#001 もう少しだけ
ご無沙汰しております。
本日より、第2シーズン本格始動します。
「明後日から二年生ですか……」
カレンダーにバツ印を書き込んで、私――宝泉 瑠衣――は思わずため息を吐きました。
高校生になって二年目。
もうすぐ17歳。
大人の仲間入りをしたのに、私の心は晴れません。
というのも。
新入生が入ってきて、もし『読書部』に新入部員が入ってきたら。
私はひとりぼっちの二年生なのですよ。
今は悠木先輩や雪那先輩達がいるから気になりませんけど、夏休み頃にはみんな引退です。
新入部員が入ってこなければ廃部すら有り得るのです……。
自分の代で廃部なんて縁起悪すぎるにも程がある……。
ベッドの上でごろごろ。
やだなー、廃部もやだけどぼっちもやだー。
友達誘えば……――
――……でも、誘える友達なんていないのです。
私達の上の代、巧先輩の代で共学化した聖燐学園。
でも、私達の代からこの近くに住む生徒の希望者は少なかったのです。
「え、聖燐って、あの聖燐でしょ?
ムリムリムリ、格式高い上級生にイジメられそうだよ~。
瑠衣ちゃんもやめといた方がいいんじゃない?」
そんな偏見があったのです。
高笑いしながら扇子でビシィッとか。
縦ロールは華流院さんがやってくれてました。
ちょっとあの髪型を見た時は満足したのですよ。
ともあれ、そういう偏見のせいで中学時代の同級生も少ないのです。
元々、友達と呼べる友達がいなかったわけではないのです。
そうではないのです。
とにかく、私にとっての唯一の安らぎの場は危険なのです。
周りに気を遣われなくて済むというのは、大事です。
華流院さんは高らかに笑いながら声をかけてきますけど、悪い人ではないですよ。
ただ、あの人は……友達っぽいような、そうじゃないような……です。
悠木先輩の知り合いで私の知り合いです、うん。
「るーちゃん、買い物行ってきてくれるー?」
「あ、はーい」
身体の事で色々と心配かけたお母さんの為にも、友達らしい友達は必要です。
この前も「友達連れて来てもいいのよ?」って軽いジャブを入れられたのです。
探りのつもりかもしれませんけど、あれは鳩尾をしっかり捕らえていたですよ、お母さん……。
天然系の何気ない一撃は痛すぎて辛いのです。
じわじわと来るのです、じわじわ~と。
お母さんに頼まれたのは、お醤油を切らしたとか何かを買い忘れたとかではないのです。
財布を忘れてもう一回行くのが恥ずかしい、だそうです。
ちなみに、明日になったら何事もなかったかのように行くのがお母さんクオリティです。
「店員さんも忙しいから、一晩寝たら忘れるでしょ~?」
お母さん……!
お母さんみたいに抜けた人、忘れないのですよ!
とにかく、私はお母さんのメモを手にスーパーに向かいます。
そもそもお母さん、スーパーのおばちゃんに私の姉だと思われているのですよ。
お母さんはまだ若いですし、ぽわぽわしてるのです。
この前も駅で待ち合わせして買い物してたらお母さんがナンパされちゃって、私は妹扱いでしたしね……。
私の背が低いからじゃないです。
お母さんが若々しいせいです、背は関係ないです。
だから結局、お母さんが帰った後に私が行ってもバレバレです。
買い物終わりっ!
レジのおばちゃんに「お姉ちゃんの代わりかい? 偉いねぇ」と言われて、そこはかとなく子供扱いされました。
これでも身長伸びてるのに失礼だと思うのです。
でも、褒められて悪い気はしないので責めたりはしません。
すっかり春になって、暖かくなりました。
気が付けば真っ暗になる時間も遅くなってきて、春らしくなってるんですねぇ。
そう考えるだけで、この春が終わったら夏が来てしまうと思うと、まだ夏になってほしくないなぁって。
……なんとなくそんな感じがするのです。
夕焼けに染まる空を見て、ふと感傷的になってしまう。
この一年間、色々あったなぁ。
巧先輩が好きで、あの人だけが私を知っていてくれているような気がして。
それで思わず、聖燐学園まで追いかけて。
なのに、ゆずさんがいるからって少し距離を置いてみたり。
中学三年生になって、あの二人が卒業してから。
巧先輩以外の人を見ようとはしなかったから、気持ちを捨てられなかったんじゃないかなって、今は思うのです。
周りとあまり話したり、構われたりしたくなくて。
その場所に入ってきてほしくなくて、距離を置いて。
そうやって、結局私は自分を理解してくれている巧先輩に依存を深めた。
でも、この一年。
ゆずさんを見ていたり、悠木先輩や雪那先輩、水琴先輩と知り合って色々話してみたりしている内に、気付いてしまった。
私が巧先輩に抱いていたのは、確かに恋心だった。
だけど、純粋に好きだったのかと訊かれたら、今の私はきっと――それは違うって言える。
あの人は私の気持ちを一番知ってくれているから、あの人といれば安心だから。
そうやって自分に言い聞かせていたんだ、って。
――なんとなく、です。
なんとなくですけど、私はそれを、知っていた。
だから、『読書部』に直接入部しようとはしなくて。
なのに、結局私はあの人に縋るように近づいて行った。
多分、私は忘れられなかっただけ。
天狗になった自分を戒めながら、自分の素を見せられる人を。
悠木先輩と知り合って、話していく内に。
片思いっていう憧憬が偽物だって、私は知ってしまった。
自分勝手に憧れて、ゆずさんの気持ちを無視するように近づいたのに。
我ながら――自己嫌悪。
あまりにも自分勝手な感情を、自分勝手に巧先輩にぶつけた。
フラれたのはショックだったけれど、フラれて良かったと、今では思うのです。
――――それはきっと、悠木先輩と知り合ったから。
私は、あの人に興味を持ってしまった。
これが好きとか恋とか、そういう感情なのかは判らない。
分かりたくないし、判ってはいけないんだと思う。
悠木先輩には雪那先輩がいて、他にも色々な人がいて。
私は元々、巧先輩を追いかけて読書部に入ってしまったから。
なのに今度は悠木先輩を――なんて。
それは、勝手だから。
去年の夏休み。
あの日、身体の奥にまで響くような、花火の下で。
私は巧先輩にフラれたからって、悠木先輩に泣きついた。
私は雪那先輩が好き。
水琴先輩が好き。
巧先輩とゆずさんも、好き。
だけど、悠木先輩に対する『好き』は――――
「ん? おー、瑠衣」
「ふぇっほぉ!?」
「……おい落ち着け。いきなり謎の雄叫びを上げるなよ」
「い、いいいきなり話しかけるからですよっ!
心臓飛び出たらどうしてくれるですかぁっ!」
「お、おう。悪かった、のか?」
「ギルティです!」
「なるほど、ドンマイって意味か」
「っ!?」
まさか悠木先輩がこんな所にいるなんて、思いもしなかったです……っ。
うああー、心臓がぁ……。
「ど、どうして悠木先輩がこんなトコにいるですか……」
「いや、巧の勉強見るついでの買い物だよ。
見慣れた小さいシルエットに気付いて声をかけたんだが」
「小さいは余計ですっ!」
まったく!
まったく失礼ですよっ!
「何か嬉しいことでもあったのか?
なんかニヤついて――おいやめろ。なんで人の足踏んでやがる、お前」
「ち、小さいとか言うからですよっ!
にぎゃー! ツムジ押すのやめるですよっ!」
うぅ、なんかこういうやり取りばっかり。
他の相手だったらホントに怒って蹴っ飛ばすですよ、これ。
もうっ!
「ちょっとは元気出たか?」
「へ?」
「いや、なんつーか、元気なさそうだったからな」
「……そう、ですか?」
「まぁ、勘違いなら別にいいんだけどな」
横を歩く悠木先輩が、苦笑して頬を掻いた。
本当にこの人は――ズルい。
人の事ばっかり気にして、巧先輩みたいに天然でそれを言うんじゃなくて、気付いていても必要以上に踏み込まずに、こんな言葉をかけてくれる。
「悠木先輩に言うぐらいなら舌噛んで死んでやるですよーだ」
「可愛げのないヤツめ」
「ふーんだ。
それより、悠木先輩こそどうして一人なんです?
雪那先輩は?」
「あのなぁ、俺と雪那は巧と篠ノ井ペアみたいに四六時中一緒にいるわけじゃねぇぞ。
篠ノ井が誘ったらしいんだけどな。
雪那は三年になるから、成績落とさないように復習だとさ」
「雪那先輩の方が成績いいのに」
「アイツは色々あるからなぁ。
俺は特待生成績の上位30位以内キープしか目標にしてねぇしな」
「なんか、悠木先輩って雪那先輩の事情に妙に詳しいですね」
口を突いて出たのは、何故か刺々しい言葉。
こんな言い方したくないのに、何故か抑えられなかった。
怒られたり面倒臭がられたりしそう。
そう思って、思わず横を歩く悠木先輩をちらりと見上げると、悠木先輩は真剣な顔をしてこっちを見つめていました。
「あ、えと、ごめんなさ――」
「――おい、瑠衣。
ちゃんと食物繊維ぐらい摂っておけよ。
出すモン出さないと――おいやめろ、冗談だ。脛を蹴るな」
「もうっ、デリカシーがなさすぎるですよっ!」
真剣な顔して何を言い出してるですか、この人はぁっ!
悠木先輩は相変わらずですっ!
「まぁ、ちょっとはスッキリすんだろ」
「まだその話題を――!」
「――違うっつの。
お前、部員増員の事とかで色々考えて、変にハマってんだろ。
そのせいでナーバスになってたろーが」
「……な、んで」
「ほら、俺を部長にするみたいな話も出てた時に話したけど、やっぱ残る側にとっちゃ一大事だろ。
巧も篠ノ井も、雪那も水琴もその点については心配してたんだよ。
お前だけが2年になって残っちまうなら、俺達は卒業まで残って部員募集すんのやめとくかってさ。
一応レイカにはその許可も取れそうだし、別に俺達はそれでも――」
「――だめです。
そんなの悠木先輩や皆さんに迷惑かかるですよ。
私は、大丈夫です」
「瑠衣?」
「私だってこの一年、色々と成長したんです。
悠木先輩や他の皆さんにおんぶにだっこなんて、恥ずかしいですよっ。
だから、心配しなくても大丈夫です!」
足手まといみたいに、なりたくない。
みんな引退して、私だけの為に残るなんて、してほしくない。
嬉しいけれど――それに甘えちゃいけない。
多分、去年の私だったらそれを受け入れたと思う。
でも、それはしちゃいけない。
「……そっか。
んじゃ、頑張ろうぜ、新入生と二年生の勧誘。
春に潰れた小さな部とかもあったらしいから、多分見つかるだろうしな」
「ふふん、悠木先輩達の手なんか借りなくたって見つけてやるですよ。
そんな子供扱いしなくたって大丈夫ですーっ!」
「言うじゃねぇか。じゃあノルマ3人な」
「っ!? よ、余裕ですよ、それぐらいっ!」
「はいはい、期待してるよ。
んじゃな、俺はこっちだから」
「あ、はーい。また明後日ですっ!」
笑いながら去っていく悠木先輩を見送って、小さく振っていた手を下ろして。
私はそれを、握りしめた。
――きっと、部活を引退したら、同じ学園にいてもなかなか会えなくなっちゃう。
それは寂しいけれど、悠木先輩達に迷惑をかけてまで縋っているのは、やだ。
そんなの、一年前と何も変わらないから。
甘えてばかりはいたくない。
対等に、とまでは言わないけれど、せめて――もう少しだけ、近くにいきたい。
まずは一人、なんとか集めなくちゃ…!