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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 Epilogue それぞれにとっての一年
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#002 巧・ゆず

「はぁー」


 学園へと向かうその道中。首元を覆ったマフラーから口を覗かせて息を吐き出すと、真っ白な息が視界に広がる。


 春はともかく、秋という季節はどうにも不安定で、寒くなったり暑くなったりが続いたと思えば、気が付けば冬が到来している。うだるような暑さも気が付けば遠い出来事のように思えるのだが、夏の盛り――夏休みを終えてまだ4ヶ月も経っていない。


「もうすぐ今年も終わりかぁ」


 何となしに呟いてみる巧。

 特に感傷に浸るつもりはなかったが、この一年はあまりにも多くの出来事が詰まっていた。


「うん。そうだね」


 独りごちる巧に同意を示したのは、並んで歩いている幼馴染――ゆずだ。

 そんなゆずをじっと見て足を止めた巧に、ゆずもまた釣られるように足を止めて小首を傾げた。


「どうしたの?」


「ゆず、変わったよな」


「あはは、何それ。――でも、うん。変わったと思う」


 笑いながらも、ゆずはその言葉を肯定してみせた。

 今年一年の激動ぶりを振り返っていたのは、どうやらゆずも一緒だったようだ。


 巧とゆずの関係は、一言では決して言い表せるものではなかった。

 ただ付き合いのある幼馴染というカテゴリを越えて育まれてきた二人の関係性は、あまりにも近くて、それでいて平行線を辿っていた。


 それを変えるべきかもしれないと巧は考え、一時はゆずとの距離の取り方に悩み、結果として彼にとっての親友である悠木に殴られた事もある。


 一方でゆずは、かつて起こった悲しい現実と向き合う形を取る事になった。

 ゆずの不安定な心を培ってきた原因とも言える、親しい父の突然の自殺という重い現実。

 ましてそれが、雪那の父との間で起こったのだ。

 現実を知ってなおも雪那と向き合い、今ではそれなりに仲良くなれた理由と言えば、偏に悠木が介入してくれたおかげだろう。


 この一年間、悠木によって齎された変化というものは、二人の中身を成長させた。

 とは言え、悠木にとってみれば「成長してるのか、あいつら」という印象ですらあるが、少なくとも二人は一年前の自分とは大きく異なっていると言えた。


 不安定な記憶は心の在り方をもぐらつかせ、極度の――過剰なまでの依存心を巧に対して抱いていた。

 巧という兄であり弟のような半身とも呼ぶべき存在が離れてしまう事に対する不安と、大事な父親がある日突然死んでしまったという、蓋をしてきた過去が重なり、悠木に対して見せた巧への執着心。

 悠木は当初こそゆずのそれに恐怖していたが、その原因を知って一度は突き放すような言い分を並べてこそいたが、やはりそのままにしておくなど出来なかったのだろう。

 最終的には「俺達の問題だ」と言うなり、ゆずと雪那の二人の間を取り持ってみせた。


 そうしてある程度の安寧を得たゆずであったが、長年の癖というものは抜けきらず、それが原因で瑠衣の件で悠木に正面から否定され、自分を見つめ直す機会を得た。


 あれ以来特に再発する事態は免れているが、それでも時折心の闇がじわりと広がるように不安に駆られるが、それでも自分を律してみせている辺り、彼女なりの十分な進歩であると言えるだろう。


「……悠木クンって、すごいよね」


「……だな」


 お互いに、少なからぬ借りを作った相手だ。

 どうやら同じ人物を思い描いていたようで、ただゆずが放った漠然とした一言にも巧は肯定をしてみせると、互いにそれだけで何をどう感じていたのか通じたようで、顔を合わせて笑った。






 ◆ ◆ ◆





 生徒会臨時役員の仕事も終えて、大きなテストも終わった。

 学生である俺達にとっては数ヶ月に一度の大局とも言うべきテストが終わり、学園内はもう残すところ数日で冬休みを迎える事もあり、ゆったりとした空気が流れていた。


「おはよー、悠木クン」


「おーす」


「ふわー……はよっす」


 教室に入って来るなり声をかけてきた篠ノ井と巧の二人に振り返り、欠伸しながら俺も答える。


「ずいぶん眠そうだな」


 鞄を置いた巧が声をかけてきたので、窓際に背を預けるように横を向くと、早速篠ノ井も鞄を置いて巧の近くへとやって来た。俺達にとってのいつもの光景――って言っても、篠ノ井は最近他の女子と話す機会もやたらと増えたようで、半年ばかり前に比べれば頻度も減っているが。


「テストで取りこぼしたトコとか、復習しようと思ってな。とりあえず大きなミスはなかったんだけど、ケアレスミスが幾つかあったから、あやふやなトコは大体やっておこうかと思って」


「あ、そういえば悠木クン今回のテスト、3位だったね」


「……まぁ、上位二人とは20点近く差があったけどな……」


 昨日貼り出されたテストの成績。

 1位は相変わらずの不動っぷりを見せる雪那だが、総合3点差で2位にレイカの名前があった。

 雪那は相変わらずとしか言いようがないが、あの多忙極める生徒会に駆り出されておきながら、それだけの成績を収めるレイカも相当なものだ。


「せっかくテスト終わったってのに、よくやるなぁ」


「……いや、お前らはやった方が良いぞ、この冬は本気で。手遅れになりかねない」


「っ!? や、やるよ、うん」


「そ、そうだね。巧、やろう!」


「……お前らが集まって勉強する図は想像つかないけどな」


「そんな事ないよっ!? ちゃんとこの学校の受験の時は頑張ったんだからっ」


「受験以来だけどな、二人でちゃんと勉強しようなんて」


「……そ、それはそうだけどー! もうっ、こういう時は余計なこと言わないでよー!」


 まさかの味方である巧から現実を告げられ、篠ノ井がむっと頬を膨らませて巧を見やる。

 何これ、いちゃついてんの、こいつら。朝っぱらから何なの、こいつら。


 にしても、大きなテストが終わったばかりで巧と篠ノ井が復習なんてしているとは思っていなかったが、やはり予想通りやっていないんだろう。

 相変わらず、こいつらは何も変わっちゃいないな。


「お前ら、ホント変わらないよな……」


 思わず独りごちる俺に、二人が一瞬呆けた顔をして――次の瞬間に噴き出し、笑い出した。

 何だこいつら、瑠衣以上にすぐに笑っちゃう年齢か、これ。


 若干引き気味にその光景を見つめていた俺に、ようやく二人が落ち着いて口を開いた。


「いやぁ、ごめんごめん。今朝ちょうど、そういう話しながら来たもんだから、つい笑っちまってさ」


「そういう話?」


「うんうん。悠木クンの知らないところで、私達はちゃんと変わってるんだよー」


「え、何その見えない変化」


「見えてないの!?」


 見えない変化とは言ったものの、確かにこの二人は多少変わった気がする。

 特に大きな変化を見せたのは、多分篠ノ井だろう。


 依存するように巧という存在に固執していた篠ノ井は、もうここにはいない。

 以前は見張るような、力ずくでも隣にいようとするような態度であった篠ノ井だが、ちょっとそういう節は見れなくなっている。

 それに俺も病みモードの被害を受ける機会はめっきり減っている。


 巧に関しては、相変わらずの鈍感系としか言えない。

 瑠衣とも何だかんだで以前のように笑って話しているけれど、それはそれで良いのか、俺には分からなかったりもする。確かに気まずさはなくなったけれど、それは裏を返せば瑠衣の告白が忘れられてしまっているような、そんな風に見えるのだ。


 あの日和祭で見せた瑠衣の涙も、全部がなくなってしまったみたいに。

 とは言っても、それは俺が口を挟む問題じゃないし、何とも言えないが。


 瑠衣は瑠衣で楽しそうにしているし、アイツがそれで良いって言うなら良いんだろうけど。






「――悠木クンのおかげだと思うよ」




「は?」




 不意に告げられた言葉に、思わず声が漏れる。

 ふと見れば、篠ノ井も巧もこちらを見ていた。



「色々あったけど、その中心には何だかんだで悠木クンがいたから、色々落ち着いたんだと思う。ゆっきーとの事もそうだし、私自身の事も、そうだったし」


「悠木がいなかったら、俺達は多分変わってなかったんじゃないかな。むしろ、間違えてみたりしたし、最悪そのままだったかもしれない。悠木には感謝してんだよ」


「…………お前ら――」











「――何を企んでやがる、吐け」


「っ!?」


「何をいきなり感謝してます的な流れにしてんだ、お前ら。その向こうには何を企んでやがる。言っておくが、俺はお前らが感謝を噛み締めているなんて到底思っていないぞ」


「ひどっ!? い、言っておくけど何も裏なんてないよっ!?」


「嘘吐くんじゃねぇよ、篠ノ井。さぁ、何を企んで俺を巻き込もうとしてやがる。キリキリ吐け。吐いて楽になっちまえ」


「たーくーみー! 悠木クンが信じてくれないっ!」


「いや、悠木。今回ばっかりはホントに裏なんて……――」


「――おいおい、何を言ってやがる。いや、お前らが裏もないのにこんな事を言うなんて……。死亡フラグ、か?」


「死なねぇよっ!? 死地に向かうみたいに言うなよなっ! ホントに普通に感謝してるんだって!」


「ハハハ、冗談キツいぞ、巧。人を巻き込んで騒動を起こすのがお前の存在意義みたいなものだろう。次は何だ? 怒らないから言ってみろ」


「俺の存在意義が迷惑過ぎる! そんなんじゃねぇっての!」




 ギャーギャーと騒ぎ立てる俺達3人の言い合いは、クラスの全員から生温かい視線で見られていただろう。

 結局、俺達のくだらない言い合いはチャイムが鳴って教室に先生が来るまで続いた。


 まったく。

 いきなり感謝されるなんて、冗談がキツい。


 こいつらにそんな事を言われて、なんだかむず痒くなって茶化してみたなんて、悟られてたまるか。

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