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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の犠牲(4)

 犠牲となる者を決めるための、春市と千夏の戦い。美しく舞うように、遊ぶように、刀で打ち合っている。術の力は春市と千夏よりも、秋幸、冬彦の方が上だが、刀での戦いは二人の方が格段上なのだろう。


 刀とは無縁の生活を続けていた悠真であっても、二人の戦いの美しさに心を奪われる。

「二人は強いよ。幼い頃、孤児を戦闘道具として育て上げる奴らの元にいたから」

秋幸の言葉に、悠真は秋幸の横顔を見つめた。秋幸は二人の戦いを一瞬たりとも見逃さないように、まっすぐに見つめていた。


――なんて無力なのだろう。


悠真は思った。犠牲となる者を決めるための戦い。二人は時間を稼いでいるのに、二人のために悠真は何も出来ない。二人は秋幸を信じて、秋幸は悠真を信じているのにだ。


 二人の戦いは永遠に続くようだった。真剣を使った勝負なのに、とても美しい。見ていたい。悠真はそう思ったが、登一は違うらしい。登一はあからさまに苛立っていた。時間を稼ぐための戦いに、下村登一が気づいたとき、戦いの均衡は崩される。登一が大きく息を吸い込み、叫んだ。

「早く殺せ!これ以上かかるようなら、人質を殺すぞ!」

登一のその言葉が引き金だった。登一が叫んですぐ、千夏の刀が春市を貫き、ゆっくりと力なく春市が地に倒れた。春市の赤い血がゆっくりと孤を描く。


 決着がつくのは、一瞬の出来事だった。


 千夏が刀を春市の身体から引き抜くと、地に赤い血が流れ出して行く。立ち尽くす千夏が手に持つ白刃の刀は赤く染まり、不気味に赤黒い血が流れ落ちてゆく。

「ごめんね、春市」

力なく地に横たわる春市と、肩で荒々しく息をしながら立ち尽くす千夏。千夏が倒れる春市に小さく謝罪した。


「春市!」

秋幸が悲痛に叫んだ。それでも、秋幸が駆け出さなかったのは、絶対的支配者である登一がいるからだろう。

 目の前の残酷な光景に、登一が手を叩いて喜び、千夏は血の滴る刀を持って、立ち尽くしていた。

「どうして……」

秋幸の声が震えていた。悠真は何も出来ない。


 秋幸が小さく呟いた。

「良いんだ。これで……間違っちゃいない。今、ここで動いたって何も実りはしない。今、ここで動いても実りはしない。待つんだ。時が来るまで、確固たる意志とともに、俺は石のように動かず待ち続ける。選んだ道だ。大丈夫」

秋幸の手には、加工されていない紅の石がある。加工前であるが、普通の人間である下村登一を殺すことは容易いはず。それでも動かないのは、秋幸が強いからだ。

「秋幸」

悠真はいたたまれなくて、秋幸を呼んだ。今、秋幸は何を思い、何を考えているのだろうか。秋幸は、平凡な印象を持たせる人物であるが、その内実は平凡とは掛け離れた存在である。秋幸は、今、何かを考えているはずだ。


 


 その時、悠真は人影を見た。年齢の割りに少し小さな身体。歴代最強の陽緋野江に匹敵する才能の持ち主。無茶をするのは、彼が幼いから。固まった足を、動かさせる力を持つのは、彼が無茶をするから。冬彦の一言が、凍り固まった場に希望を与える。

「証拠だ!」

冬彦の声が庭に響いた。冬彦は、紅への救援を求めに行った。戻ってきたということは、紅が冬彦を信じたということだ。

「証拠なんだ!朱軍はそこまで来ている!」

冬彦は叫び続けた。

「今すぐここに攻め込む理由があれば、俺たちは勝てる。朱軍は待っているんだ。ここに攻め込むための証拠を!」

冬彦の言葉で悠真は確信した。彼らの人質は紅たちの手によって救われたのだ。必要なのは証拠だけ。紅たちが登一を攻撃するに足る証拠が必要なのだ。けれども、悠真は石を使えない。ここに惣次の紅の石があって、これを使うことが証拠になるのに、無力な小猿「悠真」は使うことが出来ないのだ。

「なぜ、なぜ春市が倒れているんだよ!」

冬彦の悲痛な叫びが響いた。

「なんで、こんなことになっているんだよ!」

下村登一が絶句していた。この、赤の消えた屋敷を崩壊に導くために、朱軍が近くまで来ている。来ているのに、最後の一手が見つからないのだ。


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