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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 三章 瑠衣の変化
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#007 永野と木嶋

 その夜、俺はベッドの上で胡座をかきながら座っていた。


 鎮座しているスマフォを睨み続けること、すでに数十分。

 どうしようか、どうしたものかと悩みながら俺はその場で動かずにいた。


 手を伸ばそうか、伸ばすまいか。

 逃げようと思えば逃げられる、というのは気持ちの弱さなのだろう。


 そうして蓋をして、目を背けながら振り返らずに今日まで過ごしてきたのだから、それは自分でもよく分かっている。

 出来れば連絡したくはない。かと言って、このままにしていて良いとは思えない相手。


 今までは悩みすらせず、連絡しようとすら思わなかった訳だ。

 そんな俺も、今日瑠衣を見ていて少しばかりの前進を心に決めた。


 家族。

 俺と家族の間にある溝を取り除くなんてのは――無理だ。

 忘れ去る事が出来るならとにかく、そんなに都合よく記憶が消えてくれたりなんてしない。


 この前の今回の騒動で世話になった相手。

 あの三神の一件。刀傷沙汰ですらあったにも関わらず、俺に直接連絡をしようとはしない母親。

 家族内の不和は、確かにあった。


「……やっぱやめる――訳にはいかないよなぁ……」


 正直に言えば、俺は間違いなく怖がっている。

 ビビっているとでも言うべきか。


 ――――あの頃の家の中の雰囲気は最低だった。


 最低な雰囲気の中にいると、何をやっても悪い印象ばかりが強くなってしまうもので、小学生ながらに俺はその空気に耐える気になれず、外で、静かに過ごせる場所を好んでは、家から逃げるように出かけていたのだ。


 俺はあの人を――親父を捨てるように再婚したあの人を恨んでいる。

 あの人は俺を――自分を捨てるように親父についた俺を恨んでいる。


 7年前。

 あの雪那と沙那姉と出会った夏に決まった、両親の離婚。

 お互いにお互いを捨てた人物。


 それが、きっと俺とあの人――お袋との間にある、放置されたまま修復出来ていない溝だ。


「……あぁっ、我ながら女々しいなっ!」


 半ばヤケクソ気味に意を決して、腕を伸ばそうとしたその瞬間だった。


「うおぉぅッ!?」


 スマフォがけたたましく鳴り響き、登録していない番号が表示された。


「もしもし?」


《……もしもし、悠木? この番号で良かったかしら》


 電話の相手。

 それは、今まさに俺が電話をかけようとしていた相手。お袋だった。

 どうして、と思う反面で、同じタイミングで電話をしてきたという何処か繋がっている親子の血というか、そういうものを不意に感じた。


 でもそれには笑顔になる訳でも、嬉しい訳でもなかった。


 なんだか漠然と、そういったものがあるのだと感じ取る。

 胸の内に温かいものが広がる――なんて、そんな事もなく、ただそれだけのものだった。


「……お、おう。俺だけど」


 誰かがこの姿を見たらオレオレ詐欺か何かだと思うような返事だった。


《……元気そうね》


「……あぁ」


 お互いに一拍を置いてから口にしなくてはならない言葉。


 数年ぶりに話す相手がそれで良いのかと、自分で自分に問い詰めたくなる。

 それはきっと、電話越しに沈黙を貫いているお袋も同じなのかもしれない。


 何を話せば良いのか。

 まるで親しくもなく、共通の話題もない相手に話しかけているような気まずい沈黙。

 耐え難い沈黙に、一つ咳払いして声を漏らした。


「あー、その、ありがとな、お袋。今回の件で対処してくれて」


《……ッ》


 息を呑む音だけが聞こえた。

 一体どうしてそんなに驚いているのか――って、そうか。

 その理由に思い当たる節が浮かび、思わず理解する。


 あの別れ際以来、俺は生返事しか返そうともせずにいた。何度か電話で話しても、せいぜい返事を返す程度だったのだ。そんな俺が普通に話すというのは意外だったのだろう。

 思えば、それが俺なりの無言の抵抗だったのだ。そうして、俺とお袋の間での連絡の頻度は次第に減り、やがてなくなった。


 今更そんな態度ばかりを取るつもりはなかった。


 沈黙してしまわぬように、そのまま口を開けて――


「いや、さ。さすがにぶっすり刺されるなんて想像してなかった訳だよ、俺も。得難い経験をしてしまった訳だ。でも、おかげでそんな傷もすっかり治ってさ。愚息はこの通り元気にやってます」


 ――口が滑っていた。


 それは皮肉か、謙遜か。

 自分でも分からないようなこの中途半端な言い回しを、お袋はどう捉えるのだろうか。


《愚息なんて、やめてちょうだい。アナタがやった事は聞いたわ。誇れこそすれど、貶される事ではないわ。そんな言い回しするものじゃない》


 どうやら、俺の言葉は皮肉に聞こえたようだ。

 むず痒い気持ちが身体中を駆け巡った気がした。


「……そっか。まぁ、その。ありがと」


《……ねぇ、悠木。アナタはまだ、母さんの事を恨んでる?》


 言葉に詰まった。

 痛い程の沈黙が流れて、電子音とでも言うべきか、小さく耳障りな音がいやにでかく聴こえていた。


「……恨んでるかどうかなんて、分からねぇよ。ただ、あの時は色々ゴチャゴチャし過ぎてて、俺も母さんがどうしてそんな結果を選んだのかなんて、理解出来なかった」


《……そう、でしょうね。当時のアナタはまだ、小学生だったものね》


 でも、とか。だけど、とか。

 そういった想いはあったのに、うまく言葉には出来なかった。

 別に恨んでないって言ってしまえば、ただそれだけで解決するかもしれない。修復出来るのかもしれない溝だ。


 なのに俺の口から、そうした言葉は出なかった。何をどうすれば良いのか、俺にはよく分からないのだ。


「……ただ、あの時。お袋が俺と親父の前から去る時に見せた、どうしようもないぐらいに悲しそうな顔だけは、今も憶えてる」


《……そう。そんな顔、見せていないつもりでいたのに》


「……まぁ、見えてたよ」


 ぎこちない会話の中なのに、何だか張り詰めていたものが緩んでいくような、そんな気がしていた。


《――ねぇおかーさーん。お父さんが呼んでるー》


「は?」


《あ、ごめんなさい。悠木、ちょっと待ってもらえる?》


「あ。あぁ」


 いきなり受話器の向こう側から聴こえてきた、多分俺と同い年かそれより小さいぐらいの女の子の声。

 いきなり訳の解らないボケをかましたのかと一瞬脳裏を過り、思い出す。


 そういえば母さんが再婚した相手には、俺の2つ程年下の女の子がいたはずだ。


 ――「ねぇ、悠木。お母さんと一緒に行こう? 向こうには、悠木の年下の女の子もいるから、アナタはお兄ちゃんになるのよ」


 そんなセリフを聞かされたのだ。


《――――あれ? まだ通話中になってる? もしもしー?》


 気楽な声が聴こえてきた。

 これはきっと、義理の妹と言うヤツだろうか。

 妹萌え属性を発揮するには、あまりにも他人過ぎる相手だ。


「あぁ、もしも――」


《――え? うそ! お母さんが若い男の人と話してる! 不倫!?》


「それはねぇよ!」


《あっははははっ、冗談だよ、じょーだん。お母さんの息子さん、でしょ?》


 人を喰ったような、とはこういう事だろうか。

 電話越しの声しか聞いていないと言うのに、それはまるで、悪戯に成功した子供の声そのものだった。


 正直、俺にはいまいち理解出来ない相手だった。

 いや、冗談を言えるような性格って点だけは別に嫌な印象を受ける事はない。

 ただそれを、父親の再婚相手の息子に第一声でやるというのが、どうも俺とは違い過ぎる印象だった。


《あれ? あ、もしかして聖燐学園の特待生なんて言うから、優等生タイプ……? もしかして怒っちゃ……いました?》


 しばしの沈黙から、敬語に切り替えて少女は尋ねてくる。


「あ、あぁ、いや。そうじゃないんだ、悪い。ただちょっと、動揺してたって言うか……」


《あぁ、そりゃそーですよねー。はじめまして、木嶋 凪です。華の中学3年生です》


 永野から木嶋へと変わった母と、生まれてからこれまで木嶋であったこの女の子の苗字。

 改めてそんなものを聞いて、少しばかり思考が止まり、俺は釣られて告げた。


「あぁ、俺は――」


《――永野悠木、聖燐学園の2年生。この前の聖燐祭で男女人気コンテストで1位に入ってたんですよね! おめでとうございますー》


「……何でそんな事知ってんだ……」


 個人情報ってのはどこから漏れるのかも分からないとは言うが、まさかそんな情報まで漏れているとは。

 確か沙那姉が水琴に接触した時も、ネットのページから水琴の情報を得たとか言っていた。

 ホント、プライバシーは大事だよ。


《何でって、それは当然ですよ。だって――私もいましたよー?》


「……は? え、何が? 何処に?」


《何処って、聖燐学園ですよー。聖燐祭、実は見に行ってたんです》


「……いた、のか?」


《えぇ、いました! 聖燐学園の騎士さん、ですもんね! 義理とは言っても私にとってはお兄ちゃんな訳ですからねー。一緒にいた友達に自慢しちゃいました!》


 母親の再婚相手の連れ子。俺との繋がりなんて、一切ないはずの少女。


 確かに義理の兄妹と言えばそうなるのかもしれないが――いや、俺にとっては他人でしかないはずの相手だ。むしろ、話をするなんて気まずいだけじゃないかと思えてしまうのに、どうしてこの子はガツガツ話しかけてくるんだ。


《あ、お母さん来ましたんで、代わりますね。また話しましょうね!》


「あ、あぁ。それじゃ……」


 怒涛とも言えるような彼女の勢いに押されて、曖昧な返事を返して俺と彼女の会話は終わった。


 その後のお袋との会話は、頭に入って来なかった。

 ただ、今後も少しは連絡を取ろうとか、そんな程度の会話だったと思う。






◆ ◆ ◆






 ――――それから数日後。




「ごめんなさい、ユーキ!」


 生徒会室。

 昼休みに二人きりでいるその場所で、目の前で謝るアッシュブロンドのハーフ系美少女。その姿を見ながらも、俺はその言葉を受け入れる気にはならない程度に苛立っていた。


 いつもなら美少女の謝罪なんてものを見れば、即座に機嫌を直せるぐらいのチョロさだと自負している俺が、それを受け入れないぐらいに、だ。


「……やられたな、三和先生に」


 ――ハメられた。


 そういったマイナス面の強い言葉が思い浮かぶ程に、生徒会臨時委員会などという言葉によって借り出された俺は、生徒会の仕事をあてがわれ、慌ただしい日々を過ごしているのである。


 そのあまりの過密スケジュールぶり。三和先生はこれを機に色々と動いているのだろう。

 最初の話では一週間に一度程度顔を出せという話であったにも関わらず、毎日こっちに駆り出されている訳だ。

 もはやハメられたという疑惑は確信出来るレベルであった。


「ハッキリ言って、その通りね……。ユーキが臨時役員になった途端、この量だもの」


 机の上に置かれた、生徒会の今月の会議と参加予定の行事連絡表。それを見ながらレイカが苦い表情で呟いた。


「しっかし、瑠衣が巻き込まれないのは唯一の救い、か」


 机の上に置かれたそれは、見れば職員会議の文字ばかり。


 生徒会臨時役員として、暗黙の了解とはいかなかったが本質的な役割。

 恐らくは三和先生が本来狙っているのであろうきな臭いものが、そこには並んでいるのである。


 俺がボヤいたように、そこに瑠衣の参加まで求めるように書かれていないのが唯一の救いだろう。


「さすがにユーキと違ってコキを使う訳にはいかなかったのね」


「冷静な分析はともかく、俺への扱いは納得している節があるな、お前」


「……報酬に釣られてやるって決めたんでしょ? なら自業自得じゃない?」


「お前のさっきの謝罪は体裁だけか、おい」


「そ、そういう訳じゃないわよ。悪いと思ってるわ。

 あっ、そんな事より。会議毎に資料をまとめるから、それ部室でも構わないけれど、頭に入れておくようにしてもらえるかしら?」


「量によるな。部室でやって捗るのは他人をイジるのと、それに反応する後輩をさらにイジるっていう多忙な時間を過ごしてるからな」


「結局のところ他人をイジって遊んでるだけって、何やってるのよ、アナタは……。でも、もし憶えられないならこっちでのシミュレーションに参加しても良いわよ」


「シミュレーション?」


「えぇ。職員会議を前に議題を一通り読み上げて、誰がどれを発表するか。生徒会メンバーで集まってここでやるのよ。それに参加すれば、多少なりとも雰囲気が分かるんじゃないかしら」


「ふーん。まぁ一度見ておきたいな」


「決まりね。それじゃあユーキも今日の放課後、ここに集合ね」


 流れるように俺の参加が決定された。

 もはや俺に抗う余地はないのではないか。




 こんな感じで、もう一週間程部活に顔を出していない日々が続いていた。


 それは俺だけであり、瑠衣は今のところは通常通りの日々を過ごせているのは、やはり巻き込んだ俺としては少し安堵……と嫉妬をしている。


 ――まるで聖燐祭の実行委員になった雪那と同じだ。

 

 そんな事を考えながら、放課後のシミュレーションとやらを迎える事になったのであった。

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