赤の焦り(2)
悠真の手の中に、惣次の石が戻ってきた。この石は惣次と共に歩み、惣次を支えてきた石。感極まる悠真をよそに、秋幸は焦りの色を濃くしていた。
「何でもいいから、石を使って。早く紅にこの場を知らせるんだ」
言われて悠真は石を握った。秋幸の焦りが言葉の端々から伝わってきた。裏切りの発覚を防ぐにも、裏切りが発覚したときに支払う代償を少なくするためにも、一刻も早い石の使用が必要なのだ。石を使って、紅にこの場を伝えなくてはならないのだ。
悠真は石を使ったときのことを思い出した。惣次の石を使ったとき、義藤の石を使ったとき、悠真はそれを思い出した。一刻も早く石を使わなくてはならない。
――赤
悠真は赤に願った。今、力を貸して欲しい。義藤を救うためにも、秋幸たちを救うためにも、悠真には赤の力が必要なのだ。
――赤
悠真は心の中で赤を呼んだ。しかし、赤からの返答はない。無色な声が赤を拒んでいるのか、赤が悠真を見放したのか、真実は分からない。確かなのは、今、術の力を使わなくてはならないということだ。
――頼む、赤!
悠真は願った。義藤を助けるためにも、術を使わなくてはならない。秋幸とともに来た理由は、一刻も早く紅の石を使ってこの場を伝えるためだ。
「悠真、急いで」
秋幸が悠真を急かした。秋幸が急かすから、悠真の焦りは深くなった。
――早く、早く、早く
もちろん、悠真も急いだ。けれども、分からないのだ。一体、自分がどのようにして石を使ったのか思い出せない。嵐の日、無我夢中で惣次の石を使った時を、復讐の気持ちに駆られて義藤の石を暴走させた時を、悠真は思い出した。心を赤で満たし、赤を願った。
思えば、好きなときに石が使えれば、義藤を守ることが出来たはずだ。それが出来れば、こんな苦労はなかったはずだ。
「悠真」
秋幸が悠真の名を呼んだ。
――早く、早く、早く!
悠真の心臓が早く脈打った。どのようにして石の力を使ったのか。どのようにして使えたのか。術士はどのようにして色の力を引き出しているのか。
野江は簡単そうに紅の石を使いからくりを動かしていた。佐久は息をするように石を使っていた。それは秋幸も同じだ。そもそも術士とは、どのようにして石の力を引き出しているのだろうか。生まれながらの才覚が必要であるが、使い方の基礎や基本はあるのだろうか。悠真は術士のことを何も知らない。
――早く、早く、早く。
出来ない。
悠真のこめかみを汗が流れた。意識を集中させた。今、使えなければ全てが無駄になる。登一の支配から人を助け出せない。遺体を葬ることさえ出来ない。
悠真の心に、伊汰の髑髏が浮かんだ。解放してあげなければならない。
悠真の心に、意識を失った義藤の姿が浮かんだ。義藤を救うには、今、紅の石が使えなくてはならない。
――今、使えなければならない。
悠真は自分に言い聞かせた。しかし惣次の石は、悠真を冷たく突き放すように、何の反応も示してくれなかった。赤の声も無色な声も聞こえない。
――惣次、助けて。
悠真は死んだ惣次に願った。惣次と過ごした二年間、悠真は祖父と酒を酌み交わす惣次をいつも見てきた。惣次は悠真の年の離れた友であり、家族であった。この紅の石は、長年惣次と戦ってきた石。惣次が生きていた証。なのに、何の反応も示してくれない。
――惣次!
悠真は心で惣次を呼んだ。けれども、紅の石は何の反応も示さない。悠真の焦りだけが深まり、焦りと緊張で気分が悪くなるような思いだった。吐きそうなほどの気分の悪さの中、悠真の焦りだけが先走っていた。近くで感じるのは、悠真を急かす秋幸の気配。
赤の気配は感じない。悠真は赤に見放されたように思えた。火の国は赤の国。赤が高貴な色で民は赤を持つ者が多い。その中で赤に見放されるということは、悠真は火の国に否定されたということだ。悠真の感情は複雑に回っていた。