火の国の流れ者と色読(6)
アンナの気持ちは、何ともいえない気持ちに満たされていた。
――サクフェリアスが生きていた喜び。
――サクフェリアスへの恐怖。
確かなことは、サクフェリアスという人物が、アンナの心をかき乱しているということだ。
「私は帰れない」
アンナは言った。アンナは遠い火の国へ来た。この、自然豊かな国に来た。赤が守る神秘の国へ来た。アンナは流れ者だ。流の国の民でありつつ、そのルーツがどこにあるのか分からない。サクフェリアスがアンナと火の国の関係性を口にした。その言葉が、アンナの心を掻き乱す。まるで、濁流のように。激しく掻き乱すのだ。
自らのルーツを知ることに、アンナはさほどの重要性を感じていない。けれども、赤に守られたこの国に、己の命の起源があるとすれば、それは何とも素晴らしいことのように思えるのだ。
「アンナちゃんが、なぜ火の国へ来たのか、僕にはわからない。けれども、僕の行動は決まっている。アンナちゃんにどのような理由があるとしても、火の国を襲う災厄を……紅を襲う厄を、僕は見逃すことができない。メディラが噛んでいるのは確かなこと。メディラとつながる紫の石があるのなら、今すぐにだしてくれないかい?」
サクフェリアスの言葉はとても優しい。とても暖かく、彼の言葉の一つ一つから慈愛があふれている。けれども、サクフェリアスの言葉は真実だろう。彼は、流の国の民であることを辞めてしまったのだ。彼は、だれが何と言おうと、赤の術士だ。赤に愛された赤の術士。赤を守る赤の術士。
空気が少し冷たく感じるのは、アンナの身体が濡れているからだろうか。
「流の国は火の国を襲いに来たのじゃない。流の国はそんな国じゃない。流の国の民のあなたなら分かるでしょ。サクフェリアス」
アンナは必死に冷静を装って言った。アンナはサクフェリアスのことを、あまりに知らないのだ。けれども、彼の年齢を想像すると、彼が幼いころに火の国へ来たのは事実だ。メディラと親交があり、当初は流の国のために火の国へ足を運んだとしても、今の状況はわからない。彼が、アンナには想像出来ないほど、長い年月を火の国で過ごしているのは事実なのだから。故郷を離れて、ただ一人で、一人ぼっちで火の国で生きてきたのは事実だから。
孤独は人を変える。
サクフェリアスは、流の国から捨てられたと思い、流の国を憎んでいるかもしれない。
故郷へ戻れぬ悲しみから、故郷を憎んでいるかもしれない。
サクフェリアスがその気になれば、アンナの命を奪うなど容易いこと。彼の一色がそれを示している。柔和は顔つきをしていても、温かな声色をしていても、彼の一色は戦いを知る者の一色なのだ。