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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 三章 瑠衣の変化
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#008 臨時役員の役目

「悠木クン」


「お、おう。雪那か、おはようさん」


 聖燐学園の特待生寮――さながらホテルかのような一階に設けられた食堂。

 他の生徒が降りて来るには少々早い、まだ閑散とした朝の食堂で、見慣れていたはずで、それでいて最近見かける事のなかった背中を見つけた雪那が声をかけた。


 その声に驚きながらも振り返った悠木との間に、微妙な沈黙が流れる。


「その、最近ずっと向こうに行ってるけれど、忙しいの?」


 ――あぁ、どうして言葉が上手く出て来ないんだろう。

 雪那はそんな自分に辟易としながらも、なるべく当たり障りのない口ぶりで声をかけた。

 たかが二週間ちょっと、軽い挨拶ばかりしか交わさなかっただけで、どうしてこんなにも言葉が上手く紡げないのか。


 そんな、自分の思わぬ不器用さに呆れて項垂れてしまいたくなるような気持ちを抑えていた。


「あ、あぁ。まぁ、そんな感じだな。何だかんだで人使い荒いんだよ、アイツ」


「アイツって、美堂さん、よね?」


「あぁ、そうそう。レイカのヤツに色々やらされててさ」


 どことなく悠木もまた、言葉を探っているかのような言い回しであったが、雪那はその悠木の違いよりも、その口から出て来た「アイツ」という表現に耳を向けていた。


 かつては自分の名を呼ぶ事にあれだけ戸惑っていた悠木が堂々と名前を呼び、軽口を言ってしまえるような、そんな悠木の態度が妙に雪那の胸に突き刺さるような気がして、雪那は口を僅かに尖らせた。


「……仲良いのね、悠木クンと美堂さん。昔から知っているような口ぶりだったし」


「あぁ。小学生の頃、短い間だったけど同じ学校でさ。当時ちょっと色々と話してたりした仲だから」


 特に悪びれるはずもなく、悠木はあっさりと告げる。

 その言葉が、雪那とレイカの間にあったとある会話を刺激しているとも知らずに答えた悠木の前で、雪那は気付かれぬ程度に目を細めた。


 押し出され、弾けるように雪那が口を開く。


「ねぇ、悠木クン。私にも――」


「――おはよう、雪那さん。それにユーキも」


 不意に声をかけられ、雪那の言葉は遮られた。

 その言葉を遮った張本人こそ、件のレイカその人であった。


 図ったかのようなタイミングで横合いからかけられた声ではあったが、そうした素振りは一切見えない。

 一方的に抱いた猜疑心を呑み込んで、雪那も挨拶を返した。


「……おはよう、美堂さん」


 しれっと答えたつもりの雪那であったが、その変化にレイカは気付いていた。


 最近の悠木は、生徒会臨時役員という立場にいるせいか読書部に顔を出せていない。その状況で雪那が悠木に対して声をかけたのだ、お邪魔虫も良いところだろう。

 自分の間の悪さに苦笑しつつ、それでもレイカとて雪那を邪魔するつもりはなかった。


「せっかく話しているのにごめんなさい、雪那さん。ユーキ、朝の集まりあるから、早く行かないと」


「あー、おう。それじゃ、雪那。またメールなり送るわ」


「……えぇ、頑張って」


 急いで寮を出て、並んで歩いて行く2人の姿を、雪那は見えなくなるまで見つめていた。

 しかし雪那とて、レイカに恨みを込めて睨んでいた訳ではない。


 ――私、さっき何を言おうとしたのかしら。

 そんな疑問が雪那の脳裏を過ぎり、ついそのまま動けずにいたのだ。


 かつて言われた、「悠木を知らない」という言葉。それは自分が知らない悠木とレイカの間にあった時間の中で培われたものだ。

 悠木のレイカに対する扱いを見て、思わず雪那の口を突いて出かけた言葉。


 ――――ねぇ、悠木クン。私にも、アナタの事を教えて。


 それはここ最近、離れ離れになっている時間が多かった為に口を突いて出かけた言葉。

 何故かは分からないが、このまま悠木が自分とは違う遠い存在になってしまうのではないかと、そんな妙な胸騒ぎを感じて、咄嗟に聞こうとした言葉だった。

 自覚のない小さな嫉妬が、雪那の胸に芽生えている。


 とは言え、勢いのままにそんな事を口にするなど、あまりにも雪那らしくない選択だった。


 恐らく、悠木はそう言えば教えてくれるだろう。

 だが、それをして悠木に踏み入ってまで、自分はどうしたいのだろうか。


 そんな想いが、残された雪那の胸中を渦巻く。

 雪那はどこか穴の空いてしまったような胸の隙間を埋めるように、そっと自分の胸元に手を当てて深いため息を吐き出した。






 ◆ ◆ ◆






 ――俺がこの状況に対して抱く感想と言えば、過去の自分に対して「何故断らなかったのか」といった問いかけと、現状に対する言い様のない気まずさについてだ。


 聖燐学園の、一般生徒ならば足を踏み入れる事など滅多にないであろう『会議室』。今、俺は生徒会臨時役員という立場にあり、教職員の会議に参加させられている。


 その会議の内容というのが――『共学化によって発生した問題について』だ。


 しかもこの会議、一年半以上も前から何度も同じような内容で討論会さながらの言い合いが行われてきたそうで、レイカも前任の生徒会長からはその言葉を聞かされてきたそうだ。


 そんな訳で、俺は臨時役員として初めて、もはや伝統になりつつある会議に参加している訳だが――――胃が痛くなりそうだ。


「だから言っているじゃないですか! 聖燐学園の由緒正しき伝統が、男子生徒の登場によって一般高校と変わらないものにまで落ちてしまい、挙句には刀傷沙汰まで起こさせるような事態を招いたんですよ!」


「そんな事は分かっています。ですが現に、ここにいる永野クンによってその事件は決着したじゃないですか。だいたい、男子生徒を毛嫌いして授業内容を差別化していると不満が出ているのは、柳田先生。アナタの授業じゃないですか」


「毛嫌いなんてしていません! 男子生徒がクスクスと笑いながら授業に参加しているから、そんな生徒に時間を割くぐらいならば優秀な生徒の為に授業を進めようと――!」


「――それを差別化と言うのではありませんか? まったく、我々は教師ですよ? 生徒に嫌われようが好かれようが、そんな事を気にしてどうするおつもりですか。担任している教室ならいざ知らず……」


 ――――先程から、ずっとこんな調子の教師同士の言い合いが起きているのである。


 なにこれ、俺のいるべき場所じゃない。

 そもそも生徒の前で話す内容じゃねぇよ、これ。


「なぁ、レイカ。いつもこんな会議に参加してるのか?」


「……えぇ、いつもこんな調子よ」


「こんな、とは聞き捨てなりませんね!」


 俺が密かに声をかけたレイカへの声を、現在絶賛ヒステリック中の女教師、柳田先生が拾い聞いたらしい。

 俺とレイカに矛先を向け――いや、俺を指さしている。


「だいたい、何ですかその態度は! 制服も若干着崩して、アナタみたいな生徒がこの学園の校風を悪化させる原因なのですよ! そんな服装でコンビニの前にたむろしたり、駅で馬鹿騒ぎをしたり!」


「いや、俺寮生なんで。制服で外出たりしませんよ」


「そういう事を言っているんじゃありません!」


 どういう事を言っているんだ、このヒステリックな先生は。

 いや、何を言わんとしているのか理解出来ない訳でもないんだが。


「永野クン、制服はちゃんと着てください」


「へいへい」


 三和先生に促され、緩めていたネクタイをビシッと締めて姿勢を正してみせると、柳田ヒステリック先生は鼻息荒く椅子に乱暴に腰掛けた。

 いや、それこそ校風云々が似合わない気がするが。


 そんな事を思っている俺を、柳田ヒステリック先生……もう良いか。

 ヒス先生が睨み付けてきた。


「おい、レイカ。ヒス先生は男子嫌いなのか?」


 レイカが隣に座ったまま俺の足を思い切り抓る。

 肩を震わせやがって、笑いを堪えてやがるな、コイツ。


「さて、では今日からこの会議に参加する事になった、永野クンの意見も伺おうかしら」


「俺ですか?」


 にっこりと笑顔で頷く三和先生に、引き攣った笑みで返す俺。


 ――来たか。

 そんな事を思いつつ、椅子から立ち上がり、背筋を伸ばして口にする。


「レイ……じゃなくて、美堂生徒会長から男女共学化の会議があると聞いていましたが、まさかこんな討論――いえ、ただの口喧嘩をしているとは思ってませんでしたね。校風云々、伝統云々。建前ばかりで、くだらない」


 ――――全員の顔が、明らかに驚愕と苛立ちに染まった。

 構わずに俺は続ける。


「えーっと、正直に申し上げて……。共学化から一年半。確かに一年半という時間の中で問題が起きていますし、当事者――とは言っても被害者の俺が言うのもなんですが、こんな会議、意味ないんじゃないですか?」


「な……ッ、アナタは初めて参加したのに何を……ッ!」


「初めて参加したからこそ、言わせてもらいます。アナタ達がさっきから話し合っている内容は、明らかに無益な言い合いです。大層な建前を並べている割に、何も建設的な意見も出てきやしない。その程度の事も分からないなんて、ちゃんちゃらおかしいですね」


 ちゃんちゃらおかしい、なんて言葉。

 俺が使うような言葉ではない。


 そもそも俺はこんな言葉を言うつもりなんてないのだ。

 いや、半分本音になりつつあるが。


 それ以上に、この先生方からの親の仇を見るような目つきは、俺も胃が痛いレベルだ。








「――それで、結局いつまでこんな猿芝居を続けるんですか……?」


 三和先生を呼び出した、とある日の生徒会室。

 そこで、俺は俺を嵌めた張本人である三和先生をレイカと共にジト目をもって歓迎し、そう問い詰めた。


 俺と母親の一件から数日が過ぎて、それでも相変わらずの生徒会臨時役員の仕事に追われる日々。


 そうして何日も過ぎていく内に、すっかり読書部の部室へと顔を出さないまま日々は過ぎてしまっている。


 寮で雪那の会う度に、やはり美少女だなと実感する程にだ。

 最近はいちいちそんな事を考えない程度には見慣れていたにも関わらず、ついこの数日は思わず確信してしまうぐらいに。


 いい加減、俺だってこの面倒な役回りは脱したいのだ。


 職員と各運動部の予算調整会だの何だの、俺が何でいなくてはならないのかと言いたくなるような仕事があまりにも多い。


 同時に、いい加減気がつく。


「あ、あら、永野クン。もしかして、もう気付いちゃったかしら?」


「茶目っ気出すな、ババア――いえ、失礼しました。ちょっと気持ち悪いです」


「っ!?」


 お茶目な振りをしてテヘペロっぽい顔をしようとした三和先生に、思わず心の底から本音が漏れる。

 三和先生が半ば本気で傷ついたような顔をしているが、もはやこうなってしまったら罪悪感なんてない。


 レイカと共にここで話をしてさらに数日。

 いい加減、この出口の見えない状況が続き過ぎる事に辟易とすると同時に――確信していた。


 俺という体の良い外の風、とでも言うべきか。

 生徒会にありながら、生徒会の正規の役員ではない俺に、三和先生は何かを求めているのだろう、と。


 これまで三和先生から俺に対する指示は特になく、ただレイカと数日を過ごす日々が続いていた。


 時折瑠衣と共に参加する事もあったが、だいたいは俺一人。


 何かを求められているのは、間違いなく俺に対してであり、その下地作りをさせられているだろうとは思っていたが、いい加減その思惑が見えないまま日々が過ぎる事に、もはや限界がきたのだ。


「――まぁ、そうよね。気付いちゃうわよね、当然」


「いや、まるで策士さながらみたいに開き直ってるトコ悪いんッスけど、そういうの付き合う気ないんで。さくっと本音漏らしてもらえません?」


「……なんだか永野クン、会う度に口が悪くなっていないかしら……」


「良いから吐け」


「……もう。本当なら教師に対してそんな口を聞いたりするのは注意する所なんだけど、今回ばかりはしょうがないわね」


 フッと笑い、大人の余裕と貫禄を見せつける三和先生。

 その姿はすれた美人教師であれば許せるが、仏のような体型とその顔で言われるとイラッとするのは俺だけだろうか。


 この期に及んでまだ言うか、と言いかけた俺を引っ張り、レイカが諌めて黙らされた。

 話が進まないと判断されたのだろう。


「永野クン、アナタがこれまで色々な行事に参加してくれたおかげで、今度の伝統行事に呼ばれたわ」


「伝統行事?」


「三和先生。まさか、ユーキをあの会議に参加させるつもりですか?」


「えぇ、そうです。私はね、美堂さん。彼にもう一度、馬鹿げた事をしている人達の顔を殴り飛ばして欲しいの」








 ――――と、言う訳で、だ。

 このセリフは、三和先生によって書かれた台本に沿ったものである。







 聖燐祭で舞台をやらなかった俺は、今。


 この場で、それ以上に胃が痛む程の爆弾を落とせと命じられていた。






 三和先生が、俺という立場に求める役割。

 つまり、誰もが生徒を理由にいつまで経っても変わろうとしない教師に対する、起爆剤という役が、ついに始まったのである。






 三和先生が内申点やらに響かせたりしないとは言ってくれたが、これ、本当に無事に済むのか、俺……。

遅くなって申し訳ありません。

色々と忙しくて、こちらの佳境にも関わらずに遅くなってしまいました。


今日から『あの夏』第一シリーズ完走まで、ペースをあげて突っ走ります。

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