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あの夏を僕らはまだ終われずにいる  作者: 白神 怜司
第三部 二章 聖燐祭――Ⅱ
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#008 お化け屋敷

 聖燐祭2日目。

 13時から始まる『第一回聖燐学園男女人気コンテスト』とやらの発表まであと3時間というところで、俺と雪那、それに瑠衣の3人は噂になりつつあるお化け屋敷に足を踏み入れようと並んでいた。

 今日の開場時間は9時からだった。様々な出し物が2日目という事で出し惜しみなく増えているのだが、やはりお化け屋敷で瑠衣をからかうというのは俺の中では決定事項となっていた、とでも言うべきだろう。


「酷いです鬼畜です悪魔です……」


 カタカタカタと小刻みに身体を揺らす瑠衣が、呪詛さながらに俺と雪那の間で呟いている。やっぱり瑠衣はこういう類が苦手なのか。

 そういえば、瑠衣が『読書部』に入った時だったか。

 俺が巧の連れションと称した呼び出しの際、トイレに出ると言った途端に慌ててたのは。


「ね、ねぇ、悠木クン。やっぱり瑠衣ちゃんは可哀想なんじゃないかしら……」


 助け舟を出すつもりなのか、雪那が俺に向かって声をかけてきた。そんな雪那に合わせるかのように、瑠衣が俺に視線を向けて凄い勢いで頭を上下に振っている。


「……そうか、しょうがない。瑠衣にはまだ早かったか(・・・・・)


「え?」


 二人から視線を外し、若干残念さを演出して呟く。

 疑問の声をあげたのは雪那だったが、瑠衣も震えをピクッと動いて止めたのはしっかり見えていた。


「ど、どういう意味ですか……?」


「いや、瑠衣にはお化け屋敷はまだ早かった(・・・・)と思ってな。あぁ、間違えた。無理だったかと思ってな」


 爽やかな笑顔を意識して瑠衣に向かって答えると、瑠衣が再び震え始めた。

 ニヤリと笑った俺に雪那からのジト目が突き刺さる。


「べ……っ、別に怖いなんて一言も言ってないですよっ! それに何ですか、その早いとか! 子供扱いも甚だしいですっ!」


「おい無理すんなって。ジェットコースターに身長制限があるのと同じで、お化け屋敷には精神制限というものがあるんだ。別に無理して入るようなもんでもないし、気にする事ねぇんだぞ」


「身長をさりげなく持ちだしたのはわざとですかっ! それに精神も何も、私だってもう16歳です! 精神制限とかなんとか、そんなのとっくにオーバーしてるのですよ!」


「る、瑠衣ちゃん。あんまり悠木クンの策には乗らない方が……」


「おいおい、雪那。俺は別に瑠衣を煽って挑発してる訳じゃないんだ。ただ無理をするなとまだ幼い……もとい、年下の少女に助言をだな」


「今幼いって言ったです! 一つしか違わないのに幼いって! うぅ~、雪那先輩! 負けてられないです!」


「え、何で私なの……?」


「ほっほー、言うじゃないか、瑠衣。ならば勝負といこうじゃないか」


「勝負、です……?」


 小首を傾げた瑠衣に、俺は邪悪の化身と言えるぐらいの笑みを浮かべて笑って見せる。

 本日二度目の雪那の冷たい視線が俺に刺さる。


「もしお前が声を出して驚いたりしなかったらお前の勝ちだ。お前の願いを何でも一つ聞いてやろう」


「ゆ、悠木クン。なんかゲームの魔王っぽいのだけど……」


「の、望むところです! 悠木先輩なんかに負ける程、私だって子供じゃないです!」


「いいだろう。判定は公平を期する為に雪那にしてもらおうじゃないか」


「……私も巻き込まれるの?」


「ゆ、雪那先輩! 負けちゃダメです!」


「負けるも何も、私は審判だから……」


 激しい温度差に気付いていないのか、瑠衣が雪那に決意に満ちた目を向けている。

 さっきから後ろに並んでいる大学生らしいカップルにクスクスと笑われている事など瑠衣は気付いてもいないのだろうか。


「ただし瑠衣。原則として雪那に抱きつく、しがみつくといった行為は負けと見做す」


「っ!?」


 ギュッと雪那のブラウスを握っている瑠衣の顔が凍りついた瞬間を、俺は見逃さない。


「……じょ、じょーとーです! 吠え面かかせてやります!」


 こうして、俺と瑠衣のよく分からない勝負は始まった。

 雪那のジト目に見守られながら。





 ――さて、この聖燐学園のお化け屋敷なのだが、どこぞの富士山近くの遊園地さながらに凝った作りとなっている。

 何でも、レンタルお化け屋敷とかいうセットからゾンビっぽくなったセットを借りたり、特殊メイクに関してはそれ専用のキットを買ったりと、クオリティだけで考えれば文化祭の領分を遥かに越えている、らしい。


 そういった情報は雪那から渡されたものだ。

 雪那は聖燐祭実行委員として、この場所の見回りに行った女子から泣きながら報告を受けたらしい。曰く、追いかけられる恐怖が酷いのだそうだ。


 文化祭という熱に浮かされた男子生徒がそれをやっているそうなのだが、この女子ばかりの学園でそんな真似をしたら、メイクが落ちた瞬間にその男子の評価は地に落ちると思われる。

 事実、その男子生徒は実行委員相手に執拗に追いかけ、女子を泣かせたとして大ブーイングを受けたそうだが、この際それは置いておこう。


 中に入ってみれば改めて理解出来る。このお化け屋敷のクオリティは高い。

 廊下の窓は車用のUVカットフィルムが貼られているのか、外からの光はぼんやりと漏れてくる。千切れた黒布が窓に垂れている為、見事に廃校らしい雰囲気を演出している。

 学園祭のレベルを大きく逸脱している気がしてならない。


 蜘蛛の巣を再現させた糸なども、最近では安価で手に入るのか、天井やドア、教室の窓などに張り巡らされている。

 そして何より、校舎の外から聴こえてくる生徒達の声に対する措置なのか、ホラー映画を彷彿とさせる甲高い音楽が流れているのだ。


 改めて言うが、これは学園祭である。

 恐るべし、金持ちの道楽。


 元々、この校舎は古い造りをしていて、来年の頭には取り壊す予定になっているそうだ。そんな背景を理解しているのか、廊下にちょくちょく液体の染みやらをつけたりと、やりたい放題である。


「……こ、これは本格的ね」


 雪那の呟きに俺も短く返事を返す。

 瑠衣に至っては、もはや瞳孔が開いて震えすらしていない。慎重に一歩ずつを踏み出し、雪那にしがみつけないならばと俺と雪那の間を陣取っている。

 なるほど、コイツはさりげなく横からの襲撃に備えているのか。


 廊下を歩いて階段を登り、そしてまた廊下を渡って逆の階段を登る、というルートを守らなくてはならないのだが、5階建の校舎だ。どこの教室、トイレから何が出て来るのか分からない。

 チェックシートのスタンプを押さなくてはならず、途中で入る教室やトイレも指定されている。もちろんそこには何かが仕掛けられているのだろう。


「瑠衣、チェックポイントはお前一人で入れよ」


「――――ンンっ!?」


「……瑠衣ちゃん、歯を食い縛って耐えるのはいいけど、声なき声が漏れてるわよ……」


 叫ぶまい、負けるまいと言わんばかりに瑠衣が口を閉じているのだが、そのせいで反論すら来ない。

 涙目で俺に向かって抗議している瑠衣にニヤニヤとした笑いを向けていると、瑠衣が俺の腹を思い切り抓ってきた。

 痛い。普通に痛い。


「それにしても、無駄に金かかってそうだな……」


「この出し物なんだけど、予算限度額以上は全部クラスの女子が負担したらしいわ」


「マジか……。金持ちは何考えてんのやら……」


「ちなみにこの出し物してるの、一年生よ」


「…………それはもしや、華流院さんじゃないだろうか」


「いいえ、何でも美堂さんの古くからの知り合いの女の子みたいね。彼女の事をお姉さまって呼んで慕っていたわ」


「……お姉さまかよ……。まぁレイカの知り合いってだけで、なんとなく理解出来たわ、この無駄クオリティ……」


 やはりそういう側の人間である事に違いないらしい。

 財力あるヤツの発想は俺みたいな小市民には理解出来ないな。


 ――そんな無駄口を叩いていたその瞬間だった。

 かたん、と背後から何かが倒れる音が聞こえてきた。


 俺と雪那、それに瑠衣がそれに気付き、ゆっくりと後ろに振り返る。

 そこにあったのは、精巧に作られた生首の人形――確か税込み5,980円でネット通販で見たホビーショップにあったやつ――がころころと転がっている。

 悪質とも言えるのは、首の部分に赤い絵の具をべったりと付着している事だろう。


「――――ッ! ――――ッ!?」


 瑠衣が声なき声で叫びだす。

 が、何を言ってるのか分からない。


 俺は早速その生首の人形に近づき、それを手に取った。

 近くで潜んでいた生徒が「あ……」と声を漏らしたが、ちょっと借りるだけだ。


 ゆっくりと俺は生首を持って振り返る。

 そして、ニタリと笑みを浮かべ、瑠衣に向かって一歩足を踏み出した。




 同時に、瑠衣が後ろに一歩下がる。




 ……おのれ、読んだな。


 ならば、と俺は歩くスピードをあげ、瑠衣と雪那に近づく。

 そしてついに、走り出した瞬間、瑠衣と雪那が逃げ出した。


「……えぇー……」


 密かに雪那も怖がっていたのは気付いていた。

 さっきからちょくちょく視線が泳いでいたしな。

 だからって逃げ出すとは思わなかったが。


 瑠衣と雪那が走ったせいで、教室の中から出遅れた特殊メイクの生徒が唖然として顔を出していた。

 まぁ、あれを追いかければ噂の嫌われ男子の仲間入りになると判断したのだろう。

 俺と目が合った特殊メイカーは会釈をしてきたので、俺も会釈を返す。


 とりあえず生首をそんな彼に返した俺は、二人を追いかけて小走りするハメになった。




「ゆ、悠木先輩のバカ! 死ねば良いです! バカ!」


 ――結論から言えば、瑠衣と雪那はお化け屋敷を踏破した。

 俺を置いた後、二人はどうやら全力ダッシュでスタンプラリーをこなし、俺から逃げ続け、そして今、出口の前で肩で息をしている。

 涙目になりながら瑠衣が俺に文句を言っている姿を見て、なんだか言い知れぬ楽しさを感じた。


「あのなぁ、だからって何も全力疾走しなくたって良いだろ? 勝負放棄と見做して俺の勝ちだな」


「……瑠衣ちゃんの勝ちよ」


「は?」


「瑠衣ちゃん、悠木クンに無理難題をふっかけていいわ」


「はいです!」


 ……審判である雪那が瑠衣陣営におさまった。

 酷い話だ。


 そんな事を考えていたら、雪那がスマフォが鳴ったのか、ポケットから取り出した。

 後ろを向いた雪那を放って、瑠衣がさっきまでとは打って変わって何を俺にやらせようかとニヤニヤしながら策を練っている。


「悠木先輩を一日奴隷にしてやるのも悪くないですね……」


「おい瑠衣。お化け屋敷が終わったからってちょっとはっちゃけ過ぎだろ、お前」


「でも悠木先輩は従う義務があるのですよ!」


「へいへい」


「ごめんなさい、お待たせ」


「おう、どうした?」


「実は、ちょっと実行委員会でどうしても人手が足りなくなっちゃったみたいで、少しだけ手伝いに来て欲しいって言われて。瑠衣ちゃん、悠木クンの世話頼める?」


「おい雪那、俺は置いていかれる犬か」


「しっかり散歩しておくのです……じょ、冗談……っ! 冗談ですから……っ!」


「身長とーまれっ」


 この指とーまれっ、の要領で満面の笑みで瑠衣の頭を押してやる。

 雪那が呆れながら、それにこれから仕事に繰り出すのかと面倒そうに溜息を吐いて「じゃあ行って来るわね」とだけ告げて俺達を置いて去っていく。


「じゃあ悠木先輩! 今日も綿飴!」


「……よく飽きないな、お前も。分かったよ」


 瑠衣に連れられて、俺と瑠衣は歩いて行く。







 ――この時、俺も瑠衣も油断していた。







 いや、しっかりと警戒していれば、多少は予想出来たのかもしれない。




 この時に気付いていれば。

 もしくは、俺が実行委員に名を連ねていたのなら。






 俺は自分の行動の顛末と、それらが招いた事件を耳にした時。

 そう悔やむ事になった。

あとがき:


この章は9話編成を越えます。


区切り良い所まで書いていたり、お化け屋敷の下りを削ろうかとも思っていたのですが、やはり削るのは取り止めました。


恐らく11か12話編成になると思いますー。



お読み頂き、また、お気に入り・感想・評価。

有難うございます。

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