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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の焦り(1)

 庭園の中にある離れが登一の自室だった。そこは鉄製の扉が付けられ、南京錠で固定されていた。鎖で厳重に固定された扉が登一の疑り深い性格を表していた。排他的で他者を信頼しない。そういう存在。

「どうやって入るんだ?」

悠真は尋ねた。すると、秋幸は答えた。

「侮るなよ、俺は隠れ術士だ。大丈夫。下村登一は慎重な性格。己が俺たち隠れ術士に貸し与えた石を必ず回収する。これは、俺が盗んだ石だよ。官府に潜入して内情を探っていたとき、色神紅派の派閥から盗んだんだ。紅派は、官吏が溜め込んだ石を回収して回っている。加工されていないから使いにくいけれど、多少は役に立つだろ」

秋幸は紅の石を出した。その石を鎖に当てると、紅の石が僅かに輝いた。すると、鉄が赤くなり、ぐにゃりと溶けて切れたのだ。

「紅の石の基本の力は熱だ。だから簡単なこと。術士は紅の石の様々な力を生み出す。熱量を変化させて刃物にかたどったり、大切な者を守る盾となったりする。風を生み出し、波をうねらせることも可能だ。石は色によって力が異なるとされているけれど、紅の石ほど可能性を秘めた石はない。俺たち火の国は、紅の石で守られている。俺たちは誇りに思わなきゃいけないんだ。火の国で生きられることを。色神紅の下で生きられることを」

秋幸の手の中で、加工されていない角ばった紅の石が転がっていた。悠真が見たのは、加工された後の石。形を整えられ、術士に合わせて色を合わせた後の石。今、秋幸の手の中にある石は加工される以前の石だ。

 紅の石は、色神紅によって生み出される。どのようにして生み出されるのか、悠真は知らない。知っている者は少ないだろう。

 火の国は紅の石を持っているから、豊かなのだ。紅の石が貴重なら、外交面でも役立つ。島国として侵略を防いでいるのも紅の石のおかげなのだ。思うと、紅の石はとても輝いて見えた。赤い色がとても高貴に思えた。そして、紅が大きな重圧の中で生きていることを改めて感じた。紅の石が強い力を持っているのなら、監視を止めることは出来ない。官府の思い通りにさせることは許されない。

 進むしかない。進んで、紅の力になりたい。悠真は己を奮い立たせた。

「入ろう」

秋幸は鉄の扉を開いた。すると、鈍く重い音が響いた。

「このままじゃ気づかれる。急ごう」

秋幸は身体を横向きにして鉄の扉の奥へと入っていった。悠真もそれに続いた。

 離れ屋敷の部屋の中は異様だった。窓には鉄枠がはめられ、まるで牢獄だ。畳みの上は布団は乱れ、何ヶ月も、何年も掃除をしていないようだった。

「他人を部屋に入れるのを嫌っていたんだ。日々、病的になっていく。今じゃ生きているのか、化け物なのかも分からない。権力や地位が人の心を蝕み、狂わせるのなら、俺はそんなもの欲しくないな。立派な屋敷を持ちながら、戸籍を持たず山で暮らす俺たちより荒んだ暮らしをしているのだから」

秋幸は部屋の中をあさり始めた。悠真もそれに習った。汚い部屋の中、牢獄のような場所で生きていることの気が知れなかった。広い屋敷があるのに、主は自らの部屋の鍵と鉄格子をつける。悠真が登一を見たのは一度だけだ。ほんの一目、春市を殴り蹴る姿を見た。

 醜く、愚かな存在。

 悠真は部屋をかき回し、一つの箱を見つけた。その箱に呼ばれているような気がしたのだ。

 秋幸には見えないかもしれないが、赤い光が箱から零れているのだ。その赤は、惣次の赤と同じ色だ。悠真が故郷で慕っていた下緋の惣次と同じ赤色を持っている。つまり、惣次に合わせて加工された石があるということだ。

 重厚な小さな箱には鍵が掛けられているが、隠れ術士の秋幸の力があれば何の問題もない。秋幸が加工前の紅の石を取り出し、紅の石が赤い光を放つと箱の金具が溶けた。

 零れ落ちる赤い光に導かれるように、悠真は箱を開いた。


 小さな箱を開くと、そこには紅の石があった。

「これ、惣次の石かな?」

悠真が尋ねると、秋幸は紅の石を手に取った。

「たぶん。ほら、紐の付け根に飾りがついている。俺が悠真から奪った石も同じ飾りがついていた」

秋幸は言うと、悠真に石を握らせた。悠真の手の中に、紅の石が入った。二年前の戦いで力の大半を失い、悠真の故郷に身分を隠して隠居してきた惣次。その惣次が隠居前に使っていた紅の石は大きな力を有している。

 悠真が憧れていた惣次を守り、惣次と共に戦ってきた紅の石。紅の石は歴史を持ち、紅の石は惣次の思いを持っている。惣次と赤い色が同じだから、まるで惣次がそこにいるように感じた。


――惣次。


悠真の脳裏に惣次の姿が浮かんだ。術士の才覚を持たない悠真に、優しく諭してくれた惣次。惣次と共に歩んだ紅の石が今、悠真の手の中にある。それを思うと不思議な気分だった。

「やっと、惣次の石が戻ってきた」

悠真は強く紅の石を握り締めた。

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