火の国の流れ者と色読(7)
サクフェリアスはゆっくりと口を開いた。
「僕が知る、流の国はそういうことをする国だよ。アンナちゃん」
サクフェリアスの表情からは何も読み取れない。その一色からの何も読み取れない。恐怖がアンナを襲った。サクフェリアスの声色はとても穏やかだ。なのに、何を思っているのか想像できない。底知れ不気味さがあると言ってよい。
「そうだね。そのたとえは間違っているかな。――アンナちゃん。僕は、身も心も火の国の民になったんだ。火の国は僕を受け入れた。流の国が拒んだ僕を受け入れたんだよ。火の国が僕を受け入れたから、僕は火の国のためならば、どのような痛みも孤独も厭わなくなったんだ。いや、違うね。僕は赤の色神から離れることができない。先代も、今の紅も、僕のすべてだ。紅という人を見ていると、一色を見ることができない僕であっても、赤という色の一端を知ることができるような気がする」
サクフェリアスは懐から赤いハンカチを取り出した。
「赤を捨てるつもりでいても、結局、僕は赤から離れることができない」
言って、サクフェリアスはずぶ濡れのアンナにハンカチを差し出した。サクフェリアスも雨に打たれているのに、赤いハンカチは濡れていない。彼が、どれほど大切に赤いハンカチを抱いていたのか想像ができる。
そしてアンナの胸にサクフェリアスの言葉が引っ掛かる。
「赤を捨てる?」
矛盾した言動。
サクフェリアスがどれほど赤を思っているのか、アンナでもわかる。そのサクフェリアスが赤を捨てるはずなどない。
気恥ずかしそうに、サクフェリアスは顔を歪めた。
「僕は臆病だ。とても、とても……」
そして、アンナにさらにハンカチを差し出した。
――直後
どういう経緯なのか、サクフェリアスは手を差し出すことでバランスを崩し、派手に転んだ。
「本当に、僕という存在は……」
サクフェリアスは苦笑した。ぬかるんだ地に倒れても、彼は赤いハンカチだけは泥で汚すことをしなかった。ぬかるんだ地に伏せたまま、サクフェリアスはもう一度言った。
「本当に、どうして僕は……」
それは転んだことを指している言葉のようには思えなかった。