スタート
黄色と青のボールが彼女に渡ると、ネットの上からコートへと叩き落とされる。
ずっと頭に残っている、彼女の言葉。
「バレーボールが大好き」
この小さなボールに託された、その大きな希望と想いが一つになって巡って行く。
===
澤村希生、高2・春。
希生は青い空を見上げ、また歩き出した。向かう先は、運動部が使用している体育館である。希生は、内心まだ緊張したままだったが、体育館の入り口前に立つと、深い深呼吸をした。
「よし!」
気持ちを落ち着けると、入り口の扉を開けた。
途端、日光とは違う光が広がった。
「失礼します、お早うございます」
挨拶をすると、希生に気付いたバレー部員達が「お早うございます」と、挨拶して、またすぐに練習に戻って行く。希生は、とりあえずは
顧問に会わなければならない、と<体育教官室>と札が取り付けられた扉に向かった。
「失礼します、お早うございます」
すると、まだ20代前半といった感じの若い女性教員が希生を迎えてくれた。
「あ、澤村さんね!ようこそ、薄桜高校へ。私は、バレーボール部顧問の小松葵です!どうぞ、宜しく!」
小松はそう言うと、希生の手を取った。
「宜しくお願いします」
すると、小松は目を輝かせながら希生の手を引いて教官室を出た。
「皆、集合ー!」
小松が声を掛けると、そのうちの一人が「集合」と声を掛けて、全員が勢いよく「はい!」と返事をし、小松と希生の元へ集まってきた。
「今日からチームに加わる、澤村希生さんです!皆、しっかり支えてあげるように!」
小松が言うと、全員が「はい!」と声を揃えて返事をした。
集合が終わると、部員達が希生の周りで輪を作った。
「澤村さん、キャプテンの立花あいです。宜しく」
希生ほどはないが、部員の中でも長身だと思われる一人がそう言って、希生に微笑んだ。
「副キャプテンの草冠真です。」
次に、立花の隣にいた物静かな雰囲気の部員が言った。二人が終わると、輪が崩れて練習が再開された。
すると、すぐに部員の一人がやって来て、希生に手を差し出した。
「宜しく、希生ちゃん!」
彼女は、希生と同じ二年生の南夏子だった。
「へー、夏子ちゃんてWSなんだー!」
「夏子でいーよ。そうなの、でもレシーブ苦手なんだよね」
二人は意気投合して、他愛も無い会話で盛り上がっていた。
…
練習後。
「お疲れサマ、希生ちゃん」
同学年の関口千尋、田郷まをが希生に声を掛けて着替え始めた。薄桜のバレー部員は三年生が五人しかおらず、二年生も希生を加えて六人、一年生が他の学年と比べて少し多い八人の、合計十九人だ。数年前の強かった頃までは、もう少し多かったそうだが、いまではその時の半分もいないという。
「そーなんだ…。え、じゃあ、二年生はあと誰がいるの?」
希生が知っている二年生は此処に居る三人だけだ。六人なら、あと二人いる筈である。希生が聞くと、夏子が「此処には居ないけど」と言って話を続けた。
二年生には他に、藤原優と、渡部ねねという部員が居るそうだ。二人共レギュラーで、更に優は支部の選抜選手だという。支部の選抜選手なら知っている可能性が高い、と希生が思っていると、突然立花が声をあげた。
「あ、優、もう帰ってるし!」
すると、三年生があいの元へ集まって、あいのケータイを覗き込んだ。希生達もその後ろから覗いてみると、[帰ります]という一文が画面に映し出されていた。立花達三年生の様子からみて何か重要な事のようだ。
希生は着替えを済ませると、夏子と共に部室を出た。
外には、一年生と思われる部員達がいて希生と夏子に挨拶をしてきた。そのうちの一人が寄って来て、ニッコリと微笑んだ。
「澤村さん、お疲れ様です!」
希生の肩位の身長で、ショートヘアがよく似合っている。
「お疲れサマ、えーと…」
「一年の武内絢海です、よろしくお願いしますね!」
絢海はそう言うとまたニッコリと微笑んだ。
希生は絢海と別れると、夏子と二人で校門を出た。
しっかりやっていかなければ、と希生は自分に言い聞かせた。此処からが、新しいスタートだ、と。
暖かくなり始めた夜風が気持ちよく感じられた。