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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の消えた屋敷(2)

 赤の消えた屋敷。


 悠真は濁った空気の中、秋幸と共に足を進めた。豪勢な屋敷には人の気配が少ないが、秋幸は常に気を張っていた。誰にも会わないように警戒しているのだ。


「悠真!」


 秋幸の声が小さく響いたかと思うと、秋幸は強く悠真の腕を引いた。物陰に隠れるように秋幸は悠真の腕を引っ張り、秋幸は悠真を手近な部屋に押し込んで隠した。


 人が来たのだ。


障子一枚を挟んで声が聞こえ、自然と悠真の心臓が高鳴った。誰が来たのか分からない。ただ、秋幸が警戒していることは事実だ。悠真が気づくより早く秋幸は人の存在に気づき、こうやって悠真を隠したのだから。


――このまま秋幸の裏切りが発覚したら?


――秋幸はどうなる?


――悠真はどうなる?


――義藤はどうなる?


――人質にとられている子供はどうなる?


――春市、千夏、冬彦はどうなる?


 このまま秋幸の裏切りが発覚し、秋幸も、悠真も、そして義藤も殺されてしまうかもしれない。一つの失敗が、皆の命を奪うのだ。

「何をしているのですか?」

その声は女性のもの。おそらく、使用人か何かの声だ。彼女が秋幸の裏切りに、隠れている悠真の存在に気づいているのか分からない。気づかれてはいけない。悠真は、息を殺した。

「いや、別に何も」

秋幸が答えると女性は言った。

「昨日の作戦に失敗したとか?」

女性の声は障子越しに凛と響いた。

「負けたわけじゃない。ただ、紅が身代わりを立てていただけだ。俺たちは紅の側近、朱護頭義藤を捕らえたのだから」

秋幸は冷静だった。悠真を隠しながら、その場をやり過ごそうとしているのだ。

「それで、今度は勝てるって言うの?」

女性は敵なのか、味方なのか、障子越しの悠真には判断できない。

「春市と千夏が準備をしている。勝てるとかそんなこと関係ないんだ。俺たちは、するしかないんだから」

秋幸の言葉に偽りは無い。

「それはそうね。皮肉なものよね。術士という類稀な才能を持ちながら、結局は私利私欲のために利用される道具でしかないのだから。あなたたちなら、いけたんじゃないの?陽緋や朱将たちの近くへ。彼らと同じ土俵で、紅を護り、彼らの仲間として戦うことが出来たんじゃないの?朱護頭を捕らえることが出来る力を持っている、ということは、そういうことじゃないの?」

秋幸たち、四人の隠れ術士は才能に恵まれている。しかし、戸籍を持っていないということだけで、隠れ術士になるしかなかったのだ。

「そんなこと、嘆いたって何にもならない。だって、親のいない俺が術士の才覚を手にしたら、歩むべき道は限られているのだから。己の境遇を言い訳にするのは、間違っている。俺は、何も後悔したりしない」

秋幸は強い。当たり前のように、当たり前に考えられないことを口にするのだ。

「それで、あなたはどうしてここにいるのかしら?二人と共に行かないのかしら?」

女性は秋幸に問うた。

「俺が一緒に行って、未来が変わるとは思えないから。俺は、ここに残って地下牢の見張りでもするだけだ。だって、相手は術士なんだから」

秋幸の返答に女性が笑うのが分かった。

「勝手な行動は慎みますように。裏切るようなことがあれば、私の娘も死ぬのですから」

女性の声は強い。

「分かっているさ。奴が俺たちを捕らえるのは人という牢獄。看守さえも、囚人なんだから。誰もが最愛の人を見捨てることが出来ないから、従うしかない。裏切りれば人質は殺され、裏切りを見逃せば人質を殺さる。決して逃げることの出来ない牢獄の中に、俺たちはいるのだから。逃げるには、人質を捕られていない第三者の介入が必要だ。そんな人、どこにいる?紅さえも手が出ない、この屋敷の中。誰が助けてくれるって言うんだ?ただ、生き残ることを願うだけだ」

悠真はその言葉で全てを知った。奴は、使用人全ての人質を捕り自分に従わせているのだ。それが無性に腹立たしい。人質がいるから勝手に動けない。裏切りを見過ごせば、己の人質を失う。使用人同士が監視し合う。決して逃れることの出来ない牢。ここの人たちは、牢獄の中にいるのだ。


――赤。


 悠真は赤を願った。この屋敷を鮮烈な赤が救ってくれるように。赤が救ってくれるように。願うだけだ。息を殺し、気配を消し、存在を悟られないように。秋幸の人質が殺されないように、願って己の存在全てを消し去るために悠真は息を殺した。

 秋幸が苦笑交じりに言った。

「分かっている。俺だって、人質を捕られているんだ。気安い行動をとったりしない」

秋幸が言い、女性は続けた。

「気をつけて下さい。私たちには、従うことしか出来ないのですから」

足音が遠ざかる音が響いた。そこで、ようやく悠真は息を吐くことが出来た。息すら出来ないほど、悠真は身を固めていたのだ。自分が生きている証を、自分が人であることを消し去り、ただの物になろうとしたのだ。無駄かもしれないが、悠真は必死だった。背中が汗で濡れている事に気づき、自分がとても緊張していたのだと気づいた。


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