赤の犠牲(1)
秋幸の裏切りが発覚した。それがどのような結末へと導くのか、想像するに容易い。
焦る悠真をよそに登一は不敵な笑みを浮かべた。他者が苦しむのを楽しむように、気味の悪い笑みを浮かべた。
「無力な子供たちを殺すのか?」
子供たちを見殺しにするか、春市は究極の選択を迫られているのだ。春市が悩み、苦しむのを見て登一は喜んでいる。
「秋幸、お前のことだ。何か考えがあったんだろ」
春市は秋幸を責めなかった。下村登一は強い相手には見えない。隠れ術士の三人が力を合わせれば勝つことが出来るかもしれない。しかし、彼らは大切な人の命を人質に捕られ、囚人となっている。冬彦が紅へ救援を求めているが、人質が、紅の手によって救われたという証拠はない。闇雲に、動くことは出来ない。この場は、最悪のことを考えて、人質は助けられていないという前提で動くことが正しい。悠真は手に握った紅の石に願った。一瞬で良い、僅かでも良い、少しでも力を貸して欲しい。そうすれば、紅に届くはずなのだ。
「春市、俺は……」
秋幸は何かを言いかけた。それでも、秋幸は言葉に詰まっていた。何を口にしても言い訳にしかならない。言い訳では何も解決しない。秋幸はそれを知っているようだ。
「俺たちは、人質を失いたくありません。あの子供たちを死なせることは出来ない」
春市が苦しそうに登一に頭を下げた。登一は醜く笑った。
「お前は子供たちを守りたいと言う。ならば、誰か一人殺せ。お前たち四人の義兄弟のうち、誰か一人を殺せ。お前にそれが出来るのなら、許してやらんでもないぞ」
悠真は息を呑んだ。なぜ、この裏切りの代償は、互いを思い合う四人のうちの一人の死なのだ。
「殺せ。命に重さがあるのか?兄弟一人の死が、多くの子供を救うぞ。春市、お前は一人のために、多くの命を犠牲にするのか?」
登一が春市をけしかけた。なぜ、選ぶことが出来ようか。春市たちは子供たちのために、隠れ術士として利用されている。そして、兄弟を思いあっている。
命に重さはない。それは平等で、唯一無二のもの。命を選ぶことなど出来ない。大切な子供たちのために、悠真の故郷を滅ぼした秋幸は深い後悔つ罪の意識の中にいた。秋幸たちにとって悠真の故郷は他人の集まりだ。だから選択できたはずだ。しかし、今は違う。春市は大切な命を天秤に掛けなくてはならないのだ。
春市は刀を抜いた。
「約束していただけますか?ここにいる、兄弟のうちの誰か一人が死ねば、残った兄弟は助けていただけるんですね」
春市は登一に問うた。そして、登一は笑った。
「今から殺しあえ。兄弟で殺しあえ」
高らかに登一は笑っていた。
悠真は息を呑んだ。春市が命を選ぶことなど考えたくなかった。この場にいる千夏か秋幸のどちらかを殺すつもりなのだろう。
「春市……」
秋幸が春市の名を呼んだ。
春市の表情がこわばっていた。
「春市、馬鹿なことは考ちゃいけない」
千夏が春市を止めようとしていた。悠真は手の中にある紅の石に助けを求めた。けれども、石は反応しない。悠真は惣次に見捨てられたような気分がした。義藤が危機にさらされたときも、今も、紅の石は悠真に力を貸してくれない。春市は誰を犠牲にするつもりなのか、悠真には分からない。
「分かった、春市」
言うと、千夏は自分の刀を抜いた。悠真は言葉を失った。どうして、彼らが殺しあわなくてはいけないのだ。そんな必要はない。千夏は春市に刀を向けた。二人が殺し合いを始めるかもしれない。そう思うだけで、悠真は恐怖で足がすくんだ。
「春市が考えていることなんて分かっている」
千夏がそう言った直後、春市が己に刀を向けた。自分の腹を、自分で突き刺そうとしたのだ。悠真は目を閉じることさえ出来なかった。
――兄弟のうち、誰かが死ななくてはならない。
そんな無理難題を突きつけられて、春市が辿りつく答えは明らかだ。弟も妹も死なせたくない。ならば、己が死ねばいい。己が死ねば、愛しい妹と弟は救われる。犠牲となるのは、春市自身だ。
「春市!」
千夏が叫んだ直後、赤い光が辺りを包んだ。