2014 X'mas 華流院家のクリスマスパーティー
2014クリスマス特別編。
ちょっと長めです。
12月25日。
今日はクリスマスだ。
去年のこの時期は主に巧に対しての殺意しか沸かなかったが、今年はそうでもなかったりもする。
予定があるとないとじゃ心のゆとりが違うらしい。
華流院家のクリスマスパーティー。
華流院さんに、俺達も招待して欲しいと付け加えつつ瑠衣が誘われたらしく、みんなで行こうという話になった。
ドレスやらは向こうで用意するというブルジョアっぷりを発揮してくれるらしいが、果たして華奢な生徒に合うドレスなんてあるのだろうか。
最近は食堂でも見なくなったが、痩せつつある、らしい。
噂は尾ひれがついて背びれがついて、陸上歩行に進化するものだ。
結局華流院さんは華流院さんだと思う。
まぁ、それはさて置きだ。
冬休みに入ってからというものの、この聖燐学園の寮に残る生徒の数は激減してしまい、最近ではロビーに行っても生徒がちらほらと目につくぐらいだった。
雪那は実家に帰っているし、水琴もどうやら色々と仕事が忙しいらしく、昼夜逆転の生活に入ってしまっているとかで、まったく顔を合わせることもない。
そんな訳で、今日の華流院家主催のクリスマスパーティーとやらで、俺達読書部の面々はずいぶんと久しぶりに顔を合わせることになる。
華流院家主催のクリスマスパーティーに誘われた張本人である瑠衣によれば、今日はここに華流院家の迎えのバスがやって来るそうだ。
迎えのためにバスまで用意するとか、華流院家の教育方針は間違っているとしか思えない。
彼女の知り合いや友人枠として、1年生は意外と多くの生徒が呼ばれているらしい。
クラス全員という訳ではなさそうだが、俺達を合わせて20名程はいる。
こんなに友達いたのか、華流院さん。
ともあれ、なんだかんだでほぼ毎日顔を合わせていたのに、冬休みになって少し会わなくなるだけで懐かしく思えたりするらしく、俺は集合時間の30分前から食堂で座っていた。
寮の食堂に一番早くやってきたのは、巧と篠ノ井ペアだった。
「お、悠木。久しぶり」
「……チッ、久しぶりだな」
「えっ、舌打ちされた!?」
まさか最初にやって来るとは思ってなかったので、少々イラッとさせられた。
巧の腕の裾を引っ張って歩いてる篠ノ井の姿に殺意が沸いたのだ。
爆ぜろ。
そんな俺の心情を鈍感系代表男子の巧が理解出来る訳もなく、二人は俺が座っていた円卓に向かい合うように座った。
話題は冬休みに関するあれやこれや。
当たり障りない。
「そういえばさ。華流院さんって確か、結構なお嬢様なんだろ?」
「お嬢様だな。半年程で奇蹟の変身を遂げつつあるから、保護者かペットの方だと思ってしまった初対面が懐かしい」
「保護者かペットってお前……」
「失礼だよ、悠木クン。女の子が頑張ってダイエットしてるんだから、素直に褒めてあげないと!」
「そういやゆず、ダイエットするって言ってたもんな。年末年始は太るからって――痛たたたっ!」
「巧は余計なこと言わなくていいのっ!」
巧の余計な一言に、篠ノ井が怒りながら巧の脇腹を抓った。
痛そうとか通り越して「イチャついてんじゃねぇよ」と言いたくなる。
相変わらずの夫婦漫才っぷりにイラッとしてしまうのも、きっとクリスマスパワーか何かのせいに違いない。
カップルに対する心の攻撃力上昇効果がハンパない。
恐るべしクリスマス。
ハゲろ。
「お前らいい加減付き合えっちまえよ、ウザいから」
「え!?」
「へぁっ!?」
驚いた巧と、どこかの3分で胸元の何かが光る巨大人を彷彿とさせるような声をあげた篠ノ井。
二人の反応に、まだまだ先の話になりそうだと考えてしまい、思わずため息が漏れる。
お互いに妙に顔を赤くして否定しているが、もはや俺にそんなお約束の反応を拾うだけの労力はなく、寮の入り口に目を向けた。
まったく、よりによって何でこの二人が最初に着くのやら。
そんな俺の苦心を救うかのように、入り口に一人の少女が姿を現し、思わず俺は立ち上がった。
「瑠衣! 待ってたぞ! 地獄から俺を助けてくれ!」
思わず叫んだ俺を見た瑠衣が、明らかに表情を強張らせた。
「ひ、久しぶりに会ったのにいきなり何言ってるですか?」
「久しぶりだから余計に耐えられん。いっそ殺意が沸いている。ベリー苦シメマスと叫びながら襲いかかりたくなった」
「物騒ですっ! 分からなくもないですけど……。なんだか久しぶりですね、この空気」
あはは、と笑いながらやって来た瑠衣が、巧と篠ノ井にも声をかけ、篠ノ井の隣にあった椅子に腰を下ろした。
「あとは雪那先輩と水琴先輩です?」
「あぁ。そうだ、瑠衣。ちょっと水琴呼んできてくれよ。多分部屋にいると思うんだけど、携帯の反応ねぇんだよ。アイツ寝てるぞ、多分」
「寝てるって、もう2時ですよ……?」
「昼夜逆転型には早朝だな」
恐らくアイツは夕方の6時ぐらいに起きているはずだ。
つい数日前、そんなことを言っていた。
ちなみに聖燐学園は12月20日の時点で冬休みが開始している。
授業時間が他校に比べて長く、遠方から来ている生徒のためにも早めに冬休みを開始しているのだが、その翌日には水琴が夕方に寝ぼけて食堂に降りてきた姿を俺は目撃している。
一日で昼夜逆転を作れるというのもなかなか器用だと思ったものだ。
仕方なく瑠衣が階段を昇り、水琴を呼びに向かっている間に入り口から今度は雪那がやってきた。
こちらを見るなり手を振ってみせる雪那に、俺も手招きして呼び寄せる。
お互いに軽い挨拶を交わして、雪那は俺を見た。
「なんだか久しぶりね」
「まだそんなに経ってねぇけどな。雪那の家に行った以来、か」
「そ、そうね」
あの櫻家訪問以来久しぶりに顔を合わせた気がして、つい気恥ずかしいようなむず痒い感覚だったが、どうやら雪那も同じようなものらしく、微妙な空気が一瞬だが流れていた。
「そ、そういえばまだ瑠衣ちゃん達は来てないの?」
「あ、いや。瑠衣は水琴を起こすという重要なミッションについてる」
「……重要なミッションって。水琴さん、やっぱり完全に昼夜逆転しちゃってるのね」
雪那もどうやらそれは想像がつくらしく、呆れた様子で嘆息してみせた。
アイツはある意味、我が道を歩み続けている。
水琴が協調性を持つのは、きっと巧が鈍感ぶりを薄くするぐらい有り得ない。
そんなことを思っていたら、水琴が瑠衣と談笑しながら階段を降りて来るのが見えてきた。
「おはよー」
「起きてたのか」
「悠木クンの着信のおかげでね! 早めに寝たから何とか起きれたよー」
「水琴さん、おはよう。何時に寝たの?」
「9時ぐらいかな」
「……そう」
夜の、とは誰も思わないだろう。
瑠衣は苦笑し、雪那は予想通りといった反応であり、巧と篠ノ井はいまいち理解していないのかきょとんとしていた。
それぞれに年末年始をどう過ごすかという話をしながら、約束の2時半になるまで会話にしゃれ込んでいる内に、華流院家のお迎えがやってきた。
「お待たせいたしました。わたくし、華流院家の家令を務めさせていただいております、呉羽と申します。招待券を確認させて頂きました方から、順にバスにご乗車くださいますよう、お願い申し上げます」
初老、燕尾服の執事。
あんな存在がまさか実在するとは。
いい歳してコスプレしてるのかと思ってしまってすまなかった。
バスは無駄に広く、なんだか遠足にでも出かける小学生時代を思い出すような気分で俺達は揺られていた。
席順は特に決まっていなかったが、俺と巧は並んで座ることになり、俺達の前には篠ノ井と雪那。後ろには水琴と瑠衣が並んで座った。
時折篠ノ井が巧に話を振ろうと椅子の上で膝立ちになって振り返ったりもしていたが、その度に雪那に怒られている姿が見えた。
篠ノ井は雪那の妹的ポジションを確立しつつあるんだろうか。
なんだかんだで数時間程揺られ、俺達は華流院家にやって来た。
「……大きいですね」
「……だな。つまり華流院クラスの身体にはこれだけの広さが必要だったのか」
「身体のせいみたいに言うのおかしいです!」
バスを降りて俺と瑠衣のくだらない会話が始まった。
華流院家はまさしく洋館といった感じの建物だ。
聖燐学園もそうした洋風――ゴシック建築やらを彷彿とさせる建物があったりもするが、華流院家もまたそれに近い洋館を彷彿とさせる建物であり、門を抜けて歩くと噴水が置かれていたり、庭園が広がったりと、無駄に豪奢さを披露している。
セバスチャンもとい呉羽さんに連れられて、俺達はそんな庭先を歩いて行く。
「凄いのね、華流院さんのお家って」
「雪那の実家は和風だったけど、こっちは完全に洋風だなぁ」
「ゆ、悠木先輩、雪那さんの家を知ってるんです?」
「あぁ。ほら、三神の一件でお礼がしたいって言われてお邪魔したんだよ」
あの櫻家よりも華流院家の方が心躍る気分なのは何故だろうか。
緊張と、あとはファンタジーテイストと言うか、そういう家を見れるからか。
「そういえば悠木クン、お正月には実家に帰るの?」
「んー、まぁ挨拶には行くつもりだけど、泊まるつもりはないな」
叔父の家に挨拶して、そのまま帰るつもりだ。
ゆっくりして良いとは言うだろうが、俺としてはあまり落ち着かない。
とは言え挨拶もしないで帰らないのはさすがに失礼だろうと思っているので、日帰りツアー的な気分である。
「そういえば悠木クンの家って遠いの?」
「まぁまぁかかるな。日和町からだと電車乗り継いで3時間ぐらいかね」
「そう。だったら日帰りでも大丈夫だとは思うけど……」
泊まっていけば良い、とは雪那も言わなかった。
ウチの家庭環境はある意味ひどく複雑で、そう簡単に言えなかったんだろう。
まぁ、電話かメールで済ませるっていう手もあるんだろうけども。
親父の顔を少し見に行くつもりではある。
「ゆ、悠木先輩が雪那先輩のご両親公認に……」
「おい、瑠衣。どうしたー?」
「なっ、なんでもないです!」
突然立ち止まって何かを呟く瑠衣を呼び、俺達は華流院家へと足を踏み入れた。
華流院園美。
彼女の実家は、あの大袈裟なお嬢様口調に相応しいぐらいのお嬢様家庭であった。
まさかこんな映画やマンガのような洋館に実際に住んでいるとは。
すでにすっかり空も暗くなり、時刻は5時半。
セバスチャンもとい呉羽さんの案内で男女は別々に案内され、女子陣営はここでドレスに着替えることになるのだとか。
ちなみに男子は着替えない。
まぁ、男が着飾ってもしょうがないよな。
「永野!」
「おぉ、外野クン。さすが恋人候補。現地乗りしていた訳か」
「ち、違うよ!」
待合室と称して案内されたのは、応接室とでも言うような部屋であった。
俺達2年生陣営は1年生陣営とは別口の扱いで案内されているのだが、なんだかVIP待遇のような気がして肩身が狭い。
生徒会室と同じような数百万はしそうなペルシャ絨毯もどきの上を歩いてやって来た外野クンを見て、俺と巧は苦い表情を浮かべた。
「……気合入ってるな、外野クン」
「ち、違うんだよ……。俺、別にそういう訳じゃなくて、その。やっぱりパーティーって言うんだから正装しないといけないって言われて……」
巧と俺と外野クンしか男子がいないのは解せぬが、ともあれその中でも外野クンだけはビシっと着飾っている。
上流階級は違うな。
俺なんてジーパンにパーカーにジャケットである。
巧も似たようなものだ。
「で、でも似合ってるんじゃないか?」
「あ、ありがとう、風宮クン。っていうか、永野はウチが用意したスーツがあったはずじゃ……」
「ははは、そういえばそうだな。まぁいいじゃないか、外野クン。主役はお前だ」
「主役は華流院さんでしょ……」
確かに。
外野クンも冬休み帰省組なので、なんとなく久しぶりに顔を見た気がする。
夏休みデビューに失敗した汚い金髪は、今ではすっかり黒く戻っているし、この方が外野クンには似合っているな。
金髪でスーツって、売れないホストみたいにしか見えないし。
俺達はしばらくくだらない話と宿題の進行状況を話しながら、女子陣営が着替え終わるのを待つことにしたのであった。
改めて呉羽さんに案内されて、俺達はクリスマスパーティーの会場となっているという広間へと足を踏み入れた。
広間の中央には長方形の長いテーブルが置かれ、円卓がそこかしこに点在する。部屋と呼んで良いものなのか分からない程に広く、およそ25名近い人数が入っていようと特に窮屈に感じられない程の広さである。
俺達が中に入って奥へと詰める形で立っていると、少し遅れて女性陣が入ってきた。
一年生のまだ垢抜けない感は残っているものの、ドレスにヘアメイクなどを施した女性陣は、先程のバスの中での見た目に比べるとかなり大人びて見えるものであった。
その後ろから雪那と瑠衣、それに水琴と篠ノ井が遅れてやってきた。
ゲストドレスとして用意されたのはワンピース型のドレスであったらしく、背中が少し広めに空いたドレスが多い。
胸元をそこまで強調しないようなものが多いらしく、それでも最近見れなくなった素肌率を考えると、思わず視線が向かってしまう。
雪那は落ち着いた黒のドレスを選んだらしく、黒く長い髪を後ろでアップにしてから垂らすような形になり、大人びて見えた。
篠ノ井は、ワインレッド系の少し落ち着いた色合いだ。
髪は元々肩に届くかぐらいの長さであるため、どうやらゆるふわ系に演出されたらしい。
ヤンデレが着ると惨劇が起こりそうな色合いだ。
瑠衣は薄いピンクがかったベージュのワンピースドレスで、胸の下に大きめのリボンがあしらわれている。
髪はいつものサイドテールではなく、珍しく全部下ろして大人らしくなっているようにすら見える。
水琴はバイオレット系の大人びたドレスで、珍しく眼鏡を外していた。
ついでに手には黒いレースの手袋をつけていて、この中では一番大人の女性らしいかもしれない。
いつもとの変貌ぶりに言葉を失う俺達と、逆にこうした服を着る機会がなく、どうにも恥ずかしそうに目を伏せる女性陣という、なんだか微妙な空気が流れる中。
「どうですか? 似合ってるです?」
瑠衣が先陣を切って評価を尋ねた。
「あ、あぁ。なんかいつもと雰囲気が違ってて、可愛いな」
「た、巧! 私は? どう?」
やはり鈍感系はこういうところで照れながら評価をして、空気をいつものラブコメに戻してくれるらしい。
さすがだ、巧。
そのスルー力を初めて褒めてやりたいと思ったよ。
「相変わらずね、風宮クンも」
「まぁ、変わりようがないよな。アイツに関しては」
「それで、私は?」
「お、おう。似合ってる」
隣にやって来た雪那が声をかけてくるものだから、思わず答えてしまった。
くすくすと上機嫌そうに笑ってみせる雪那の反応に、なんだかどうしようもなく恥ずかしくなる。
ふわりと漂ってきた香水の匂いが、やけに胸を締め付けるようだった。
「か、兼末さん、綺麗ですね」
「あっはっはー、ありがとー」
かたや向こうでは外野クンの勇気を振り絞った一言に、水琴がお世辞なんていらないと言わんばかりの挨拶を以って返した。
外野クン……どんまい。
そんな時だ。
突然室内の照明が映画館さながらに落とされていき、スポットを浴びる形で前方の入り口から、一人の女性が姿を現した。
「はわぁ~、綺麗です……」
瑠衣のなんだか間の抜けた声だったが、俺も思わず同意してしまった。
前方を歩いていた女性は巻き髪を揺らして、Aラインドレスに身を包んでいた。
慣れた様子で前方に歩いて行き、すっと中央に立ち、全員の視線を一身に集める。
その凛とした振る舞いと、お嬢様然とした姿に誰もが見惚れていた。
「皆様、本日は私――華流院園美の主催するクリスマスパーティーにようこそおいでくださいました。皆様には楽しんでいただけるよう、色々な催しを用意させていただいております」
それは、華流院園美と名乗る。
「おい雪那。影武者って似てるから影武者って言うはずなんだが」
「ちょ、ちょっと! あれは間違いなく華流院さんよ。目元のホクロとか一緒じゃない!」
「ハッハッハ、冗談キツいな、雪那。どう見ても影武者だろ。ツッコミ待ちなんじゃないか?」
「やめてっ! お願いだから変なこと言おうとしないでっ」
ヒソヒソとお互いに意見を交わしつつ、俺達は改めて彼女を見やる。
どう見ても、俺の知る華流院さんではなかった。
戦闘民族さながらのガタイはなく、女性らしい丸みこそあるが身体は引き締まり、顔のサイズは全体的に圧縮されたように小さくなっている。
その姿は保護者かペットの方であったはずの華流院さんではなく、間違いなく令嬢と呼ぶに相応しいお嬢様といったところであった。
「お嬢様は今年の夏頃からダイエットを始め、今ではすっかり以前のような丸みを取り去って見せました」
「うおっ!?」
隣に現れた呉羽さんが俺と雪那に説明してみせた。
一体どんな急激なダイエットをしたんだ、あれ。
「無理なんてとんでもございません。元よりお嬢様は何に対しても熱心なお方で、そんなお嬢様に一流のスタッフがつけばこそ、短い期間での変貌を遂げたのです。お嬢様が仰るにはまだまだとのことですが」
「心の声に答えないでもらえますか」
「執事ですので」
「いや、そんな万能な人間だったら執事やってないと思うんですけど」
俺と呉羽さんの会話の間にも、華流院さんの挨拶は続き、その間に広間の中央に置かれたテーブルに使用人と思しき人たちが次々に料理を運んでいく。
同時にスタッフの人が銀色のお盆――トレンチだったかにシャンパンもどきの葡萄ジュースだと言ってグラスを手渡してくれた。
「――――それでは皆様、メリークリスマス!」
《メリークリスマーース!》
華流院さんの挨拶が締め括られ、使用人の人たちが一斉にクラッカーを鳴らし、同時にクリスマスの定番曲が流れ始めた。
クリスマスパーティーが始まってからは、談笑しながら話し合ったり、ビンゴ大会が始まったりと色々と忙しかった。
巧が当てた保湿用のフェイスケア用品は篠ノ井に譲渡されたり、瑠衣が当てたブランドのハンカチセットは「失くすのが怖くて使えないです……」とプルプル肩を震わせたりと、なんだかんだで盛り上がりを見せていた。
その後は各自で持ってきたプレゼントを交換したりと、これもまた定番な流れが始まっていた。
「永野さん、お久しぶりですわ」
「お、華流院さん。影武者じゃないよな?」
「ちょ、ちょっと、悠木クン!」
声をかけられたので思った通りのことを口にしてみたら、雪那が慌てて制止してきた。
しかし華流院さんも最初はきょとんとしていたものの、くすくすと笑い始めた。
「櫻さん、気になさらないでくださいませ。この半年間で色々とやってきた甲斐があったというものですわ」
「そ、そう……。でも、綺麗になったわね、華流院さん。見違えたわ」
「ありがとうございます。櫻さんのようになるまではまだまだでしょうけど」
「わ、私なんてそんなに持ち上げなくていいわよ。それに、その……」
ちらりと雪那の視線が華流院さんの胸元に注がれた。
なるほど。
……なるほど。
「ねぇ悠木クン。なんだか今凄く失礼なこと考えなかったかしら」
「気のせいだ、うん。ちょっと暑いから涼んでこようかな、はははははは……」
じとっとした目を向けられて、思わず視線を泳がせ、俺はこの場から退避することにした。
明らかに雪那に見破られていた。
あれはしばらく近付かない方が良さそうだ。
広間の繋がった窓の外は、綺麗な庭が広がっていた。
ドレスで露出の多い女子と違って、中は少し暑すぎるのだ。
曇天の夜空の下で冷たい風が顔や身体の熱を奪っていくのが心地良い。
しばらく熱を冷まそうとぼうっと立っていたら、後方の窓が開かれた。
「悠木先輩?」
声をかけられて振り返ると、そこには瑠衣が立っていた。
肩口の開いたドレスでは寒いのではないだろうか。
「寒くないのか?」
「今は平気ですけど、5分保たないかもです」
「だろうな。あ、俺のジャケットならさっきのトコの椅子の上にあるぞ」
「そ、そこは上着を脱いで貸すとかじゃないですか……?」
「あぁ、それは無理だな。さすがに寒くなりそうだ」
「……せめて頑張ってくれてもいいと思うですよ……」
巧だったら上着を貸すぐらいはしたのだろうが、残念ながら俺にはそんな特殊技能はない。
「じゃあ冷えるまでに戻るか」
「が、頑張ろうともしないですか……。はぁ、悠木先輩はそういう人ですよね」
「失礼な。お前が寒くなる前に戻ろうという俺の優しさを踏みにじりやがって」
寒空の下でお互いに言い合い、そして小さく笑う。
なんだか読書部に入ってからというものの、瑠衣とこうしてフザけ合うのが日常的になりつつあって、気楽だったりもする。
瑠衣もなんだかんだ言いながらそれを嫌っていないらしく、こうして話しているとよくころころと笑うのだ。
「先輩」
「あ?」
「メリークリスマスです」
そう言って手渡してきたのは、小さくラッピングされた紙袋だった。
室内のライトでちょっと逆光になっていて表情はあまり見えないが、少しだけ赤くなっているようにも見える気がした。
「どうしたんだ、これ?」
「キーホルダーです。先輩そういうの嫌いかもって思ったですけど、私はこういうの好きですから。鞄とかにつけなくてもいいですけど、部屋のどこかにでも飾ってください」
「……そっか。サンキュー。俺は交換用にしか持って来てなかったけど……」
「いいんです。今年は色々お世話になりましたから、そのお礼です」
笑いながら、瑠衣はそれだけ言うと「寒いので戻ってますねっ」と勢い良く部屋の中へと戻って行った。
せっかくなので瑠衣にもらったキーホルダーの袋を開けると、そこに入っていたのは。
「……もこもこ?」
白くもこもことした人形のついた、小さなキーホルダーだった。
そういえば聖燐祭でもわたあめに執着していたなと思いつつ、瑠衣のわたあめ好きを再認識することになったのであった。
「雪が降ったりしたらはしゃぎそうだな、アイツ」
白くてもこもこしているもの、という理由だけで、瑠衣のイメージが俺の中で定着したのであった。
外野クン「ベリークルシメマス!」