表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

『サルでも投げるゲームブック』

『サルでも投げるゲームブック』 甲

作者: 白烏

『サルでも投げるゲームブック』

 

 奇天烈な本が目に留まった。


 とある本屋の奥、平積みにされた本。


 初版本らしいが、なぜか謎の巨塔を築き上げている。


 ……。


 サルでも投げる、とは何だろう?


 興奮して鼻息を荒くしたサルが本を壁に叩きつけることを指すのだろうか?


 あるいは匙を投げることの方か。


 ……。


 サルでも投げるなら、人間は?


 もしサルの上位互換、人間なら?


 いかような行為に走るのだろう?


 例えば、再生紙への帰路を閉ざし、存在を不可逆の炭素へと追いやったりするのだろうか?


 もしくはその逆、祀り上げて媚をへつらい、お供え物で機嫌をとったりしてしまうのだろうか?


 ペコペコするのだろうか?


 ……。


 不思議な力だ。


 本から謎の力が放たれている。


 少なくともそれは、単行本に使おうと考えていた数枚の硬貨、それらを引き出させるには十二分な引力だった。


 そして、決して忘れはしない。


 レジ打ち店員の、あの憐れむような遠い目を。





『このゲームブックは三部構成です。初級、中級、上級の三つのお話が楽しめます』


 本の出だしにはそう記されていた。


 単行本一冊分の値打ちにしては、随分と景気がいいことだ。


『各設問において、選択肢が最初に明示され、その後に問題文と質問が与えられます。選択肢を決め、選択肢の下に指示された問題へ移動してください。以降、同様です』


 これは珍しい。


 普通、ゲームブックは問題文の後ろに選択肢が出される。


 新たな試みといったところか。


 それならそれでいい。


 指示通りにやってやろう。


 まずは初級から、お手並み拝見だ。


『A.老婆(二問目へ) B.老翁(五問目へ)』


 一問目は、どうやらお婆さんかお爺さんのどちらかを選ぶ設問のようだ。


 もしお爺ちゃん子かお婆ちゃん子かと聞かれれば、お爺ちゃん子だ。


『目の前に『地に伏し、天を仰ぎ見ながら祈りを捧げている老婆』と『ひざまずき、両手を地につけながら、乾いた笑みであなたを見上げる老翁』がいます』

 

 ……。


『一問目:どちらを助けてあげますか?』

 

 ……。

 

 初対面でラリアットをくらった。

 

 一問目から随分ととばしている。

 

 倫理とか、とばしている。

 

 それでも、しかし、けれど、そうはいっても、これはゲームブック。

 

 英断できる人間が勝者の本だ、たぶん。

 

 ……。

 

 選択は――Aだ。

 

 よくは知らないが、お爺さんの方はクラウチングスタートの準備態勢だ、きっと。

 

 乾いた笑みで走り出そうとしているんだ、きっと。

 

 乾いていようが笑みは笑み。

 

 笑顔のスタートを踏み切ろうとしている人を止めるなんて、そんなことはできない。

 

 どこに行くつもりかは知らんけど。

 

 ……。

 

 とにかくページをめくる。

 

 忘れてしまえ。


『A.老婆(十一問目へ)』

 

 選択肢が、一つだけ?


『あなたを見上げる老翁の目から、次第に光が消えていきます。吊り上った口元も下がってきました。無表情です。光を失った目が、ただあなただけを捉えています』

 

 ……。


『二問目:それでもあなたは、老婆を助けますか?』

 

 聞くなよ。

 

 選ばせる気がさらさらないくせに疑問形を装うな。

 

 忘れると決めたのに、自己解釈で正当化したのに、全部見事に崩れ去ってしまった。

 

 立て直せ。

 

 忘れるんじゃない。

 

 奴は元々いなかったんだ。

 

 そういうものだ、世の中なんて。

 

 そうだろう、誰かさん?

 

 ページをめくった。


『A.老翁(三十八問目)』

 

 台無しだよ。

 

 人の心を読んだようにサラリと入れてきやがった。

 

 さっきの記憶消去は何だ?

 

 体感時間でも数秒しか意味を成さなかったぞ?

 

 もういい、諦めよう。

 

 諦めて読み進めよう。

 

 というか、また選択肢が一つか。

 

 こうなると選択肢と呼べるかすら怪しいな。


『みるみる生気が抜けていく老翁ですが、何か思い出したようです。懐から皮状の物を取り出しました。その中を指で探る老翁。そして震える手でしわくちゃな英世さんを一枚取りだし、あなたへ必死に渡そうとしています』

 

 ……。


『十一問目:それでもあなたは……老翁を見捨てるんですね?』

 

 何だ、その聞き方。

 

 問題文が馴れ馴れしい以前の問題だ。

 

 無視だ、無視。

 

 選択肢はどうせ一択なのだから。


『A.受け取る(五十問目へ) B.受け取らない(三十二問へ)』

 

 ようやく話が進展するようで、選択肢が元に戻った。

 

 もう老翁はたくさんだ。

 

 以降、老翁はチェンジでお願いしたい。


『老翁は己の行く末を悟ったようです。無表情を崩し、フッと微笑むと、あなたに英世さんを差し出します。自分はもういい。せめて、せめて英世さんだけでも救ってあげてほしい、と』

 

 ……。


『三十八問目:託された英世さん、あなたは受け取りますか?』

 

 ……。

 

 いや、まあ確かに、老翁はもういいと言ったけれども。

 

 何で英世さん?

 

 老人から老人にチェンジしただけでは?

 

 というより、ただの紙幣では?

 

 ……。

 

 まあ最後の望みなわけだし、選択は――A。


『A.信じる(二十三問目へ) B.信じない(十六問目へ)』

 

 どうやら本当にまともなゲームブックに戻ったらしい。


『あなたが英世さんを受け取ると、突然老翁の体が輝き始めました。背筋が伸びていき、顔つきが先程とは比べものにならないほど明るくなります。神々しいオーラを放つ一つの生命体が出来上がり、そして、背中から純白の羽が二枚、生えました。老翁は言います。秘密にしておったが、わしは天使なのじゃ。英世さんを助けてくれてありがとう。お前さんにお礼をしたい。何でもいい、欲しいものを言ってみなさい。わしがそれを分け与えてやろう、と』

 

 ……。

 

 前言撤回。

 

 この本の得意技は、期待を裏切ることらしい。

 

 何故だ?

 

 何故?


 どうして所有者は見捨てて紙幣を助けた奴に対して天使が覚醒する?

 

 所詮は紙だぞ?

 

 本人には手を差し伸べないどころか、見捨てたんだぞ?

 

 それなのに願いを叶えるとは、読んでそのまま、なんてまあ現金な奴だ。

 

 このふざけた展開、設問はいかに。


『五十問目:あなたは天使の言うことを信じますか?』

 

 Bだ。

 

 この本で初めて即決できた気がする。

 

 さあ、どう来る?


『A.する(四十四問目へ) B.しない(二十九問目へ)』


『そうよ、そいつの言うことを信じてはダメ。いきなり若い女の子の声がしました。あなたの見据える先に声の主と思われる少女がいます。その子が続けて言います。私は魔法の力で悪魔と戦う魔法少女なの。そこのそいつは天使の顔をして人を騙す悪魔。悪魔だから許せないというのもあるけれど、私はあなたが騙されてるのは見たくない。あなたを、守りたい』

 

 ……。


『どうして自分を守ってくれるのか。そんな顔してるね。あのね、今の私は十代くらいに見えていると思うけど、本当は余命が尽きかけのお婆ちゃんなの。そう、あなたが助けてくれたお婆ちゃん。だから、たとえ少ない寿命であっても、希望をくれたあなたの力になりたい。聞いた通りよ、悪魔さん。この人のために、私はお前を倒す――と。そんな少女を悪魔は嘲笑います。馬鹿が、お前ごときに私は倒せん。死にかけの貴様にそんな力はないだろう――と。苦虫を噛み潰すような顔をしながらも、少女はまだ希望を捨ててはいませんでした。あなたに向けて少女が叫びます。確かに今の私にあの悪魔を倒す力なんてない。けどね、魔法少女は愛の感情で力を増幅させられる。だから、だからね、あなた私と、キ、キスしてっ――と。顔を背けてしまった少女。けれど、少女の頬が真っ赤に染まっているのを、あなたは見逃しませんでした』

 

 ……。

 

 ……。


『十六問目:キスしますか?』

 

 しねーよ。

 

 しませんよ。

 

 すると思うか?

 

 相手は老婆だぞ?

 

 どうして逆じゃない?

 

 呪いで少女が老婆に変えられていたなら、それなら良かったのに。

 

 老婆が魔法少女って、びっくりするくらい需要がないだろう?

 

 いくら語尾が「ね」や「よ」でも、老婆であることに変わりなし。

 

 常人と異常にかけ離れたストライクゾーン。

 

 危険球が平気でストライクな守備範囲の持ち主でもなければ無理だ。

 

 つまりは、嫌だ。

 

 嫌悪感で悪寒がするくらい嫌でございます。

 

 もちろんBを選ぶ。

 

 すると、どうなる?


『十六問目へ戻る』

 

 ……。


『悪魔の力は想像を超えて強大でした。悪魔と少女の言う通り、力の差は歴然です。それでも、どれだけ傷つこうとも、彼女は諦めようとしません。再び立ち上がり、悪魔と対峙します。あなたはそれを、ただ後ろから見つめていました』

 

 逆戻り、だと?

 

 加えてこれは無限ループだ。

 

 問題から目を逸らし続ければ続けるほど循環する黒い円。

 

 

無限ループ自体がゲームブックの禁忌だというのに、人間の禁忌で追い詰めるつもりか、こいつ?

  英断できる人間が勝者とは言ったが、これ、英断したらいろいろと敗者じゃないか?

 

 究極の二択から始まったストーリー。

  

まさかその上が存在するとは。

 

 ……。

 

 ……。

 

 仕方ない。

 

 選択肢は――Aだ。

 

 今考えると、Aでキスするあたりが仕組まれているようで腹立たしい。

 

 

 でも、だけど、しかし、バット、ハウエバー、ゾウ、仕様がないじゃないか。

 

 所詮はゲームブックだけれど、Bを選び続ける限り、老婆の照れ顔を延々と見させられることになる。

 

 それはそれで罰ゲームだ。

 

 他の奴らだってきっとAを選ぶだろう。

 

 そうだろう?

 

 後は、次へ進むしかない。


『A.見る B.見ない』


『あなたと少女の唇が静かに重なりました』

 

 どうしよう。

 

 もう吐きたい。


『すると少女の体が輝き始めました。少女は言います。ありがとう。あなたのあ、愛の力で、私の力が大きく増したわ。これなら、あの悪魔とも十分戦える――と。それに対して悪魔が怒号をあげました。ふざけるな。いくら貴様がパワーアップしようと、私に勝てる可能性など微塵もない。残り少ない寿命を使い切ってしまうだけだぞ? ふっ、それが本望だと言うのなら、望み通りここで死を迎えさせてくれるわ――と。場に漂う空気が重くなります。まさに究極の一戦が始まる瞬間でした。熱く燃える少女の目。その手に秘めるはあなたから与られた希望。少女は、決心しました。これが私の最後の戦い。でもね、あなたにとっては長い長い道のりの通過点でしかない。あなたには生きていてほしい。だからズルかもしれしないけど、一つだけ、言わせて。私たちの戦いは、これからよ』

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……。


『四十四問目:続きを、見ますか?』

 

 もう、嘘はつけない。

 

 今になってやっと、この本のことを理解できた。

 

 この本の中では、正直な気持ちでいなくちゃいけなかったんだ。

 

 真正面から、自分の本心と向き合い、答えを出す。

 

 必要なことは、それだけだった。

 

 ありがとう、ゲームブック。

 

 ありがとう、見知らぬ老婆と老翁よ。

  

 そして選んだ。

 

 正直に、素直に、初心な心で――当然Bを。

 

 今なら正直な気持ちで、こちらから問いかけられる。



 



 もう、ギブアップしてもいいですか? 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 最早本屋に並べてあったら無言で放火するレベルな本に驚愕(・・;) 主人公、よく投げなかったなこの本。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ