なキャラがやってきたな……。


「んー、悪い子じゃないと思うけどねぇ。

 ウチにいないタイプだしね」


「まぁそう言われれば確かにそうかもしれないけど、な。

 水琴的には入部してもいいってことか。

 瑠衣と同じクラスなんだろ?」


「はい、2年C組です」


「……まぁ問題は、瑠衣が耐えられるかどうかだが」


 すでに新刊を広げて読み漁り始めている自由な神楽さんを他所に、俺達は会話を続けていく。

 瑠衣と同じクラスなら、瑠衣にとっても交友関係の幅が広が……らないな、アレじゃ。


 まぁ変わり者ではある。協調性とか会話とか、色々と。

 ただ、学校のクラスってのは幾つかのグループに分かれるものだ。

 そうなると、当然の事ながら話す相手はある程度固まってしまったりもする。


 あの子と仲良くなったとして、瑠衣の他人に対する距離というか、そういうものが解消されるかどうか。

 そんな事を考えていると、水琴が手を縦に振ってこちらを呼んできた。


「悠木クン、ここはるーちゃんに任せていいんじゃないかな?」


 瑠衣と神楽さんに聞こえないようにと顔を寄せてきた。

 ふわりと香るいい匂いの正体はヘアフレグランスか何かだろう。

 香水ほどキツくもなく、なんだかいい匂いがする。


 男子が「なんで女の子はいい匂いがするんだろう」と疑問を抱くのはこのまやかしのせいか、おのれ。


「……悠木クン、匂い嗅ぎ過ぎ」


「気のせいだ。で、どういうことだ?」


「まぁいいけどね。

 悠木クンが危惧してるのは、るーちゃんの今後――あの夜魅ちゃんの周囲に話せる相手が増やせるかどうか、でしょ?」


「それは私も思ったわね。

 あの特殊なタイプだと、会話する相手はだいぶ限られるでしょうし、何より瑠衣ちゃんまで周囲から浮くようになったら目も当てられないもの」


 ヒソヒソと声を落として話している俺達に、雪那も参加してきた。

 巧と篠ノ井も自分達もだと言わんばかりにふんふんと頷いているが、目を泳がせてるんじゃ説得力なんて皆無だぞ。


「言い方は悪いけれど夜魅ちゃんみたいな特殊な子が話しかけられる相手なら、それをきっかけにるーちゃんに取っ付き易く感じる周りの子が話しかけるようになったりするかもしれない。そうなれば、自然と人が集まる可能性だってあるよ。

 私としては、夜魅ちゃんがるーちゃんの、るーちゃんが夜魅ちゃんの一つの殻を破るきっかけになればいいんじゃないかなって思うんだけどねー」


「……そっか」


 水琴の言い分は正しい。

 瑠衣の周囲に対する遠慮とでも言うべきか、そういう型に自ら嵌っている節があるのは事実だ。


 神楽夜魅――あの子なら多分、そうしたものをぶっ飛ばしかねない。


 中二病と周囲への遠慮という、お互いに異なるものではあるけれど、型に嵌っているという点ではあの二人は似ているとも言える。

 水琴はそれを、お互いに壊すきっかけになるかもしれないと踏んでいるのだろう。


「……ホントに水琴は……――」


「お? ふふん、まぁ伊達に人生経験積んじゃいないからねぇ。

 色々と外を見てきた私は一味違うよ? お姉さんと思っていいんだよ?」


「――そういう部分さえなければ、お姉さんらしいんだけどな」


「しまったっ!? 墓穴を掘った!?」


「プラスマイナスで考えれば、どうしても最後にマイナスになるものね」


「ゆっきーまで!?」


「あはは、兼末さんは惜しいね」


「あ、うん、たっくんにまで言われたくはないかなぁ」


「ちょっ、俺だけ扱いがひどくないか!?」


 最後のオチは巧の墓穴で決まった。


 ともあれ、俺は成り行き上で部長となっているので、神楽さんへと振り返る。

 新刊に夢中になっていて、俺の視線に気付いていないらしい。


「神楽さん」


「……む、この学園を牛耳るテンプルナイツ(生徒会)からも一目置かれた騎士、永野悠木先輩」


 生徒会がいつの間にか神の名の下に粛清するとか言い出しそうな軍団にされている。

 やばい、このテンションについていけない。

 方向性の理解できない会話能力にイラッとしてきた。


「……と、とりあえず俺達読書部への入部でいいんだよな?」


「ん、そのつもり、です。

 魔導研究の第一線にヴァンパイアロードである私が――いたいたいたいッ!」


「いちいち脱線するんじゃねぇ、めんどくせぇ……ッ!」


「わー! 悠木先輩、ダメですよっ! ミシミシ言ってます!」


「止めるな、瑠衣。

 おい神楽。その妄言を一切禁止するとは言わんが、TPOぐらい弁えろよ?」


「ひゃーーっ、いたいたいたいたい! わ、分かりましたごめんなさいっ!」


 よし、言質は取った。

 一つ満足してため息を吐き、爽やかな気分で振り返る。

 ……全員からジト目を向けられていた。


「ゆ、悠木クン、過激だねぇ」


「悠木クン、いくらなんでも女の子にアイアンクローはないと思うわ」


「今のアレ、痛そうだよな……」


「悠木クンが不良化した……!」


 ……百歩譲って、水琴と雪那、それに巧は許そう。

 だが最後の篠ノ井、お前だけはダメだ。どうも腑に落ちない。

 いざとなれば刃物を取り出しかねない篠ノ井に恐れられるほどの酷い真似をした覚えはない。


「とにかくな、神楽さん。

 そのいちいちルビ振るかのような喋り方はやめてくれ。

 せめて設定を口にするならそれを全て俺達に通じるように説明してから喋ってくれ」


「せ、設定じゃ、ないもん……――ひぃっ、ご、ごめんなさい……っ!

 さ、さすがは聖燐学園の英雄。この気迫こそ本物の証……。

 ひと睨みで死を感じさせるなんて――できる……ッ」


「おいどうなってやがる。怯えてるようで反省してねぇぞ、この子」


「しばらくは瑠衣ちゃんと水琴さんに面倒見てもらう感じかしら」


「わ、私ですか!?」


「まぁるーちゃんは同じクラスだからねぇ。

 私は中二病とか嫌いじゃないし、構わないけどねぇ」


 雪那の提案に驚きの声をあげる瑠衣と、面白そうだと判断した水琴の判断は対照的なものだった。


 それに、神楽さんもなんだかんだで受け入れてもらえてほっとしているような様子だ。

 中二病だからって空気をまったく読めないってわけでもないというか、なんというか……。


 ともあれ、神楽さんの扱いはしばらく様子見。

 水琴と何かのネタの話に発展してる辺り、仲良くやれるだろう。


「そういえば瑠衣ちゃん、新しいクラスはどう?」


「まだ初日なのでなんとも言えないですけど、華流院さんも同じクラスになったですよ」


「おー、なんだかんだで知り合いなんだろ? 良かったな」


 雪那の質問に答えた瑠衣にそう声をかけると、瑠衣がなんだか困った様子でちらりと神楽さんを横目で見た。


「華流院園美、『双頭竜(アンフィスバエナ)』の姫……」


「ドリルヘアーがなんだかずいぶんと格好良くなってるねぇ」


 なんだかんだで水琴と神楽さんは会話が通じるらしい。




 ともあれ、だ。




 瑠衣と同い年の生徒で、入部一人目は神楽さんで決定したというわけだ。


 色々と気苦労しそうだが……まぁ、瑠衣も慣れればどうにかなるだろう、うん。

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