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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の消えた屋敷(6)

 庭園に面した廊下を歩きながら、悠真は辺りの様子を探った。静寂と気持ちの悪い色が辺りを包む。先ほどの人骨の光景が、悠真の脳裏をよぎり、再び悠真を恐怖と不安に落とそうとしていた。その不安を覚えるたび、心を落ち着かせるため悠真は故郷の海を思い出した。


 海の中の静寂は心地よい。海は人を喰うのに、少しも不安を感じさせない。海の水はとても冷たいのに、身体は熱を帯びたように熱くなり、心音と息継ぎの呼吸音が響く。苦しさを覚えるたび、海面に顔を出し、肺に酸素を取り込む。全ての命は海から生まれる。祖父がそんな話をしていた。だから、父は命の生まれる海に帰るだけだと。母が死した後も、村の風習で燃やした骨を海に流した。弔い、祈りを海へと捧げる。海へ帰ることもなく、汚い部屋に押し込められた遺体が無残だった。赤い色を失い死に、青い海に帰ることも出来ない。それはとても辛いことだ。

「登一は、鍵をかけた部屋に自分のものを入れている。手にしたものは二度と離さない。石もきっとそこにある」

秋幸が歩きながら言った。複雑に入り組んだ屋敷は、まるで迷路のよう。途中、人とすれ違うたびに、秋幸は悠真を部屋に押し込んで隠し、隠れながらも悠真と秋幸は確実に石へと向かった。もちろん、人骨のある部屋は、先ほどの一室だけではない。

「俺も数えたことは無いけれどね。全部で十数部屋はあるはずだ」

秋幸は人骨の部屋に出会うたびに、苦笑していた。これだけの人がこの赤の消えた屋敷で命を落としている。


 身を隠しながらだから、少し進むのに時間がかかる。悠真たちは慎重に、それでも確実に目的の石に近づいていた。

「待って」

唐突に、秋幸が悠真を止めた。

「どうかしたのか?」

辺りに人はいない。なのに、どうして秋幸が止まったのか分からなかった。秋幸は辺りを見渡して、そして言った。

「いつもと違う気がする。どこかが違う」

悠真には分からない。先ほどの静寂と何も変わらない。不審な人影もない。なぜ秋幸が止まるのか分からなかった。

「何が違うんだ?」

悠真は尋ねた。

「分からない、でも、何かが違うんだ。嫌な予感がする。俺は、こういう勘は当たるんだ」

秋幸は躊躇って動こうとしなかった。

「どうするんだ?」

悠真は秋幸に尋ねた。悠真は分からない。どうすれば良いのか分からないのだ。秋幸は危険だと言う。裏切りが発覚することの代償を悠真は知っているつもりだ。だから秋幸が恐れる気持ちも分かる。どうすれば良いのか、ここで悠真が決めることは出来ない。代償を支払うのは悠真でなく、秋幸なのだから。

「分からない。でも、戻ることも出来ない」

秋幸は顔を覆った。迷っているのだ。悠真は紅の言葉を思い出した。


――危険を恐れていては、何も手にすることは出来ない。


 今、悠真たちは選択を迫られている。義藤は、危険を承知で証拠を手にするために動いた。義藤は選択したのだ。悠真はどうするべきなのか。悠真は秋幸のことを疑うつもりはない。秋幸が危険を感じているのなら、危険なのかもしれない。それでも、逃げるわけには行かないのだ。故郷を失った絶望をぶつけるために、殺された人たちの復讐をするために。今、悠真は復讐に息巻いているのではない。感情は荒立たず、自分でも驚くほど冷静だった。冷静だからこそ、悠真は後悔しない選択が取れるのだ。

 裏切りが発覚した際の代償を支払うのは秋幸だ。もちろん、悠真も支払わなくてはならないだろう。吉藤が殺されてしまうかもしれない。己が殺されるかもしれない。しかし、この裏切りに対して大きな恐怖を抱いているのは、秋幸の方が悠真より大きいはずだ。


――危険を恐れていては何も出来ない。


 悠真は自分に言い聞かせた。ここで引き返すことは出来ない。秋幸に、後悔の無い選択をして欲しいと願いつつ、間違った選択をして欲しくない、と強く思うのだ。


 悠真は秋幸に言った。

「秋幸が危険を感じるのなら、本当に危険なんだと思う。でも、紅は言った。危険を恐れていては、何も手にすることは出来ないと。だから義藤は、あの場にいたんだ。危険を知っていても、大切なものを手にするために。敵の正体を突き止めるために。秋幸、俺は危険でも行きたい。紅たちが動けないのなら、俺は危険でも行きたい」

秋幸は振り返り、悠真を見た。秋幸の表情には戸惑いの色が強い。悠真よりも二歳年上の秋幸は、戸惑い、そして目を細めていた。

 秋幸は悠真と辺りを何度も見比べて、そして言った。

「分かった、行こう」

秋幸は足を進めた。


 秋幸の行動が人質の解放と、牢の崩壊につながると願って、悠真は秋幸とともに行動をした。

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