火の国の夏に降る雪は白く積もる(10)
赤の色神はゆっくりと口を開いた。
「火の国は、常に窮地に立たされている。狭い国土に強い紅の石があるとどうなる?異国からの侵略の目に、火の国は常に曝されているんだ。それだけじゃない。火の国内部の政治的な不安定さを隠しきれていない。この日の国が平和を保っているのは、火の国の民の和を重んじる国民性だろうな。私は、この日の国を守りたい。赤を守りたい。そのためならば、私は何でもする」
火の国はアグノを欲している。まるで、赤の色神はソルトに取引を持ちかけているようであった。立場は同じ。互いに必要な取引をしている。そのような状況。
――しかし……
ソルトは赤の色神の言葉の裏側を感じた。アグノは雪の国に帰ることは叶わないだろう。白の石が通用しない代償。アグノは日常生活を送ることさえ困難になるだろう。そのアグノが、長い距離を旅して、雪の国に帰ることは不可能だ。アグノの陰った一色が、その病状の重さをソルトに教えた。おそらく、赤の色神もその色を見ているはずだ。赤の色神だけでない。黒の色神も同じだ。明らかに、ソルトが赤の色神に懇願しなければならない状況なのに、赤の色神は対等な立場までソルトを引き上げてくれる。
冬彦が雪の国に行くことを望んでくれた。そして、赤の色神はアグノを救う手だてまでくれた。それも、赤の色神と白の色神という対等な立場の下でだ。
「――それは、ありがたい話です」
絞り出されたような声は、アグノのものだ。
「アグノ……」
アグノが目覚めていたのかと、ソルトはアグノの体にすがった。アグノの一色は濁りきっている。
「ソルト、私には雪の国に帰る体力はありません。赤の色神の言葉は、私たちへの救いの手でしょう。私に生きる道は、火のに残ること。そして、ソルトが生きて雪の国へ帰るには、冬彦の力が必要なのですから」
アグノのかすれた声が響いた。
アグノの言葉は最もだ。ソルトが進むべき道は一つだけだ。