作戦成功後 その2
数分後、梟さんの予想通り、「只今戻りました。」と言って扉を開ける白亜さんは俺を見るなり物凄く嫌そうな顔をした。この人、結構無表情で淡々としてるのに俺に対しては物凄く感情豊かだな・・・。
「・・・・無表情で淡々としていて何か問題でも?」
あ、しまった。白亜さんは俺の心の中の声など簡単に聞こえてしまうのだ。
下手に何か発言しようものなら腰にあるレイピアで俺などあっけなくやられてしまうだろう。
・・・・帰ればよかったかな、俺。
「白亜。コーヒーを淹れなおしてもらってもいいかな?」
「かしこまりました。」
「それから、彼に発言権を。今日はわたしが招いてるから、それくらいは許してあげてほしいんだ。」
「・・・・主様がそうおっしゃるのであれば。」
「ありがとう。千種君、今日は口を開いても構わないよ。」
「・・・・ど、どうも・・・・。」
明らかに不機嫌そうな白亜さんだが、梟さんの言う事は絶対聞く人なので口を開いても何も言われなかった。
・・・・まあなるべく早めに退散するに限るわな。
白亜さんは俺達のカップを片づけ、代わりに隣の部屋から新しいコーヒーを淹れて持ってきてくれた。
カップからは湯気が立ち込めており、香りもいい。気のせいか、さっきと香りが違うような・・・。
「先程のはモカコーヒーでしたが、今回はキリマンジャロを用意させて頂きました。」
「あ、だから香りが違うんですね・・・。」
「わたしがコーヒーが大好きでね。大変だけれど、毎回違う豆を挽いてもらうんだ。紅茶と同じで、コーヒーも香りや味が全然違う。その日の気分や体調に毎回白亜が合わせてくれるんだ。・・・うん、今日も美味しい。」
「有難うございます。」
「ストレートコーヒーには何も入れないのが一番だね。めーちゃんはいつも沢山入れてしまうけれど。それを指摘したら『梟さんだって紅茶に砂糖入れるんだから、それと同じだよ。』と言われてしまったよ。」
「ああ、所長紅茶はストレート派で、コーヒーはミルクも砂糖もたっぷり派ですからね・・・。」
それでは所長に良い豆を挽いてあげる必要は無いのでは・・・?ストレートのって香りも味もいいから何も入れなくても十分おいしいと思うんだけどな。むしろ入れるのは邪道だろ。
それはまあコーヒーにも紅茶にも言えることだけどな。
「・・・・さて。じゃあ、他に聞きたい事はあるかい?三神の事は教えたから、多少はこの世界について理解してもらえたと思うけれど。」
「えっと・・・あ。【猫】さんとか、【烏】さんってその三神の人たちだったりするんですか?」
「【烏】君はフリーのお医者さんだから、なんとも言えないね。あの子は死体がある所ならどこへでも行ってしまうから。けれど今回めーちゃんに協力してくれたのを聞くと・・・あの子も一応中立だったりするのかな?残念ながらわたしは【烏】君とは意思疎通が成り立たなくてね。」
「流石の梟さんも【烏】さんとは無理なんですね・・・。」
「なんていうか、あの子は毎回キャラを変えてしまうからね。無口キャラだったり俺様キャラだったり、設定がいまいちちゃんとしていないからどうしたらいいかわからなくて・・・。」
「確か今は無口キャラで統一していると聞きましたが。」
「キャラって!まあ所長もそう言ってましたけど・・・。」
【烏】さんって一体何なんだろう・・・こうして聞くと、もう一度会って話してみたい気がする。
・・・いややっぱいい。死体狂って言ってたからな、生きてる人間興味ないっていうちょっと危ない人だし。
「【猫】は・・・・あれはまだ野良だったっけ?」
「今は飼い猫になったと。」
「・・・それはとても面倒なことになりそうだな。」
「面倒って?」
「あれは殺し屋だから。知ってたかい?」
「まあ・・・自分で流離いの殺し屋って名乗ってましたし・・・。」
あれだけインパクトある自己紹介されて覚えていないわけがない。
「相変わらず自己主張が強いね。あれは相当な腕だよ。あまり近寄らない方がいい。【猫】は不吉しか呼ばないからね。出来ればめーちゃんに近づけたくもないんだが・・・あれは歩み寄って行ってしまうからね・・・。」
「所長にも言われました、あまり近づくなって。・・・そんな危険人物なんですか?」
「・・・・危険、ではあるだろうねあれは。とにかく用心するに越したことはないよ。」
梟さんは唯一、【猫】さんのことを「あれ」と呼んだ。普段なら「~君」なり「彼、彼女」なり付ける人なのに。それほど危険な人物なんだろう、あの人は。
いきなり現れて助けてくれたりしたけれど、やっぱあんま近づかない方がいいのか。
「あ、あと【鷹】は味方だよ。あの子はめーちゃんとつっくんにぞっこんみたいだから。本来あの子は仕事を受ければ誰でも味方につくんだけど・・・今回ばかりは絶対に君達の味方だから安心していい。」
「で、ですよね。そういえば鷹さん今頃ロシアでしたっけか・・・。」
「もう帰ってきてるんじゃないかな?あの子は海外にはいれて5日が限界だから。」
「・・・・・もういっこ、いいですか?」
「うん?」
「・・・・梟さんは、何者なんですか?」
一瞬部屋が静寂で包まれた。けれどそれは本当に一瞬で、梟さんはいつも通りの笑みでこう言った。
「わたしは君達の味方で、情報提供者で、足と目が不自由な男さ。約束していい、君達を裏切るようなことは絶対にしない。わたしはいついかなる時でも永遠に君達と共にある。」
「・・・・わかりました。」
大事な部分は聞けなかったけれど、今はその答えで満足できる。
ちらりと梟さんの部屋の時計を見れば既に3時を回っていた。今日は昼までゆっくり寝て梟さんの所へ行ってから事務所に向かおうと思っていた。流石にそろそろ行かないと不味い。
「じゃ、俺行きます!急にすいませんでした。」
「いや、わたしも楽しかったから。」
「それに、色々教えてくれてありがとうございました。」
「構わない。少しでもお役に立てたならわたしも嬉しい。」
俺は残っていたコーヒーを飲み干して、席を立つ。
扉に手をかけようとして、俺は動きを止めた。梟さんの方へ振り返る。
「・・・俺に、何か出来る事ってあるんですかね?」
ずっと俺が心の中で思っていた疑問だった。
今回の事件でもそうだが、基本俺は足を引っ張ってばかりな気がする。そんな俺でも、あの人達に役立てる事くらいしたい。所長にはいつも守られてばかりだし。あんな小さい女の子に守られっぱなしではいい加減駄目だと思う。
多分、というかすごいくだらない質問だと思うけれど、梟さんはちゃんと答えてくれた。
「君が君である事が重要だ。変わらずに、いつまでもそのままでいればいい。守りたいとか、戦いたいとかではない。君は変わらずにいてほしい。」
「・・・・・ありがとう、ございます。」
「・・・・白亜、玄関まで送って行ってあげて。」
「かしこまりました。」
え、と俺が言う前に「行きましょう」と白亜さんに腕を引っ張られる形で俺は梟さんのいる部屋を後にした。
・・・梟さんは俺と白亜さんが合わないのを知ってて今日も俺と白亜さんを一緒にさせないようにしていたのに、最後になっていきなり一緒にされるとは。
白亜さんはお構いなしに俺の腕を引いてどんどん歩いていく。
そういえば、もう口を開かない方がいいんだろうか?
「そうして頂けますか?そして欲を言えば、ご自身で歩いて頂けると助かります。」
そう言って白亜さんは俺の腕を思い切り離した。離した、というよりは思い切り前にぶん投げられたというのが正しいが。俺は転ばないように、しっかりと踏ん張った。
・・・・乱暴過ぎません?
「主以外に優しさなど持ち合わせておりません。」
・・・・ですよね。俺がぶん投げられた先は玄関となっており、扉は開いていた。おそらく白亜さんが開けておいたのだろう。直ぐに出ていけるようにと。
「用が済んだのならお引き取り下さい。あれだけ主に失礼な言葉を吐いたのです。本来ならここで斬り捨てるはずですが、主の命令ですので。貴方は斬らないようにと。」
失礼な言葉?
「主は主です。何者でもありません。あの方は私の主、貴方方の味方。まるで主を敵と見なすような発言、私は未来永劫忘れはしません。」
・・・・・すみません、でした。
「私に謝られても困ります。今貴方が出来る最善の事はこの場から立ち去る事、それのみです。」
了解です。そう心の中で呟いて、俺は外へと出ていこうとした。
が、再び足が止まる。失礼ついでだ、もう聞いてしまおう。多分何も教えてはくれないだろうけど。
白亜さんは、何者ですか?
「主が貴方方の味方ならば、私も味方です。」
・・・・ありがとうございます。
「そして・・・・13年前の戦争は私も経験しております。」
!?
あれ?でもこの人19歳って言ってたから、そうなると戦争のころ6歳になるけど・・・。
そんな小さいころから戦争なんて経験できるのか?
「私は暗殺者として育てられてましたから。そして10年前に主に拾われました。それ以来ずっと主の為だけにこの剣をささげると誓いました。幾度となく他人を汚した手を、あの方は何の隔てもなく受け入れて下さいました。私は、主が悲しむ姿をもう見たくない。」
・・・・。
「おそらく、近いうちに小さいですが戦争が起こってしまうでしょう。やがてそれは大きく拡大し、表も裏も巻き込む大戦争になる。13年前の惨劇が再び起きるでしょう。そうなれば、また主は悲しんでしまう。貴方方は、戦争を止めなければならない。私たちが味方をする以上、貴方方には戦争を止める義務があります。」
戦争を、止める義務。
「・・・・これは私自身の勝手な希望と主の望み。ですが石投様なら出来ると、私は思っております。・・・長々と失礼いたしました。くれぐれもお気をつけてお帰り下さいませ。」
それだけ言って、白亜さんは来た道を引き返して行った。残された俺も、玄関から外へと飛び出した。
庭は相変わらず花が植えてあって綺麗だった。色とりどりのクリスマスローズを見て、そういえば明後日はクリスマスイブだったなと思い出す。
・・・それにしても、暗殺者とか本当にいたんだな。
なんとなく白亜さんの佇まいで只者ではないとは思ってたけど、まさか暗殺者とは。6歳の頃からそんなことしていたんだな、あの人・・・・。
それを救ったのが梟さん。けれど白亜さんを救ったってことは、あの人も戦争に参加していたってことだろう。実際に見てたって言ってたし。
・・・・・皆、何か隠してはいる。白亜さんだって暗殺者だとは言ってたけど梟さんに出会ったきっかけとか聞けなかったし。梟さんも大事なところは濁してたし。
そりゃあ、他人の過去を詮索するのは良くない事だ。ましてや別の人間にそれを聞こうなんて。
なんか、下手に何も聞かない方が良かったのかもしれない・・・・な。
相も変わらず豪華な門をくぐると、前と同じようにタクシーが止まっていた。きっとまた梟さんが呼んでくれたのだろう。
けれど、前とは様子が違っていた。
タクシーの傍に、誰かが立っていたからだ。
近づいていって、段々と誰か分かってくる。・・・何でこのタイミングで会うかな、ほんと。
「・・・・・あの。」
「んお?おーやっときたー!俺っち待ちくたびれて凍え死にしそーだったにゃー。本来冬は猫はこたつで丸くなる時期にゃのにー。」
「・・・・・何で、貴方がいるんですか?【猫】さん。」
そう言ってやると、【猫】さんはにやりと笑った。梟さんの笑みとは違う。この人の笑みは、いつも何か企んでいるようなそんな顔だ。
「お前に会いに来たんだよ、しょーねん。」