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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 Epilogue それぞれにとっての一年
129/137

#004 悠木・雪那

 ――人生というヤツは、時に予想だにしていなかった事態ってものが降りかかってくるもんだ。


 それは例えば、巧という王道ラノベ主人公体質の恋愛沙汰に巻き込まれる日々であったり、三神とかいう狂人のストーカー的な行為だったり。

 或いはあの夏――7年前の沙耶姉が俺を裏切ったり、俺の両親の離婚であったり、だ。


「……悠木クン、緊張してるの?」


「ハハハ、おいおい、緊張なんてそんな――」


 ――――そして今、俺に降りかかった新たな問題は、自分が密かに気持ちを向けている相手の親と会うという言い知れぬ事態である。


「――してるに決まってるだろうが……!」


 現在、俺と雪那は日和町にあるとある日本家屋の塀の前を歩いている。

 歴史を感じさせる純和風の豪邸。

 そんな豪邸を前に緊張を隠せるはずもなく、ぶっちゃけた。


 苦笑してみせる雪那だが、俺の苦笑はきっと盛大に引き攣っている事だろう。


 かの化粧品メーカー社長。

 そんな天上人と地べたを這いずり回る程度の俺では、決してそのお眼鏡に敵うはずもなく、娘にひっついた悪い虫程度の扱いをされるに違いない。


 話が進展して家族はどんな仕事をしているのかと訊かれ、何とも言い難い家庭問題を暴露、或いは黙秘するという選択を俺は取る事になるのだ。

 そんな家の息子と社長令嬢たる雪那の関係が進展するとなれば、当然櫻家にとっては由々しき事態である。

 雪那がいない時に、そっと「娘とは是非とも健全なお付き合いでいてくれよ」とか釘を刺され――――


「まぁ、ないわな」


「……どうしたの、急に」


「いや、妄想が一種の昼ドラ的な展開を迎えてきたから区切っただけだ」


「そ、そう……?」


 首を傾げた雪那を前に、とりあえず俺は何事もなかったかのように振る舞った。




 ――――事の発端は、三神との騒動の後。




 雪那の両親はどうやら雪那と沙耶姉によって事の顛末を聞かされたらしく、結果として俺が雪那を守り、怪我を負った件についての謝罪と感謝と言うべきか、そうした挨拶がしたいという提案があった。


 病院に来るというのは、どうにも仕事の関係で難しかったらしく、ならばと時間を作って本邸――つまりはここに家族で集まるから、そこへ是非とも招待しようという話に至ったらしい。

 有難すぎて迷惑になるという、ありがた迷惑という言葉の本質を俺は感じている。


 あれから既に2ヶ月。今はもう12月で、冬休みシーズンに差し掛かろうとしていた。そんな折、仕事の関係も兼ねてこちらに戻るというので、俺は雪那に誘われて櫻家にやって来たのである。


 いくらさっきの妄想が行き過ぎているとは言っても、さすがに緊張しているのは事実である。

 俺は自分の服を見下ろした。


「な、なぁ、雪那さんや。俺、制服とか着てきた方が良かったんじゃないだろうか」


「別に正装する必要なんてないじゃない……」


「いや、ほら。なんかこう、住んでる世界が違う気しかしないと言うか」


「別に変わらないわよ。それに、お父さんとお母さんは何も〈SAKURA〉の代表として会う訳じゃないんだし、制服で来ても困るだけだと思うのだけれど」


「ま、まぁ、そうだよな……」


 今更になって、自分のジーパンにパーカーにジャケットというあまりにもシンプルな服装を呪う俺である。

 家を出る時は「これで良いか、別に正装する必要なんてねぇだろ。ハハハ」とか思っていた浅い考えだった自分を殴りたい。


 ドレスコードじゃないからって正装しなくて良い、なんて考えを優先するのはきっと間違いなのだ。


 ぐるりと敷地を囲む櫻家の敷地。

 雪那にとって、実家と呼べるのはこの場所なのだそうだ。

 篠ノ井家とのいざこざ――と言ってしまって良いものかは怪しいところだが――によって現住所こそ移してはいるものの、売りに出している訳でもなく、一応は管理人が二週間に一度程度のペースで窓を空けたりしているらしい。

 つまりは持ち家が残っている状態であって、雪那は学園の寮を使わずともこの家で暮らす事も可能だったそうだ。


 雪那曰く、「色々あったから、ここで一人でいるっていうのはちょっと、ね」だそうだ。


 そんな話をしている内に俺達は櫻家の正門がある道へと曲がってきた。


「あ。ゆき、悠木クン」


 正門の前に立っていた沙耶姉が、俺達を見つけるなり声をかけてきた。


「あ、お姉ちゃん。帰って来てたのね」


「うん、昨日の夜ね。悠木クンも久しぶり、かな?」


「病院以来だからなぁ。久しぶりって程でもない、かなぁ」


「ま、そうかもね。ほら、ゆきも悠木クンも、寒いんだから早く入って来な」


「あ、あぁ」


 沙耶姉に近づく形でくだらない話をしていると、半ば強引に沙耶姉に腕を引かれる形で、俺と雪那は櫻家の中へと足を踏み入れる事になるのであった。


 日本家屋に広い庭。

 池もあるらしく、鹿威しのコトンという音が妙に大きく感じる。

 俺が威嚇されている気がしてならない。


 こんな家を見るのは、基本的には映画やドラマの世界であって、思わずその光景を見て足を止めようとしたが、沙耶姉と雪那がさっさと歩いてしまう為にそれも出来ずに家の門戸へと辿り着き、横に扉を滑らせた。


「お父さんとお母さん呼んで来るから、ゆきは悠木クンを応接室に案内してね」


「うん、分かった」


「お、お邪魔します」


 ついに櫻家に入る俺であった。


 家の中は旧来の日本家屋らしい造りをしながらも、そこまで古めかしい雰囲気は感じられなかった。とは言え、日本家屋特有の庭に面した廊下を歩きながら応接室となる広間へと向かっていると、先程通った池が見えるという純和風な光景は俺にとっては物珍しく思える。


「どうしたの?」


「あぁ、いや。そこの池、やっぱ鯉とかいるのか?」


「いないわよ。ここを空けるって決めた時に、全部引き揚げちゃったみたい」


「……そっか」


 鯉に餌をやる和服の老人とかが似合いそうだとか思っていた俺の幻想は、現実的な不在の家の実情という現実によってあっさりと砕かれた。

 そりゃ餌を毎日あげられる訳じゃないし、自生させてるだけで放置しておけば良いってモンでもないのかもしれないけど。


「ここよ、入って」


 障子で仕切られた部屋の奥。

 そこはだいたい20畳程度もあろうかという長方形の和室だった。

 床は畳張りで、目の前には長方形の机が置かれている。


「そこに座ってて。私、飲み物持って来るから」


「お、おう……」


 指差された座椅子に目を向けて生返事をした俺であったが、対処が非常に難しい。


 座布団だけが置いてあったら必然的に正座せざるを得ない。

 むしろそれならば、正座して待っている事も出来ただろう。

 正座慣れしていない俺が長時間の話なんて耐えられそうにないが。


 だが、座椅子である。

 正座すれば良いのか、或いは崩していれば良いのか。

 正座で待っているべきなのか、少しぐらい崩していて良いものなのか。

 チキンハートの俺に難題が振りかかった。


 掛け軸や花瓶に花が添えられている具合を見る限り、ここが空き家となっているようにも見えない。わざわざこういうものを一時的な滞在の為に用意しているのだとすれば、それこそ面倒そうだ――なんて事を考えながら家の中を見回す。


 綺麗に掃除されているのだろう。

 畳のい草も日焼けしていないようだ。

 そう考えながら、俺は椅子に座らずに立ったまま部屋の中を見回していた。


「お待たせ――って、どうしたの?」


「あぁ、おかえり。いや、椅子に座れって言われても、こういう座椅子ってどう座るのが正解なのかと」


「……もう。考え過ぎだと思うわよ。胡座でも何でも、自由にしていて大丈夫よ」


「他人様の家に上がり込んで相手の親に会うという、完全なるアウェイ環境でのシビアさを甘く見るなよ……! ましてや異性の親だぞ。しかも俺は男子、お前は女子だ。この状況でリラックスしながら「あ、お邪魔してまーす」とか言える空気だと思ってんのか、お前は……!」


「い、言われてみればそうかもしれないけれど、何もそんな鬼気迫る感じで言わなくても……」


 若干引き攣った笑顔で雪那が俺を宥めるように答えた。

 くそ、この男子特有の緊張感は女子には分からないようだ。

 別に結婚を申し込む訳でもないのに緊張するんだぞ、男は。


 そんなどうでも良い事を考えながら正座待機で臨戦態勢へと入った時、ついに襖が開かれ、3人がやって来た。


「やぁ、永野クンだったね。今日はわざわざ来てもらってすまないね」


「いえ。お邪魔してます」


 キリッと表情を作って答えてみると、入ってきた親父さんの後ろで沙耶姉が口元を抑えつつも隠せてない感じで笑っていた。

 おのれ、沙耶姉。いつかこの辱めを仕返ししてやる。


 雪那の親父さんが俺と向かい合う位置に座り、おばさんがその隣で微笑みを湛えつつも座って俺を見ている。

 ポットで日本茶を入れてそれぞれの席の前に並べ終えると、そのまま沙耶姉は俺の隣の雪那の斜め前――四角いテーブルの横に座る形で腰を落ち着けた。


「――まず、お礼を言わせてくれないか。聞けば、どうやら娘を助ける為に傷を負ってしまったのだとか。助けてくれてありがとう」


「いえ、そんな……っていうか、顔を上げてください……!」


 頭を下げてくる雪那の両親に思わずテンパった俺。

 慌てて声をあげると、二人はゆっくりと顔をあげた。


「この子もなかなか口が達者というか、気が強いのでね。どうやらその加害者の子は雪那にずいぶんと固執していたらしく、それに対して雪那がガツンと言ってしまったみたいだ……。まったく。もう少し大人しい対処をしてくれれば騒動が大きくならずに済んだ気もするんだが……」


「それは無理よ、お父さん。ゆきはウチの中で一番頑固だもん」


「ちょっと、お姉ちゃん。何でそんな話になるのよ」


「何でって、そもそも聖燐学園に通うって言い始めた時から頑として意見を曲げようとしなかったんだから。今更でしょう?」


「そ、それはそうだけど……。でも、良いじゃない。もうゆず――篠ノ井さんとは昔の事も清算出来たんだし、それに……」


 ちらりと俺を見たのか、俺も思わず雪那の方を見やる。


「まぁね。お父さんとお母さんにも、ほら。この前話したでしょ? この悠木クンが、あの夏――7年前によく川で遊んでた子だって」


 沙耶姉が重い空気を払拭するかのように俺を紹介し始めた。


 それからは、当時の雪那をからかうような沙耶姉の会話と、そんな自分の幼い頃を暴露されて顔を赤くした雪那がそれをなんとか止めようとするという、何とも平和な時間が流れていた。


 雪那の親父さんとお袋さんは、ナイスミドルと淑女といった雰囲気でそれを聞いては微笑んでみせる。


 篠ノ井の家との間にあった一件は、俺達――つまりは読書部の面々にとってもちょっとした問題になった。そのせいか、俺としては何だか不思議な感覚だった。話で聞いていただけに、当時者を知らなくても知らない相手ではないというか、ともあれ当初の緊張は意外にもあっさりと解けていくようだった。




 やがてお茶菓子を用意すると買い物に行かされた沙耶姉。

 飲み物を新しくすると台所に向かったお袋さんを追いかけるように、雪那もそれを手伝うように命じられて席を外し、俺と親父さんの二人だけが部屋に残された。


「やれやれ。まったく、おかしな気を遣われたものだ」


 二人になった途端に静まった部屋の中で、雪那の親父さんが口を開いた。


「おかしな気、ですか?」


「ちょっとした生々しい話をするには、雪那もいない方が良いと思ったんだろう。ビジネスを一緒にやっているせいか、そういう気遣いをするのが家内の癖でね」


 生々しい話、と聞かされて俺の思考がその内容に行き当たる前に、親父さんが続けた。


「これは、今回の一件についてのほんの気持ちだよ。受け取ってくれるかな?」


「……これは……」


 親父さんが机の上にそっと置いたのは、茶封筒。

 長方形の何かが入っている。


「お金、ですか……?」


「まぁ平たく言ってしまえばそうだね。感謝の気持ちとして、だ。治療費などもかかっているだろうし、それに色々と物入りになるだろうからね」


 茶色い紙幣だろう。

 ちょっとした厚さが感じられる。結構な額が詰められていそうだ。


 これで薄い灰色と水色の紙幣だけでこの厚さを作っていたら笑えるが、そんな冗談が浮かんでくるはずもなく、俺はただ頭を横に振った。


「それは……受け取れません。お金については既に学園側とも話がついてますし、三神――加害者の家族から治療費なども渡してもらってます。この件で、俺が櫻さんから受け取る義理はありません」


「確かに、学園側から一連の騒動については聞かされているし、その事は承知しているつもりだ。でもね、私としてはただ感謝の言葉を告げるだけでは収まらない。大事な娘が、下手をすれば傷付けられかねない状況だったのだからね」


「それはそうでしょうけど……、でも、やっぱり受け取れないです」


 目の前に包まれたお金。

 こんなものを見る事なんて今までに数えた程しかなかった、結構な金額だ。


 確かに受け取ってしまった方が、親父さんにとっても気分が良いのは解っている。

 お金が余っているという訳ではないだろうが、それでも何かしら感謝の形になるものを渡しておきたいというのは、自分なりのケジメだったりもするだろう。

 これまで話してみた印象だと、お金で解決する絵に描いたような成金といった節は見られないし、真っ直ぐこちらを見てくるその目は真剣そのものだった。


「これは、さっきも言った通り私達からの感謝の表れだ。ここは何も言わずに受け取ってもらいたい」


 やはり、とでも言うべきか。

 雪那の親父さんは、自分なりのケジメとしてこれを俺に手渡しておきたいらしい。

 俺が受け取り易いように、改めてそんな言葉を口にする。


「……すみません。そこまで言わせてしまって……。――でも、それでも俺には受け取れません」


「どうして、と聞いても良いかな?」


 両者譲らず。

 それでも譲歩を先に見せてくれたのは、親父さんだった。


「……例えば、です。俺がそれを受け取ってしまったら、まるでその為に雪那――さんを助けたような、そんな風に思えてしまうからです。自分で、ですけど」


「それは違うよ。これはさっきも言った通り――」


「――それは分かるんです。きっと、お金でお礼をするというのはある意味では正しい。俺がこうした事態に慣れてさえいれば、割り切れさえすればそれで良いかもしれないんですけど、でも大事な友達を守ったお礼にお金をもらうって、何か違うっていうか……」


 言葉にしようとしても、何とも無様だった。


 お金でお礼を示すというのは、多分正しい。

 世間一般、法的な処置で慰謝料であったり、他にも謝礼金という言葉があるように、ある意味ではそれが常識化しているのは自分でも理解している。

 それに親父さんは、なにも俺に金を払って何かを要求する訳でもないのだ。それも理解はしている。


 これは、結局は俺の勝手な自己満足、詭弁、正当化の成れの果てだ。

 お金の為に雪那を助けたように感じるのが嫌で。

 それに俺自身、なんだか後ろ暗い事をしているかのような錯覚に陥るという、ただの自分勝手な被害妄想だ。


「……俺、もっと色々なものを貰ってる気しますから。あの騒動の時だって、皆が俺の為に動いてくれて、そういうのもあったから嬉しかった。雪那さんも俺が怪我して、飯を作ってくれたりとかしてくれましたし、もうこれ以上は、いらないんです」


 無様な説明を、辿々しくも口にする。

 本当はもっと言いたい事はあるし、軽口ならいくらでも言葉に出来るのに、ここぞという時に俺の口は役に立たないらしい。


 しばしの沈黙。

 親父さんはその間、目を閉じて何かを考え込むような素振りを見せて、やがてふっと笑った。


「……成る程。どうやら沙耶が言った通りの正義漢のようだね」


「……へ?」


「沙耶にはこのお金の事は言ってあるんだ。その時、あの子は「きっと悠木クンは、そういうのを受け取らないと思うよ」と言っていた。その理由を尋ねてみたら、「正義の味方を地で行くタイプだから」と笑っていたよ」


「いやいや、俺なんてせいぜいが端役ですよ。正義のヒーローの隣でだらけるような、そんなタイプですし。そんな主役なんて柄じゃないですって」


「いいや、間違いなくキミは主役を張れるタイプだよ。――少なくとも、雪那にとってはね」


 言葉の意味を呑み込もうとする俺を他所に、親父さんが視線を襖へと向けた。


「盗み聞きしてないで入って来なさい、3人とも」


 僅かな間があって、襖が横に滑らされ、櫻家の女性陣3人が姿を現した。


「……えっと、どういう状況でしょう?」


 唖然とした俺に、沙耶姉は楽しげに説明してくれた。


 曰く、親父さんは本当に謝礼を渡すつもりでいたそうだ。当然、俺を試す為にあんな物を用意した訳ではなく、ただどんな反応をするのか見るべく沙耶姉はお袋さんと雪那を巻き込んで盗み聞きに走ったのである。

 雪那は部屋を出た後で、出かけたはずの沙耶姉に捕まり、事情を聞かされた上でそのまま俺と親父さんのやり取りを見るという選択肢を選んだらしい。


 便乗してお袋さんもそれをしていたというのだから、櫻家の女性陣は仲が良さそうで何よりだ。

 ちなみに、どうやら親父さんは聞き慣れた足音に気付いていたようで、廊下から覗いていると途中で気付いていたそうだ。


 どんな答え方で断るのか見てみたかった、とは沙耶姉の言である。

 断るの前提で見ていたらしい。


「いやぁ、やっぱり悠木クンは断ると思ったよ」


「……なんかそう言われると受け取れば良かったって思う――って、封筒改めて出さなくて良いですから!」


 櫻家はなかなかノリが良いご家族のようだ。

  






 ◆






「……はぁ。なんか疲れた」


 帰り道を歩きながら独りごちる。


 あれからしばらくは談笑していたが、家族の団欒にあまり長居しては良くないだろうと考え、俺はお暇させて頂いた。

 雪那は実家に泊まると聞いていたので、学園の寮に向かって一人で歩いていた。


「悠木クン!」


「ん。あれ、雪那」


 突然名前を呼ばれて振り返ると、雪那が小走りで駆け寄ってきた。


「私も寮に帰る事にしたの」


「へ? せっかくの家族団欒だってのに?」


「うん。どうせ年末年始は帰るつもりだもの」


 あっさりと言い放った雪那は、俺の横を歩き出した。

 それに釣られて、俺も雪那の隣に遅れないように歩き出した。


 冬の街らしい、何とも色合いに欠けた曇天。

 ずっと気を張っていたせいか、何だか今は軽口を叩く元気すら根こそぎ持っていかれたような気分である。


 気まずい沈黙とは違う沈黙の中で、俺と雪那のまばらな足音が鳴り響いていた。


「ねぇ、悠木クン」


「ん?」


「手、出して」


 ポケットに突っ込んでいた手を出すと、その手を――雪那が白くきめの細かい手で包むようにそっと握った。


「へ……っ!? え、おい、何を」


「寒いから」


 あまりにテンパった俺に、雪那がそっぽを向いて理由を告げる。


 成る程、確かに寒い。

 が、それで手を繋ぐという選択肢が出て来るのかと言われれば、当然ノーであると冷静な思考がツッコミを叫んでいた。


 それを口にしたら手を放されてしまう気もする。

 ここは納得したフリをして、そのまましらばっくれていよう。

 疲れた心が一瞬にしていつものペースに戻った気がする。


 そんなくだらない事を実感しつつも、顔が妙に熱くなってきたその瞬間。

 雪那が足を止めて俺を見た。


「ねぇ、悠木クン。私、この冬休みから本気出すから」


 ………………。


「えっと、それはあれだ。フラグにしか聴こえないぞ。明日から、来月から働くとか言い始めるニートと同じような――」


「――本気だよ、私は」


 からかうような俺の口ぶりを前に、雪那は俺の目を見て告げる。


 何に本気を出すつもりなのかと問いかけようとした俺を他所に、雪那は再びくるりと背中を向けて、手を引いた。


「お、おい。どこに行くつもりだ?」


「あの夏を過ごした川。冬の川って、見た事ないから行ってみたいの」


「まぁ、俺も見た事はねぇけど……。手、このままで行くのか?」


「えぇ、このまま。寒いもの」


 相変わらず、雪那の理由付けは酷く無理があった。

 それでも、俺はこの温もりを手放してしまうのは嫌で、前を歩く雪那を見ながら、「まぁ、確かに寒いわな」とだけ答えて握り返した。






 この冬休みから本気出す、なんて。

 まるで脱ニート宣言のような言葉を口にした雪那が何を決意しているのか、俺には分からないけど。






「…………俺も、そろそろ本気出すかね」






 そんな雪那に同調するかのように、呟く。





 この一年を振り返る。

 フラグブレイカー巧のせいで俺の日常が奪われ、なんとかそれを脱して女子とお近づきになりたいとか願っていた春から、季節は巡って。




 俺はこうして冬の日和町を、自分が好きな人の手に引かれて歩いている。






「なぁ、雪那」






 前を歩く雪那の手をぐっと引いて足を止めると、雪那ががくんと引っ張られて振り返った。

 どうやら雪那も手を握るのは恥ずかしかったのか、それとも寒いせいか。

 耳まで赤くして、雪那が俺を見た。







 ―――――あの夏。

 酷く不器用なやり方でバラバラになってしまった俺達は、今になってようやく過去を抜けて、未来に向かって進み始めているのかもしれない。






 でも、俺と雪那だけは――――





「来年こそ、日和祭行こう。二人で、さ」






 ――――あの夏を俺達はまだ終われずにいるんだろう。






「えぇ、もちろん」





 あまりにも気の早い誘い文句を前に、雪那は――満面の笑みを浮かべて頷いた。











 


 


 Season.1 FIN

※ご挨拶※


連載開始からちょうど一年とちょっと。

【あの夏を僕らはまだ終われずにいる】ですが、このお話をもって第一シーズン終了となります。


とは言え、一度完結扱いとさせてもらいますが確実に再稼働する予定です。

色々とまだまだ彼らの恋愛道中は問題だらけですしね。笑


詳しいご挨拶や、今後の予定などには今夜中に活動報告をアップする予定となっております。第2シーズンの始動についてや、時期モノの小話を入れる予定であったりもそちらに書く予定となってます。


評価・感想、お気に入り登録や感想に誤字指摘。

改めてお礼申し上げます、本当に有難うございます!

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