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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
Summer Story : 『読書部』の夏休み
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#001 『読書部』の夏休み―①

夏本番という事で、予告通り夏のお話。

ちなみに本編とは関係ありません。


全3話構成になります。



 夏の訪れというのは梅雨明けとほぼ同時に実感させられる事が多い。

 ぐずついた天気がようやく終わりを迎えると同時に、息苦しいとすら思えるような熱が風に押し流されてくるのだ。


 日和祭りが終わって数日後。

 俺達『読書部』の面々は、日和町のとある山道を歩いていた。


「あっつー……」


「あーっ! 悠木先輩の負けですっ!」


「あ……、やっちまった……」


 木々が生い茂る山道を縫うように続いていた、幅2メートルもなさそうな山道。

 周囲の木々からは喧しい程に泣き続ける蝉の声が充満していた。


 そんな道を歩いていた俺に向かって、瑠衣が歓喜の混じった声をあげて指差してきた。


「悠木クンの負けね。セットは悠木クンに任せるわ」


「あー、チクショウ……。もう俺の負けで良いよ……」


 横合いから声を挟んできた雪那に、俺は肩を竦めて答えた。


 なんて事はない。

 ただ単に、山道を歩き続ける内に暇になってきたので、「暑い」という単語を口にした人間が負け、という単純なゲームをしているだけだ。


 負けた人間が川辺についたらバーベキューの準備に取りかかる、という単純なゲームである。


 聞けば、この近くの中学――つまりは巧や篠ノ井が通っていた中学だが、この山道を登った先で野外キャンプをしたらしい。

 瑠衣は体調の関係で参加が出来なかったそうだ。


 その際に歌を歌ったんだろうと巧をからかったら、瑠衣がそれをしたいと言い始めたのだ。

 もちろん冗談であったが、瑠衣が信じるとは思わなかった。

 そう、瑠衣は信じたのだ。


 まぁ、さすがに歌いながら山道を歩くなんて小学生のノリは俺達に出来る訳もなかった。

 それで代わりに、この「暑い」というNGワードを口にしたら負け、というゲームが始まった訳だ。


「もうちょっとで着くのに、悠木クンの我慢が足りなかったねー」


「あぁ……。どうにかして瑠衣をハメて負けさせるつもりだったんだが、自滅しちまった」


「っ!? 悠木先輩、私に対しての扱いが不当ですっ!」


 篠ノ井と俺のやり取りに瑠衣が声をあげる。

 元気だな。

 その若さが俺には絶対的に足りない。




 ――俺達は今日、あの沙那姉との一件でゴチャゴチャとしてしまったプールの穴埋めという事で、日和町の外れにある山の川に遊びに来ている。


 川と言えば俺や雪那、それに沙那姉と昔遊んだあの川があるのだが、あの川沿いでの花火やバーベキューといった催しも禁止されているので、なかなか楽しめないのである。


 高校生という青春真っ只中の男女としては、ただの川遊びで満足出来る訳もなく。

 だったら、川の上流――つまりはこの山の上の方でバーベキューでもしないか、という話になったのだ。


 ちなみに、バーベキューセットは巧が背負っている。

 男子2人――つまりは俺とのジャンケンという神聖かつイカサマの出来ない勝負によって、俺はグーを出すと宣言し、疑う巧にチョキを出して大勝利した。


 まさか素直にパーを出すとは思えず、思わず噴き出した俺に刺さった全員の視線が痛かったが、世の中は非情である。

 知謀を繰り広げた勝者への風当たりはどうやら厳しいらしい。


 そんな訳で、俺達は朝からこうして山登りに勤しんでいる、という訳だ。


「巧、荷物持ち変わってやろうか?」


「良いのか?」


「あぁ、もちろん。但しここで俺に変わるという事は、俺の罰ゲームをお前が途中から代わる必要が出て来る訳だが」


「……普通に優しさとかじゃないのかよ」


「無償の優しさなんて女子以外には払わんぞ、俺は」


「……悠木先輩、清々しい程に不純な宣言です……」


「何を言う。そもそも勝負に勝った俺がわざわざタダで持ってやる訳ないだろ? さすがのイエスマンの俺だって、そう簡単に意思を曲げる訳ないだろ?

 男はな、一度決めた意思をそう簡単に曲げちゃいけないんだぞ?」


「そ、それはそうですけど……」


「悠木クン、風宮クンもちょっと可哀想だから代わってあげても……」


「しょうがないな、巧。変わってやるから寄越せ」


 ………………。


「おい何だよお前ら。そこは俺の優しさに感動する場面だろうが」


「悠木先輩……」


「悠木クンはいつもブレないねぇ……」


 おかしい。

 俺の優しさに対する女子勢の視線が冷たい気がする。


「ところでゆず、まだゆずの言ってたその場所まで時間かかるの?」


「んーと……。あ、見えたよ! あそこだよ、昔巧と一緒に来たとこ!」


 雪那の声に前を歩いて行った篠ノ井が崖下を指差して声をあげた。

 俺達の鈍重だった歩みもようやく終わりを迎えた山登りに思わず小走りになり、篠ノ井の近くへと駆け寄った。


「こ、ここにも新たな難関か……」


 思わず呟いた俺の言葉に、水琴と瑠衣が頷いていた。


 山道となっているこの道から川に向かって、人が通れるように木の板らしきものを埋め込んだ階段が設けられていた。

 見るからに急勾配な崖に沿うように造られた道だ。


 背の高い木々の向こうには、陽光を反射してキラキラと光る清流が見えている。


「あそこの橋を渡ってぐるっと回ったら、木の椅子と机があったと思うんだけど……」


 川幅が狭いなと思ったら、どうもまだ少し歩かなくてはならないらしい。

 とにかく、俺達は妙に段差の高低差が激しい人1人程度がどうにか通れそうな階段を降りて行き、川へと近づいていく。


「これ、帰りは大変そうね……」


「結構危ないからなぁ。気を付けろよ、瑠衣」


「何でそこで私だけ名指しですか!」


「いや、ほら。身長低いと高低差あると結構……って、おいやめろっ! 落ちたらシャレにならんだろうが!」


 わざわざ最後尾を歩いていた俺を待ってまで反撃してきた瑠衣に、危うく殺されるところだった。


「それに、しても、ずいぶんと、段数、あるんだねー」


 1段ずつの段差が高いせいか、おかしな言葉の区切りになる水琴が呟いた。


「昔は途中で休んだりもしたけど、今だったら余裕だねー。大人になったんだなーって感じ」


「あぁ、そうだなー。ゆずなんて疲れたからおんぶしろって言い始めて大変だったしな」


「そ、そんな事言ってないよー!」


「いいや、言ったぞ。この階段キツいのにさ」


 先頭を歩いていた巧と篠ノ井は何の苦もない様子で階段を降りて行く。

 徐々に間が空いてしまった事に気付いた篠ノ井がこちらに振り返った。


「あれ? どうしたのー?」


「なぁ、雪那。アイツら何であんなヒョイヒョイ歩いてんの? 何なの、猿なの?」


「な、慣れてるんじゃないかしら……」


 先頭を歩いて行く巧と篠ノ井の2人は、どうやら俺達とは田舎慣れ具合が違い過ぎるらしい。

 ちょっと野生味を感じた。











 何とか階段を下りきった頃には、山の中を流れる冷たい風が俺達の熱を持った身体を撫でた。

 階段を下りて川に近付くに連れて、徐々に空気が冷やされていくというのは、なかなか良い体験が出来たと思える。


 木で出来た小さな川幅を渡った際に巨大な蜂が周囲を飛び、ちょっとした混乱が生まれたのは仕方ない。

 その後、巧が橋の裏側に蜂の巣を発見して落とそうとするのを水琴と瑠衣に止められていた。


 アイツは野生児だったのか。


 ともあれ、俺達は人のいない広々とした場所へとようやく辿り着いた。

 ご丁寧に木造の机と椅子が置かれていたので、早速それぞれの荷物を置いた。


「ここってバーベキュー場だったのか?」


「うん、そうだよ。でもちょっと来るまでが大変だから、人が来なくなったんだって。あそこに簡易脱衣所もあるから、着替えとかは出来るんだけどね」


「へぇ。人の気配がまったくないから脱衣所とか行って変人とかいたらどうするよ」


「大丈夫だよー。巧が見てきてくれるってさ」


 俺がバーベキューセットの組み立てをしている中、慣れない山道を歩いて疲れた他の女子勢とは違い、篠ノ井は俺の近くでしゃがみ込んで手伝いをしながら答える。


 巧も重かったと言う割には休まずに見回りしているとは、やはり野生児か。


「だったら外で見張らせて着替えてきちゃえば良いんじゃねぇの?」


「……あ、そっか。その手があったね。巧も悠木クンもそれ終わったら着替えるもんね」


「まぁな。行ってこいよ」


「うん。みんな、いこー」


 篠ノ井に言われ、雪那達も立ち上がって歩いて行く。

 あのプール以来の水着姿に期待せざるを得ない。


 バーベキューセットやら花火やらを置くという労働に勤しんだ俺は、まだ戻らない5人を待ちつつサンダルを脱ぎ捨てて川へと足を入れ、


 熱をあっさりと流す水に思わず頬が緩んだ。


「はー、気持ち良いなぁ、これ……」


「……悠木クン、なんかお爺さんが温泉に浸かったみたいよ、それ」


 振り返った俺の前に立っていたのは雪那だった。


 相変わらず水着の上から半袖の灰色パーカーを羽織っている。

 まぁ、今回は前を空けているが。


 今回は白を基調にしたビキニスタイルに淡い水色の蝶々が左胸の部分に描かれている。


「……な、なんかこっち見たまま黙っていられるのって恥ずかしいのだけど」


「お、おう、悪い」


 少し頬を赤くして視線を外してそう言ってきた雪那に、思わず俺も慌てて前を向いた。


「……似合うとか、そういうのは?」


「あー……、うん。前のヤツともまた違うし、そういう明るいのも似合ってると思うぞ」


「催促されてから、それも顔を逸らして言うなんてどうかと思うのだけど……」


 なんという後出し。

 それも俺には逃げ場がない発言にしか聞こえない。


 ならばと俺が腰を回して振り返ると、少しだけ顔を赤くしながらも驚いた顔でこちらを見ていた雪那と目が合った。


「…………うん、似合って……やっぱこれはちょっとした拷問だ。恥ずかしすぎて死にたい」


「そ、そう、ね。私も自分で言ってみてちょっと後悔してるもの」


 お互いに目を伏せ、歯切れの悪い言葉の応酬。


 考えてみて欲しい。

 面と向かって可愛いなんて言えるのは、余程の女慣れしているイケメンか鈍感系ぐらいなものであって、そういうのは俺のキャラじゃないのだ。


 俺が正面から可愛いと言える相手は動物ぐらいなものだ。


 何この微妙な空気。

 俺今ちょっと顔が熱い。


 そんな俺の横へと雪那は歩み寄り、サンダルを脱いで川の中へと足を入れた。

 途端、小さな悲鳴が聞こえた。


「冷たくて少し驚いたけど……気持ちいい……」


 こちらには顔を向けずに、むしろ逆の方向を向いて雪那が呟いた。

 耐え切れなくなったのは俺も同じだが、切り替えの早さという点では雪那に軍配が上がったらしい。


「だな。上流の方が冷たいし水も綺麗だ」


 風も山風と川の飛沫に冷やされ、熱くなった顔から熱を拭い去るように吹き抜ける。

 とは言っても俺の恥ずかしさはそう簡単に消え去ってくれる訳じゃないらしいが、この際顔が赤いと言われたら日焼けのせいにでもして誤魔化そう。


「やっぱりあの川の水より冷たいのかしら」


「まぁ、そりゃあな。この先に小さな滝もあるって言ってたし、そっちはもっと涼しいのかもしれないぞ」


「そうね。でも、ここの水は冷たすぎて、いきなり入ったら心臓に悪いかもね」


「雪那さんや。さっき俺を年寄り臭いと言った割にはお前さんも大概年寄り臭いぞ、その発言」


「う……っ、確かに……」


 ようやく雪那がこっちを向いて苦笑して、思わず俺もその姿にふっと笑ってしまった。


 こうして、夏のイベントを満喫したと言える一日は始まったのだ。

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