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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 三章 瑠衣の変化
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#004 生徒会臨時役員

 高校2年目の冬となれば、もう受験勉強に動き出す生徒達だって少なくない。

 それどころか、早い生徒なら夏休みから始めていたっておかしくなんてないはずだ。


 ツケ、とでも言うべきか。学校の授業というのは一年目に謎があれば二年目に、そして最終的には三年目にツケとして自分に戻ってくるのだ。


「…………」


「………………」


 そう、戻って来ているのである。

 特に、この今や愛称となったと言っても過言ではないお馬鹿馴染みコンビの現状が、それを雄弁に物語っている。


 今回もまたテストが待っているからと勉強を教えて欲しいと頼まれ、俺は二人に夏の前に教えた授業内容と同じ問題――と言っても多少は違う問題だが――を出して腕を組んでいる訳だが、俺の目の前の二人は問題用紙を見て目を点にしている。


「……え、えーっと、うん。ほら、これやったよね」


「あ、あぁ。やったやった。そうだよな、うん。やったのは確かなんだ。やったのは」


「何て言うか、お前らって日を追う毎に頭が悪くなるとかそういう特殊能力でも持ってるの? 鶏は3歩歩けば忘れるって言うけど、大事なことを忘れるには至らねぇよ?」


「に、にわとり以下みたいに言わないでくれないか……」


「うぅ……、悠木クンが鬼だよ悪魔だよ人でなしだよ……」


「お前にだけは言われたくないわ、篠ノ井」


「えっ、何で!?」


「いや、ほら。お前って、うん。何でもないわ」


「っ!?」


 全てを語らずに言葉を区切った俺に篠ノ井が何か言いたげな顔をしていたが、無視だ。

 鬼とか悪魔とか人でなしとか、笑いながら刃物振り回しそうな気配漂う女子高生に言われたくはない。


 そんな事を考えていると、俺の背中の方向から笑い声が聴こえてきた。


「あっはっはっ、いやー、大変だねぇ、あの二人は~」


「水琴さん、楽しそうに笑っているところで水を差すようで悪いのだけど。アナタも今のこの成績じゃ、30位以内に入れないわよ」


「ほぁっ!?」


 情けない声をあげて目を丸くした水琴に、雪那が更に続けた。


「今の模擬テストの結果だけど、これじゃ40番台も落とすんじゃないかしら……。一応、50位以内だったら条件付きで特待生権限を失わなくては済むけど、ちょっとギリギリね……」


 水琴の答えた答案用紙に赤いボールペンを走らせながら雪那が小さな声で呟く。

 冗談で脅しているような訳ではなく、統計的にデータを見て比べた結果だそうだ。


 医者が余命宣告するかのような冷淡さがそこにはあった。

 実に残酷な現実だ。


 雪那は顔を青くした水琴から視線を外し、その横に座っていた瑠衣の解答用紙を手にとった。


「……ねぇ、悠木クン。見て、瑠衣ちゃんはやっぱり偉いわ。ちゃんと夏の間にしっかりと穴を埋めてあるみたい」


 雪那が周囲3名の心臓を銛で一突きにするような勢いで滔々と告げる。

 雪那から渡された答案用紙を見てみると、なるほど。

 確かに瑠衣は夏休み前に躓いていた数学の公式とその応用までしっかりと復習してあるらしい。


「おぉ、ホントだな。偉いじゃないか」


「悠木先輩に言われると心の底から喜べないのは何でですか……?」


「それって俺に尋ねるような内容なのかコラ」


「冗談です、じょーだん。えへへ、雪那先輩に褒められちゃったです」


「おいお前。俺が褒めた言葉をさりげなくデリートしてんじゃねぇ。俺の感心を返せ」


 きゃー、と遊び半分に言いながら離れてみせる瑠衣であったが、どうやら本当に褒められて嬉しいらしく、顔が綻んでいる。

 その顔を見ていて怒る気が失せた俺の代わりに、雪那が口を開いた。


「えぇ、もちろん。夏休みの間にしっかり基礎を取り戻したみたいだしね。この3人には勝ち誇って良いわ」


「えっ、えっと、じゃ、じゃあ……。1年目で取り返せた私は勝者ですね!」


 雪那におだてられ、ドヤ顔で宣言する。


 俺に基礎の重要性というものを説かれた巧と篠ノ井の二人はグサッと何かが胸に刺さったように唸り、水琴は……どうやら自分の置かれた状況に顔を青くしていてそれどころではないらしい。


 特待生の補習制度、だったか。

 確かそんなものもあった気がしなくもない。

 まぁ、俺はそこまで落ちる訳にもいかず、今や借金も消えてストレスフリーだ。

 この状況を逃す訳にはいくまいと、勉強にもしっかりと身が入っている訳だ。


「まぁ、取り返しにいってる時点で勝者とは言い難いけどな」


「っ!? 悠木先輩は一言余計なのですっ!」


 現在、俺達は読書部の部室にある四枚の二人掛けの机を四角く繋げ、その中に囲まれる形で俺と雪那が勉強を教えていた。


 まず俺が担当するのは言うまでもなくお馬鹿馴染みチーム。


 こちらはもはや言うまでもなく、勉強漬けの日々が確定した訳だ。

 夏前に補習した箇所を上回った成績の悪化ぶりに、俺としては涙が出そうな気分だ。

 というか、お前ら授業中に何をやっていた。


 そして一方、水琴と瑠衣には雪那がついて教えている。


 瑠衣は雪那が言った通り、不安だった箇所をしっかりと憶えて未来に向かって歩いている。

 水琴は夏休み中の祭典やら何やらで忙しかったのか、疎かになった成績に顔を青くしているのだが、それは当然だろう。


「ゆ、ゆっきー。ねぇ、30位落として50位以内に入った時の特待生制度の持続条件って何かな……?」


「確か毎日放課後の補習だったかしら。暗くなるまでやるらしいわよ。正確には寮の夕食の時間ギリギリまで」


「助けて! 助けてゆっきー!」


「助かりたかったら、ハイ。これ解いて」


「あっさりし過ぎてるよ!? くっ、こうなったらカンニングペーパーでも……!」


「別にやるなとは言わないけど、オススメはしないわね。守秘もしないけれど。うっかり口を滑らせたらごめんなさい」


「それってやるなって言ってるのと一緒だよっ!?」


「ほら、口を動かしてないで手を動かした方が良いわよ。もうスタートしているから」


 有無を言わさぬ雪那の一言によって水琴は慌てて問題用紙と向き合った。


「悠木先輩、ちょっとここ教えて欲しいです」


「よし見てやろう。あっちのお馬鹿馴染はもう手遅れだ。だがお前なら大丈夫だ」


「っ!?」


 もはや二人一組となったアイツらに特に反応を返すまでもなく、瑠衣が尋ねてきた内容に目を通していく。


 瑠衣が手を出しているのは、恐らく今授業で進んでいる範囲より少しばかり先をいったところだろう。

 教科書の残りが3分の1程度しかない事に気付き、思わず残り半年で学年が変わるのだと実感させられた。


 そんな感慨深いものを感じつつも説明していると、ちょうど部室の入り口がノックされて誰かが入ってきた。

 そこに立っていたのは、生徒会顧問教諭――三和先生であった。


「永野クンー」


 俺の名前を呼んでクイクイッと手首を上下に動かしている姿に、何だか嫌な予感しかしない。

 とにかく、三和先生に呼ばれて包囲されていた机の地帯から抜け出し、廊下へと出て後ろ手に扉を閉めた。


「どうしたんです?」


「いや、ね。手の怪我はもうすっかり治ったかしら?」


「えぇ、まぁある程度は……」


 にこにこと笑みを浮かべて尋ねてくる三和先生を前にしつつ、俺は言い知れぬ不安を感じた。

 まるで捕食者に睨まれているかのような、そういった類の何かだ。

 思わず顔が引き攣っていくような気がした。


「それで、頼みが――」


「――お断りします」


 ………………。


「……私、アナタに嫌われるような事をしたのかしら……。そんな食い気味に拒否されると、先生ちょっと教職員人生に自信を失くしちゃう気がしてならないわ」


「俺の本能が、明らかに面倒事を持ってきたと警告していたもので。例えば、生徒会とか。あとは生徒会とか、他にも生徒会とか……目、泳いでますよ」


 すっと目を泳がせたその姿を見るに、どうやら図星だったらしい。

 それでは、とだけ告げて部室に戻ろうとしたその瞬間、三和先生が俺の左腕をガシッと掴んだ。


「お、お願い! 話を聞いて!」


「はな……ッ! このっ、放してください……!」


「嫌よ……ッ、フフフ、アナタが話を聞くと言うまで、私は戻らないわ……!」


「ちょ、嬉しくないですから、それ……っ!」


 お互いに腕を引き合いながらせめぎ合っていた俺達の前で、突然部室の扉が開いた。

 どうやら雪那が救いの手を差し伸べに来てくれたようだ。


 思わずほっと息を吐いた俺に、雪那が告げた。


「ねぇ、なんだか凄くダメなカップルというか、昼ドラのセリフみたいに聞こえるのだけど」


 そこはかとなく自分でも感じていたその言葉を他人から言われ、なんだか酷く傷付いた気分だった。











「生徒会臨時役員、ですか……」


 三和先生の説明はこうだ。


 何でも、三神の一件が秘密裏に漏れた聖燐学園の内部では現在、男子生徒への不信感が漂っているのだそうだ。


 俺や雪那に対する刀傷沙汰の件はともかく、三神が他の生徒を使って噂を流しただの、俺が怪我した理由は三神にあっただのといった話は隠しきれずに流れている。


 ちなみにではあるが、三神の行いは一部を除いて生徒会が秘密裏に公認する形で生徒間には公表されているのだ。

 これは刀傷沙汰という大事を隠す為にそれが真相であるように見せかけて小さな――とは言い難いが、刀傷沙汰に比べれば小さい悪行を公表しているだけなのだが。


 その弊害として、女子生徒の間で男子に対して不信感が生じてしまった、という訳だ。


 元々名門のお嬢様学園。


 男子嫌いだった生徒もいるし、聖燐学園という名のブランドにくだらない事件があるとは思ってもみなかった、という生徒もいる。


 そういった生徒の中から生まれた不和が、学園内でまことしやかに囁かれている、といった状況だそうだ。

 

 そこで、男子生徒から一名。それも女子生徒側の要望によって白羽の矢を側頭部に突き立てられた俺に、一時的に生徒会の手伝いに参加して欲しい、というものだ。


「……ねぇ、永野クン」


「ちょっと待ってください。そんなに急かされても簡単に頷ける問題じゃないんですよ」


「いや、そうじゃなくて。なんだかここに一人で座ってるのって公開処刑みたいで凄く居辛いのよね……」


 勉強会仕様で机に囲まれた空間にたった一人で座っている三和先生と、それを囲むようにそれぞれ机の前に座っている俺達の図がそこにはあった。


「……それ、俺にメリットはあるんですか?」


「流されたのかしら、これ……」


「三和先生、大事な話をしてるんですからはぐらかさないでください」


「え……っ!?

 そ、そうね。一応今回の報酬という訳じゃないんだけど、購買部の無料使用許可とかどうかしら……?」


「……買収ですか、まさかの」


「う……」


 まさか。

 まさか聖燐学園の教師ともあろうものが、購買部の無料使用許可なんかで健全な生徒である俺を買収しに来るとは思いもしなかった、というのが本音だ。


 購買部と言えば、飲み物や食べ物はもちろん、筆記用具云々であったりも揃っている、ちょっとした便利スポットである。


 だが、それらは大した額じゃない。


 せいぜいが自動販売機で数百円飛んだりするのが無料になるだけであったり、ノートやシャーペンの芯といったものなんかを無料で手に入れたりするぐらいである。


 まぁちょっとしたお菓子なんかも置いてあるらしいし、部活中に生徒が買っていたりもするらしいが。


 それをわざわざ無料にするぐらいで動かそうなんて、まったくもって安く見られたものである。


「……はぁ。本当にそんなちょっとした報酬程度で動くと思われていたんだとしたら、俺もずいぶんと安く見られたものですね、三和先生」


「ゆ、悠木先輩……。そんなに怒らなくても……」


「ですが、まぁそうですね。そんな報酬云々はまぁともかく。我が学び舎であるこの聖燐学園に不穏な空気が流れていると知った以上、見過ごす訳にはいきません。えぇ、見過ごすなんてとんでもないでしょう」


 ………………。


「それで力になれるなら本望というものです。――が、無償でやってしまってはそちらの立つ瀬もない事でしょうし? その報酬には興味なんてないんですが、ないんですが引き受けておきましょう」


「……悠木クン、安いわね」


「おい雪那。考えてみろ。これからの部活で飲み放題なんだぞ。そんな美味しい展開を見過ごせって言うつもりか? ちょっとした節約によって、服を買ったりとか出来ちゃうかもしれないんだぞ」


 ……………。


「悠木クン、頑張ってね」


「雪那先輩!?」


 こうして、俺は生徒会臨時役員とやらに任命される事になるのであった。

9月になりましたー!


小説家になろう大賞2014は敢え無く落選となりましたが、

最終選考まで残れたのは、ひとえに皆様の外野クンに対するLOVEのおかげです。


……うん、ちょっと間違えたかな? まぁ良いでしょう。


特に感想や誤字指摘、評価やお気に入り登録は作者の励みになっております!

今後も『あの夏』を宜しくお願い申し上げます。

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