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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第一章 二人の美少女
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#006 クーポンは上級者向けです

 雪那の荷物は思った以上に少なく、あの旧女子寮の乱雑さから想像していた最悪の事態は免れたと言える。すでに荷物は運び出され、三階の階段寄りの部屋――三〇一号室で荷解きを終え、段ボールをゴミに出したところで、昼を少し過ぎたあたりだった。


「まぁ俺の部屋と間取りは変わらないからあれだけど。やっぱ生活感がないと広く感じるなぁ」


 寮の部屋はワンルーム。とは言え、やはりこちらも二十畳程の広さはある。

 強いて違いを挙げるなら、やはり旧式洋風な向こうの部屋と比べて、フローリングの床と白い壁紙という近代的な造りなだけあって、差異は大きいだろう。


「部屋を綺麗に見せるなら、やっぱり荷物は少ない方がいいわね」

「まぁ一理あるけどさ。女子はそうはいかないんじゃないか?」

「そんな事ないわ。私はもともと、三年間を過ごすと言ってもここは仮暮らしでしかないと考えているもの。私物を充実させようなんて一切思ってないわ」

「……なんていうか、歳不相応なお考えだな」


 雪那の淡々とした言葉に、改めて先程の荷物の運び込みのスムーズさを思い返す。

 台車に四つの段ボールを乗せて二往復。たったそれだけで荷物の運び出しが終わったというのは、やはりこの聖燐学園に通うお嬢様らしからぬ荷物の少なさだと思った。


 聞けば、衣服系統が最初の四つの段ボールに入れられ、後の四つには調味料や調理用具。それにタオルなどが詰められていたそうだ。

 荷物を漁る気なんてさらさらなかったが、やはり一度目――つまり雪那が一緒にいる内に見られて困る物を運ばせるというのは、雪那の計算の内だったのだろうか。


「そうじゃないわ。悠木クンなら私に代わって荷物を運ぶって言ってくれると思ったから、悠木くんが一度向こうに戻っている間に下着とかを片付けるつもりだっただけだもの」

「……また、口に出ておりましたか」

「えぇ、しっかりと。そんなに計算高い女って思われるのも、なんだか癪だわ」

「え、ちょっと待って。俺の心の声以上に計算高い考えを暴露したクセにそんな言葉を言っちゃう訳ですか?」

「さぁ、なんの事かしら?」


 俺は見事に雪那の策にはまっていたらしい。


「一段落ついた、と言いたいのだけど、今日の為に食材とかをなるべく空にしようと思っていたものだから、冷蔵庫の中は空っぽなのよね。昼食を済ませてから買いに行こうかしら」

「そういう事なら、俺も荷物持ちついでに付き合うよ。乗りかかった船だ」

「そう、ありがとう。じゃあお礼に、手作りの夕飯なんてどう?」


 ……なん、だと……!

 女子の手作りの夕飯。それはまさに、男の夢……!

 それを自分の為に用意してくれるのであれば、多少はマズくても問題はない……!


「そ、それは楽しみだ」

「そ、そう。すごく期待に輝いているその表情が、私にとっては言い知れぬ不安を煽るのだけど……! あんまり期待されると、その、普通な物が作りにくいと言うか……!」


 悪いが、男子にとって手作りというポイントはなかなか心躍るのだ。

 言わなきゃ良かった、みたいな顔をしている雪那には悪いが、俺は今更それを言える雰囲気を出すつもりも、謙遜するつもりもないぞ。


 ともあれ、荷運びやら何やらで外に出て動くには些か微妙な服装をしているのも事実だった。

 一度お互いに部屋に戻って着替え、一階の食堂スペースに集合する事になった。

 俺は黒いパーカーにジーパン姿で、雪那はジーパンに七分丈の白いワンピース。前に見た服とはちょっと違った服装だが、何だろう。やはりいい匂いがする。


「……なぁ雪那、俺は本当に雪那の手伝いで良かったと、心からそう思うよ」

「……そう言われるのは嫌な気分ではないのだけれど、これ(・・)を見ながら言われると微妙な気分だわ」


 目の前のコレとはつまり、死屍累々と言った感じの男子達の姿である。

 お嬢様状態の女子が、使用人的な男子を使って行っている引っ越し作業は確実に今日では終わりそうにないらしく、寮の男子は見事に明日も従事させられる事になるだろう。


「雪那。俺、ホントに雪那の手伝いで良かったって思ってる」

「わ、分かったわよ」


 そんな会話をしながら、俺達は学園の外に向かっていく。


「んで、昼はどうする? 何か食いたいものとかあるのか?」

「ねぇ、悠木くん。どうしても付き合ってほしい所があるのだけど」

「はい喜んで」


 ……………………。


「ね、ねぇ、悠木くん? 私前から思っていたのだけど、その、まだ全部を言う前にそうやって承諾されてしまうのもどうかと思うのだけど」

「無茶を言わないでくれ。基本的に俺はモテたいんだ。だったら文句を言う前からイエスで従った方が、心象がいいに決まってる」

「ねぇ、それ心の声だと思うのだけど……! 今思い切りその口から紡がれているのだけど……っ!」


 なんだか切迫した様子でツッコミを入れられた。

 意外と雪那ってノリが良いよな。


「それで、付き合ってほしい所って?」

「え、あぁ、うん。順番がおかしいと思うけど、その。ジャンクフードというか、ファストフードに興味があって……」

「……それは、アレか? ハンバーガーショップとか、そういう類か?」

「えぇ。ああいう所って、注文の仕方がどうにも難しくて。クーポンの登録はしているのだけど」

「そ、そこまでしてたのか……」


 どうやら雪那も、あの食堂で見たお嬢様勢と似た環境で生きて来たらしい。

 マンガやラノベなんかの二次創作の世界だけだと思ってたぞ、そんなお嬢様……。


「そういう事なら、行こうか。俺も最近そういうの行ってなかったしな」

「……うん、ありがとう」


 まぁ、雪那が行きたいなら良いんだけど。





 ――これはきっとデートなのではないだろうか。

 端から見れば、俺と雪那は初々しいカップルに見えたりもするのだろうか。

 そんな事を考えながら、俺は雪那と共に学園の敷地外へとやって来た。


 意識すればする程に、にやけそうになる頬をなんとか堪える。

 うん、やっぱり俺はラノベの主人公のような、無頓着デートは出来ないらしい。

 今の手汗と心拍数はやばい。

 どれぐらいやばいかって、手汗が滴るんじゃないかってぐらいやばい。


 そんな俺に比べて、雪那は至って平常運転に見える。

 まるで俺とのデートもどきなんて、一切意に介していないんじゃないかって思うぐらいに。

 そんな姿を見て、なんだか悔しくなったのは俺の僅かな自尊心故だろうか。


「いらっしゃいませー」


 昼飯時からちょっと時間が遅れたおかげか、店内はガラガラだった。

 店員がレジに立ち、まっすぐ俺と雪那を見つめる。


「ど、どど、どれにしよう……。えっと、クーポンは……!」

「おい落ち着け。あの店員の視線は確かに『早くしろよこの畜生が』と言わんばかりに向けられているが、それを口にできるはずはないんだ。心の中でどれだけ罵倒されようと、聞こえなければどうという事はない」

「お客様!? そんな事は決して! 決して思ってませんから!」


 店員のお姉さんが、俺達と一緒に貼り付けられたメニューを見ていた若いカップルからのジト目に慌てて否定する。

 やだ、涙目のお姉さんとか俺得。


「ね、ねぇ。こういうお店は季節によって目玉商品を展開していると思ったのだけど、今ってどれなのかしら……?」

「そりゃ、やっぱあれだろ。桜バーガー。何でもかんでも春だからってピンクにすれば良いっていう企業努力の中でも有力な一品だと思う。正直、あれはハズレだと思うけど」


 俺の言葉に、ちょうど「この桜バーガーのセットで……」と言っていた若いカップルと、それの応対をしていた店員の肩がビクッと震えたのを、俺はやはり見逃さない。


「あら、ピンクって可愛らしいじゃない?」


 今度は雪那の言葉にうんうんと頷く若いカップルの女性と店員。


「あんなのイロモノの類だろ」

「イロモノ……。確かに、そう言われると段々とそうとしか見れなくなってきたわ」

「それに、桜バーガーなんて言ってはいるものの、その実はただのエビとマヨネーズソースで見た目をそれっぽくしただけだしな。そこに桜の要素はない」


 そんな俺の言葉に、ついに前にいたカップルはメニューの変更を訴えた。

 まぁ、知った事ではない。


「だいたい、せっかく初めて来たのにいきなりイロモノを頼むっていうのは何ていうか、オススメしないぞ?」

「それもそうね……。だったら、悠木クンのオススメにしてもらおうかしら」

「クーポンは?」


 雪那が俺の言葉に視線をさっと逸らした。


「……上級者過ぎるわ。そもそも味が分からないんだもの……」

「……そう、だな……」


 涙ぐましい努力は水の泡だった。


 結局、俺と一緒のセットにする事になった雪那は、飲み物をアイスティーにしたセットを頼んだ。

 終始店員のお姉さんからひくついた笑みを向けられた気がする。

 悪気はなかったんだ。


 テイクアウトができるとは思っていなかったらしく、その説明をしたり、フォークとナイフを探すという雪那の行動に驚かされたが、とりあえず俺達は遅い昼食にありついた。


「……なぁ、雪那。そんな真下を向いて食べるって、首が疲れないか?」

「…………その、大口を開けるってちょっと……」


 真正面に座った雪那がボソッと告げる。

 確かに、こうしてハンバーガーを目の前に構えて大口開けて食らいつくなんて、お嬢様らしくはないな。


「……フッ、見損なったぜ雪那」

「っ!?」

「そいつは、ハンバーガーが紡いできた文化に対する侮辱ってヤツだ……。郷に入っては郷に従え、とは言うが、ハンバーガーの食べ方一つでそんな躊躇をするなんてな。言っておくが、巧と篠ノ井はそんな素振りを見せた事もないぞ」


 ちょっとした挑発。

 フルフルと身体を震わせながら、ハンバーガーを見つめていた雪那は意を決したように目を見開いた。


「……そうね。良いわ、やってあげようじゃない」


 眠れる獅子を起こしてしまったようだ。

 雪那はゆっくりとハンバーガーを見つめ、そして生唾を呑み込んだ。


「……いくわよ」

「あぁ!」


 意を決した女性は強い。

 もはや迷う事なく、雪那はハンバーガーを見つめ、そして――――!




「ッ!?」





 ――口の開きが甘かったのか、思い切りつっかえた。





「………ぶふっ」

「~~っ!」




 その後、買い物を済ませるまで雪那はひたすら不機嫌そうに俺を睨みつけていた。


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