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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
S-Ⅱ 第一部 瑠衣と変わり者少女
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#003 新学年

 高校生活も3年目ともなると、卒業を意識させられるものだ。


 窓際、一番後ろの席をあてがわれたのは運が良かった。

 窓の外へと目を向ければ、去年は満開だった桜が雨で散ってしまい、去年に比べればどこか寂しく思えるものの、新たな聖燐学園生活を夢見る少年少女の姿が目に映る。


 去年のこの時期は、巧と篠ノ井の二人に振り回されていた。

 あの二人からどうにか脱却を図り、自分なりの高校生ライフを満喫しようとしていた頃だったか。


 ともあれ、『鈍感系主人公の親友』というポジションに辟易としていたものだ。


 しかし、今年は違う。

 去年の色々な出来事を思い出しながら、改めて変わったのだと実感する。


 新たな生活。

 高校生活の締め括り。


 そういったものに思いを馳せて、大きく息を吸い込み――――






「はああぁぁぁ……、マジかぁ……」






 ――――絶望と共にため息を吐き出した。






「いやぁ、参っちゃったねぇ。このクラス分けは」


「本当ね。作為的なものがあるとしか思えないわ」


「なんだかんだで三年間同じクラスだな、悠木」


「今年もよろしくね、悠木クンっ!」


 たはは、と苦笑するような笑みを浮かべる水琴。

 呆れたと言わんばかりに嘆息する雪那。

 お気楽に三年間同じクラスだと考えている巧。

 見た目だけしか知らなければ嬉しい言葉をかけてくる篠ノ井。


 そして――もう一人。


「完全男女共学化の最初の年だもの、作為的と言われても怯むつもりはないわ。

 目立ってしまった生徒を一箇所に集めた方が管理しやすいから。

 特にユーキと雪那、それに私は色々目立ってしまっているからね」


 さらりと教師側の見解を述べてみせる現生徒会長、レイカ。

 俺と深く関わった生徒は皆、この教室に集まっていた。


 ちなみに、外野クンは別のクラスだ。

 あの人畜無害系、無味無臭系男子がここにはいない。

 まぁ、外野クンはやはり外野クンなのだ。


 今年の年明けから雪那とレイカは何やら話す機会が増えているらしく、お互いに名前を呼び捨て合う程度には交流があるそうだ。

 まぁあの二人はどこかピリピリとした関係だったので、その辺りが改善されたのならば良かったのだろうとは思う。


「今年で読書部も引退だし、そうなったらクラスまで別だと、悠木達とも疎遠になりそうだったし、良かったんじゃないか?」


「俺はお前とは疎遠になっても良かったと思っている」


「ひどくねぇか!?」


 何を言い出すのかと思えば、この鈍感系主人公め。

 クラスが変わってやっと解放されるかと思っていたのに、俺の自由を返せ。


 それでも去年に比べればかなり気楽だ。

 何せ篠ノ井に対する俺の中での美少女というだけで信頼と服従に値する要素は心の病気(ヤンデレ)によって相殺され、対して気を遣わなくて済んでいるのだから。

 もう惑わされないぞ、絶対に。

 チョロイン顔負けだった去年までの俺とは違う。


「悠木クンと同じクラスで良かったよ、うんうん」


「……悠木クン、なんだか喜びを噛み締めているのか、すごく顔が引き攣っているのだけれど」


「気のせいだ」


 ……まぁ、あれだ。

 美少女にそこまで言われて悪い気はしないものだ、うん。


 ともあれ、だ。


 曖昧なまま回避し続けてきた雪那に対する感情は、もう揺らいではいない。

 何やら去年の末――雪那の両親に会った頃から、成り行きのまま一緒に行動していた日々は徐々に変化し、雪那から誘われて一緒に行動するという確率が高くなり始めている。


 そこまでされれば、生来のチョロイン気質を持ち合わせる俺でなくとも、彼女に対して好意を抱くのは当然ではないだろうか。

 それでも、付き合うとか付き合わないとか、気持ちを伝えるとか。そういった関係に踏み込むことができずに、今日までを過ごしてきたのは事実だ。


 そうした関係に踏み込む前に、俺は――どうしてもあの夏を終わらせたい。


 先延ばしするように、心のどこかで逃げ道を作っているような気もするが、俺にとってあの夏を終わらせるという目的は、この街へとやって来た大きな理由でもある。モテたくてここに入ったのも、そもそも新しい恋をすれば少しぐらい前に進めるんじゃないかと考えたからだ。


「……だからこそ、巧。

 お前と同じクラスになって構っている場合じゃないんだ」


「なぁ悠木。

 遠い目してるとか思ったら、どんな結論に至って俺を突き放す追い打ちに繋がってんだ?」


「総合的に見て、だな」


 巧にはぜひとも、俺の与り知らぬところでラブコメっててほしいものである。






 始業式は恙無く終わった。


 レイカは生徒会長として何やら忙しく動いており、クラスが同じになったとは言え、そこまで細かく話す機会はまだ設けられずにいる気がする。

 午前中で終わった始業式やらを終えて、俺は雪那と水琴、それにお馬鹿馴染みの二人と共に食堂へとやってきた。


 食堂はこれから部活に参加する生徒で賑わっているが、まだ空席が目立つ。

 一年生がここに加われば席もだいぶ埋まるだろうと取り留めのない事を考えながら、俺達は6人掛けのテーブルに腰を下ろした。


「ねぇ、悠木クン。

 さっき瑠衣ちゃん見かけたんだけど、なんだか面白いことになっていたわよ」


「あー、私も見たよ~。

 るーちゃんと一緒にいたあの子、なかなかインパクトが強かったよ、うん」


 便乗してきた水琴に、雪那も同意を示した。


「瑠衣がどうしたんだ?」


「なんか変な子に絡まれて、顔を引き攣らせてたんだよねぇ。

 ちょっと遠くて何を話しているのかはイマイチ分からなかったけれど、るーちゃんがあそこまで露骨に引いている姿は面白かったね」


 答える水琴がくつくつと肩を揺らして笑っているが、コイツは多分内容を知っているんだろう。


 瑠衣が連れて来るならあまりおかしなヤツはいないと思うが、水琴が興味を示すような面白さを持った人間となると、嫌な予感しかしない。

 水琴の食指が動く対象と言えば、腐っているか変人かにしか傾かない気がしている。


 まさか水琴と同じ穴のムジナか……?


「で、どうするんだよ、部長さん。

 新入生の募集、瑠衣の為にやらないのか、それともやるのか。

 どうするのか決めてなかっただろ?」


「…………え、俺なの?」


 突然巧から水を向けられて、ついにコイツもバグったのかと思っていたら、巧と同様に全員からの視線が俺へと向けられていた。


「レイカとも話したんだけど、やっぱり悠木クンが読書部のリーダーになるべきって話になったのよ」


「当事者のいないトコで何を勝手に話を進めてやがらっしゃるんですか。

 そもそもやる気ないって言っただろ」


「んー、悠木クンには悪いけれど、私も悠木クンが部長である方がいいと思うなぁ」


「いや、俺に悪いと思う前に部長である巧に悪いと思えよ」


 雪那と水琴のそれぞれにツッコミを入れて、思わず嘆息した。


 どうなってやがるんだ、これ。

 そもそも部長失格って目の前で言われて、なんとも思わないのか。


「え? だって、美堂さんと親しいし生徒会とも関係があるんだから、悠木の方がいいんじゃないか?」


 巧に一般的な考えをぶつけてみても、あまり意味がなかった。

 そうだよ、コイツはそういうヤツだったよ。


「……特待生で部長ってのもなんかおかしな話なんだけどなぁ」


「あら、じゃあ読書部はユーキが新部長ってことで、この前雪那にもらった届け出は承認しちゃうわね」


「えぇ、よろしく」


「何喰わぬ顔で参加して、しかもあっさりと承諾してんじゃねぇよ、レイカも」


 円卓を囲む俺の隣りに座る雪那のその向こう、空いていた椅子に座ったレイカが会話に参加するなり、雪那もあっさりと同意を示した。

 なんだか俺の意思が無視されている気がしてならないんだが。


「ユーキが部長やってくれた方が、色々と捗るのよね。

 教師陣にも顔と名前が知られているし、去年の騒動の中心人物は目の届く位置にいてほしいってトコかしら」


「あのなぁ、俺が騒動を起こしたんじゃなくて、俺を利用して騒動を起こしたんだろ。

 だいたい、部長なんて言ったって何すりゃいいのかさっぱりだ」


「特にやる事なんてないわよ。経費の管理とか、何かする時に申請の書類をまとめてくれればそれでいいわ。

 もっとも、そういった仕事は篠ノ井さんに丸投げしてればいいんじゃないかしら」


「あ、それなら去年までやってたから大丈夫だよ!」


「なぁ巧、お前ホントに部長だったのか?」


「い、一応?」


 君臨すれども統治せず、というヤツなのか。

 巧の場合は君臨すらしていなかったという予感しかしない。


 他の皆も、特に俺に何かをやってほしいわけではなく、名前だけ貸せってところだろうか。

 借金の連帯保証人的な、そういう扱いをされている気分だ。


「……はぁ。これってもう、俺が引き受ける以外に道がない気がするんだが」


「うんうん、もう諦めた方が無難だよねぇ」


「いっそ水琴がやればいいんじゃないか?」


「私は無理だよー。リーダーシップ取るような柄じゃあないからねぇ」


「俺もそういう柄ではないぞ」


《いやいやいや》


「なんなの、お前らのそういう無駄なところでの協調性。

 しかもレイカまで混ざるってどういう了見だ」






 ◆






 部長として祭り上げられた俺にもはや退路はなく、百歩どころか数万歩ぐらい譲って名前だけの部長、看板的な位置に落ち着くことになり、部の経費などについては相変わらず篠ノ井が担当する形になった。

 レイカの登場によってすでに受理されたので、もう俺が嫌がっていても意味すらない。

 なかなか酷い扱いではないだろうか。


 そんな経緯もあって、昼食を済ませて部室へとやってきた俺達は、いつも通りのダラダラとした時間を過ごしながら、残りの部員――つまりは瑠衣がやって来るのを待っていた。


「そういえば、瑠衣がどうとか言ってたけど」


「あぁ、なかなか濃いキャラの子に絡まれていたみたいでねぇ」


「濃いキャラ?」


 思い出したかのように水琴が笑いながら話していると、廊下から何やら誰かが走ってくるような足音が聴こえてきて、扉が勢い良く開かれた。


「ゆ、悠木先輩、助けてくださいっ!」


 ぜぇぜぇと息を切らしながら瑠衣が叫んだ。

 何事かと唖然とする俺達を他所に瑠衣が後ろ手に扉を閉めると、何やら泣き出しそうな顔をして俺の近くへとやって来て、腕を引っ張った。


「お、おい、落ち着け。何があったんだ?」


「変人ですっ!」


「巧が? なるほど」


「変人じゃねぇよ! で、瑠衣。一体何が――」


 巧のキレのあるツッコミが飛ぶとほぼ同時に扉が開かれた。






 そこに、一人の少女が姿を現した。






 毛先が内巻きになっているセミロングの少女。

 篠ノ井のような赤っぽさもなく、雪那の艶やかな黒髪に近い色合いだ。

 黙っていれば雪那や華流院さんとはまた違った毛色のお嬢様っぽさすら思わせる少女だが、なんだか酷く危険な匂いがひしひしと伝わってきている。


 そう、俺はこの少女を見て感じ取った。

 この子は――――何かがおかしい。


 俺達を見ているようで見ていないと言うべきか、そんな印象。

 あまり積極的に関わろうとは思えない空気を纏っていると言うべきか。

 瑠衣はその姿に「ひっ」と息を呑んでいるが、その気持ちは分からなくもない。


 誰もが沈黙した、妙な時間が生まれる。

 そんな中でついに、少女は口を開いた――――。








「……やっと見つけた……、ここが研究所(読書部)

 ありとあらゆる世界の魔導録(ライトノベル)を集め、真理を探求する聖域(読み漁るだけの場所)……。

 やはり実在していたのね……」









「よし、水琴。お前に任せた」


「うぇっ!? わ、私かい!?」


「いくら見た目が良くても言語の壁ってのは厚いんだ。

 さすがに俺も意味の解らない単語の羅列を口にする人間は相手できん。

 翻訳して要点をまとめてくれ」




 ――――やってきたのは、どう見ても普通じゃない少女であった。




「ねぇ、悠木クン。あれって中二病とか、そういう類よね?

 悠木クンはそういう相手に偏見とか持たないんじゃなかったの?」


「おい誤解を招くようなこと言うなよ、雪那。

 俺は偏見は持ってない、引いてるだけだ」


 ………………なんだお前ら、その目は。

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