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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 三章 瑠衣の変化
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#010 臨時役員終了

「――結局、一番の問題は教師であるアナタ達が勝手に騒いでる事じゃないですか? それを男子生徒のせいにされるなんて、いい迷惑です」


 三和による画策も虚しく、悠木の一言によって予想外の方向に転んだ、『伝統ある会議』。その場にいた教師陣は沈黙を続けていた。


 呆れた様子で嘆息してみせた悠木が、そのまま退室しようと歩き出す。


 手を伸ばそうかと逡巡したレイカであったが、予想もしていなかった言動に呆気に取られてしまっていたためか反応が遅れ、すでに廊下へと出て行った悠木が後ろ手に扉を閉める瞬間を見送るだけの形となってしまった。


 残された教師陣の表情は一様に苦い。

 柳田、立川といった二大派閥の筆頭は表情を歪め、苦々しく顔を歪めつつも、口を開こうとはしない。

 悠木の言葉は、的を射ている当たり前の指摘でしかなかったが、それを面と向かって生徒に言われてしまっては立つ瀬がなかったのだ。


 それら教師陣の苦い反応を目の当たりにしたレイカは、今後の悠木の立場が一体どういった状況に追いやられるのか、そればかりを考えていた。


 確かに悠木の言った内容は正しく、生徒を巻き込んで大人達が騒動を起こすなど言語道断だと考えていた。胸の内にあった不満を悠木が代弁する形で告げてくれたおかげで、多少なりともスッキリとしたのは事実だった。


 だが同時に、このあまりにも無鉄砲な爆弾めいた発言が、今後の彼にどう矛先が向かってしまうのか。


 ――何とかフォローするべき。

 自分の中でそう叫ぶが、その答えがレイカには見つからなかった。


 奇しくも悠木の行動が正しく、教師陣が間違っているという点についてレイカは共感しているのだ。

 表向きにそれを否定するような言葉で悠木への風当たりを弱めようにも、うまく思考がまとまらない事に加え、彼の言葉の落ち度を挙げられるはずもなかった。


「……さぞ、ここにいる皆さんにとっては耳の痛い言葉でしたねぇ」


 レイカが思考を巡らせていた、その最中。

 隣の席から、重苦しかった空気を押し流すように、三和の声が響く。


「もうお気付きなんじゃありませんか、皆さん。彼は私がこの場に招集した生徒ですよ」


「それは、どういう意味で……」


「そのままの意味です。彼に来てもらったのは、私の判断。そして彼があんな風に皆さんに苦言を呈するように仕向けたのも、です」


 自分が謀の首謀者であると自白するような三和の言葉に、柳田と立川、それに連なる教師陣は大して驚いた様子も見せずに三和へと視線を向けていた。


「彼が言った、「教師であるにも関わらず、生徒を巻き込むな」という言葉。それは、普段のアナタ方の言い合いと態度。それに私に対して向けた、生徒としての本音でしょう。彼じゃなくても、きっとどんな生徒であったとしても、この場を見ていたら告げる事はしなくとも誰もが思った事でしょう」


「わざわざ、それを私達に周知させる為に彼をこの場に呼んだ、と?」


「その通りですよ、立川先生。見るに堪えない牽制を続けるアナタ達に釘を刺してもらうという、大きな目的の内の一つを彼には担ってもらいました。本来なら、彼にはアナタ達を諌めて私が場を纏めて話を終わらせる、というシナリオでしたけど」


「飼い犬に手を噛まれた、という訳ですか」


「えぇ、その通りみたいですね」


 半ば調子を取り戻したかのように、嘲笑する柳田。しかし、そんな彼女に対する三和の反応は、さして気に留めてもいないかのようであった。

 逆上するかと思われた三和の反応が、まさかの肯定という肩透かしを受けた柳田であった。


「生徒を巻き込んで謀ですか」


「私から言っても効き目がありませんでしたから。彼にこの役をお願いしたのは正解だったと思っていますよ。少なくとも、多少は自分達が生徒にどう思われているのか、理解出来たのではありませんか?」


 三和の口調は終始穏やかなものであった。

 柳田の皮肉にも、立川の侮蔑するような言葉に対しても、その調子は決して変わる事はなかった。


 突発的な悠木の暴走は、ある意味では功を奏した。

 三和の狙い通りに全てが運ばず、三和までもが痛い想いをしたのかと思えば、僅かに溜飲を下げる事も出来るというものだ。

 柳田も立川も、フンと鼻を鳴らしてみせるだけで先程のような罵倒などは出てこなかった。


 それ以上に、三和の言う通り、生徒に気付かれていた自分達の落ち度。

 会議と称されたこの場で、いつも通りに行われる牽制し合う二つの派閥の言い合いに対して、これまで悠木のように正面から「くだらない」と一蹴した者はいなかった。


 誰もがそう思いながらも、口には出来なかったのだ。

 今後の事を考えてしまえば、正面から反対するような真似をすれば自分が矢面に立たされる。

 誰だってそんな役は御免被りたいというのが本音である。


 だが、レイカにとってみれば、柳田や立川、三和もすっかり熱が冷めてしまったかのような静けさだ。


 ――顔には出さずとも、腹に一物を据えているのか。

 そんな想像が頭の中には渦巻いていたが、その想像を否定も肯定もする事もなく、その後会議はいつになく静かなまま、終わりを迎える事になったのであった。






◆ ◆ ◆






 ――正直、やっちまった。

 それが俺の、落ち着いてから一番最初に脳裏に浮かんだ言葉である。


 部室に行こうにも、皆に何を言おうかと考えると億劫になってしまうがために、とりあえず頭を冷やせるような場所を探している内に、結局自動販売機のある一角に座り込み、深いため息を吐いていた。


 三和先生まで敵に回すような発言をしてしまったのだ。

 これから先、教師全員が敵に回る可能性があると考えると、気持ちだって重くなる。


 それでも、あのまま三和先生の台本通りに事を進めていたら、それはそれで俺はきっと後悔していたんだろう。

 レイカのあの表情と態度に気付いてしまったのだ、それを見てみぬフリを通すなんて器用な真似は、俺には出来なかった。


「こんなトコにいたのね、ユーキ」


 項垂れる俺にかけられた声は、ここ最近では聞き慣れた声だった。


 振り向いた俺にそれ以上を言わず、自動販売機で紅茶か何かを買って俺の隣に座り、それでも少しの間、レイカは何も喋ろうとはしなかった。


「……三和先生から伝言を預かってきたわ」


「恨み事しか言われる気がしないから、是非ともその言葉は墓まで持って行ってくれないだろうか」


「残念ね、それは無理よ。

 ――「期待以上の仕事をしてくれてありがとう。その代わり、台本から外れたんだからアナタの報酬はなしね」だって」


「……は?」


 予想だにしていなかった三和先生からの伝言に、俺は思わずレイカを見やる。


「結局、三和先生が暴露したのよ。ユーキが言ったのは素直な感想でもあって、同時に自分が言わせた事だって。だから、ユーキには落ち度はないって」


「いや、そりゃおかしいだろ。暴露したら、これから先が厄介になるって言ってたし」


「どういうつもりかは分からないわ。もしかしたらだけど、私達が卒業すると同時に学園を去るとか、そういう考えなのかもしれないわね」


「……おいおい、やめてくれよ……。俺のせいで人の職場を追いやった罪悪感に苛まれかねない」


「自業自得とも言えるんじゃないかしら。生徒を巻き込んでまで、自分は綺麗でいようとしたんだし」


「……自業自得、か。本当に黙り続けて俺だけのせいにしてたら、そうも言えたのかもしれねぇけどな。――あのおばさん、もしかして最初から自分が首謀者だって暴露する気だったんじゃねぇかな」


「え?」


「何か目的があって、あの状況に俺を巻き込んだ。俺は少なくとも、それが教師間の問題と三和先生とお前の立場に原因があるって聞かされて、納得はしていたんだけどな。けど、もしかしたら、それ以外にも何か目的があったんじゃねぇかなって思ってさ」


 わざわざ自分から、自分が首謀者ですと名乗り出た理由があるとするなら。

 最初から、あのおばさんは俺を矢面に立たせるばかりじゃなく、何か別の目的があったとしたら、だ。

 俺達の知らないところで、何か目的を達していたのなら。


 あの人が俺を利用するだけ利用する。

 それは少しばかり、あの三和先生らしからぬ行動であるとも言えた。

 去年の夏前に起きた告白騒動の時、あの人だけは他の教師とは違ったのだ。


 だから、ただ俺を矢面に立たせるだけで終わらせるような、そんな不始末で全てを終わらせる気なんて、最初からなかったんじゃないだろうか。

  もしも本当に三和先生が全てを俺の責任に被せるつもりなら、あの暴走を俺の勝手な判断だと言い切る事も出来たはずだ。


 あの状況だ。

 突然教師としての責務に目覚めた、なんて事は有り得ない。


 元々俺を犠牲にして切り捨てるだけなら、むしろあの俺の発言と行動は、むしろ好都合なはずだった。


「ど、どういうこと?」


「俺にも何考えてんのかなんて解らねぇよ。ただ言えるのは――結局、全てがあのおばさんの手のひらの上だった、って可能性の話だ」


 仏の三和。

 そんな渾名が、皮肉を伴って脳裏に浮かぶ。

 さしずめ俺達は、西遊記の孫悟空といったところだろうか。






 ◆ ◆ ◆






「――――えぇ。残念ながら、その結果は彼女ではなく、彼によって齎される事になってしまいましたが」


 夕陽に染まった、誰もいない会議室。

 ただ一人、三和はその場に残って携帯電話を片手に、どこか満足そうな表情を浮かべてそう告げた。


《……永野悠木クン、だったか。『聖燐学園の騎士』と持て囃される異名は伊達ではない、か》


 電話越しに聴こえてくる男性の声の調子は、三和の予想に反して楽しげなものであった。


「あら、てっきりご機嫌を損ねるのではないかと思っていましたけれど」


《不測の事態、とまでは言わないさ。その名前は何度か聞いた事もあるし、その顔もずいぶん古くから知っているのでね。――ともあれ、アレにとっては良い影響を与えてくれそうだ》


「ご自分の愛娘をアレなどとお呼びするのはいかがなものかと思いますわ。――美堂会長」


 電話越しの相手を、三和が少々呆れた様子で窘める。

 彼女が話している人物。それこそが、この学園を買い取ったグループの会長であり、現生徒会長の父その人であった。


「永野クン――彼をご存知なので?」


《アレ――ではなかったか。レイカの部屋に、たった一枚。額に収められたテーブルスタンドの写真があるのだよ。写真というものを私用で撮る事すら嫌うような娘が、子供の頃の写真だけはずっと部屋に飾っていてね。それも、男の子と撮った写真だ》


「……まさか美堂会長、お調べになったのですか?」


《まぁ、平たく言えばそうなる。おっと、勘違いしてくれるなよ、三和クン。何も娘に対して重度の過保護になっている訳ではない。純粋に、この大きなグループの会長令嬢であるレイカに、おかしな傷を持って欲しくはないのだよ》


「……ふふふ、まぁそういう事にしておきましょうか」


 溺愛を通り越して、いっそ危ない父親なのではないかと過ぎる三和であったが、否定するのであればまだマシな方だ。ともあれ、一瞬ではあったが、いつでも冷静沈着なこの男を相手に、多少なりとも焦りにも似た反応を引き出させたのだ。

 三和も満足したのか、それだけ告げるとふっと空気を変えた。


「それにしても。生徒を巻き込んで教師の問題を指摘させるなんて、少々荒療治が過ぎるのではありませんか?」


《仕方がない。伝統は大事だが悪しき風習は砕かねば、成長はしない。それに、元よりキミにはこの役目の為に聖燐学園に来るように声をかけただろう?》


「それは勿論、承知しておりますわ」


《……恨みたければ恨んでくれて構わない。私は、教師であるアナタに――》


「――それ以上は、およしになって下さいな。これは私が選んだ道ですもの。

 あれから、もう7年です。あの時の恩を返せるのであれば、多少の事ぐらいは克服してみせますわ」


 三和の制止に、電話越しには低く唸るような声で「むぅ」と聴こえてきた。

 その声に三和は小さく苦笑する。


 三和がこの学園で教師をやっている理由は、平たく言えばかつての恩を返す為、だ。誰であろう、この電話越しに話している相手に。


 元より公立校の教師として長年に渡って様々な学校へと渡っていた三和であったが、すでに年齢も年齢だ。

 2年前、美堂によってこの学園へと呼ばれたちょうどその年、三和は長い教師生活を終わらせようと決意し、一度は教師生活に終止符を打つつもりで最後の公立校の教師生活から退いたのだ。

 そんな折、聖燐学園にヘッドハンティングされる形で美堂会長その人から声がかかり、教師生活最後の締め括りとしてこの学園へ来た。


 ――――この学園の古く、悪しき風習を砕く為だけの存在として、だ。


 教師としてはあくまでも中立。美堂グループの傘下となった聖燐学園はその営業方針を変えるに至り、古い風習を変える必要があった。その為の駒と言えば聴こえは悪いが、三和自身は自分の役割はそれであると受け止めていた。


《ともあれ、だ。キミには感謝している。娘が卒業するまで、あと一年半。残りの時間も決して心地良いばかりではないだろうが、よろしく頼む》


「えぇ、勿論です。――よろしかったのですか? レイカさんの件は」


《……ふむ、そうだな》


 電話越しの声は重々しく途切れた。


 今回、悠木を利用したのは当然ながら学園の悪しき風習を打ち砕く為であったが、それと同時に、もう一つの目的があったと言えた。


 それは、美堂レイカ――彼女自身の意識を変えるという事だ。


 彼女は事実、生徒会長としては申し分ない仕事ぶりを見せている。見せてこそいるのだが、それがかえってレイカの成長を妨げているのである。

 確かにレイカは父に言われ、学園に対して気負っている部分はある。


 電話越しに話す美堂とて、自ら出した課題ではあるのだ。それを今更撤回などするつもりはない。


 だが、レイカは大人と子供の境界に身を投じなくてはならない。気持ちを押し殺し、大人の正論ばかりを認めようとしたところで、周囲の一介の高校生にそれを納得させるだけの最良の選択を選ぶには、大人に馴染み過ぎる訳にもいかない。


 大人の社会に馴染み過ぎたせいか、彼女は歳相応の失敗をせず、気持ちを押し殺してでも仕事を成功させてみせてしまうようでは、いつかは不和が生まれるだろう。それは学園のみならず、会社もまた同じだ。


 今回、悠木に無理を吹っかけ、レイカ自身が自分で自分を戒める枷とでも言うべき意識を壊せるのではないか。そんな考えから、三和は悠木を巻き込むに至った。


 周囲の視線や風評を気にせずに、一人の女子を庇ってみせた。

 そんな彼の本質を高く評価し、敢えてこの泥沼のような大人の世界へと投じてみたのだ。


 元々、自分が全ての首謀者だと公言するつもりではあった。

 それを2人に告げなかった理由は、単純にレイカが受け入れずに何かアクションを起こすなり、そうした『都合の良い大人の枠』から飛び出すような変化を期待してのものだった。


 その目論見は敢え無く悠木の独壇場を前に打ち砕かれてしまった訳だ。


《いずれにせよ、そういう存在が目の前にいるのであれば、アレも馬鹿ではない。きっと何か感じ取るものがあるだろう》


「……まだ彼女は17。なにも焦る必要はないのでは? もう少し肩の力を抜くように言ってあげても良いのではありませんか?」


《今更撤回は出来んよ。

 ――おっと、すまない。仕事に戻らなくてはならないのでね。また連絡させてもらう》


「えぇ、分かりましたわ。それでは――」


《――あぁ、三和クン。一つ頼まれてくれるかな》


 会話を締め括ろうとした三和であったが、最後のその言葉に返事を返した。


《永野悠木クン。彼と一度、話がしたい。レイカを通さずにね》


「……どうして、と伺っても?」


《レイカとはまったく違う観点を持ち、ノーを言える少年。それに、レイカも気に入っているのだ。まぁ、少しばかり話をしてみたいと思ってね》





 三和の画策がようやく片付いたと思われ、悠木が安堵していたその頃。




 こうして、悠木のあずかり知らぬ所で彼の話が出ているなど、この時の悠木が知る由もなかった。

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