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一色  作者: 相原ミヤ
火の国と紅の石
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赤の色神紅(2)

 祖父は悠真が幼い頃から口癖のように「心を平静に」と言っていた。悠真はそれが出来ず、小さな頃は、年上の子供に食って掛かった。喧嘩をして、負けたことは無かった。負けず嫌いなのは、悠真の性分だ。誰かに自分という存在を否定されたり、踏みにじられたくない。

(そうやっておったら、大事なもんを見落としてしまう。色は力を持つ。その色を支配するものは、どれだけの力を持つんかのう……誰もが、己の一色をもっておる。同じ赤を持つ人であっても、色が異なると。負けず嫌いで喧嘩っ早い悠真の色は、どんな色かのう?)

惣次が一度、悠真に言った。感情に任せて、殴り合いの喧嘩をした後のことだった。

(色は力を持つんじゃ。その中で赤は強い力を生み出す。赤は強い色じゃ。強い分、己を守り、相手を傷つける。赤い色がなければ、生き物は生きられん。命は赤で支えられておる。悠真の体にも赤は流れ、植物は緑で満たされ、空は青で輝く。色の中でも赤は強く、美しく、残酷な色じゃ。だから人は赤を敬い、赤の力を知らねばならん。この紅の石は、色神紅が一日ひとつだけ生み出す石。原石がさらに力を発揮し、わしら術士が使えるように加工師が加工する。強い術士ほど強い石を持つ。だから術士は忘れてはならぬ。その力は、命を奪うほどの力であることを。悠真が術士であったとして、悠真は命を守る術士になるのか?命を奪う術士になるのか?)

惣次は紅の石を撫でながら赤い色の力を悠真に教えてくれた。赤い色は強い力を持ち、命には赤が流れている。そもそも悠真は、術士の才覚に恵まれず選別から落ちた。どれほど術士に憧れを抱いても、術士になる夢はかなわない。だから、悠真は惣次の話をあまり聞いていなかった。

 目の前に赤い色が迫った。赤は力だ。相手を傷つけ、憎むものを遠ざける。だから悠真は赤を求め、復讐の力となる赤を求めた。探すまでもなく、目の前には、義藤の紅の石があった。その紅の石が鮮やかに輝き、色が迫り、強い光と熱が辺りを包んだ。悠真は義藤の赤になる。

――おやめなさい、悠真。

無色な声が悠真を制した。しかし、悠真は止まらない。己を止めることが出来ない。己の体に赤が広がっていくことを感じながら、悠真は赤に身を浸した。

――赤

――赤

――赤

高貴な赤い色が目の前に迫った。

「お止めなさい!」

野江の声が響いたが、悠真は抑えることが出来なかった。溢れ出る力を制御できない。義藤が首から下げていた紅の石は強大な力を発し、紐は切れ、義藤が吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。

「お止めなさい!」

振り返れば、野江が紅の石を使い、悠真を押さえ込もうとしていた。畳みが剥がれ宙に浮く。野江の言葉で冷静に戻った悠真は止めようしたが、止めることが出来ない。溢れ出る力がそこにあるのだ。野江の紅の石の力と、悠真のせいで暴走した義藤の紅の石の力がぶつかり合い、渦を巻いていた。

「悠真!」

野江の声が響いたが、悠真の世界は赤で埋め尽くされていた。義藤の紅の石が悠真に力を与えているのだ。赤い世界。渦を巻く力。

「他人の石を使えるとは。やはり、連れてこさせて良かった。遠爺も同じ意見だろ」

その声は間違いなく紅の声。悠真の赤の世界に、紅色の着物を着た紅が入ってくる。歩き方はしどけなく、それでも美しい。強大な力が渦巻く中、どうして紅が普通でいられるのか分からない。紅の周囲だけ、赤い色が弱まり、彼女は足を進め、紅の着物を引きずりながら、ゆっくりと簪を引き抜いた。長い黒髪がはらりと落ちる。力が渦巻く中でも、紅だけは別世界に存在しているのだ。紅が紅の石の力を収束させていく。

「私は、紅だ。私以上の紅の石の使い手なんているはずが無いだろ。術士は色の力を引き出すことしか出来ない。けれども私は色神紅。紅の石を収束させることができ、いかなる紅の石も使用することが出来る。加工された石であってもそれは然り。赤は、私の色だ。――赤、なぜ小猿に力を貸す」

紅が簪を地に捨て、悠真の手をとった。色白の細い手は、少し冷たかった。

「俺は、俺は……」

悠真に満たされていた赤が少しずつ収束されていった。どんな赤い色であっても、色神紅の前では逆らえないようであった。憎しみの赤を、紅が慈しみの赤へと変えていく。紅の持つ赤い色は誰が持つ赤よりも美しい。

「村を壊滅に追い込んだ者は、必ず捕らえてみせる。お前が手を汚す必要もない」

紅は断言し、微笑んだ。赤い色が綻び落ち、悠真の心を和ませた時、悠真の体の力は抜けた。思い起こせば、悠真は赤い色の牢獄にいたような気分だった。全ての感情が憎しみの赤に染められていき、そこから紅が救い出してくれたのだ。安堵と疲労と虚脱感で悠真は立ち尽くしていた。


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