火の国の夏に降る雪は白く積もる(9)
冬彦がかつて紅の暗殺を謀った。それは、冬彦が話していたことだ。ソルトが知る冬彦は、紅を守るという強い決意で満ちている。ソルトは、自らの命を狙ったものを許すことができるだろうか。きっと、それはできない。ソルトはとても弱い存在なのだ。それは、肉体的な面だけでなく、精神的な面にも及ぶ。
「冬彦、それは既に過ぎた話だ」
赤の色神の声は、とても穏やかだった。赤の色神は何かを隠している。それは、彼女の命に係わる決定的なことだ。官府での倒れた姿がそれを示している。その中で、彼女は前へ進むことを恐れていない。
「紅、俺は雪の国へ行きたい」
一つ、冬彦が吐き出すよう口にした。それは許されない行為だ。術士は色神を有する国では宝だ。強い術士がいることが、色の石を有効につながることになり、結果、国の繁栄につながるのだ。冬彦は優れた術士だ。一色は白を示しているが、紅の石を使うこともできる。冬彦が雪の国に行くことは、紅は大きな力を手放すことになる。
「それは、お前の人生だ。だから、止めることはできない」
紅は不敵に微笑んだ。まるで、紅はその答えを求めていたかのようだった。そして、紅は少し間をおいて続けた。
「しかし、優れた術士を容易く手放すことはできない。白の色神。あなたには冬彦の力が必要だ。冬彦がいなければ、あなたは雪の国に戻って生きることはできない。色神としての職務を全うすることができない」
紅の言葉はすべて図星だった。図星だからこそ、ソルトは何も言い返せなかった。ソルトはアグノに頼り切っていた。そのアグノが戦えぬ今、雪の国で頼ることができるひとが一人としていないのだ。
「確かに、そのとおりね。私は無力な色神よ。赤の色神のように確かな基盤などないわ」
赤の色神は座り直し、姿勢を正した。膝をそろえて座ると、赤の色神の背筋が伸びて凛とした印象を見せた。
「白の色神。火の国も戦いのある国だ。冬彦が雪の国へ行くことで火の国が支払う代償は大きい。だから、その穴を埋めるために、アグノを火の国へ残してほしい」
赤の色神の言葉は、何とも言えない響きを持っていた。