#001 これが俺の立場と日常
高校生活も二年目を迎えれば、色々と落ち着いたりもする。
ここ――『聖燐学園』で過ごす高校生活について、そして交友関係もまた然りで、だ。
窓の外に目を向けた先にある中庭では、遅咲きの桜がちょうど入学シーズンである今頃になって満開を迎えている。
例年なら卒業シーズンには散っていたりもするのだが、絵に描いたような素晴らしい演出だ。
劇的な出会いを予感させるには相応しい。
――――そんな劇的な出会いを演出するには相応しい中庭を、キャッキャウフフと楽しげに歩く新入生である後輩達の姿を眺めながら、俺は改めて今の状況を顧みる。
席は窓辺、一番後ろから二番目。
我ながら良いポジションをゲット出来たものだと褒めてやりたい。
高校生活二年目にして、これはなかなかに良い滑り出しではないだろうか。
クラス替えというイベントがないこの学園ならではの素敵ポジション。
二年生の出だしから、名前順という不本意なスタートを切らなくて済んだのは僥倖だ。
やはり授業中の席は後方。
それも目立たない位置に限るというものである。
集中したい時は集中していられるし、適度にサボりたい時はサボれる。
そんな絶妙なポジションだ、と俺は感じている。
そう。
俺はこの学園に来て二年目の春を、実に順調な滑り出しをもって迎えている。
――――但し、”ヤツさえ同じクラスではなかったのなら”、という前提条件があるが、だ。
「なぁ、悠木。部活行こうぜ」
「……あぁ」
俺に向かって親しげに声をかけてきた男子高校生。
どちらかと言えば爽やかな雰囲気を振りまいているが、決してイケメンとは言い難い平々凡々な顔立ちに、特筆して背が高い訳でもなければ、綺麗な顔をしてる――なんて訳もない、ごくごく普通な友人。
この友人こそ、先述した”ヤツ”と呼ぶに相応しい存在である、風宮 巧だ。
成績も決して良くない。運動神経も中の中。
顔も悪くはないが良くもないという、放っておけば人畜無害な存在であり、取り留めのないモブ男風味を漂わせている。
――――にも拘らず、コイツは実に厄介な特性を持っている。
それは――――
「たっくみー、早くいこーよー」
「分かってるよ、ゆず」
巧に向かって声をかけたのは、可愛らしさでは学校の中でも群を抜いている元気系美少女こと、〈篠ノ井 ゆず〉。
学校の中でも、親しみやすさと愛らしい性格もあって、アイドル的人気を誇る少女として密かにモテている篠ノ井なのだが――そんな彼女が、巧の幼馴染だった。
「なんだよ、篠ノ井。俺には何も声かけないってのは、巧だけにしか用はありませんってか?」
「な、何言ってるんだよ、悠木くんは! 別にそんなつもりじゃ……!」
俺のツッコミに、チラリと巧を見ながら否定する篠ノ井。
実際のところ、一目見れば篠ノ井が巧に対して好意を抱いているのは一目瞭然であって、そんな明らかなアピールを受けている当の本人はと言えば――――
「そんな訳ないだろ? 悠木も大事な俺達『読書部』の一員なんだからさ」
――――この有様である。
この発言も、端から見れば確かに良いヤツだと思えるかもしれない。実際のところ、確かにコイツ――巧は良いヤツだとは思う。
もっとも――――『鈍感系主人公体質』でさえなければ、だが。
篠ノ井と巧の関係一言で表すのなら、『王道』と呼称するのが相応しいと考えている。
家と家が密接し、あまつさえ部屋が近く、屋根越しに窓を伝って行き来出来るという、実に防犯上よろしくない関係性なのだが、幼馴染である二人にとってはそれが普通なのだとか。
巧の両親は海外に出張が多いらしい。
これにも名称をつけるのなら、『ご都合主義家族構成』とでも呼ぶべきだろうか。
ラノベやギャルゲなんかでの王道設定とも呼べるこれは、ヒロインとの二人きりのシチュエーションの際、親という存在が邪魔になる為に取っ払われている。
それどころか、両親が普段は家にいない上に、いてもヒロインを大歓迎するという実に不健全な設定だ。
もうここまで言えば、巧と篠ノ井の関係について説明は要らないのではないだろうか。
察しの良い方なら、お気付きだろう。
――――普通に考えてみて欲しい。
毎朝、幼馴染だからと言って起こしに来たりするだろうか。
幼馴染の両親が海外に出張が多いからと言って、お弁当を手作りしたりするだろうか。
それは既に、どう考えても幼馴染の範疇を超えているだろう。
それが普通だと言うのに、巧はそんな篠ノ井の甲斐甲斐しい世話の本意には一切気付く事もない。
あぁ、まったく。
鈍感系主人公体質なんて滅びてしまえば良いのに。
――――さて、対する俺はと言えば、だ。
俺は、巧とあまり変わらない。平々凡々なモブ男。
きっと王道のラノベならばエロネタに走り、巧を巻き込む愛すべき馬鹿タイプだと自負している。
ギャルゲーならば、女子生徒の情報を常に主人公――巧に対して細かく教える謎の情報通。きっと主人公――まぁこの場合は巧だろうか――を、それぞれのヒロインが待っている場所に誘導する便利屋なポジションといったところだろうか。
もしもゲームならば――――
『そういえば、○○なら屋上で見かけたぜ?』
――――こんな感じである。
更にヒロインが泣きそうな顔をしていた、とか解説したり。
誰かを待ってるみたいだったとでも付け加えてやれれば、もはや有能過ぎるサポート役として合格ではないだろうか。
――「あれっ? こいつ、実は良いヤツじゃん」なんて、画面の前のプレイヤーや読者の方々からさりげなく認めてもらえるかもしれない。
認めてはもらえるだろうが、それだけだ。
情報を得ているのに攻略に乗り出せないポジション。
悲惨。
あまりにも悲惨だ。
ちなみに――そんな、ちょっと良いヤツかもしれないサポートキャラな俺の日常はだいたいこんな感じだ。
篠ノ井に毎日手作りお弁当を用意される巧。
それを恥ずかしいからと言う理由で、いつも俺を誘って屋上に行こうと巧が提案する。
当然、俺と篠ノ井がそれに便乗する。
そして俺は篠ノ井とアイコンタクトを交わし、早飯してその場を立ち去る。
そうして二人きりの時間を作り、俺のミッションコンプリート。
……が、未だに進展なし。
この一年間で俺は、『早飯してすぐにトイレに篭る友人』という不名誉なレッテルを貼られている。
一緒に出掛ける度に腹の心配をしてくれる巧の優しさに、感動して血の涙を流しそうになった。
「夫婦の邪魔するのも気が引けるんだけどな」
「ちょ、ちょっとー! ふ、夫婦って、そんなんじゃ……!」
俺の指摘に対して慌てる篠ノ井が、巧をチラッと見てアピールしている。
しかし巧は笑いながら告げる。
「あははは、悠木とゆずは仲が良いなー」
いや、気付けよ。
俺のキラーパスからの篠ノ井のシュートでゴール確定の流れだろうが。
――これだから鈍感系主人公体質は嫌なんだ……!
俺は篠ノ井と視線を合わせ、互いにコクリと頷いた。
今日は、今日こそは……何が何でも巧を好きな篠ノ井に協力し、その思いに気付かせる。
――――それが、俺の日常を取り戻す唯一の手段なのだ!
これは、次々とフラグを乱立させ、その度に鈍感力のみでフラグをへし折る鈍感系主人公体質の巧の物語――――ではなく。
俺――永野 悠木の日常を取り戻す奮闘記である。